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Chapter 3 僕の場合
3.12 Symmetry
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「ニゴ、押し取りが誰か突き止めたのだ。知りたくば、ゴブリンの巣が在った場所に来るがいいのだ」
昨晩の《ムーンアロ―:弦月夜》はニゴさんを射抜いていなかったようで、何よりだと思う。
依頼者を殺したなんて、やっちゃいましたじゃ済まされない。
ふたりで待っていると、不意にラトちゃんが立ち上がった。
「もう来たの?」
「ううん、来たのは3名だな。本日は、お日柄が良いのだ」
静かに口を弧にして笑うラトちゃんの、綺麗な青髪がざわりと揺らめく。
【Caution: Magion Detected】
「この応答は、向こうの《鑑定》か。流石に範囲が広いな」
「レベル1013、パーティメンバーは22、23。ふぅん、中々面白いものを持っているのだ」
「ラトちゃん良くわかるね」
「《鑑定》は可逆だからな。ぼくを知ろうとする者は、ぼくに知られるのだ」
でも、相手が金星等級なのを気にもかけずに可逆に利用できるとは。今さらながら、なぜラトちゃんが銅星等級で登録できたのかよくわからない。
「とりあえず、近くまで来たら話を聞い」
突然、僕の視界が真横に平行移動し、そのまま茂みの中まで飛び込んだ。
遅れて、僕は視界のアラート表示に気付いた。
【Caution: Enemy Attacking】
【Using autospell (動法《並進:[100]》)】
緊急回避システムが作動している。
念のために感度を上げておいて良かった。
「おい君、大丈夫だったか!? どうして銅星の子がこんなところに」
「不躾だな。ぼくの夢と心が大きいことに感謝しながら、まずは名乗るとよいのだ」
僕の居た地面には大きな亀裂が走っていて、延長線上にあった高木が、大きな音を表しながら左右に分かれて倒れていく。
あの白銀に輝く剣を片手に持った冒険者が、僕に剣を振ったのか? いったい何のために。
「あ、すまない。自己紹介が遅れたな。俺はユウマ、見ての通り冒険者だ」
「ぼくのことはラトと呼ぶがいいのだ。ユウマ、他の冒険者にいきなり戦闘を仕掛けるのは良くないのだ」
「俺がラトを守るためだ」
きっぱり言い放つ彼に、茂みから出て行って文句をつける。
「僕を叩き切ることが良い解決策とは、全く思えません」
「お~、ルーちゃんが生きていたのだ」
「危なかったよ。魔法と違って、物理攻撃の対応は苦手だから」
「…ただの銅星じゃないな。お前は何者だ」
やはり、ただの冒険者ならまっぷたつにするつもりだったのだろう。
「僕はルークン、術理院会員です」
「術理院、会員? 何だか知らんが、さっきのを一人で逃げるようなら、ラトは俺が守るべきだ。そうだろ?」
ラトちゃんを守るために僕を殺害する論理には理解が及ばない。僕は分断された倒木を指さして主張する。
「僕の考えは違います。見知らぬ冒険者を問答無用で両断する精神で誰かを守るべきか、熟考する必要があると思います」
「力を持たない奴は、何もできない。いつもそうやって好き勝手に口を出すだけだ」
話し合いになりそうに無い。理屈では説明できない感覚が、きっとあるのだろう。
「ユウマがぼくを守ってくれる、それは誓約か?」
「約束する。だから、俺と共に来い、ラト」
差し伸べられた手をすり抜けるように、掌が空に翳される。その小さな陰の中、ラトちゃんが月弧のように笑う。
「ユウマ、ぼくはその刻を心待ちにしているのだ。話は変わって、奴隷共はいいのか?」
「エリとアリサのことか? 仲間が増えてふたりとも喜ぶだろうな。そうだろ?」
追いついていた褐色肌の少女とフードを被った少女に、ユウマさんが振り向いて呼びかける。
俯いたふたりは、とても緩慢な動作で顔をあげると、開き切った瞳孔をユウマさんに向けた。
「……ご主人様はそんなこと言わない、ですご主人様はアリサだけみてくれますご主人様はアリサを捨てない、ですご主人様を取り戻さなくちゃいけませんご主人様をもう一度」
「ますたぁを殺してエリも死ぬ、がーん」
「な!? おい、二人とも、どうしたんだ!」
虚ろな剣幕でユウマさんに掴みかかるふたりは、やがて自分たちの首輪を押さえて苦しみ始めた。
