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Chapter 3 僕の場合
3.16 ある神の場合
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後日、ギルドに簡易レポートを提出した帰りに、焦燥した様子のカミシマさんが声をかけてきた。
「こんにちは、カミシマさん。目が覚めたんですね」
「ルークンだよな。聞いた通り外見は違うが」
思ったより対称性の戻り方がゆっくりであり、まだ僕の髪も青いままだ。
「まずは先日の礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「クエスト報酬は貰いましたし、お礼なんていいですよ。顔を上げてください」
僕なんかに深く頭を下げた姿をあの奴隷達に見られたらまずい。幸い、近くにはいないようだ。
「今日はおひとりなんですね」
「それだよ。気が付いたらゲームの世界にいて、自キャラに自分を乗っ取られたあげく、寝てる間に奴隷の主君兼カルト宗教の神にされていた件について」
「話を聞くので、落ち着いてください」
ギルド併設の酒場のテーブルで話を聞いてみると、カミシマさんはやはり異世界からの召喚者だった。
元の世界では、げーむ、この世界に類似した系のシミュレーションのようなもの、を行っていたとのこと。
カミシマさんの場合、自分の分身となるキャラクターを作成し、操作して、製作者が設定した問題を解いたり、系内で自ら問題を作ったり、他の操作者と交流したりする設計のゲームらしい。
「プレイ中のゲームに似た世界に召喚された。考えにくいが、まあいい」
このような証言は、王都を中心にそれなりの数の報告がある。
「自我を持たないはずの自キャラが人間性を奪って独立し、俺は記憶喪失したゴブリンに変化。そんなこともあるかもしれん」
現在は、ゴブリンだった時に加え、ニンゲンだった時の記憶も朧げに浮かぶとのこと。きっと、ユウマさんの記憶はラムネさんが移したものだ。どうやったのか僕にはわからないけれど。
「人間性を取り返した矢先、気を失って目覚めたら奴隷の主人で神にされた。……なんだこの欲張りセットは!」
「ここを整理しましょう」
魔力板の記録を見る限り、ラムネさんを召喚する前に、尋常じゃない規模のモンスターの大群が出現していたはずだ。
「対応したのは、僕たちではありません」
「俺のギルドカードに討伐記録だけがついてたらしいぞ」
素直に考えればレベルがとんでもないことになる。ところが、ステータスに変化はなかったとのこと。
「俺にどうにかできたわけがない!」
「おやおやおや、私たちの神様が異なことを!」
どこからともなくやってきたラムネさんが僕たちのテーブルに参入した。手に持つ木のコップを見るに、酒場で1杯やっていたと思われる。
「幾千のモンスターが押し寄せる神話級災害をまたたくまに解決。こんなもの、神の奇跡以外にないだろう?」
「そういうお前が神なんじゃないのか? いきなり登場してきた巫女なんて、どう考えても怪しい」
核心を突くカミシマさんに、ラムネさんは大きく胸を張って挑発的に答える。
「神は、神であるが故に、他者を信仰することはできないのだよ。だから、私は神ではない」
「神にタメ口で話す信者もいないと思うが」
「忘れてもらっては困る。神様が私に言ったのさ、敬語を止めろ、とね。くふふ、それとも神様が私を信仰してみるかい? 私たちと同じようにこれを着けて」
ラムネさんは自分の首輪を指すと、ゆっくりと首を横に振る。
「病むだろうな。情熱的な信者が病むよ、ここにいないふたりの」
「ぐっ...」
カミシマさんが拳を握りしめて俯く。
「奴隷が全部で3名。多く所有しているんですね」
「俺には承知した覚えがない!」
握りしめられた拳が机を叩いた。
「そもそも、どうして奴隷など引き連れていたのか。仮にも俺の人間性、倫理観を持った男だったはず」
リメリア王国では奴隷の所有は認可されているけれど、異世界出身のカミシマさんには違和感があるようだ。
「当初は自我を持ち得ないキャラが自我を持ったせいでバグったもの思っていたが、記憶を辿ると、サイコパス化の真相が浮かび上がった…!」
座りながら苦悶の表情を浮かべるカミシマさんの頭に、ラムネさんが大きな胸を寄せる。
「神様、ニンゲンだった頃の記憶を思い起こすのは御身体への負担が大きいな。どれ、私が癒してあげよう」
