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第四章 最強編

第157話 攻勢転換

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「よお、待たせたな!」

 俺の怪我は癒しの池でほぼ完治していた。
 ダースは闇による小さなワープホールを使って俺にエアとの交戦の様子を聞かせていた。
 彼らがいよいよ追い詰められたため、俺が出ばらざるを得なかったのだ。もちろん、ただ何の策もなしに出ていっても意味がない。自室に保管していた細剣ムニキスを手にとって、エアの前に姿を現した。

「出てきてくれたのね、エスト。でも、闇道具なんか使って大丈夫? 代償が何なのかも分からないんでしょう?」

「そうだな。人間の愚かしさってのは時には便利なもんだぜ。代償が何なのか知らないからこそ、存分に振りまわせるんだからな」

「理屈に合わないことをするのが人間の怖いところだけれど、エスト、あなたにも人間らしいところがあったのね」

「おまえは人成したのに人間になりきれてねーんじゃねえか?」

 俺が言いおわらないうちに、エアの次の攻撃が始まった。
 今度は魔導学院の校舎上空に、校舎と同等の体積を有する氷の塊が出現した。
 発生型の魔法で創造された物体はムニキスで斬ったとしても消えることはない。

「でかい!」

 ダース、リーン、レイジーがそれぞれ魔法を発動させる構えを見せるが、俺はそれを制止した。

「よせ。敵が軽く出した攻撃に全力で対抗するな。最小限でいなせ。これは俺が対処する」

 巨大氷塊は自由落下を始めるが、塊の片側が透明な何かにぶつかって全体が傾いた。俺が宙に空気を固めた斜面を作ったのだ。
 巨大氷塊がすべり行く方向にはエアがいる。敵の攻撃を逆に敵への攻撃へと変えたのだ。

 だがその氷塊も動きを止める。元は戦車だった鉄板が煌々こうこうと赤熱し、氷のすべりを止めている。その鉄板に触れた氷がみるみる溶けていき、水となってエアの手元に集まっていく。

 校舎から離れて宙に浮かぶエアは空気の操作もしている。いま、少なくとも三つの魔法を同時に使用しているのだ。
 俺はこれがエアの限界であることを望み、もしそうでないとしても許容量を測ることを目的として、エアの元へと肉薄した。
 細剣ムニキスでエア本人に斬りかかる。

 だが、エアは俺の剣をかわした。最小限の動きで、縦斬り、横斬り、袈裟けさ斬りとすべてかわす。ギリギリなのにかすりもしない。
 エアの表情は俺の動きがまるでスローモーションに見えているとさえ取れる。それはおそらくジム・アクティの身体強化で動体視力や空気の操作力を上げているのだ。

 それでも俺は剣を止めない。俺の剣は空を斬っていたが、それはそれで狙いどおりでもあった。
 俺が左肩側に振りかぶったムニキスを打ち下ろす構えを取ったとき、エアの表情が曇った。空中での攻防。回避行動を取ろうと自分を包む空気の操作に意識を込めたはずが、エアの体は動かない。空気へのリンクが切れていたからだ。それは当然ながら、俺がムニキスで空気を斬ったからエアの空気へのリンクが切れたのだ。
 しかもその瞬間、エアは迷った。防衛手段の選択肢が多すぎるのだ。おそらくは空気にリンクを張りなおすか、光を発生させるか、影から闇を伸ばすかまでは絞っただろう。だが、そこからどれにするか決めきれずに魔法を発動させられなかった。

 俺は細剣ムニキスを振り下ろす。エアはとっさに両手を前に出した。

「なにっ!?」

 白刃取り。エアの両手がムニキスの刀身を挟んでいた。
 その光景に俺は一瞬驚いたが、いまこの瞬間は空気がエアを守らない。
 俺はエアに刀身を受けとめられたまま急降下した。そのまま地面に叩きつけようとグングン降下する。

 エアの背が地面に着く瞬間、大木をぎ倒すような非常に強い力が、ムニキスの向きを縦から横へと変えた。
 その結果、俺の体がムニキスにひっぱられ、側部から地面に叩きつけられた。
 エアと俺が地面に接触したタイミングはほぼ同時だった。俺は執行モードの空気に守られ、エアは強化した己の肉体に守られてダメージは抑えられた。

 大量の砂塵が巻き上げられた中、エアはなかなかムニキスを離さなかったが、リーンの斬撃とレイジーの光線が飛んできてとっさに作った砂の壁も破られたため、やむなく剣を解放して飛び退いた。
 俺が起き上がったときには、再びエアは空中で執行モードを復活させていた。

 俺は学院の校舎の屋上に飛んでいき、ダースたちの横に並んだ。

「あの耐久力と怪力、ジム・アクティの身体強化か? ジム・アクティはあんなに強くなかった気がするが」

「あれは単純な身体強化じゃないよ。初期強化量が低い代わりに、時間経過やダメージの蓄積によってどんどんパワーアップしていくタイプの強化で、一定レベルに達すると単純強化の限界を超え、際限なく強化されていく。ジム・アクティは短期決着型だから、過去にあれを見せたのは一度きりだ」