顔からみるみる血の気が引き、開き切った両目から血涙がこぼれ落ちる。
「いき、が、でき…」
「うぐぅ...えぐっ...うぅぅ...」
詳細な原理は分からないけれど、奴隷が主君に危害を与えようとした結果、何らかの処理がなされたものと推察できる。ああいった懲罰的な魔道具が、いまだに使われることがあるのか。
「ふむ、やはり奴隷では殺せないようだ」
近くの木の上から、ゴブリンに特有のしわがれた風味が聴こえた。
既にこの場所には、ニゴさんが来ているようだ。
「…何者だ!!」
風景に、白銀が一閃した。
大きな枝が風景ごと薙がれたように斜めにずれて落下し、舞い降る緑の葉と共にニゴさんが姿を表す。
「喋るゴブリン…?? お前、俺のふたりに何をした!!」
「兵隊になって貰った。お前を殺すためのな」
「くっ、狂気の状態異常か。そんなものは俺の主法《パーフェクトリカバー》で…」
回復魔法の詠唱により、祈りのベールがうずくまるふたりを包み込む。しかし、ユウマさんの祈りはどこにも届くことはなかった。
「無駄だ」
「そんな…馬鹿な…! 《パーフェクトリカバー》で治らない状態異常はないはずだ!」
「そこの奴隷共には、俺の殺意を“与えて”ある。知っているか? なぜモンスターが勝ち目のない、自分より強い冒険者にさえ襲いかかるのか」
僕に推測できるのは、奴隷ふたりに何らかの変換魔法が作用したことのみだ。
「そこに理由は無い。純然たる殺意、お前を殺すという理由なき意思だ。例え消そうとも何度でも生まれ沸く俺達の殺意に……終わりなど無い」
赤黒く濁った瞳に、ユウマさんが剣を中段に構え直す。
「卑怯な手を使わず俺に直接来たらどうだ! 奴隷が主人に危害を加えようとしても、首輪の魔力で苦しむだけなんだぞ!」
「そいつらが苦しむのは、お前のおかげだ。そこのガキ共を人間扱いせずに隷属させた、お前のな」
ニゴさんの口から乾いた嘲笑が漏れる。
「人間ではない奴隷だからこそ、俺の殺意を与えられた。お前が死なない限り、奴隷共は死ぬまで苦しみ続ける運命にある。唯一の救済はすなわち、死だ」
「ならば、お前の死でもって救うまで。そのための強さは既に貰っている、そうだろ?」
ニゴさんを取り巻く闇に相対するように、ユウマさんの剣が眩い輝きに覆われる。
離れた僕まで熱として伝わってくる程の燦然、その源となる金星等級の魔力が、周囲の魔力場をかき乱して轟音を生む。
僕は倒れていた奴隷ふたりに動法《並進:[010]》を作用させて後ろに下げ、念のために防衛魔法陣を展開した。
「主技《主剣》 ソードォ! オブ! マスターパワァアア!!! 」
10倍以上に巨大化した輝きの剣が、薄桃色の残像を伴って、森を上下に分断する軌道を描いた。
その光景が僕に把握できたのは、高速の剣が振り抜かれる途中で止まっていたからだ。
正確には、ユウマさんが止めていたのだ。ニゴさんとユウマさんの間に立ったラトちゃんに当たる寸前で。
「なぜ、どうして、そいつを庇うんだ!」
「だって、依頼者をころされてはクエストにならないのだ」
「依頼者、だって…? こいつがアリサとエリに何をしたか分かっているのか!」
「ラトには前金を“与えて”ある。お前は、お前が守ろうとする者を殺さなければ、俺を殺せないんだよ」
すぐ近くで大破壊が展開されたので、僕は被害範囲が想定内に収まっていることを改めて確認した。
あらかじめ講じていた対策は、十分に機能している。
「諦めるか…! ラト、どうしてそのスキルを持っているか知らないが、…そいつは俺が貰うぜ!」
ラトちゃんの周囲の風景が歪みながらユウマさんの方へ流れていく。
ロザリィさんの場合と類似の現象で、今回は星ではなくスキルに作用するようだ。
ギルドカードに記載されるスキルについて、ラトちゃんの習得済みの状態と、ユウマさんの未習得の状態が、入れ替わる変換が作用する。
ギルドカードに記載されたスキル名は、ラトちゃんとユウマさんで同じであり、スキル名以外の欄を隠してしまえば、両者を識別することはできない。
スキルは、冒険者間で入れ替えても識別できないという性質、対称性を有する。
この対称性を利用した変換により、ラトちゃんのスキルは未習得に切り替わってギルドカードからスキル名が消え、ユウマさんのギルドカードには習得済みになったスキル名が記載される。
