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第四章 最強編
第154話 緊急事態
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黄昏時、赤く燃える光を背に、一人の少女が魔導学院の校舎を見下ろしていた。風があるが、純白のワンピースも黒く艶やかな長い髪もなびかない。
彼女の冷たい視線は、標的を睨むでもなく、ただじっと見据えている。
彼女は静かに右手を挙げ、手のひらを天に向けて広げた。
新たに風が生まれ、蟻の行列のように道を作り、一所に向かって移動しつづける。
そこに生まれた透明な球体は、表面で静かな風の音を発しながら膨れ上がっていく。
彼女の見下ろす先、魔導学院の校舎内では、生徒たちが終業して帰路につけることに胸を弾ませていたが、その中の数人が異変に気がついた。
彼女たちはだんだんと増す息苦しさに胸を押さえ、一人、また一人と膝を着き、しまいには倒れてしまう。
それを見てようやく周りの者たちも気がつくのだ。空気が薄くなっていると。
「息が……苦しい……」
息ができないわけではない。吸っても吸っても足りないのだ。酸素が。
魔導学院の生徒でその異変が起こり得ること、そしてその異変の正体、それを知れて対処することができるのはただ一人。
ダース・ホーク。
四天魔最強の男にしてE3の一人、闇の概念種の魔導師、ダース・ホークである。
彼は人成したエアからゲス・エストを助けた際に、彼のつぶやいた懸念のことを考えていた。
「世界の危機……」
可能性はいちばん低いと考えていた。
エアがエストを襲ったのは、まずい感情を食わせつづけたエストに対し、報復でもしようとしているのだと思った。
しかし、エアが襲ったのはエストだけではなかったのだ。
新たなるターゲットは魔導学院の生徒、教員、そのすべてだ。魔導師も魔術師も関係ない。無差別攻撃。もしかしたら学院の次は各国をすべて襲う可能性だってある。
だが、そんな先のことを心配している場合ではない。
ダースは闇を通した巡視により学院の状況を察知し、急いでエアの姿を探した。
エアが最も警戒したのはエストで、その彼に最初に奇襲をしかけたが、その際にダースのことを空間把握モードで監視していたということは、エストの次にダースを警戒していたということ。
つまり、エストを手負いにしたいま、エアが最も警戒しているのはダースだ。
そのことを考慮して、ダースはできるだけ明るい場所を探した。その甲斐あって、エアの姿はあっさりと見つかった。
やはり闇の接近を発見しやすく、かつ闇を繰り出しにくい場所にいた。陽の光を受ける空ほど最適な場所はない。
ダースは迷った。説得を試みるべきか、奇襲でエアの攻撃を妨害するか。
だが、迷うべき時ではない。学院の生徒や教員たちの様子からして、一刻を争う事態なのは明白。エアは一帯の空気を集めることにより、ターゲットから酸素を奪うと同時に、集めた超圧縮空気玉で学院を校舎ごと押し潰すつもりだ。
ダースは決断した。
「闇幕!」
エンマク。それは煙幕とかけての命名だった。
校舎の影から噴き出した闇が爆発的な膨張を見せ、一気に校舎を包み込み、飲み込むように縮小して消えた。
魔導学院は更地になった。もちろん、消滅したわけではなくダースが校舎ごと生徒と教員たちを安全な場所に移したのだ。
「邪魔をしないでちょうだい、ダース・ホーク。最初に殺されたいなんて、ワガママがすぎるわよ」
「そんなワガママを言った覚えはないな」
ダースは闇幕から分離した闇の一部を円盤にして、その上に立っていた。彼もまた空を飛ぶことができる。
エアはそんなダースを冷たい視線で見下ろしていた。
「エストと学院をどこへやったの?」
「おや? 君なら一瞬で探し出せそうなものだけど、違うのかい?」
「精霊のころでも一瞬では無理よ」
「人成したいまではなおさら、か。色んな魔法を使える代わりに、一つの魔法の力は弱まったかな?」
エアの視線がいっそう鋭くなった。ダースの言葉を煽りと捉えたというよりは、能力に関する探りを入れてきた魂胆を不快に感じたようだった。
「あなたにも情報は与えない。万が一にもあなたを逃した場合、その情報はエストに共有されるだろうから」
「僕が逃げられる確率が万に一つってかい? こっちは戦って勝つ気でいるんだけどねぇ」
「そのつもりでいてくれたほうがありがたいわ」
エアの頭上にある空気玉はダースにははっきりとは見えないが、わずかに空間が歪んでいるように見えるため、それがいまだ少しずつ大きくなっているのが分かる。
もちろん、ダースはダースでエアに気づかれないよう魔法の仕込みをしている。
「ところで、あなたは苦しくないの?」