「邪魔だ」
「じゃ、邪魔!? いうに事欠いて邪魔とは何だい! まったくおかしな神様だ…」
押しのけられてショックを受けるラムネさんを無視し、カミシマさんは深刻な面持ちで説明を続ける。
「初対面の時点で、あの二人は、当時の俺に教え込んでいた。俺こそが主人であり、他者の全てを奪い取って奴隷にすることが絶対的な真理であると。…そこに理由はないらしいが、今の俺には到底受け入れられない」
「一般的に奴隷が主君に抱く感情とは異なる、特殊事例のようですね」
やはり常識ではなかったか、と呟きがこぼれた。
常識は環境により形成されるため、現地情報に乏しい召喚者が判断に迷うのも無理はない。
「かといって、頭ごなしに否定すると首輪が締まる仕組みになっている。取り外そうと言えば泣いて嫌がるし、そもそも方法も分からん。あの奴隷達に、俺は責任を負えない」
「つまり、元の世界に帰りたいということですね」
「ああ、その通りだ」
「では、準備するので場所を移しましょう」
僕の店に戻ると、エプロンをつけて店番をしてくれていたラトちゃんに出迎えられた。
「ラトちゃん、ただいま」
「おかえりなさい。あ、お客さんもいるのか」
「ラト、先日は本当にありがとう。途中からの記憶が曖昧だが、俺がこうして生きているのも、ラトとルークンのおかげだ」
「それはクエストの結果で、報酬は貰ったから気にせずともよいのだ」
淡白な返答にあまり納得がいってなさそうなカミシマさんの後ろから、ラムネさんがひょいと顔を出す。
「やあやあラトちゃん、素敵なエプロン姿じゃあないか」
「えへへ、そう見えるか?」
「何だラムネ、ラトと知り合いだったのか?」
「神様がおやすみの間に仲良くなったのだよ。くふふ」
ラムネさんは、巫女服の袖で口を押えて小さく笑った。
ラトちゃんは用事が終わるまで店を預かると言ってくれたので、奥の部屋でカミシマさんの状態を確認した。
その結果、カミシマさんは既に送還できる状態にあることが分かった。
送還の準備を進める僕たちを、ラムネさんが興味深そうに見ている。
「何と言われようと、俺はもとの世界に戻るぞ」
「構わないともさ。神様が行きたい場所があるのに、どうして私が止められるものか。先輩方には、私からよろしく言っておくよ」
あっけらかんとした答えに、カミシマさんは拍子抜けして表情を崩した。
「身に覚えのない偉業で俺を神に祭り上げたと思えば…掴めないな」
「まあね。それが私というものだよ。くふふ、もし望むならちょっとだけ掴ませてあげ…」
話の途中でカミシマさんは元の世界に送還されていった。用意した魔法陣に僕が魔力を入力した結果だ。
僕に振り返ったラムネさんは着崩そうとしていた服を正して肩をすくめた。
「おいおい、ちょっと無粋じゃあないかな。お別れの挨拶くらい、ちゃんとさせておくれよ」
「すぐに再会するつもりでしょう。カミシマさんは余計な情報を知らない方がいいと思います」
この世界とカミシマさんの世界の間には1対1の関係があり、可逆な召喚魔法が成立する。いま送還しても、またこの世界から召喚することが可能だ。
召喚魔法にはそれなりの知識が要る。しかし、信仰と呼べるほどのイメージとラムネさんの魔力があれば、術理とは別の形で世界間の移動は実現できるだろう。
世界間を移動する変換魔法が作用する際、変換の前後で、ある程度の情報は保たれる。
つまり、元の世界に戻っても、この世界の記憶が朧げに残る可能性はゼロじゃない。いつかまた召喚されることは知らない方が、元の世界で安寧に暮らせるだろう。
「ふむふむ。さすがは召喚士、といったところかな。ラトくん」
「ラトくん? 僕はルークンと言うんですが」
「なに、同じようなものだろう。私を召喚したのだから」
僕はまだ青く染まっている髪を触る。たしかに同じようなものだ。
「それよりラトくん、私の器にあった…何だろう、初回特典? がちゃんと返っていないようだけれど、良かったのかな? もとを辿ればラトくんのだったろう、あれ」
「今のところ、僕に固有な状態が発現していなくても不思議はありません。そのうち元に戻ることもあるでしょう」
ユウマさんは僕の固有スキルを貰ったと言っていた。その後、ユウマさんのキャラクターはラムネさんが再設定している。その際に、変換されていた状態は元に戻してあるとのこと。
