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第二章 帝国編
第52話 ダースの本性③
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即座にダースの頭部を真空で包んだ。
異変を察知したダースは、すぐにその異変が自分の周囲から空気が抜かれたための感覚だと気づいたようだ。両目と口を閉じてじっとしている。
かつて俺が敵から酸素を奪ったときに、その様子を目撃したのだろう。
さらには俺と同じく現実世界の科学知識を持っているはずであり、俺がそういう挙に出る可能性を十分に想定できたはずだ。
しかし、口を閉じたって呼吸すれば酸素は減っていく。
「それでいつまでもたせるつもりだ?」
と言ってはみたが、ダースには聞こえていないだろう。真空は音を通さない。
ダースがこのままいけば呼吸困難に陥り、意識が混濁してくるだろう。そう思っていたのだが、いっこうにダースが苦しみだす様子はない。
そして俺はある可能性に気づく。
ダースが口を閉じているということは、口の中は闇になっている。ダースは闇と闇の間でワープしたりさせたりできる。
ということは、空気もワープさせられるということだ。ダースはいま、普通に呼吸している。
さらに、目を閉じているということは視界が闇に覆われているということ。ダースは闇を通して視線をもワープさせることができる。
これは憶測ではない。実際に俺とサキーユのやりとりを見ていたというのだから間違いない。
「ダース、貴様……」
いま、何を見ているのだ。何をしているのだ。
「そう、いまの僕は棒立ちしているわけじゃない。君を捕らえるための策を段階的に実行しているんだよ」
どこからか分からないが声が届く。
ダース本体に気を取られすぎていた。
ダースの上空に溜まる闇から無数の黒い線が放射状に延びて積乱雲の底にへばりついている。その先端からいっせいに地上へと線が延びはじめた。
「閉じ込める気か」
「そのとおり。君の速さなら、すぐに飛べば檻が完成する前に外に出られるかもね」
そう、黒い線が垂れる速さよりも俺の飛行速度のほうが速い。しかしダースがそれをわざわざ口にするということは、罠の可能性が高い。
「けど、それよりもおまえをぶっ飛ばすほうが早いかもな」
檻を抜けたところでダースの追跡は終わらないだろう。それよりも、ダースを殴り気絶させれば、闇はすべて消えてさらなる追跡をされることもない。
俺はダースへ向かって飛んだ。
「迷いがないね。自信があるんだね。君の攻撃パターンにはすべて対処してみせたと思うけれど、まだ何か策を隠しているのかい?」
「策ってほどのもんじゃねーよっ!」
俺が求めたのは肉弾戦だ。
ただし、俺自身の動きを空気によってアシストし加速させ、さらに固めた空気で堅固なグローブと堅牢な鎧を装着した状態でのゴリ押しだ。
つまりスピード、攻撃力、防御力を人並みならざるレベルに超強化しているのだ。
もしこれがラノベで、俺がその読者なら、空気を固めたら動きをアシストできないじゃないか、と指摘するだろう。
ところがどっこい、それら二つの対極的な性質を両立させる方法があるのだ。
小さく角状に固めた空気の塊を無数に作り、それを流動性の高い空気の中に分散させる。このとき、その混合空気の外側に角状空気を多めに分布させる。
イメージとしては、コーンスープに大量のクルトンが入っている様子を思い浮かべるといいだろう。あるいは、サイコロステーキに焼肉のタレを肉が沈むくらいタプタプにぶっかけた感じか。
よし、サイコロステーキモードと名づけよう。いや、待て。辞めた。無難に執行モードにしておこう。
「速い!」
「おらぁ!」
繰り出した技は愚直な殴打。弓を引くかのごとく右拳を引き絞り、そしてダースの顔をめがけて打ち放つ。
格闘術に関しては素人の俺だが、空気の装備とアシストにより、拳の固さとスピードはプロボクサーにも負けていないはずだ。
「うぐっ!」
ダースが吹き飛ばされる。
しかし、拳がダースの顔を捉える直前、ダースの顔前に小さな黒い幕が発生した。
それは硬かった。硬質空気で覆われた俺の拳がそれにぶつかると、黒い幕ごとダースは吹き飛ばされた。
