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第一章 学院編
第6話 食堂にて
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「エスト、あんたって奴は、なんてことを……」
あのお調子者のキーラが頭を抱えている。
その隣にもまったく同じポーズ、同じ髪型のお嬢様が座っている。
俺たちは寮の食堂へ来ていた。
俺はラーメンともうどんとも異なる謎の麺メニューを眼前に据えていた。スープに浸かっているからパスタではないだろう。しっとり香ばしい湯気が俺の鼻を刺激する。
ヌーダという食べ物らしい。
得物はフォークでもなく、箸でもない。金属棒だった。棒の腹に先の丸い棘が多数突き出している。これはヌーダ専用の食器なのだろうか。
「あのゴリマッチョ、おまえらより温い環境で育ったお坊ちゃまらしいな。あれで生まれて初めての屈辱だってよ。頭が鳥の巣になっているおまえらに比べたら……」
「ああっ! 忘れてた! 髪をセットしなおしてこなきゃ」
「本当ですわ。わたくしとしたことが。そもそも、こうなったのはあなたのせいですわ! 風紀委員のわたくしの身だしなみが乱れていると、ほかの生徒たちに示しがつかないではないですか。どうしてくれますの?」
リーズが身を乗り出し、歯をギリギリと擦り合わせ、歯痒そうな顔で俺を睨む。
だが俺の視線は意図せず、別の方へと導かれた。コツコツコツ、と子気味よく響く足音に注意を引かれたのだ。
そちらからはスラリとした長身に黒髪ロングヘアーの女が近づいてきて、俺たちの横で立ち止まった。
ビシッと着こなす制服には皺一つなく、そのたたずまいには一部の隙もないように感じられた。
「お、お姉様! おはようございます」
「おはよう。リーズ、何ですかその髪は。あなたもですよ、キーラさん」
透明度の高い、よく通る声だった。
リーズの姉ということは、この人が風紀委員長ということか。ジム・アクティも生徒会役員だったから、この人ももしかしたら四天魔の一人の可能性がある。
「いや、あの、お姉様、これは違うんですのよ! この粗暴な男にやられましたのよ! 風紀を乱しているのはこの男ですわ」
リーズは何度も俺のことを指差して弁明する。
リーズの姉の視線が俺に向けられる。
リーズの取り繕いは俺の癇に障るものだが、ここは風紀委員長に喧嘩を売っておくいい機会だ。
だが、リーズの姉の視線はすぐにリーズへと戻された。そして彼女の叱咤は俺ではなく妹に対してなされた。
「リーズ、見苦しいですよ。たとえそれが事実だとしても、むやみに他者を咎め、自分だけ責から逃れようとするのは、人の模範となる行動とは言えません。相手が恩人なら、なおさらです」
彼女がチラと視線を移すと、その先にはキーラがいた。リーズと同じく俺を指差すポーズで、口の方でもリーズの加勢をしようとしていたところだったが、先陣が風紀の番人に咎めを受けたため、即座に指をテーブルの下へとしまってニコリと微笑んだ。
リーズの姉はキーラにニコリと微笑を返し、そして俺の方へ向き直った。
「あなたがエストさんですね? 私はリーズの姉でルーレ・リッヒといいます。話はうかがいました。妹を助けてくださったそうですね?」
「え、ああ、まあ」
「エストさん、このたびはどうもありがとうございました」
深々と頭を下げ、清潔感のあるいい香りを漂わせる彼女には、さすがの俺も喧嘩を吹っかける気にはれなかった。
礼儀正しい相手は俺のドエスが発動する対象ではない。
それよりも、彼女が深く頭を下げたことによって、食堂に会する生徒たちの視線を集め、俺たちはたちまち衆目に晒された。
どよめく食堂の中から聞き取れる声を拾うと、こんなのが収穫できた。
「あれって風紀委員長じゃない?」
「あの厳格なお方が頭を下げているわ! いったい何が起こっているの?」
「たしかにあのお方は厳格だけど、礼儀正しく愛想もいい人だわ。そういうこともあるわよ」
「でも、あのお方も四天魔の一人だったよね? それほどの人が……」
ふむふむ、やはり彼女は四天魔の一人のようだ。
彼女のまとうオーラというか、醸し出す雰囲気は、ジム・アクティのような雑な威圧感ではない。もっと気品があり、洗練されている。
振り撒くのではなく、あふれ出る覇気。彼女は強そうだ。
「お構いなく。ああ、ただ一つ、図々しいことを承知で言わせてもらうけれど、もしお礼とかしてくれるんなら、一つ聞いてほしい願いがある」
リーズもキーラもポカンと口を開けた。俺のあまりの図々しさに、驚き呆れて言葉を失っているようだ。
肝心のルーレさんは少し目を見開いたが、その威厳を損なうことなく、冷静に対処してくる。
「何でしょう? 私にできることであれば何でもやりましょう。ただし、風紀や倫理にもとることであれば、聞き入れられませんよ」
「俺が望むこと。それは、あんたがバトルフェスティバルに出場すること。それだけだ」
しばしの沈黙が俺たちの間を泳いでいった。
最初に沈黙を破ったのは、やはり冷静なルーレだった。
「分かりました。許可が下りるかは保証できませんが、申請はしておきましょう」
ルーレは微笑を俺のヌーダの上に置いて去っていった。