そして、この魔法現象に特有の魔力応答が、僕の魔力板に記録される。
「やはり特殊能力者だったか。おいラト、奴が何かする前に殺れ!」
「ぼくに命令せず、ニゴがやればいいのだ」
「できないから言っている!」
剣を鞘に納め、片手を天に掲げるユウマさん。
「昨晩の光を見たか? これで射抜かれるのは、邪悪なモンスターだけだ。行け! 射法《ムーンアロ―》」
「昨晩…また、アレが来るのか…!」
伸ばした手から光の矢が空に昇り、そのままどんどん遠く昇っていき、やがて、消えていった。
ひゅう、と乾いた風が吹き抜けて、緑葉の薫りが僕たちに流れ映った。
「ユウマ、ぼくから2つ教えてやる。ひとつ、昼月は弓にならない」
ラトちゃんは魔導書を開き、指で新たな魔法を記した。ページをなぞると、ユウマさんの周囲の空間が歪み始める。
「ふたつ、許可なく他者のものを取るのは、押し取りなのだ」
魔力板は、先ほどと全く同じ応答を示している。ふたりの冒険者間で、スキルの習得状態を入れ替える変換、対称操作が作用しているのだ。同じ変換を続けて行うと、状態はもとに戻る。
「押し取りなら、きちんと戻してもらうからな」
「もともと俺のものでも、ラトの場合は許可が必要だったのか。なら、俺にくれよ。あいつを殺して、俺のアリサとエリを救うだけの力を…!」
ユウマさんは、星やスキル、恐らくはギルドカードに記載される名前以外の項目について、自他の区別がついていないみたいだ。
他者が習得したスキルを自分のものだと確信することが、変換を作用させる確固たるイメージになっているのだろう。
「ぼく以外から押し取ったものを戻せば、ぼくのぱわーを取ることを許可するのだ」
「押し取ったものなんてないな。特にこんな、喋るゴブリンからは。エンカウントしたのも初めてだ」
パワーを取らせるなんて物騒な提案をするラトちゃんを押しのけて、ニゴさんが前に出ていく。
「俺は既に思い出している。ああ、思い出したよ。そのツラを拝んだ瞬間にな」
「聞こえなかったのなら何度でも言ってやる。喋るゴブリンなんぞに遭遇した試しは無い」
「考えてみたか? たかがゴブリンの俺が、どうして喋っているのか」
ふたりが害意をむき出しにして対峙する。
「なぜならば、俺が人間だったからだ。お前があの場所で奪ったのが、俺の人間性だったからだ」
「お前…何を言っているんだ…?」
険しい表情のまま、大きな?マークを浮かべるユウマさん。
「まあそれも、今となってはどうでもいいことだ。ラト、依頼はもう終わりでいい」
「まだ、ニゴのニンゲン性を戻していないのだ」
「進化が、既に始まっている」
進化。
モンスターは進化という過程を持ち、これはゴブリンからホブゴブリンやゴブリンリーダー等の上位種に移行することとは本質的に異なる。
ここで言う進化とは、現在の種族とは別の種族への変化を意味する。進化先の種族にはある程度の共通点がみられる場合が多く、例えばゴブリンの進化先としては、オーガやギガースなど、二足歩行するモンスターが知られている。
進化する条件は明らかにされていないけど、モンスターの危険性が段違いに跳ね上がる事は確かだ。
「確信が、言葉では言い尽くせない確かな感覚が、俺にはある。進化が完成すれば、俺はもはや俺でなくなる。人間性が戻ったところで、元の俺に戻ることはないだろう」
ニゴさんの身体から瘴気が滲み出す。
「ラト、他者のものを許可なく取ったら、持ち主に返すべきだな?」
「その通りなのだ」
逆巻く黒霧の中に、濁った赤黒い瞳が揺らめく。
「昨晩に全滅したモンスターは、…俺のものだった。俺が自らの《進化》を与えた、あのダンジョンから生み出たモンスター達。俺が奪われたものを取り戻すための戦力は全て失われ、俺自身を失わせる《進化》だけが戻ってきた」
「そうだったのか。それは、戻さなきゃだな」
「いや、もういいさ。あれだけ、あれほど、後悔しないよう手を尽くして…此処に行きついた。俺の運命は決まっていたんだ。もし悪いと思うなら、ラトには受け取ってもらおう。奴を殺すために与える、俺の純然たる殺意を」
害意を帯びたニゴさんの呟きに、ユウマさんが声を張り上げる。
「ふざけるな! 進化を与えただか何だか知らないが、ただの押し付けだろうが! ラトの力は俺によって正しく使われるべきだ、そうだろ?」
ラトちゃんはめくっていた魔導書をパタンと閉じると、ニゴさんとユウマさんを交互に確認し、片手を空に翳す。