どうやら黒い幕はワープゾーンだけでなく頑丈な盾の性質も持たせられるようだ。
「くっ!」
すかさず追い討ちをかけたいところだったが、俺の肩や肘が悲鳴をあげた。あんまり鍛えていないのに無理な動きを強いたため、体が耐えられないのだ。
執行モードはまだ長くは使えそうにない。
吹き飛ばされたダースは自分の背後に大きめの黒い幕を発生させ、その中に潜り込んだ。
俺は精神を研ぎ澄まし、周囲の気配を探った。広範囲の空気をゆっくりと、俺を軸に回転するように動かす。空気の動きに抵抗が発生したら、その部分にダースが現れたということになる。
この感知法は前にも一度使ったことがあり、それを技として昇華させた。プライベート・ゾーンと名づけよう。いや、プライベート・ゾーンという名称は概念として既存だから紛らわしくなるか。テリトリーモードと名づけよう。いや、やっぱり空間把握モードかな。
なんにせよモードを最後につけるよう統一したほうが一貫性があっていいかもしれない。
まあ、名前は重要ではない。重要なのはダースの所在だ。
闇の中へ消えてすぐに姿を現さないということは、ワープゾーンは別の遠い場所につながっていたのだろうか。あるいは影に潜って好きなタイミングで出てくるみたいな感じの使い方ができるのだろうか。時間をかけて俺の集中力を切れさせる算段か。
「ん!」
気配!
上空に広がる闇の膜が、領域を横に広げながら下降してくる。俺を飲み込む気か。
真横に飛ぶのは間に合わない。俺は即座に地面の方へ向けて、自分を包む空気の鎧を飛ばした。
「ダース!」
地上にはダースがいた。俺からずいぶんと距離と取っている。どうりで空間把握モードで感知できなかったはずだ。
俺はそのまま拳を引き絞り、ダースへと向けて狙いを定める。
今度は自身の体も加速しているので、俺のパンチの威力はさっきの数倍に跳ね上がるだろう。
その分、自分の体への負荷も増すので空気鎧の硬度の密度分布を調整する。外側は硬く、内側は軟らかく。
ついでにさらに加速。
外硬、内軟、加速!
そして、あとは打ち込むのみ!
「おるぁあああああ!」
ダースは自分の背後に黒い幕を広げ、そこへ沈む。距離はあったがダースの顔に焦りがあった。
俺がダースに肉薄するまでは一瞬だった。
打ち込み!
惑星が鳴いたかのように、低く鈍い音が轟いた。
黄土の大地に放射状の亀裂が入り、地表が投石された水面のごとくうねり、拳を中心として地形が変形していく。
地表が椀状に凹み、クレーターとなった。
地表から生まれた突風が砂塵を吸い上げ、やがて広範囲に土砂の雨を降らせた。
――逃げられた。
ダースが潜った闇は霧散して消えた。
俺の拳はその霧を散らしただけだった。
「クソが!」
体への衝撃はなかなか重かった。全身から骨を抜かれたような気だるさに見舞われた。
だが、空気鎧の緩衝調整がうまくできていた手応えもある。あれほどの衝撃を地表に与え、自分の体が少し軋む程度で済んでいるのだ。
これならジム・アクティと肉弾戦をしたって余裕で勝てる。
「君は僕を殺す気かい?」
背後から声がして即座に裏拳を放つ。
またしても俺の拳は闇を散らしただけだった。いまのは声だけをワープさせたようだ。
「弱い相手に本気は出さねぇよ。もしおまえが死んだら、半端な強さを見せて俺を勘違いさせたおまえが悪い」
いま、俺の頭上に浮く黒い天井は止まっている。ダースは闇の中に潜っている間は闇を動かせないのだろう。
ならばその黒い天井が動きだすときをダース出現の合図とすればいい。
「こんなことを言うと君の神経を逆撫ですることになるかもしれないけれど、僕は強いよ」
またしても背後から声。
すぐに闇を散らす。
「いいや、嬉しいぜ。容赦する必要がないってことだからな。ただし、見栄を張っているだけなら即撤回したほうがいい。死ぬぜ、おまえ」
「僕なら君の本気に渡り合えるさ。でも君が強いのも事実だから、僕だけで君に勝つことはできないだろうね」
左右から同時に声がして、俺は二つの闇を同時に散らした。こいつ、ステレオスピーカーかよ。
だが、そんなことを言っている場合ではない。ダースの発言には不穏で不吉なワードが含まれていた。
「僕だけ、だと?」
ほかに誰がいるというのだ。契約精霊のことを言っているのか?
