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第四章 最強編

第149話 ゾロ目⑧

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 そのとき、ダイス・ロコイサーにとって幸いなことが起こった。
 これで策を練る時間が稼げる。

「うーん、あれ? ここ、どこ?」

 寝ぼけ眼をこすり、上体を起こしたキーラは、壊れた天井を見てすぐにゲス・エストの部屋だと気づいたようだった。そして横に寝ているマーリンを見つける。
 自分が魂を抜かれたことを思い出し、マーリンも魂を抜かれたのだと思って肩を揺さぶった。

「マーリン! ねえ、マーリン!」

「心配するな。マーリンは身体が麻痺しているだけだ。じきによくなる」

 ゲス・エストの声に反応して、小卓を挟んで座る彼とロコイサーに視線が移った。
 その光景を見てすぐに状況を察したらしい。

「エスト、勝ったの?」

 キーラはサイドテールにまとめた頭を自ら触診している。
 自分の魂が戻っているから、ゲス・エストがギャンブルで勝って取り戻したのだと考えたようだ。

「いいや、まだだ。これからゾロ目を出して勝つ」

「え?」

「ゾロ目の効果はおまえのときと変わっていない。おまえはだまされていたんだ。おまえのときのゾロ目の効果説明はダイス・ロコイサーの嘘、ハッタリだったんだよ。俺のときにはこいつがルール説明で嘘をつけないようにしたが、おまえのときに嘘をつけないという制約はなかったからな」

「待ってください。屁理屈と言われるかもしれませんが、ルール説明で嘘を言ったわけではありませんよ。あくまで嘘を言ったのはゾロ目の効果を明かしたときであって、サイコロの目の効果開示はルール説明には含まれません。ルール説明での嘘はゲーム自体が成り立ちませんから」

 それを聞いたキーラは一瞬だけ怒ったような悔しそうな顔をしたが、ふと冷静さを取り戻したようで、あごに指を当てて首を傾げた。

「でも、ゾロ目の効果について嘘をついていたとしても、それは関係ないんじゃない? だって三つもサイコロを振ってゾロ目が出るなんて、結局は運でしょう?」

「キーラ、基本的にスポーツなどゲームと呼ばれるもの全般はルールを守ってやるものだが、ギャンブルは違うんだよ。いかにルールの抜け穴を探すか、いかにバレずにルールを破るかっていうゲームだ。それを知らないプレイヤーはただのカモだ。それを知らないから、おまえはこいつにギャンブルに向いていないと言われたんだ」

 キーラは顔を赤くしてロコイサーの元に駆けていった。そして胸倉を掴み、睨みつけた。
 だがロコイサーは怯まない。呆れた様子で首を振った。

「待ってください、キーラさん。私はあなたとのゲームではイカサマなんてしていませんよ。あんまり馬鹿正直にプレイするものだから、ゾロ目の嘘もなんの役にも立ちませんでしたし、結局はあなたが一人で勝手に自滅して終わったんです」

 キーラはさらに顔を真っ赤に染めて、掴んだえりを乱暴に放した。
 このまま引き下がるように見えたが、そこにゲス・エストがキラーカードを差し込んだ。

「キーラ、賭け金については怒っていいんだぞ。あの箱に魂が入ると言わなかったのは、お得だと思い込ませておまえにギャンブルを受けさせるためだったんだからな。おまえは卑怯なやり口で騙されたんだ。俺なら極刑、シャイルでもひっぱたくレベルだ」

 キーラはロコイサーの顔面をグーで殴りつけた。
 ロコイサーは床に手を着いて、倒れる上体を支えた。

「とんだゲス野郎ですね、あなたは」

「いやいや、おまえも大概だろ」

「あなたにそう言われることは、光栄と捉えるべきですかな?」

「さあな。褒めたつもりはないが」

 想定外の衝撃が加わったことで、ダイス・ロコイサーに天啓てんけいが舞い降りた。
 まだ勝機は残っている。次の一回が本当に最後の勝負だ。ダイス・ロコイサーがギャンブルを始めた当初に仕込んでずっと温めてきた一手がある。
 さっきは負けを確信してそれを忘れていたが、キーラに殴られたことで頭がスカッとして、それを思い出したと同時にその一手を使うための妙案を思いついたのだった。

