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第二章 帝国編

第55話 作戦会議③

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「おい、ダースが四天魔の、それもトップって言うんなら、明らかにおかしいことがあるぞ。ジム・アクティですら生徒たちは道を開けるほど畏怖や畏敬の念をいだいていたというのに、こいつを迎えに行ったシャイルもキーラやリーズも、そんな様子は微塵もなかったぞ」

 レイジーが隣を見上げる。何か、おうかがいを立てているようだった。
 咳払いを一つしてから、教頭先生が回答を引き継ぐ。

「それにはちょっと事情があってね。私が生徒たちの記憶から彼に関する部分を消していたからだよ」

 どうやら教頭先生の魔術は人の記憶に干渉できるたぐいのものらしい。
 なんと恐ろしい能力か。
 人の記憶を選択的に消せるということは、その人の記憶を覗き見ることができるということでもある。
 記憶の改ざんまでできるかどうかは不明だ。直接訊いてもはぐらかされるだろう。

 俺は魔術の脅威に身震いしそうな体を押さえ込み、答えてもらえそうな重要な質問をすることにした。

「その理由は?」

「マジックイーターが学院内に潜入している可能性を考慮してのことだ。実際にティーチェ先生がそうだった。ダース君はアークドラゴンを直接封印している魔導師で、同時に封印を解く鍵でもあるのだ。マジックイーターがそれを知れば、必ず利用しようとしてくる。だから彼のことは学院の最高機密だったわけだ。もちろん、この話は君だけに教えることだから口外しないように。君はマジックイーターの手先でないという確証があるが、生徒の中にもどこに手先がひそんでいるか分からないからね」

「まあ口の堅さだけは信用してくれていいですよ」

「信用しているとも。君は他人からは得られるだけ情報を得て、自分から他人へは極限まで情報を与えないようにするタチだろう?」

「よく御存知で」

 俺と教頭先生の視線がぶつかり合う。
 いつの間に俺のことをそこまで分析したのか。誰かの記憶を覗いたのか。
 俺の記憶は覗かれていないだろう。人の記憶を覗いて消したりできるほど強力な魔術だったら、相手に手を触れなければ使えないなどの制約があってしかるべきだ。
 マーリンの真実を知れる能力にだって代償があったのだから。

 それにしても、ダースがアークドラゴンを封印しているのは盲点だった。
 だが、よくよく考えてみれば納得のいく点もある。
 アークドラゴンを封印しているほこらはダースの家の近くだったし、そこからは闇があふれていた。
 むしろ、それらの点を結びつけてダースの正体に辿り着けなかった自分の未熟さを痛感せざるをえない。

 心を見透かしてきそうな教頭先生からは視線を逸らし、俺はレイジーにたずねた。

「で、なんでこいつは作戦に参加できねーんだ? 四天魔のトップなんだろ? たしかに俺も戦ったときに、いままででいちばん手強い相手だと思ったよ。しゃくだがな」

「ダース君はね、実はね、E3エラースリーの一人なんだよ」

「E3だと⁉ こいつが?」

「そう。だから、ほかのE3が在籍する地域に攻め入ることが許されない。その世界協定を破れば、その瞬間に全世界が敵になるし、全世界が即座に異端殲滅軍いたんせんめつぐんを組織して攻めてくることになる」

「実はそうなんだ。そのかわり、いかなる襲撃からも僕が学院を守るよ」

 ああ、頭が痛い。こいつがE3の一人だったとは。ダースが世界に認められる最強の魔導師の一人だったとは。
 認めたくない。ああ、認めたくない。

「じゃあ俺が先に学院を襲撃してやる。おまえとは決着をつけなけりゃならんからな」

「冗談はそれくらいにして……」

「俺は本気だ。こいつがE3だってことのほうがよっぽどキツイ冗談だ」

「でも、エスト君が初めて勝負をつけられなかった相手でしょ? むしろエスト君がE3にも匹敵し得る実力を持っていることを誇っていいと思うよ」

 レイジーの作り笑顔がわずかにひきつっている。まあ、新参者の俺が人の序列や地位にとやかく言っていたら鬱陶うっとうしいだろう。
 分かっている。実行をもって証明しなければ、俺の発言に価値はない。

「それもキツイ冗談だ。最強は俺だ。E3はそのまま俺の格下に位置していればいい。……まあいいさ。いずれ証明されることだ」

「まったく、君って人は……」

 レイジーがお茶をすすって、俺にもひと呼吸いれることを勧めてきた。素直に従い、湯飲みを口に運ぶ。
 レイジーは俺が湯飲みを口から離したところで話を再開した。

「閑話休題だけどさ」

「何の話だっけ?」

「君のお友達三人のこと。立候補を受け入れるかどうかってこと。レイジーはね、アリだと思うんだ。でも、いまの彼女たちの実力だと厳しいから、君に稽古けいこをつけてほしいんだよ。戦術的な戦い方をする君なら、短期間で彼女たちの力量をグンと底上げできると思うからさ。できるでしょう?」