だったら俺だって、まだエアのサポートなしで戦っているのだ。
「精霊のことじゃないよ。僕の精霊はすでに人成しているからね」
俺の頭の直上で声がして、すぐさまそこに拳を打ち込む。
その瞬間、グイッと足をひっぱられた。俺の両の足首を、闇から生えたダースの手が掴んでいる。
そして闇の中へと引きずり込もうとしている。
俺は即座に拳を打ち込もうと脇を締めたが、拳を打ち込むことができない状況となっていた。闇の穴が小さいのだ。闇にはすでに俺の足首まで引きずり込まれていて、闇が開いている口はちょうど俺の足首くらいの大きさなのだ。
ダースの手は闇の向こうへ消えていて見えなくなっている。俺の足がさらにひっぱられ、ふくらはぎまで飲み込まれた。
闇の口は俺の足の太さに合わせて広がりを見せる。
ここからは力比べだ。俺は自分のまとう空気を操作して上昇を試みる。
しかしダースのひっぱる力もなかなかのものだ。俺が空気を硬質化して操作するように、ダースも闇を具現化して操作しているのかもしれない。
「くっ!」
膝まで飲み込まれた。足が呑まれている以上、俺は空気で上から引き上げるしかない。下から押すことができないので、推進力が半減している。いや、三割、あるいは二割しか力を出せていない。
このまま闇に呑まれたらどうなるのだろう。どことつながっているのだろう。闇の世界があって、そこではダースだけが自在に動きまわれるのか? あるいは闇に呑まれた時点で死ぬのか。
いや、闇という概念でそこまで都合のいい妄想を展開できるはずがない。
おそらくは、この闇は単なるワープゲート。どこかへつながっているのだ。辺境の彼方か、あるいはどこかの監獄の中か。
いずれにしろ俺の足をダースが掴んでいる限り、移動先にはダースが必ずいる。ならば移動先にてダースをぶちのめし、無理矢理ここへ戻させればいい。
「覚悟しろよ、ダース!」
俺は抵抗をやめ、逆に下方へと自分の体を押し込んだ。
案の定、闇は単なるワープゲートだった。
移動先にダースがいた。場所はなんとなく見覚えがあるような気がしたが、俺は周囲を見渡して隙を作ったりはしない。目に映るダースへとすぐさま突進する。
「いまだーっ!」
ダースが叫ぶ。
瞬間、ビカーッと何かが光った。光源は俺の頭上のようだったが、壁や床に跳ね返って俺の眼を刺すくらい強烈な光だった。
眼を閉じた俺は壁にぶつかった。反動で床に転げる。
よろけながらも立ち上がり、壁に背をもたせかけた。ようやく光がやみ、おそるおそる眼を開ける。
「そこまでだよ」
その声はダースの声ではない。女の声だった。
俺は大勢の人間に取り囲まれていた。
剣、槍、槍、槍、薙刀、剣、槍、斧、薙刀、槍、槍、剣、氷刀、指先。
俺を囲むほとんどの人間が武器を持ち、それを俺に向けていた。
「ふん。こんなもの……」
「だよねぇ。でも、レイジーの光をこの位置からかわせるの?」
さっきの女の声はレイジーだった。レイジーの指先が俺の胸元に直に押し当てられている。
執行モードが解けている。仮に解けていなかったとしても、レイジーの光を屈折させるには角度をつけた二重バリアを張らなければならず、懐に潜られた時点で俺になすすべはない。
もしもレイジーの指を空気の刃で切断したとしても、レイジーはその切断面から致死の光を放つだろう。
「よお、生きていたか」
「おかげさまでね」
レイジーの天真爛漫な笑顔は、光に焼かれたばかりの眼には眩しすぎた。
俺がダースの闇を散らしてきたように、レイジーの暖かな光が俺の殺意を散らした。
「ちっ、降参だ。話を聞こうじゃないか」
落ち着いて辺りを見ると、ここは俺の部屋だった。
崩壊した廊下側の壁は、かつて風紀委員長ルーレ・リッヒとの戦いの名残だ。
部屋の隅では、両手を床に着いたダースが肩で息をしていた。
異変を察知したダースは、すぐにその異変が自分の周囲から空気が抜かれたための感覚だと気づいたようだ。両目と口を閉じてじっとしている。
かつて俺が敵から酸素を奪ったときに、その様子を目撃したのだろう。
さらには俺と同じく現実世界の科学知識を持っているはずであり、俺がそういう挙に出る可能性を十分に想定できたはずだ。
しかし、口を閉じたって呼吸すれば酸素は減っていく。
「それでいつまでもたせるつもりだ?」
と言ってはみたが、ダースには聞こえていないだろう。真空は音を通さない。
ダースがこのままいけば呼吸困難に陥り、意識が混濁してくるだろう。そう思っていたのだが、いっこうにダースが苦しみだす様子はない。
そして俺はある可能性に気づく。