ただ、僕はまだラトちゃんとの対称性が元に戻りきっていない。そのため、僕に固有の状態が表れていないと推察できる。
「僕にとって重要なことは、召喚した対象が、簡単に送還できる状態にあるかどうかです」
「送還…? よもや私まで早々に追い返したりしないだろうね!? せっかく良い流れなんだから、しばらく楽しく過ごしたいよ私は!」
「僕の召喚魔法は成功したので、その時点で送還手段も確立されています。お好みの時に還ってください」
ラムネさんは少しぽけっとすると、赤いリボンが結わえられた巫女服の袖で口を押えて笑いながら、反対の手で僕のお腹をつついた。
「はじめてだ。くふ、くふふふ、初めてだよ。私の好きにしていいとは」
「僕たちは進歩していて、それを可能にしました」
無数にある世界から、僕たちの世界で行儀よく振る舞う対象を要請するのが召喚魔法だ。
取り返しのつかない類の問題を起こす召喚対象は除外されるように魔法を構成する。
だからもし、問題になりそうな対象を召喚してしまったとしたら、問題になりそうという直感の方に間違いがあるのだ。
「困るのは、超自然的にこの世界にやってきている神ですよ。それらしき報告が最近多くて」
「へぇ、それはそれは…。先輩方に教えてあげなくてはね。この世界には困ったことに、くふ、私たちの神様以外に、神が実在すると」
妖しげな含み笑いを零すラムネさん。
彼女は術理により可逆的に召喚されていて、この世界では行儀よく振る舞う。
この世界に介入している超自然的な存在を、何とかしてくれるかもしれない。
有限のこの世界に、無限の世界に住む神々が実在するのは、かなり無茶苦茶なことだ。無理をしてこの世界の法則が変わってしまうと、術理が使いにくくなるので困るのだ。
「カミシマさんを召喚する際は、独自のものでなく、この魔法陣で魔法を使ってくださいね」
「約束しよう。私はラトくんの召喚魔法を信頼しているからね」
元の世界で自然な死を迎える直前のカミシマさんが、この世界で最後にいた姿で召喚されるように設計した。
多少は混乱するかもしれないけれど、記憶がごちゃごちゃになって狂ってしまったりはしない。
世界間を自然に移動する変換で保たれる情報、言い換えれば、世界間で持ち越せる情報には、限りがあるから。
「あとのことは宜しくお願いしますね」
「悪いようにはしないさ。フォローだって任せてくれたまえよ。この ラム ネ に」
ラムネさんは魔法陣を受け取ると、紅白の服を翻らせて浮いた足取りで帰っていった。
「こんにちは、カミシマさん。目が覚めたんですね」
「ルークンだよな。聞いた通り外見は違うが」
思ったより対称性の戻り方がゆっくりであり、まだ僕の髪も青いままだ。
「まずは先日の礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「クエスト報酬は貰いましたし、お礼なんていいですよ。顔を上げてください」
僕なんかに深く頭を下げた姿をあの奴隷達に見られたらまずい。幸い、近くにはいないようだ。
「今日はおひとりなんですね」
「それだよ。気が付いたらゲームの世界にいて、自キャラに自分を乗っ取られたあげく、寝てる間に奴隷の主君兼カルト宗教の神にされていた件について」
「話を聞くので、落ち着いてください」
ギルド併設の酒場のテーブルで話を聞いてみると、カミシマさんはやはり異世界からの召喚者だった。
元の世界では、げーむ、この世界に類似した系のシミュレーションのようなもの、を行っていたとのこと。
カミシマさんの場合、自分の分身となるキャラクターを作成し、操作して、製作者が設定した問題を解いたり、系内で自ら問題を作ったり、他の操作者と交流したりする設計のゲームらしい。
「プレイ中のゲームに似た世界に召喚された。考えにくいが、まあいい」
このような証言は、王都を中心にそれなりの数の報告がある。
「自我を持たないはずの自キャラが人間性を奪って独立し、俺は記憶喪失したゴブリンに変化。そんなこともあるかもしれん」
現在は、ゴブリンだった時に加え、ニンゲンだった時の記憶も朧げに浮かぶとのこと。きっと、ユウマさんの記憶はラムネさんが移したものだ。どうやったのか僕にはわからないけれど。
「人間性を取り返した矢先、気を失って目覚めたら奴隷の主人で神にされた。……なんだこの欲張りセットは!」
「ここを整理しましょう」
魔力板の記録を見る限り、ラムネさんを召喚する前に、尋常じゃない規模のモンスターの大群が出現していたはずだ。