「口の中は真っ暗闇だからね。周囲の空気がなくなっても、他所から口内に直接空気を送り込める」
「そう……。だったら、私からも贈ってあげるわ」
ついにエアが右手を動かした。レバーを傾けるように、天へ掲げていた腕を伸ばしたまま前方へと下ろした。
エアの頭上にあった巨大な空間の歪みが、周囲の空気をなおも巻き込みながら、ダースの方へと進行する。
「けっこう速いな……」
飛んで逃げようとすれば、おそらく間に合わずに吸い込まれる。そもそもダースは飛ぶのはあまり得意ではない。いつものやり方は自分の影に潜ってのワープだ。
今回も足場の闇をワープホールに変えて潜ろうとしたが、身体が動かなかった。
「ちっ!」
ダースの体は空気で固定されていた。このままでは空気玉に飲み込まれる。ダースはとっさに足場の闇の方を上昇させた。
ダースは地上に疎らに生えた木の影から姿を現した。影のない所に出ることはできない。
場所が移動したことによって空気へのリンクが解除され、ダースの体の拘束は解けた。
だが、エアはダースの出現位置をすぐに予測して空間把握モードを展開したので、ダースはすぐに見つかった。
さっきの空気の玉はまだ空中に留まっている。
それが再びダースの方へと向かう。
ダースはエアの背中に存在する影を操作した。それはワンピースの影だ。
服は完全に肌に密着しているわけではないので、どうしても背中に影の部分は生まれる。それを利用したのだ。
エアの背中から細く伸びた影は二手に枝分かれして、エアの首に左右から巻きついた。そして、それをグッと締め上げる。
「うっ!」
エアはとっさに首に巻きついたものを掴もうとしたが、巻きついたものが影であるため、掴むことはできなかった。
敵は闇の魔導師。首を絞めるものの正体を悟ったエアは、両手を首から遠ざけた。そして、エアの周囲に強烈な光が発生する。
ダースの影はエアの光によって薙ぎ払われた。
「異世界出身者はつくづく絡め手が好きね」
「僕の場合は魔法が概念種だからね」
エアがダースに向かって手を掲げた。
先ほどの空気玉はエアの首を絞めた祭に静止してから動いていない。別の攻撃だ。
ダースは身構えたが、エアの攻撃は目に見えるものではなかった。
「なっ……まさか……」
急激な温度上昇によりダースの意識は朦朧とし、思考力の低下した頭の中には、とにかく逃げなければということだけが巡った。
無我夢中で闇の中に飛び込もうとするも、空気で拘束されて止められる。
もはや無意識のレベルで闇を広げては動かした。まさに死に物狂い。
闇をむやみに動かした結果、ダースはどうにか自分の体を闇で覆うことに成功して、自分が移動させた魔導学院の屋上に己の体を放り出したのだった。
彼女の冷たい視線は、標的を睨むでもなく、ただじっと見据えている。
彼女は静かに右手を挙げ、手のひらを天に向けて広げた。
新たに風が生まれ、蟻の行列のように道を作り、一所に向かって移動しつづける。
そこに生まれた透明な球体は、表面で静かな風の音を発しながら膨れ上がっていく。
彼女の見下ろす先、魔導学院の校舎内では、生徒たちが終業して帰路につけることに胸を弾ませていたが、その中の数人が異変に気がついた。
彼女たちはだんだんと増す息苦しさに胸を押さえ、一人、また一人と膝を着き、しまいには倒れてしまう。
それを見てようやく周りの者たちも気がつくのだ。空気が薄くなっていると。
「息が……苦しい……」
息ができないわけではない。吸っても吸っても足りないのだ。酸素が。
魔導学院の生徒でその異変が起こり得ること、そしてその異変の正体、それを知れて対処することができるのはただ一人。
ダース・ホーク。
四天魔最強の男にしてE3の一人、闇の概念種の魔導師、ダース・ホークである。
彼は人成したエアからゲス・エストを助けた際に、彼のつぶやいた懸念のことを考えていた。
「世界の危機……」
可能性はいちばん低いと考えていた。
エアがエストを襲ったのは、まずい感情を食わせつづけたエストに対し、報復でもしようとしているのだと思った。
しかし、エアが襲ったのはエストだけではなかったのだ。
新たなるターゲットは魔導学院の生徒、教員、そのすべてだ。魔導師も魔術師も関係ない。無差別攻撃。もしかしたら学院の次は各国をすべて襲う可能性だってある。
だが、そんな先のことを心配している場合ではない。
ダースは闇を通した巡視により学院の状況を察知し、急いでエアの姿を探した。
エアが最も警戒したのはエストで、その彼に最初に奇襲をしかけたが、その際にダースのことを空間把握モードで監視していたということは、エストの次にダースを警戒していたということ。
つまり、エストを手負いにしたいま、エアが最も警戒しているのはダースだ。
そのことを考慮して、ダースはできるだけ明るい場所を探した。その甲斐あって、エアの姿はあっさりと見つかった。