ダースが口を閉じているということは、口の中は闇になっている。ダースは闇と闇の間でワープしたりさせたりできる。
ということは、空気もワープさせられるということだ。ダースはいま、普通に呼吸している。
さらに、目を閉じているということは視界が闇に覆われているということ。ダースは闇を通して視線をもワープさせることができる。
これは憶測ではない。実際に俺とサキーユのやりとりを見ていたというのだから間違いない。
「ダース、貴様……」
いま、何を見ているのだ。何をしているのだ。
「そう、いまの僕は棒立ちしているわけじゃない。君を捕らえるための策を段階的に実行しているんだよ」
どこからか分からないが声が届く。
ダース本体に気を取られすぎていた。
ダースの上空に溜まる闇から無数の黒い線が放射状に延びて積乱雲の底にへばりついている。その先端からいっせいに地上へと線が延びはじめた。
「閉じ込める気か」
「そのとおり。君の速さなら、すぐに飛べば檻が完成する前に外に出られるかもね」
そう、黒い線が垂れる速さよりも俺の飛行速度のほうが速い。しかしダースがそれをわざわざ口にするということは、罠の可能性が高い。
「けど、それよりもおまえをぶっ飛ばすほうが早いかもな」
檻を抜けたところでダースの追跡は終わらないだろう。それよりも、ダースを殴り気絶させれば、闇はすべて消えてさらなる追跡をされることもない。
俺はダースへ向かって飛んだ。
「迷いがないね。自信があるんだね。君の攻撃パターンにはすべて対処してみせたと思うけれど、まだ何か策を隠しているのかい?」
「策ってほどのもんじゃねーよっ!」
俺が求めたのは肉弾戦だ。
ただし、俺自身の動きを空気によってアシストし加速させ、さらに固めた空気で堅固なグローブと堅牢な鎧を装着した状態でのゴリ押しだ。
つまりスピード、攻撃力、防御力を人並みならざるレベルに超強化しているのだ。
もしこれがラノベで、俺がその読者なら、空気を固めたら動きをアシストできないじゃないか、と指摘するだろう。
ところがどっこい、それら二つの対極的な性質を両立させる方法があるのだ。
小さく角状に固めた空気の塊を無数に作り、それを流動性の高い空気の中に分散させる。このとき、その混合空気の外側に角状空気を多めに分布させる。
イメージとしては、コーンスープに大量のクルトンが入っている様子を思い浮かべるといいだろう。あるいは、サイコロステーキに焼肉のタレを肉が沈むくらいタプタプにぶっかけた感じか。
よし、サイコロステーキモードと名づけよう。いや、待て。辞めた。無難に執行モードにしておこう。
「速い!」
「おらぁ!」
繰り出した技は愚直な殴打。弓を引くかのごとく右拳を引き絞り、そしてダースの顔をめがけて打ち放つ。
格闘術に関しては素人の俺だが、空気の装備とアシストにより、拳の固さとスピードはプロボクサーにも負けていないはずだ。
「うぐっ!」
ダースが吹き飛ばされる。
しかし、拳がダースの顔を捉える直前、ダースの顔前に小さな黒い幕が発生した。
それは硬かった。硬質空気で覆われた俺の拳がそれにぶつかると、黒い幕ごとダースは吹き飛ばされた。
どうやら黒い幕はワープゾーンだけでなく頑丈な盾の性質も持たせられるようだ。
「くっ!」
すかさず追い討ちをかけたいところだったが、俺の肩や肘が悲鳴をあげた。あんまり鍛えていないのに無理な動きを強いたため、体が耐えられないのだ。
執行モードはまだ長くは使えそうにない。
吹き飛ばされたダースは自分の背後に大きめの黒い幕を発生させ、その中に潜り込んだ。
俺は精神を研ぎ澄まし、周囲の気配を探った。広範囲の空気をゆっくりと、俺を軸に回転するように動かす。空気の動きに抵抗が発生したら、その部分にダースが現れたということになる。
この感知法は前にも一度使ったことがあり、それを技として昇華させた。プライベート・ゾーンと名づけよう。いや、プライベート・ゾーンという名称は概念として既存だから紛らわしくなるか。テリトリーモードと名づけよう。いや、やっぱり空間把握モードかな。
なんにせよモードを最後につけるよう統一したほうが一貫性があっていいかもしれない。
まあ、名前は重要ではない。重要なのはダースの所在だ。
闇の中へ消えてすぐに姿を現さないということは、ワープゾーンは別の遠い場所につながっていたのだろうか。あるいは影に潜って好きなタイミングで出てくるみたいな感じの使い方ができるのだろうか。時間をかけて俺の集中力を切れさせる算段か。
「ん!」
気配!