「近く刻が来る。その刻は、ぼくに押し付けたりぼくから押し取ったり、好きにすると良い。ただ刻が来る前に、ぼくは依頼を達成したいのだ、ルーちゃん」
「ちょうど、魔法の解析が終わったとこだよ」
僕は倒れていた奴隷の少女達に変換魔法を作用させ、苦悶の止まることを確認した。
「な…! 俺が与えた殺意を止めたというのか!?」
「同じ変換魔法を作用させれば、元の状態に戻る。このように、対称操作を利用することで、ニゴさんの盗まれたものを取り戻す依頼を達成します」
以前会った時にニゴさんがラトちゃんに作用させた魔力応答と、先ほどユウマさんがラトちゃんに作用させた時の魔力応答を比較すれば、これらの変換が同型であることが容易に結論できる。
ニゴさんはラトちゃんに対し、思考を押し付ける変換魔法を用いた。
ユウマさんはラトちゃんに対し、スキルを押し取る変換魔法を用いた。
ふたりの使用する変換魔法は、どちらも2次の対称群S₂と同型であり、同じ構造をしていることが分かった。
ユウマさんの場合は、ギルドカードに記載された状態を入れ替えるという変換だった。
自分に無く相手に有る状態に対して作用しており、星やスキルの押し取りという形で使用されていた。
ニゴさんはギルドカードを持っていないけれど、モンスターにも特有の状態、例えば殺意がある。これらを扱う裏ギルドカードみたいなものがあって、そこに記載された状態を入れ替える変換だと解釈できる。
相手に無く自分に有る状態に作用しており、殺意や進化の押し付けという形で使用されていた。
それぞれ変換魔法を行使するための条件は、いくつもあるのだろう。
しかしながら、純粋な魔法現象のみに注目してみると、どちらも同じ構造であり、区別する必要はない。
具体的に、2次の対称群S₂でまとめられる。
こうしてみると、ギルドカードの表と裏(そういうものがあったとして)、これらの状態の対称操作を統一的に扱える変換群がありそうに思える。
それは次の群であり、ニゴさんが進化を与えることで生成したダンジョンの壁紙群pmmと群同型だ。
結局は、ニゴさんについて、次のような変換を作用させればよい。
モンスター(ギルドカード裏)で、ニンゲン性の無い状態。
⇅
冒険者(ギルドカード表)で、ニンゲン性のある状態。
相当するのは、両方入れ替える、変換γだ。
目的の変換の形が分かっていれば、これまでに得られた魔力応答から、必要な変換魔法が求められる。
「今日は条件が良かったな」
「本日はお日柄がいいのだ」
歩いてきたラトちゃんの魔導書に、魔法陣を転写する。
綺麗な白い手の影がページを軽くなぞると、膨大な魔力が行使されて変換魔法が作用する。
ニゴさんとユウマさんの抱える事情がどういったものかは、魔法を使う上ではさほど重要ではない。
変換γをニゴさんに作用させた結果、対峙するのは同じような顔立ちの者となった。
「俺が…ユウマが、もう一人?」
「俺は…加見島 勇舞はお前じゃない」
植物を編んだ服を着ているカミシマ・ユウマさんに、古びたリメリア銀貨を手渡される。
「ありがとう。ラト、ルークン、おかげで俺は自分を取り戻した」
「これで依頼は達成だな」
「手遅れにならなくて良かった」
僕はラトちゃんとハイタッチした後、魔導書のページを開く。書かれているのは、僕が使える数少ない大教会式の呪文の一つ。
初級風魔法、教法《ワールウインド》。
「クエストを達成したら、これをやらなきゃ!」
「まだ何かあるの?」
木々が倒れて広がった林冠が、申し分のない陽だまりを作り出している。僕は《ワールウインド》の詠唱で起こした穏やかな風の中に、ラトちゃんの手を握って走り込む。
旋回する空気の流れの中心でラトちゃんを持ち上げて掲げると、明るくその口を開き、僕と同じ魔法を詠唱する。
軽快な音楽とファンファーレが鳴り響く中、身体を舞い上げる緑色の風を僕たちは手をつないで乗りこなし、ふわりと地面に降り立った。
========================
クエスト・コンプリート!
========================
「うまく決まったな」
「今日は、お日柄が良いからな」
クエストを完了して一息ついた僕は、急に視界が大きく湾曲するのを感じた。
よろける僕に歪んだ手のひらを広げているのは、あれは剣士の方のユウマさんか?