「対応したのは、僕たちではありません」
「俺のギルドカードに討伐記録だけがついてたらしいぞ」
素直に考えればレベルがとんでもないことになる。ところが、ステータスに変化はなかったとのこと。
「俺にどうにかできたわけがない!」
「おやおやおや、私たちの神様が異なことを!」
どこからともなくやってきたラムネさんが僕たちのテーブルに参入した。手に持つ木のコップを見るに、酒場で1杯やっていたと思われる。
「幾千のモンスターが押し寄せる神話級災害をまたたくまに解決。こんなもの、神の奇跡以外にないだろう?」
「そういうお前が神なんじゃないのか? いきなり登場してきた巫女なんて、どう考えても怪しい」
核心を突くカミシマさんに、ラムネさんは大きく胸を張って挑発的に答える。
「神は、神であるが故に、他者を信仰することはできないのだよ。だから、私は神ではない」
「神にタメ口で話す信者もいないと思うが」
「忘れてもらっては困る。神様が私に言ったのさ、敬語を止めろ、とね。くふふ、それとも神様が私を信仰してみるかい? 私たちと同じようにこれを着けて」
ラムネさんは自分の首輪を指すと、ゆっくりと首を横に振る。
「病むだろうな。情熱的な信者が病むよ、ここにいないふたりの」
「ぐっ...」
カミシマさんが拳を握りしめて俯く。
「奴隷が全部で3名。多く所有しているんですね」
「俺には承知した覚えがない!」
握りしめられた拳が机を叩いた。
「そもそも、どうして奴隷など引き連れていたのか。仮にも俺の人間性、倫理観を持った男だったはず」
リメリア王国では奴隷の所有は認可されているけれど、異世界出身のカミシマさんには違和感があるようだ。
「当初は自我を持ち得ないキャラが自我を持ったせいでバグったもの思っていたが、記憶を辿ると、サイコパス化の真相が浮かび上がった…!」
座りながら苦悶の表情を浮かべるカミシマさんの頭に、ラムネさんが大きな胸を寄せる。
「神様、ニンゲンだった頃の記憶を思い起こすのは御身体への負担が大きいな。どれ、私が癒してあげよう」
「邪魔だ」
「じゃ、邪魔!? いうに事欠いて邪魔とは何だい! まったくおかしな神様だ…」
押しのけられてショックを受けるラムネさんを無視し、カミシマさんは深刻な面持ちで説明を続ける。
「初対面の時点で、あの二人は、当時の俺に教え込んでいた。俺こそが主人であり、他者の全てを奪い取って奴隷にすることが絶対的な真理であると。…そこに理由はないらしいが、今の俺には到底受け入れられない」
「一般的に奴隷が主君に抱く感情とは異なる、特殊事例のようですね」
やはり常識ではなかったか、と呟きがこぼれた。
常識は環境により形成されるため、現地情報に乏しい召喚者が判断に迷うのも無理はない。
「かといって、頭ごなしに否定すると首輪が締まる仕組みになっている。取り外そうと言えば泣いて嫌がるし、そもそも方法も分からん。あの奴隷達に、俺は責任を負えない」
「つまり、元の世界に帰りたいということですね」
「ああ、その通りだ」
「では、準備するので場所を移しましょう」
僕の店に戻ると、エプロンをつけて店番をしてくれていたラトちゃんに出迎えられた。
「ラトちゃん、ただいま」
「おかえりなさい。あ、お客さんもいるのか」
「ラト、先日は本当にありがとう。途中からの記憶が曖昧だが、俺がこうして生きているのも、ラトとルークンのおかげだ」
「それはクエストの結果で、報酬は貰ったから気にせずともよいのだ」
淡白な返答にあまり納得がいってなさそうなカミシマさんの後ろから、ラムネさんがひょいと顔を出す。
「やあやあラトちゃん、素敵なエプロン姿じゃあないか」
「えへへ、そう見えるか?」
「何だラムネ、ラトと知り合いだったのか?」
「神様がおやすみの間に仲良くなったのだよ。くふふ」
ラムネさんは、巫女服の袖で口を押えて小さく笑った。
ラトちゃんは用事が終わるまで店を預かると言ってくれたので、奥の部屋でカミシマさんの状態を確認した。
その結果、カミシマさんは既に送還できる状態にあることが分かった。
送還の準備を進める僕たちを、ラムネさんが興味深そうに見ている。
「何と言われようと、俺はもとの世界に戻るぞ」
「構わないともさ。神様が行きたい場所があるのに、どうして私が止められるものか。先輩方には、私からよろしく言っておくよ」
あっけらかんとした答えに、カミシマさんは拍子抜けして表情を崩した。