上空に広がる闇の膜が、領域を横に広げながら下降してくる。俺を飲み込む気か。
真横に飛ぶのは間に合わない。俺は即座に地面の方へ向けて、自分を包む空気の鎧を飛ばした。
「ダース!」
地上にはダースがいた。俺からずいぶんと距離と取っている。どうりで空間把握モードで感知できなかったはずだ。
俺はそのまま拳を引き絞り、ダースへと向けて狙いを定める。
今度は自身の体も加速しているので、俺のパンチの威力はさっきの数倍に跳ね上がるだろう。
その分、自分の体への負荷も増すので空気鎧の硬度の密度分布を調整する。外側は硬く、内側は軟らかく。
ついでにさらに加速。
外硬、内軟、加速!
そして、あとは打ち込むのみ!
「おるぁあああああ!」
ダースは自分の背後に黒い幕を広げ、そこへ沈む。距離はあったがダースの顔に焦りがあった。
俺がダースに肉薄するまでは一瞬だった。
打ち込み!
惑星が鳴いたかのように、低く鈍い音が轟いた。
黄土の大地に放射状の亀裂が入り、地表が投石された水面のごとくうねり、拳を中心として地形が変形していく。
地表が椀状に凹み、クレーターとなった。
地表から生まれた突風が砂塵を吸い上げ、やがて広範囲に土砂の雨を降らせた。
――逃げられた。
ダースが潜った闇は霧散して消えた。
俺の拳はその霧を散らしただけだった。
「クソが!」
体への衝撃はなかなか重かった。全身から骨を抜かれたような気だるさに見舞われた。
だが、空気鎧の緩衝調整がうまくできていた手応えもある。あれほどの衝撃を地表に与え、自分の体が少し軋む程度で済んでいるのだ。
これならジム・アクティと肉弾戦をしたって余裕で勝てる。
「君は僕を殺す気かい?」
背後から声がして即座に裏拳を放つ。
またしても俺の拳は闇を散らしただけだった。いまのは声だけをワープさせたようだ。
「弱い相手に本気は出さねぇよ。もしおまえが死んだら、半端な強さを見せて俺を勘違いさせたおまえが悪い」
いま、俺の頭上に浮く黒い天井は止まっている。ダースは闇の中に潜っている間は闇を動かせないのだろう。
ならばその黒い天井が動きだすときをダース出現の合図とすればいい。
「こんなことを言うと君の神経を逆撫ですることになるかもしれないけれど、僕は強いよ」
またしても背後から声。
すぐに闇を散らす。
「いいや、嬉しいぜ。容赦する必要がないってことだからな。ただし、見栄を張っているだけなら即撤回したほうがいい。死ぬぜ、おまえ」
「僕なら君の本気に渡り合えるさ。でも君が強いのも事実だから、僕だけで君に勝つことはできないだろうね」
左右から同時に声がして、俺は二つの闇を同時に散らした。こいつ、ステレオスピーカーかよ。
だが、そんなことを言っている場合ではない。ダースの発言には不穏で不吉なワードが含まれていた。
「僕だけ、だと?」
ほかに誰がいるというのだ。契約精霊のことを言っているのか?