 ダイス・ロコイサーがサイコロを放り、ゲス・エストがゾロ目を出すべくサイコロを操作する。
 サイコロはやはり卓上へと直進する。

 瞬間、ロコイサーが醜悪しゅうあくな笑みを浮かべた。勝利を確信した笑みだ。

「エスト、駄目ッ!」

 ダイス・ロコイサーの異変に気づいたキーラがとっさに叫ぶ。
 しかし、ゲス・エストはロコイサーの顔を見ていない。サイコロを操作するため、そちらを注視している。
 だが、キーラの叫びにゲス・エストが焦る様子はなかった。

「無駄だ。根拠にもとづく判断である以上、おまえがどんなハッタリをかまそうと俺の心は揺るがない」

 ゲス・エストはロコイサーの表情に気がついていた。ロコイサーの笑みは、ゲス・エストの言うとおりハッタリだった。
 そうは言いつつ、ゲス・エストはきっと安配をきってくる。なぜなら、彼は極めて慎重な男であり、ロコイサーの笑みに気づいた以上は警戒するはずだ。
 だからいったんゾロ目でない数字を出して、軽い魔法でそのターンをしのいでから次のターンに本当にゾロ目を出すか改めて考える。
 ゲス・エストにとってはロコイサーの表情によるハッタリは一時しのぎでしかなく、次にゾロ目以外を出したとしても安全なのだ。

 しかし、実はそれがダイス・ロコイサーの逆転の一手であった。
 サイコロに関することであれば、彼はギャンブルの範囲外でも魔法を使用できる。そして、ダイス・ロコイサーは三つのサイコロが百十一回連続でゾロ目を出さないことを予想し、もし的中すればそのときの相手に絶対の勝利を得る効果を設定していた。
 たしかにゲス・エストの言うとおり、ギャンブルやゲーム以外でも使えるという制約は少し緩いが、百十一回連続でゾロ目が出ないという条件を達成するのはかなり難しい。
 だがいま、自分の戦略しだいでそれが叶おうとしている。

 ロコイサーはゾロ目が出ないよう祈りながらサイコロの動きを見守った。
 さあ、何が出る? 何が出る!?
 ギャンブルの初心者も同然に、自らの早まる鼓動を聞きながらサイコロにすべての意識を注ぎ込んだ。

「1、1、そして……」

 二つの数字まではゲス・エストが読みあげたが、三つ目の数字は三人が合唱した。

「1!!」

 出目はゾロ目だった。

「なぁにぃいいっ!? ゾロ目だとぉっ!?」

 瞬間、ダイス・ロコイサーの周りの空気が動きはじめた。それはゲス・エストが操作しているのではない。しかし、空気は彼が操作しているのと同様に自然法則から逸脱した動きをしている。
 その事実はダイス・ロコイサー本人にしか感知できない。空気は見えないからだ。

「へえ、強制的に魔法が発動するってところは本当だったんだな」

 ダイス・ロコイサーは両手で自分の首を掴んでいる。大きく目を見開くが、焦点はどこにも合っていない。大きく開けた口から舌を出して、肩で息をしている。
 その姿は明らかに呼吸が思うようにできずに苦しんでいる者のそれだった。その様子からして、酸素濃度が低いのではなく、硬いロープ状の空気が首を絞めているのだろうとゲス・エストは推測した。

「なぜ……なぜ……」

「なぜ躊躇ちゅうちょなくゾロ目を出したかって? あれが百十一回目だって気づいていたからな。おまえがあかつき寮に入ったときに口走った数字を俺も数えていた。百回目に何が起こるかと警戒していたが、何も起こらなかった。だったらキリ番の次の候補は百十一だ。おまえは何かにつけてゾロ目にこだわっていたからな。百十一回連続で何かを達成することで、何かが起こる。正直なところ謎だらけでわけが分からないが、それが達成されればおまえにとっていい事が起こるのだろう。つまり敵にとってはよくない事が起こる」

「百十一回……連続で……ゾロ目が……出なければ……勝てた……。どうして、ゾロ目……だと……」

「どうして百十一回連続で目指している事が、ゾロ目が出ない回数だと分かったか。百十一回連続という条件をサイコロに関連させていることは明らかだったし、連続で達成しているというのだから、それまでと違う状況にしなければならないことは分かる。さっきの瞬間までで一度も出ていない数の組み合わせはゾロ目だけだったから、ゾロ目を出すことが、それまで連続で起きている事象ではない事象を引き起こすことになるわけだ。だからさっきの一回は絶対にゾロ目を出さなければならなかったんだ。だからおまえが表情で仕掛けてきて、むしろ確信したよ」

 苦悶の表情の中にあるダイス・ロコイサーは、苦しさのためか、悔しさのためか、目に涙を浮かべながら意識を失った。
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