ただ、あの凛々しい瞳の奥には、剣のように鋭い闘志みたいなものが潜んでいたような気がした。
あのお調子者のキーラが頭を抱えている。
その隣にもまったく同じポーズ、同じ髪型のお嬢様が座っている。
俺たちは寮の食堂へ来ていた。
俺はラーメンともうどんとも異なる謎の麺メニューを眼前に据えていた。スープに浸かっているからパスタではないだろう。しっとり香ばしい湯気が俺の鼻を刺激する。
ヌーダという食べ物らしい。
得物はフォークでもなく、箸でもない。金属棒だった。棒の腹に先の丸い棘が多数突き出している。これはヌーダ専用の食器なのだろうか。
「あのゴリマッチョ、おまえらより温い環境で育ったお坊ちゃまらしいな。あれで生まれて初めての屈辱だってよ。頭が鳥の巣になっているおまえらに比べたら……」
「ああっ! 忘れてた! 髪をセットしなおしてこなきゃ」
「本当ですわ。わたくしとしたことが。そもそも、こうなったのはあなたのせいですわ! 風紀委員のわたくしの身だしなみが乱れていると、ほかの生徒たちに示しがつかないではないですか。どうしてくれますの?」
リーズが身を乗り出し、歯をギリギリと擦り合わせ、歯痒そうな顔で俺を睨む。
だが俺の視線は意図せず、別の方へと導かれた。コツコツコツ、と子気味よく響く足音に注意を引かれたのだ。
そちらからはスラリとした長身に黒髪ロングヘアーの女が近づいてきて、俺たちの横で立ち止まった。
ビシッと着こなす制服には皺一つなく、そのたたずまいには一部の隙もないように感じられた。
「お、お姉様! おはようございます」
「おはよう。リーズ、何ですかその髪は。あなたもですよ、キーラさん」
透明度の高い、よく通る声だった。
リーズの姉ということは、この人が風紀委員長ということか。ジム・アクティも生徒会役員だったから、この人ももしかしたら四天魔の一人の可能性がある。
「いや、あの、お姉様、これは違うんですのよ! この粗暴な男にやられましたのよ! 風紀を乱しているのはこの男ですわ」
リーズは何度も俺のことを指差して弁明する。
リーズの姉の視線が俺に向けられる。
リーズの取り繕いは俺の癇に障るものだが、ここは風紀委員長に喧嘩を売っておくいい機会だ。
だが、リーズの姉の視線はすぐにリーズへと戻された。そして彼女の叱咤は俺ではなく妹に対してなされた。
「リーズ、見苦しいですよ。たとえそれが事実だとしても、むやみに他者を咎め、自分だけ責から逃れようとするのは、人の模範となる行動とは言えません。相手が恩人なら、なおさらです」
彼女がチラと視線を移すと、その先にはキーラがいた。リーズと同じく俺を指差すポーズで、口の方でもリーズの加勢をしようとしていたところだったが、先陣が風紀の番人に咎めを受けたため、即座に指をテーブルの下へとしまってニコリと微笑んだ。
リーズの姉はキーラにニコリと微笑を返し、そして俺の方へ向き直った。
「あなたがエストさんですね? 私はリーズの姉でルーレ・リッヒといいます。話はうかがいました。妹を助けてくださったそうですね?」
「え、ああ、まあ」
「エストさん、このたびはどうもありがとうございました」
深々と頭を下げ、清潔感のあるいい香りを漂わせる彼女には、さすがの俺も喧嘩を吹っかける気にはれなかった。
礼儀正しい相手は俺のドエスが発動する対象ではない。
それよりも、彼女が深く頭を下げたことによって、食堂に会する生徒たちの視線を集め、俺たちはたちまち衆目に晒された。
どよめく食堂の中から聞き取れる声を拾うと、こんなのが収穫できた。
「あれって風紀委員長じゃない?」
「あの厳格なお方が頭を下げているわ! いったい何が起こっているの?」
「たしかにあのお方は厳格だけど、礼儀正しく愛想もいい人だわ。そういうこともあるわよ」
「でも、あのお方も四天魔の一人だったよね? それほどの人が……」
ふむふむ、やはり彼女は四天魔の一人のようだ。
彼女のまとうオーラというか、醸し出す雰囲気は、ジム・アクティのような雑な威圧感ではない。もっと気品があり、洗練されている。
振り撒くのではなく、あふれ出る覇気。彼女は強そうだ。
「お構いなく。ああ、ただ一つ、図々しいことを承知で言わせてもらうけれど、もしお礼とかしてくれるんなら、一つ聞いてほしい願いがある」
リーズもキーラもポカンと口を開けた。俺のあまりの図々しさに、驚き呆れて言葉を失っているようだ。
肝心のルーレさんは少し目を見開いたが、その威厳を損なうことなく、冷静に対処してくる。
「何でしょう? 私にできることであれば何でもやりましょう。ただし、風紀や倫理にもとることであれば、聞き入れられませんよ」
「俺が望むこと。それは、あんたがバトルフェスティバルに出場すること。それだけだ」
しばしの沈黙が俺たちの間を泳いでいった。
最初に沈黙を破ったのは、やはり冷静なルーレだった。
「分かりました。許可が下りるかは保証できませんが、申請はしておきましょう」
ルーレは微笑を俺のヌーダの上に置いて去っていった。
ただ、あの凛々しい瞳の奥には、剣のように鋭い闘志みたいなものが潜んでいたような気がした。
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