 口角の広い笑い方。意地悪な笑みだ。
 レイジーめ、俺のプライドを刺激してできないと言いにくくしたつもりだろうが、無意味なあおりだ。

「そんな簡単な話じゃないだろ。魔法を使った戦闘は発想力とセンスと経験が重要だ。それをあの三人が持っていなければどうしようもない。馬鹿な奴はどんなに丁寧ていねいに教えたって、かけ算すら覚えられないんだ」

「それはちょっと馬鹿にしすぎじゃないかな。この魔導学院は魔導師専門の学校としては世界一なんだよ。彼女たちはその学校でリタイアせず、カリキュラムにちゃんとついてきているんだよ」

「それに早く作戦を確定させないと、マーリンちゃんを救いに行けないじゃないか」

 ダースまで口を挟んできた。正論なのが腹立たしい。
 いや、ダースを論破することはできるが、それをやっても時間の浪費になるだけだ。

「仕方ない。ただし条件がある」

 ゴクリ、と喉が鳴る。ダースの喉だった。なんでおまえだよ、と叩きたくなるのを抑え、レイジーの反応を待った。

「その条件って?」

 いちおう話だけは聞こうという構えのようだ。
 いつになく厳しい目つきは、自分の提案ごと俺の条件を蹴る腹積もりらしい。

「俺が単独先行して帝国に侵入することだ。なに、作戦に支障が出るような行動はしない。先走ってマーリンを探したり、誰かに喧嘩を吹っかけるようなこともしない。もちろん、顔も名前も伏せての侵入だ」

「目的は? 何のために一人で帝国に侵入するの?」

 レイジーがいぶかしげな瞳を投げかけてくる。

「買い物をしたいだけだ」

「買い物? 何を買うの?」

「宝石」

「…………」

 レイジーは一瞬の沈黙の後、開きかけた口を閉じた。
 代わりにダースが訊いてきた。

「誰にプレゼントするんだい?」

「誰にもしねーよ」

「なるほどね。だけど、君はこの世界の金を持っているのかい?」

 なにが「なるほど」だ。こいつ、本当に俺の目的を分かっているのか。
 それに、いまの口ぶりからして、こいつは自分が異世界から来たことを周りに隠していないのか。
 とにかくうさんくさい奴だ。

「どこかで稼げるだろう? 世の中にはイーターがあふれているんだ。傭兵なり何なりすればいい」

「目立たないようにね」

「いちいちおまえに言われなくても分かっている」

 ははは、と愛想笑いを浮かべるダースを尻目に、肝心のレイジーの反応を待った。ダースは俺の条件を許容できるものと見なしたようだが、レイジーが許可を出さなければ意味がない。

「エスト君の条件を呑むための条件がある。作戦メンバーの誰か一人を君に同行させること。誰にするかは君が選んでくれて構わない。それでどう?」

 俺の監視役ということか。まあいいだろう。べつにレイジーをだましてマーリンを助けに特攻するわけじゃない。さっき言ったことはすべて本当のことなのだ。

「いいだろう。同行者は、そうだな……、帝国に詳しい地元民がいい。ルーレ・リッヒでいいか?」

 レイジーは俺が彼女の条件を呑んだことを意外に思っているようだ。わずかに見開かれた眼が落ち着き、今度は困惑の様相を垣間見せた。

「あー、ルーレちゃんはやめてほしいなぁ。今度の作戦準備を手伝ってもらいたいからねぇ。それにリッヒ家は、帝国では顔も名前も知れ渡っているから潜入に向かないよ」

「じゃあリーズも駄目ってことか」

 帝国出身といえばハーティがそうだったはずだが、彼女を選べるはずがない。彼女は俺を完全に敵視しているし、俺も彼女を近くに置くつもりはない。
 こうなったらもう、俺の邪魔さえしなければ誰でもいい気がしてきた。
 そうやって俺が候補に悩んでいると、教頭先生の目が光った。

「エスト君、キーラさんの父親が帝国出身だったはずだよ。彼女はリオン帝国の父とジーヌ共和国の母を持つハーフだったはずだ」

「キーラか……。じゃあそれで」

 かくして話はまとまった。

 翌日、一日がかりでキーラたち三人に各々に合った戦闘スタイルを確立させ、翌々日に帝国へと出発する。
 作戦開始は三日後の予定だが、詳細が決まったらダースが闇を通して知らせる手筈てはずとなった。
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