やはり闇の接近を発見しやすく、かつ闇を繰り出しにくい場所にいた。陽の光を受ける空ほど最適な場所はない。
ダースは迷った。説得を試みるべきか、奇襲でエアの攻撃を妨害するか。
だが、迷うべき時ではない。学院の生徒や教員たちの様子からして、一刻を争う事態なのは明白。エアは一帯の空気を集めることにより、ターゲットから酸素を奪うと同時に、集めた超圧縮空気玉で学院を校舎ごと押し潰すつもりだ。
ダースは決断した。
「闇幕!」
エンマク。それは煙幕とかけての命名だった。
校舎の影から噴き出した闇が爆発的な膨張を見せ、一気に校舎を包み込み、飲み込むように縮小して消えた。
魔導学院は更地になった。もちろん、消滅したわけではなくダースが校舎ごと生徒と教員たちを安全な場所に移したのだ。
「邪魔をしないでちょうだい、ダース・ホーク。最初に殺されたいなんて、ワガママがすぎるわよ」
「そんなワガママを言った覚えはないな」
ダースは闇幕から分離した闇の一部を円盤にして、その上に立っていた。彼もまた空を飛ぶことができる。
エアはそんなダースを冷たい視線で見下ろしていた。
「エストと学院をどこへやったの?」
「おや? 君なら一瞬で探し出せそうなものだけど、違うのかい?」
「精霊のころでも一瞬では無理よ」
「人成したいまではなおさら、か。色んな魔法を使える代わりに、一つの魔法の力は弱まったかな?」
エアの視線がいっそう鋭くなった。ダースの言葉を煽りと捉えたというよりは、能力に関する探りを入れてきた魂胆を不快に感じたようだった。
「あなたにも情報は与えない。万が一にもあなたを逃した場合、その情報はエストに共有されるだろうから」
「僕が逃げられる確率が万に一つってかい? こっちは戦って勝つ気でいるんだけどねぇ」
「そのつもりでいてくれたほうがありがたいわ」
エアの頭上にある空気玉はダースにははっきりとは見えないが、わずかに空間が歪んでいるように見えるため、それがいまだ少しずつ大きくなっているのが分かる。
もちろん、ダースはダースでエアに気づかれないよう魔法の仕込みをしている。
「ところで、あなたは苦しくないの?」
「口の中は真っ暗闇だからね。周囲の空気がなくなっても、他所から口内に直接空気を送り込める」
「そう……。だったら、私からも贈ってあげるわ」
ついにエアが右手を動かした。レバーを傾けるように、天へ掲げていた腕を伸ばしたまま前方へと下ろした。
エアの頭上にあった巨大な空間の歪みが、周囲の空気をなおも巻き込みながら、ダースの方へと進行する。
「けっこう速いな……」
飛んで逃げようとすれば、おそらく間に合わずに吸い込まれる。そもそもダースは飛ぶのはあまり得意ではない。いつものやり方は自分の影に潜ってのワープだ。
今回も足場の闇をワープホールに変えて潜ろうとしたが、身体が動かなかった。
「ちっ!」
ダースの体は空気で固定されていた。このままでは空気玉に飲み込まれる。ダースはとっさに足場の闇の方を上昇させた。
ダースは地上に疎らに生えた木の影から姿を現した。影のない所に出ることはできない。
場所が移動したことによって空気へのリンクが解除され、ダースの体の拘束は解けた。
だが、エアはダースの出現位置をすぐに予測して空間把握モードを展開したので、ダースはすぐに見つかった。
さっきの空気の玉はまだ空中に留まっている。
それが再びダースの方へと向かう。
ダースはエアの背中に存在する影を操作した。それはワンピースの影だ。
服は完全に肌に密着しているわけではないので、どうしても背中に影の部分は生まれる。それを利用したのだ。
エアの背中から細く伸びた影は二手に枝分かれして、エアの首に左右から巻きついた。そして、それをグッと締め上げる。
「うっ!」
エアはとっさに首に巻きついたものを掴もうとしたが、巻きついたものが影であるため、掴むことはできなかった。
敵は闇の魔導師。首を絞めるものの正体を悟ったエアは、両手を首から遠ざけた。そして、エアの周囲に強烈な光が発生する。
ダースの影はエアの光によって薙ぎ払われた。
「異世界出身者はつくづく絡め手が好きね」
「僕の場合は魔法が概念種だからね」
エアがダースに向かって手を掲げた。
先ほどの空気玉はエアの首を絞めた祭に静止してから動いていない。別の攻撃だ。
ダースは身構えたが、エアの攻撃は目に見えるものではなかった。
「なっ……まさか……」
急激な温度上昇によりダースの意識は朦朧とし、思考力の低下した頭の中には、とにかく逃げなければということだけが巡った。
無我夢中で闇の中に飛び込もうとするも、空気で拘束されて止められる。
もはや無意識のレベルで闇を広げては動かした。まさに死に物狂い。
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