警告の表示はないのに、何かが僕の身に起きようとしている。
「俺の能力は、進化した。ルークンと言ったな。良く隠していたようだが、そのユニークスキルは俺のものだ」
「ユニーク? 僕に固有なスキルなんてあったのか?」
「分からなくて当然。それはもともと、俺のものだからだ。そうだろ? そうだよな? そうに決まってるッ!」
固有という呼称から、世界でただ1つのスキルが想定される。
固有であれば、スキル名だけで僕のものだと分かる。つまり、普通のスキルと違って、区別がつけられるはずだ。
この場合、対称群S₂では変換ができない。
恐らく変換できる状態が、ギルドカードに記載される項目以外にも拡張されたのだろう。しかし、僕の対応はこれまでと全く変わりない。
変換の構造はpmmと群同型だ。変換時の魔力応答を取得して、同じ変換魔法を再現し、元の状態に戻す。
絶え間ない風景のうねりを伴い、見えざる実存のような何かが纏わりつく。
魔力応答を検出する魔力板に、応答は無い。
それらは全く無抵抗に僕に入り込み、内側から外側に向かって這いまわるように広がっていく。
魔力板に応答は無い。
ほんの一瞬の間、それらが去る音の欠片が僕の鼓動に微かに混ざったと同時に、僕は妙な虚脱を感覚した。
魔力板に応答は無い。
歪んでいた風景が元に戻った。
魔力板に応答は無い。
応答は無い。
無い。
酷く不可解な直感が僕に語り掛ける。
僕は、何かを盗まれた。
その何かは、僕の感覚の外にあった。
昨晩の《ムーンアロ―:弦月夜》はニゴさんを射抜いていなかったようで、何よりだと思う。
依頼者を殺したなんて、やっちゃいましたじゃ済まされない。
ふたりで待っていると、不意にラトちゃんが立ち上がった。
「もう来たの?」
「ううん、来たのは3名だな。本日は、お日柄が良いのだ」
静かに口を弧にして笑うラトちゃんの、綺麗な青髪がざわりと揺らめく。
【Caution: Magion Detected】
「この応答は、向こうの《鑑定》か。流石に範囲が広いな」
「レベル1013、パーティメンバーは22、23。ふぅん、中々面白いものを持っているのだ」
「ラトちゃん良くわかるね」
「《鑑定》は可逆だからな。ぼくを知ろうとする者は、ぼくに知られるのだ」
でも、相手が金星等級なのを気にもかけずに可逆に利用できるとは。今さらながら、なぜラトちゃんが銅星等級で登録できたのかよくわからない。
「とりあえず、近くまで来たら話を聞い」
突然、僕の視界が真横に平行移動し、そのまま茂みの中まで飛び込んだ。
遅れて、僕は視界のアラート表示に気付いた。
【Caution: Enemy Attacking】
【Using autospell (動法《並進:[100]》)】
緊急回避システムが作動している。
念のために感度を上げておいて良かった。
「おい君、大丈夫だったか!? どうして銅星の子がこんなところに」
「不躾だな。ぼくの夢と心が大きいことに感謝しながら、まずは名乗るとよいのだ」
僕の居た地面には大きな亀裂が走っていて、延長線上にあった高木が、大きな音を表しながら左右に分かれて倒れていく。
あの白銀に輝く剣を片手に持った冒険者が、僕に剣を振ったのか? いったい何のために。
「あ、すまない。自己紹介が遅れたな。俺はユウマ、見ての通り冒険者だ」
「ぼくのことはラトと呼ぶがいいのだ。ユウマ、他の冒険者にいきなり戦闘を仕掛けるのは良くないのだ」
「俺がラトを守るためだ」
きっぱり言い放つ彼に、茂みから出て行って文句をつける。
「僕を叩き切ることが良い解決策とは、全く思えません」
「お~、ルーちゃんが生きていたのだ」
「危なかったよ。魔法と違って、物理攻撃の対応は苦手だから」
「…ただの銅星じゃないな。お前は何者だ」
やはり、ただの冒険者ならまっぷたつにするつもりだったのだろう。
「僕はルークン、術理院会員です」
「術理院、会員? 何だか知らんが、さっきのを一人で逃げるようなら、ラトは俺が守るべきだ。そうだろ?」
ラトちゃんを守るために僕を殺害する論理には理解が及ばない。僕は分断された倒木を指さして主張する。
「僕の考えは違います。見知らぬ冒険者を問答無用で両断する精神で誰かを守るべきか、熟考する必要があると思います」
「力を持たない奴は、何もできない。いつもそうやって好き勝手に口を出すだけだ」
話し合いになりそうに無い。理屈では説明できない感覚が、きっとあるのだろう。
「ユウマがぼくを守ってくれる、それは誓約か?」
「約束する。だから、俺と共に来い、ラト」
差し伸べられた手をすり抜けるように、掌が空に翳される。その小さな陰の中、ラトちゃんが月弧のように笑う。
「ユウマ、ぼくはその刻を心待ちにしているのだ。話は変わって、奴隷共はいいのか?」
「エリとアリサのことか? 仲間が増えてふたりとも喜ぶだろうな。そうだろ?」
追いついていた褐色肌の少女とフードを被った少女に、ユウマさんが振り向いて呼びかける。
俯いたふたりは、とても緩慢な動作で顔をあげると、開き切った瞳孔をユウマさんに向けた。