 エアはいまもどんどん強化されていっているわけだ。その強化はフィジカル面のみにとどまらず、五感や魔法の威力にまで反映される。
 どんどんエアへの勝利は遠ざかっていく。

「ダース、あっちの方は進捗どうだ?」

「ついさっき完了したところだよ」

「潮時だな。次がラストアタックだ」

 俺はダース・ホーク、リーン・リッヒ、レイジー・デントの三人に作戦を伝えた。
 その作戦はおそらくエアには筒抜けだ。たとえ真空の膜を張って音の伝播を遮断したとしても、闇のワープホールを開いて空間をつなげてくる。ダースが俺に戦況を伝えていたときのように。
 だからスピードが重要だ。エアが対策を思いつく前に行動する必要がある。

「ゴーッ!」

 俺は空間把握モードで広範囲にリンクを張っていたが、上空へ上がってリンクを張っている空気を寄せ集めた。執行モードの上から空気の巨人をまとい、制裁モードに移行した。
 それをさらに圧縮する。執行モードの上に超圧縮空気をまとった二層構造の鎧。超圧縮された空気の鎧。一部を解放すれば膨張爆発が起こる。高速で移動することもできるし、抜群の破壊力でパンチをくりだすこともできる。それでいて分厚い空気層の鎧を着ているため防御力も高い。

「独裁モード!」

 俺が空気鎧を最上級に仕立て上げる一方で、リーン・リッヒは精神を集中し、剣を縦に五度振った。
 五度生み出された振動は見事に共振し、城塞破壊兵器級の斬撃を生み出した。

 他方からはレイジー・デントの極太光線が飛ぶ。
 エアがそれを闇で防御することは分かりきっていた。光線がエアの闇に飲まれるより先に、ダースが別の闇で光線をワープさせた。ワープ先はエアの左後方。闇を広げるには時間がかかるため、とっさに光線の軌道から体の位置をずらして光線を避ける。
 だが光線は再びワープホールへ吸い込まれ、別角度から出現してエアを襲う。
 それをまたもエアがかわすが、四度連続の光線ワープでさすがに限界が訪れ、エアは背中に光線を被弾した。
 そこにリーンの五倍共振斬が襲いかかり、それもまたエアに直撃する。

「エアー・バースト・ストライク・ダブル!」

 すかさず俺がそこへ追撃をくらわす。
 手のひらに広範囲から集めた空気を圧縮して空気の玉にする。それを直接エアにぶつけて解放する。
 解放された空気の膨張爆発がエアを直撃し、さらに独裁モードの拳を叩き込んで超圧縮空気鎧の圧縮も解き放ち、連続で二度目の大爆発をお見舞いする。

 本来なら即死級の超威力技であり、地平線の彼方まで飛んでいって大気圏をぶち抜いてそのまま宇宙の彼方まで飛んでいってもおかしくない威力だった。
 だが、エアは耐えた。腕をクロスさせた防御体勢で耐えた。が、シュゥウウウと白い煙をあげて落下した。地面に背中から落ちて砂煙を巻き上げた。

「けっちゃ――」

 決着宣言は止められた。

 俺の全身を何かが締め上げる。
 何か。それは、空気であり、服であり、影であり、砂であり、埃であった。俺に触れるすべてが俺の体を絞りあげる。
 俺は細剣ムニキスを右手で再度抜剣し、右腕に血を吹かせながらそれを振りまわした。ムニキスを左手に持ち替えて右手の自由も取り返した。

 俺は右腕を犠牲に拘束から逃れることができたが、絶望的状況はより明確に姿を現した。

「とんでもないバケモンになったもんだな、エア!」

「ええ、あなたには感謝しているわ。だから、この感謝の気持ちを素直に受け取ってもらえないかしら?」

「どうあがいても、素直にってのは無理だぜ」

 エアが右腕を天に掲げると、上空に砂が集まり、二枚の円盤を形づくった。そしてその上に光源が生まれ、砂の円盤にできた影がブワッと広がった。
 それは巨大なワープホールだった。中から出てきたのは、まるで太陽のような火炎球だった。
 ゴォオオオッと燃え盛る巨大な球体が進行を開始した。熱すぎて近づけないのでムニキスで斬ることはできない。
 その小さな太陽はどんどん高度を下げ、ついには魔導学院の校舎に達した。あまりの熱に校舎を形づくる石は溶けて崩れ去った。

 幸いにも学院生たちはすでに避難済みだった。ダースに闇魔法をワープのために使わせ、学院生たちをこっそり別の場所に移動させていたのだ。
 そして、リーン・リッヒ、レイジー・デント、ダース・ホーク、それから俺の四人に関しても、エアの小太陽に焼かれる前にダースの闇魔法で同じ場所へとワープした。

「エア! これは敗走ではない。勝つために一度退却するのだ。俺は必ず戻ってくる。覚悟しておけよ!」
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