婚約破棄された令嬢は、隣国の皇女になりました。

瑞紀

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待ちわびた逢瀬(後編)

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「こう見えて、ズルい男なのです。結婚まで決めて発表してしまえば、あなたはもう逃げられないから」

 罪を告白でもするように、悔いるように、フィンリーはつぶやく。

 何をそんなに怖がっているのだろう。この話を聞くのが結婚を公表する前だったとしても、私の意思は何も変わらなかっただろうに。

「ズルくても構いませんよ、あなたなら。それとも私を逃がすおつもりですか?」

 あっけにとられたフィンリーが私を見る。

「婚約破棄しますか? 二回目だからもう慣れちゃいました」

 うろたえるフィンリーを見るのが楽しい。でも、あなたなら、本当はこれが強がりだってわかってくれるでしょう?

「ねぇ私、フィンリーが思っているほど弱くはありませんよ」

 恋とはつくづくすごいものだと思う。

 フィンリーを見ているだけで胸が高鳴る。気分は乱高下するし、時には嫉妬だってする。

 グレース様のことを思い出す。フィンリーの愛を得るのは自分だと、自信に満ちあふれていた彼女。

 私は醜い感情を抱いてしまった。それも、人生をめちゃくちゃにしようとしたヒーリーヌにさえ抱かなかったほどの感情を。

 マリアベル様にもそうだ。優しく美しい彼女にも、ひどく嫉妬した。フィンリーの妻という地位に私以外がいるのが嫌だった。

「いえ、弱いですけれど……。それでも、あなたを守れるくらいの力はあります」

 だから、頼って欲しい。せっかく、ようやくあなたの側にいられるようになったのだから。

「守る、か……」

 フィンリーの様子をうかがう。彼は、泣き笑いを浮かべていた。

 何度も深呼吸をするたびに、たくましい肩が上下する。私のために、周囲の期待に応えるために、国を取り戻すために、鍛えられた身体だ。

「ずっと、弱さをさらしてはならないと思ってきました」

 やがて、ポツリとフィンリーがつぶやく。

 アメジストの瞳が、真っ直ぐに私の目を射抜く。私も目を逸らさない。

「でも、あなたの前だけでは、弱くてもいいですか? 幻滅して、私の隣からいなくなりませんか?」

 少し考えてみる。

 考えた末に、出した結論はとても単純なものだった。

「どんなあなたでも、嫌いになれる想像がつかないです」

 フィンリーの笑顔が歪む。瞳に溜まった水が、照明を反射して光った。

「参りましたね……。あなたには一生かなう気がしません」
「じゃあ、一生尻にしかれといてください」
「本当に、あなたって人は……」

 赤面するフィンリーがなんだか可愛く思えて笑い声をもらしてしまう。

「アイリス……あんまりおちょくってたら痛い目にみますよ?」
「痛い目ってなんですか? フィンリー?」

 そうは言われても笑いは抑えられなくて、声がどうしても笑ってしまう。

「こういうことですよ」

 突然立ち上がったフィンリーに、手を引き寄せられる。バランスを崩しながら何とか立つと、唇を奪われる。

 フィンリーの腕には驚くほどの力がこもっていた。

 軽く身体を押し戻すと、唇も離れた。

「どうしました?」

 いたずらっぽく尋ねるフィンリー。翻弄されてばかりはなんだか少し悔しい。顔を近づけて、瞳をのぞきこむ。

「キスよりも言葉で伝えてくださいな?」

 言葉に詰まった愛しい人の顔は、さっきよりも赤く染まっている。でも、優しいあなたはちゃんと言ってくれるでしょう?

「本当に、かないませんね……。愛しています、誰よりも」

 照れているのか、その声は小さかったけれど。聞こえたから見逃してあげることにしよう。

 愛とはつくづくすごいものだと思う。

 素敵なところも、カッコ悪いところも、全部含めて愛しくてたまらないのだから。

 ほんの数ヶ月前までは考えもしなかった。

 私なんかが皇女様になることも、こんなに素敵な婚約者ができることも、誰かを愛するようになることも。

『愛している』という言葉は、くすぐったくて、言いなれないけれど。大好きな人に頑張ってもらったのだから、私も。

「アイリス」

 心が繋がったように、フィンリーが笑顔で促す。応えるために息を吸い込んだ。

「私も。……え、ええと、あ、愛してます」

 情けなく声は震えてしまったけれども、ちゃんと言えた。恐る恐るフィンリーを見上げる。

 彼の顔を見た瞬間、勇気を出した自分を褒めてやりたくなった。

 だって、フィンリーの顔は、今まで見た中で一番幸せそうだったから。
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