「……ご主人様はそんなこと言わない、ですご主人様はアリサだけみてくれますご主人様はアリサを捨てない、ですご主人様を取り戻さなくちゃいけませんご主人様をもう一度」
「ますたぁを殺してエリも死ぬ、がーん」
「な!? おい、二人とも、どうしたんだ!」
虚ろな剣幕でユウマさんに掴みかかるふたりは、やがて自分たちの首輪を押さえて苦しみ始めた。
顔からみるみる血の気が引き、開き切った両目から血涙がこぼれ落ちる。
「いき、が、でき…」
「うぐぅ...えぐっ...うぅぅ...」
詳細な原理は分からないけれど、奴隷が主君に危害を与えようとした結果、何らかの処理がなされたものと推察できる。ああいった懲罰的な魔道具が、いまだに使われることがあるのか。
「ふむ、やはり奴隷では殺せないようだ」
近くの木の上から、ゴブリンに特有のしわがれた風味が聴こえた。
既にこの場所には、ニゴさんが来ているようだ。
「…何者だ!!」
風景に、白銀が一閃した。
大きな枝が風景ごと薙がれたように斜めにずれて落下し、舞い降る緑の葉と共にニゴさんが姿を表す。
「喋るゴブリン…?? お前、俺のふたりに何をした!!」
「兵隊になって貰った。お前を殺すためのな」
「くっ、狂気の状態異常か。そんなものは俺の主法《パーフェクトリカバー》で…」
回復魔法の詠唱により、祈りのベールがうずくまるふたりを包み込む。しかし、ユウマさんの祈りはどこにも届くことはなかった。
「無駄だ」
「そんな…馬鹿な…! 《パーフェクトリカバー》で治らない状態異常はないはずだ!」
「そこの奴隷共には、俺の殺意を“与えて”ある。知っているか? なぜモンスターが勝ち目のない、自分より強い冒険者にさえ襲いかかるのか」
僕に推測できるのは、奴隷ふたりに何らかの変換魔法が作用したことのみだ。
「そこに理由は無い。純然たる殺意、お前を殺すという理由なき意思だ。例え消そうとも何度でも生まれ沸く俺達の殺意に……終わりなど無い」
赤黒く濁った瞳に、ユウマさんが剣を中段に構え直す。
「卑怯な手を使わず俺に直接来たらどうだ! 奴隷が主人に危害を加えようとしても、首輪の魔力で苦しむだけなんだぞ!」
「そいつらが苦しむのは、お前のおかげだ。そこのガキ共を人間扱いせずに隷属させた、お前のな」
ニゴさんの口から乾いた嘲笑が漏れる。
「人間ではない奴隷だからこそ、俺の殺意を与えられた。お前が死なない限り、奴隷共は死ぬまで苦しみ続ける運命にある。唯一の救済はすなわち、死だ」
「ならば、お前の死でもって救うまで。そのための強さは既に貰っている、そうだろ?」
ニゴさんを取り巻く闇に相対するように、ユウマさんの剣が眩い輝きに覆われる。
離れた僕まで熱として伝わってくる程の燦然、その源となる金星等級の魔力が、周囲の魔力場をかき乱して轟音を生む。
僕は倒れていた奴隷ふたりに動法《並進:[010]》を作用させて後ろに下げ、念のために防衛魔法陣を展開した。
「主技《主剣》 ソードォ! オブ! マスターパワァアア!!! 」
10倍以上に巨大化した輝きの剣が、薄桃色の残像を伴って、森を上下に分断する軌道を描いた。
その光景が僕に把握できたのは、高速の剣が振り抜かれる途中で止まっていたからだ。
正確には、ユウマさんが止めていたのだ。ニゴさんとユウマさんの間に立ったラトちゃんに当たる寸前で。
「なぜ、どうして、そいつを庇うんだ!」
「だって、依頼者をころされてはクエストにならないのだ」
「依頼者、だって…? こいつがアリサとエリに何をしたか分かっているのか!」
「ラトには前金を“与えて”ある。お前は、お前が守ろうとする者を殺さなければ、俺を殺せないんだよ」
すぐ近くで大破壊が展開されたので、僕は被害範囲が想定内に収まっていることを改めて確認した。
あらかじめ講じていた対策は、十分に機能している。
「諦めるか…! ラト、どうしてそのスキルを持っているか知らないが、…そいつは俺が貰うぜ!」
ラトちゃんの周囲の風景が歪みながらユウマさんの方へ流れていく。
ロザリィさんの場合と類似の現象で、今回は星ではなくスキルに作用するようだ。
ギルドカードに記載されるスキルについて、ラトちゃんの習得済みの状態と、ユウマさんの未習得の状態が、入れ替わる変換が作用する。
ギルドカードに記載されたスキル名は、ラトちゃんとユウマさんで同じであり、スキル名以外の欄を隠してしまえば、両者を識別することはできない。
スキルは、冒険者間で入れ替えても識別できないという性質、対称性を有する。
この対称性を利用した変換により、ラトちゃんのスキルは未習得に切り替わってギルドカードからスキル名が消え、ユウマさんのギルドカードには習得済みになったスキル名が記載される。
そして、この魔法現象に特有の魔力応答が、僕の魔力板に記録される。
「やはり特殊能力者だったか。おいラト、奴が何かする前に殺れ!」
「ぼくに命令せず、ニゴがやればいいのだ」
「できないから言っている!」
剣を鞘に納め、片手を天に掲げるユウマさん。