「身に覚えのない偉業で俺を神に祭り上げたと思えば…掴めないな」
「まあね。それが私というものだよ。くふふ、もし望むならちょっとだけ掴ませてあげ…」
話の途中でカミシマさんは元の世界に送還されていった。用意した魔法陣に僕が魔力を入力した結果だ。
僕に振り返ったラムネさんは着崩そうとしていた服を正して肩をすくめた。
「おいおい、ちょっと無粋じゃあないかな。お別れの挨拶くらい、ちゃんとさせておくれよ」
「すぐに再会するつもりでしょう。カミシマさんは余計な情報を知らない方がいいと思います」
この世界とカミシマさんの世界の間には1対1の関係があり、可逆な召喚魔法が成立する。いま送還しても、またこの世界から召喚することが可能だ。
召喚魔法にはそれなりの知識が要る。しかし、信仰と呼べるほどのイメージとラムネさんの魔力があれば、術理とは別の形で世界間の移動は実現できるだろう。
世界間を移動する変換魔法が作用する際、変換の前後で、ある程度の情報は保たれる。
つまり、元の世界に戻っても、この世界の記憶が朧げに残る可能性はゼロじゃない。いつかまた召喚されることは知らない方が、元の世界で安寧に暮らせるだろう。
「ふむふむ。さすがは召喚士、といったところかな。ラトくん」
「ラトくん? 僕はルークンと言うんですが」
「なに、同じようなものだろう。私を召喚したのだから」
僕はまだ青く染まっている髪を触る。たしかに同じようなものだ。
「それよりラトくん、私の器にあった…何だろう、初回特典? がちゃんと返っていないようだけれど、良かったのかな? もとを辿ればラトくんのだったろう、あれ」
「今のところ、僕に固有な状態が発現していなくても不思議はありません。そのうち元に戻ることもあるでしょう」
ユウマさんは僕の固有スキルを貰ったと言っていた。その後、ユウマさんのキャラクターはラムネさんが再設定している。その際に、変換されていた状態は元に戻してあるとのこと。
ただ、僕はまだラトちゃんとの対称性が元に戻りきっていない。そのため、僕に固有の状態が表れていないと推察できる。
「僕にとって重要なことは、召喚した対象が、簡単に送還できる状態にあるかどうかです」
「送還…? よもや私まで早々に追い返したりしないだろうね!? せっかく良い流れなんだから、しばらく楽しく過ごしたいよ私は!」
「僕の召喚魔法は成功したので、その時点で送還手段も確立されています。お好みの時に還ってください」
ラムネさんは少しぽけっとすると、赤いリボンが結わえられた巫女服の袖で口を押えて笑いながら、反対の手で僕のお腹をつついた。
「はじめてだ。くふ、くふふふ、初めてだよ。私の好きにしていいとは」
「僕たちは進歩していて、それを可能にしました」
無数にある世界から、僕たちの世界で行儀よく振る舞う対象を要請するのが召喚魔法だ。
取り返しのつかない類の問題を起こす召喚対象は除外されるように魔法を構成する。
だからもし、問題になりそうな対象を召喚してしまったとしたら、問題になりそうという直感の方に間違いがあるのだ。
「困るのは、超自然的にこの世界にやってきている神ですよ。それらしき報告が最近多くて」
「へぇ、それはそれは…。先輩方に教えてあげなくてはね。この世界には困ったことに、くふ、私たちの神様以外に、神が実在すると」
妖しげな含み笑いを零すラムネさん。
彼女は術理により可逆的に召喚されていて、この世界では行儀よく振る舞う。
この世界に介入している超自然的な存在を、何とかしてくれるかもしれない。
有限のこの世界に、無限の世界に住む神々が実在するのは、かなり無茶苦茶なことだ。無理をしてこの世界の法則が変わってしまうと、術理が使いにくくなるので困るのだ。
「カミシマさんを召喚する際は、独自のものでなく、この魔法陣で魔法を使ってくださいね」
「約束しよう。私はラトくんの召喚魔法を信頼しているからね」
元の世界で自然な死を迎える直前のカミシマさんが、この世界で最後にいた姿で召喚されるように設計した。
多少は混乱するかもしれないけれど、記憶がごちゃごちゃになって狂ってしまったりはしない。
世界間を自然に移動する変換で保たれる情報、言い換えれば、世界間で持ち越せる情報には、限りがあるから。
「あとのことは宜しくお願いしますね」
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