だったら俺だって、まだエアのサポートなしで戦っているのだ。
「精霊のことじゃないよ。僕の精霊はすでに人成しているからね」
俺の頭の直上で声がして、すぐさまそこに拳を打ち込む。
その瞬間、グイッと足をひっぱられた。俺の両の足首を、闇から生えたダースの手が掴んでいる。
そして闇の中へと引きずり込もうとしている。
俺は即座に拳を打ち込もうと脇を締めたが、拳を打ち込むことができない状況となっていた。闇の穴が小さいのだ。闇にはすでに俺の足首まで引きずり込まれていて、闇が開いている口はちょうど俺の足首くらいの大きさなのだ。
ダースの手は闇の向こうへ消えていて見えなくなっている。俺の足がさらにひっぱられ、ふくらはぎまで飲み込まれた。
闇の口は俺の足の太さに合わせて広がりを見せる。
ここからは力比べだ。俺は自分のまとう空気を操作して上昇を試みる。
しかしダースのひっぱる力もなかなかのものだ。俺が空気を硬質化して操作するように、ダースも闇を具現化して操作しているのかもしれない。
「くっ!」
膝まで飲み込まれた。足が呑まれている以上、俺は空気で上から引き上げるしかない。下から押すことができないので、推進力が半減している。いや、三割、あるいは二割しか力を出せていない。
このまま闇に呑まれたらどうなるのだろう。どことつながっているのだろう。闇の世界があって、そこではダースだけが自在に動きまわれるのか? あるいは闇に呑まれた時点で死ぬのか。
いや、闇という概念でそこまで都合のいい妄想を展開できるはずがない。
おそらくは、この闇は単なるワープゲート。どこかへつながっているのだ。辺境の彼方か、あるいはどこかの監獄の中か。
いずれにしろ俺の足をダースが掴んでいる限り、移動先にはダースが必ずいる。ならば移動先にてダースをぶちのめし、無理矢理ここへ戻させればいい。
「覚悟しろよ、ダース!」
俺は抵抗をやめ、逆に下方へと自分の体を押し込んだ。
案の定、闇は単なるワープゲートだった。
移動先にダースがいた。場所はなんとなく見覚えがあるような気がしたが、俺は周囲を見渡して隙を作ったりはしない。目に映るダースへとすぐさま突進する。
「いまだーっ!」
ダースが叫ぶ。
瞬間、ビカーッと何かが光った。光源は俺の頭上のようだったが、壁や床に跳ね返って俺の眼を刺すくらい強烈な光だった。
眼を閉じた俺は壁にぶつかった。反動で床に転げる。
よろけながらも立ち上がり、壁に背をもたせかけた。ようやく光がやみ、おそるおそる眼を開ける。
「そこまでだよ」
その声はダースの声ではない。女の声だった。
俺は大勢の人間に取り囲まれていた。
剣、槍、槍、槍、薙刀、剣、槍、斧、薙刀、槍、槍、剣、氷刀、指先。
俺を囲むほとんどの人間が武器を持ち、それを俺に向けていた。
「ふん。こんなもの……」
「だよねぇ。でも、レイジーの光をこの位置からかわせるの?」
さっきの女の声はレイジーだった。レイジーの指先が俺の胸元に直に押し当てられている。
執行モードが解けている。仮に解けていなかったとしても、レイジーの光を屈折させるには角度をつけた二重バリアを張らなければならず、懐に潜られた時点で俺になすすべはない。
もしもレイジーの指を空気の刃で切断したとしても、レイジーはその切断面から致死の光を放つだろう。
「よお、生きていたか」
「おかげさまでね」
レイジーの天真爛漫な笑顔は、光に焼かれたばかりの眼には眩しすぎた。
俺がダースの闇を散らしてきたように、レイジーの暖かな光が俺の殺意を散らした。
「ちっ、降参だ。話を聞こうじゃないか」
落ち着いて辺りを見ると、ここは俺の部屋だった。
崩壊した廊下側の壁は、かつて風紀委員長ルーレ・リッヒとの戦いの名残だ。
部屋の隅では、両手を床に着いたダースが肩で息をしていた。
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自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
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