「昨晩の光を見たか? これで射抜かれるのは、邪悪なモンスターだけだ。行け! 射法《ムーンアロ―》」
「昨晩…また、アレが来るのか…!」
伸ばした手から光の矢が空に昇り、そのままどんどん遠く昇っていき、やがて、消えていった。
ひゅう、と乾いた風が吹き抜けて、緑葉の薫りが僕たちに流れ映った。
「ユウマ、ぼくから2つ教えてやる。ひとつ、昼月は弓にならない」
ラトちゃんは魔導書を開き、指で新たな魔法を記した。ページをなぞると、ユウマさんの周囲の空間が歪み始める。
「ふたつ、許可なく他者のものを取るのは、押し取りなのだ」
魔力板は、先ほどと全く同じ応答を示している。ふたりの冒険者間で、スキルの習得状態を入れ替える変換、対称操作が作用しているのだ。同じ変換を続けて行うと、状態はもとに戻る。
「押し取りなら、きちんと戻してもらうからな」
「もともと俺のものでも、ラトの場合は許可が必要だったのか。なら、俺にくれよ。あいつを殺して、俺のアリサとエリを救うだけの力を…!」
ユウマさんは、星やスキル、恐らくはギルドカードに記載される名前以外の項目について、自他の区別がついていないみたいだ。
他者が習得したスキルを自分のものだと確信することが、変換を作用させる確固たるイメージになっているのだろう。
「ぼく以外から押し取ったものを戻せば、ぼくのぱわーを取ることを許可するのだ」
「押し取ったものなんてないな。特にこんな、喋るゴブリンからは。エンカウントしたのも初めてだ」
パワーを取らせるなんて物騒な提案をするラトちゃんを押しのけて、ニゴさんが前に出ていく。
「俺は既に思い出している。ああ、思い出したよ。そのツラを拝んだ瞬間にな」
「聞こえなかったのなら何度でも言ってやる。喋るゴブリンなんぞに遭遇した試しは無い」
「考えてみたか? たかがゴブリンの俺が、どうして喋っているのか」
ふたりが害意をむき出しにして対峙する。
「なぜならば、俺が人間だったからだ。お前があの場所で奪ったのが、俺の人間性だったからだ」
「お前…何を言っているんだ…?」
険しい表情のまま、大きな?マークを浮かべるユウマさん。
「まあそれも、今となってはどうでもいいことだ。ラト、依頼はもう終わりでいい」
「まだ、ニゴのニンゲン性を戻していないのだ」
「進化が、既に始まっている」
進化。
モンスターは進化という過程を持ち、これはゴブリンからホブゴブリンやゴブリンリーダー等の上位種に移行することとは本質的に異なる。
ここで言う進化とは、現在の種族とは別の種族への変化を意味する。進化先の種族にはある程度の共通点がみられる場合が多く、例えばゴブリンの進化先としては、オーガやギガースなど、二足歩行するモンスターが知られている。
進化する条件は明らかにされていないけど、モンスターの危険性が段違いに跳ね上がる事は確かだ。
「確信が、言葉では言い尽くせない確かな感覚が、俺にはある。進化が完成すれば、俺はもはや俺でなくなる。人間性が戻ったところで、元の俺に戻ることはないだろう」
ニゴさんの身体から瘴気が滲み出す。
「ラト、他者のものを許可なく取ったら、持ち主に返すべきだな?」
「その通りなのだ」
逆巻く黒霧の中に、濁った赤黒い瞳が揺らめく。
「昨晩に全滅したモンスターは、…俺のものだった。俺が自らの《進化》を与えた、あのダンジョンから生み出たモンスター達。俺が奪われたものを取り戻すための戦力は全て失われ、俺自身を失わせる《進化》だけが戻ってきた」
「そうだったのか。それは、戻さなきゃだな」
「いや、もういいさ。あれだけ、あれほど、後悔しないよう手を尽くして…此処に行きついた。俺の運命は決まっていたんだ。もし悪いと思うなら、ラトには受け取ってもらおう。奴を殺すために与える、俺の純然たる殺意を」
害意を帯びたニゴさんの呟きに、ユウマさんが声を張り上げる。
「ふざけるな! 進化を与えただか何だか知らないが、ただの押し付けだろうが! ラトの力は俺によって正しく使われるべきだ、そうだろ?」
ラトちゃんはめくっていた魔導書をパタンと閉じると、ニゴさんとユウマさんを交互に確認し、片手を空に翳す。
「近く刻が来る。その刻は、ぼくに押し付けたりぼくから押し取ったり、好きにすると良い。ただ刻が来る前に、ぼくは依頼を達成したいのだ、ルーちゃん」
「ちょうど、魔法の解析が終わったとこだよ」
僕は倒れていた奴隷の少女達に変換魔法を作用させ、苦悶の止まることを確認した。
「な…! 俺が与えた殺意を止めたというのか!?」
「同じ変換魔法を作用させれば、元の状態に戻る。このように、対称操作を利用することで、ニゴさんの盗まれたものを取り戻す依頼を達成します」
以前会った時にニゴさんがラトちゃんに作用させた魔力応答と、先ほどユウマさんがラトちゃんに作用させた時の魔力応答を比較すれば、これらの変換が同型であることが容易に結論できる。
ニゴさんはラトちゃんに対し、思考を押し付ける変換魔法を用いた。
ユウマさんはラトちゃんに対し、スキルを押し取る変換魔法を用いた。
ふたりの使用する変換魔法は、どちらも2次の対称群S₂と同型であり、同じ構造をしていることが分かった。
ユウマさんの場合は、ギルドカードに記載された状態を入れ替えるという変換だった。
自分に無く相手に有る状態に対して作用しており、星やスキルの押し取りという形で使用されていた。
ニゴさんはギルドカードを持っていないけれど、モンスターにも特有の状態、例えば殺意がある。これらを扱う裏ギルドカードみたいなものがあって、そこに記載された状態を入れ替える変換だと解釈できる。
相手に無く自分に有る状態に作用しており、殺意や進化の押し付けという形で使用されていた。
それぞれ変換魔法を行使するための条件は、いくつもあるのだろう。
しかしながら、純粋な魔法現象のみに注目してみると、どちらも同じ構造であり、区別する必要はない。
具体的に、2次の対称群S₂でまとめられる。
こうしてみると、ギルドカードの表と裏(そういうものがあったとして)、これらの状態の対称操作を統一的に扱える変換群がありそうに思える。
それは次の群であり、ニゴさんが進化を与えることで生成したダンジョンの壁紙群pmmと群同型だ。
結局は、ニゴさんについて、次のような変換を作用させればよい。
モンスター(ギルドカード裏)で、ニンゲン性の無い状態。
⇅
冒険者(ギルドカード表)で、ニンゲン性のある状態。
相当するのは、両方入れ替える、変換γだ。
目的の変換の形が分かっていれば、これまでに得られた魔力応答から、必要な変換魔法が求められる。
「今日は条件が良かったな」
「本日はお日柄がいいのだ」
歩いてきたラトちゃんの魔導書に、魔法陣を転写する。
綺麗な白い手の影がページを軽くなぞると、膨大な魔力が行使されて変換魔法が作用する。
ニゴさんとユウマさんの抱える事情がどういったものかは、魔法を使う上ではさほど重要ではない。
変換γをニゴさんに作用させた結果、対峙するのは同じような顔立ちの者となった。
「俺が…ユウマが、もう一人?」
「俺は…加見島 勇舞はお前じゃない」
植物を編んだ服を着ているカミシマ・ユウマさんに、古びたリメリア銀貨を手渡される。
「ありがとう。ラト、ルークン、おかげで俺は自分を取り戻した」
「これで依頼は達成だな」
「手遅れにならなくて良かった」
僕はラトちゃんとハイタッチした後、魔導書のページを開く。書かれているのは、僕が使える数少ない大教会式の呪文の一つ。
初級風魔法、教法《ワールウインド》。
「クエストを達成したら、これをやらなきゃ!」
「まだ何かあるの?」
木々が倒れて広がった林冠が、申し分のない陽だまりを作り出している。僕は《ワールウインド》の詠唱で起こした穏やかな風の中に、ラトちゃんの手を握って走り込む。
旋回する空気の流れの中心でラトちゃんを持ち上げて掲げると、明るくその口を開き、僕と同じ魔法を詠唱する。
軽快な音楽とファンファーレが鳴り響く中、身体を舞い上げる緑色の風を僕たちは手をつないで乗りこなし、ふわりと地面に降り立った。
========================
クエスト・コンプリート!
========================
「うまく決まったな」
「今日は、お日柄が良いからな」
クエストを完了して一息ついた僕は、急に視界が大きく湾曲するのを感じた。
よろける僕に歪んだ手のひらを広げているのは、あれは剣士の方のユウマさんか?
警告の表示はないのに、何かが僕の身に起きようとしている。
「俺の能力は、進化した。ルークンと言ったな。良く隠していたようだが、そのユニークスキルは俺のものだ」
「ユニーク? 僕に固有なスキルなんてあったのか?」
「分からなくて当然。それはもともと、俺のものだからだ。そうだろ? そうだよな? そうに決まってるッ!」
固有という呼称から、世界でただ1つのスキルが想定される。
固有であれば、スキル名だけで僕のものだと分かる。つまり、普通のスキルと違って、区別がつけられるはずだ。
この場合、対称群S₂では変換ができない。
恐らく変換できる状態が、ギルドカードに記載される項目以外にも拡張されたのだろう。しかし、僕の対応はこれまでと全く変わりない。
変換の構造はpmmと群同型だ。変換時の魔力応答を取得して、同じ変換魔法を再現し、元の状態に戻す。
絶え間ない風景のうねりを伴い、見えざる実存のような何かが纏わりつく。
魔力応答を検出する魔力板に、応答は無い。
それらは全く無抵抗に僕に入り込み、内側から外側に向かって這いまわるように広がっていく。
魔力板に応答は無い。
ほんの一瞬の間、それらが去る音の欠片が僕の鼓動に微かに混ざったと同時に、僕は妙な虚脱を感覚した。
魔力板に応答は無い。
歪んでいた風景が元に戻った。
魔力板に応答は無い。
応答は無い。
無い。
酷く不可解な直感が僕に語り掛ける。
僕は、何かを盗まれた。
その何かは、僕の感覚の外にあった。
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