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第四章 最強編

第156話 激闘の防衛戦

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 空気玉は単に空気が高密度に圧縮されているだけでなく、高速で自転している。もし空気玉に飲み込まれたら、切り刻まれながら押し潰されて生存の望みはない。

 リーン・リッヒはマントを脱ぎ捨てた。彼女のまとう皇帝の正装姿は、マントを取ると騎士団長時代の服装に似ていた。
 彼女は抜剣し、そして剣を振った。
 彼女の魔法は振動の発生型魔法。剣により放った斬撃は振動を付与され、どこまでも飛ぶ空気の刃と化す。その威力は岩石をも粉砕する。
 しかし、彼女の斬撃は空気玉に届く寸前に一瞬にして消失した。

「まさか、相殺した!?」

 空気による感知ができて振動も発生させられるエアにとって、リーン・リッヒの生み出した振動の位相を把握して逆位相の振動を発生させ打ち消すことは容易だった。

「私が防ぎます」

 名乗りをあげたのはロイン・リオン大将だ。
 鉄の操作型魔導師である彼は、鉄を自由自在に変形、移動をさせられる。二十台の戦車はいずれも無人であり、彼が魔法を使うために持参してきたのだ。
 それら二十台のうち六台を宙へ浮かび上がらせ、そして展開図みたく戦車を開いて大きな鉄板に変形させた。それらが整列して壁となり、空気玉の進行を押さえ込もうと暴風塊に衝突する。

「手伝います!」

 リーズ・リッヒが名乗りをあげて精霊を呼び出す。ポニー型の精霊、ウィンドが顕現けんげんする。彼女の操作する風が鉄板を後ろから支える。
 それでようやく空気玉の進行が止まったが、押し返すまでには至らない。

「こっちは多人数よ! 二人がかりで抑えられるのなら、残りのメンバーで攻撃し放題だわ!」

 キーラがそう言って精霊スターレを呼び出した。
 シャイルも自分の契約精霊のリムを呼び出す。

「契約精霊が人成していないあなたたちの出る幕ではないわ」

 エアが手をかざすと、周囲から集まってきた砂塵がスターレとリムにまとわりつき、それぞれ電気と炎の体を飲み込んでしまった。
 キーラとシャイルは精霊のサポートがなければまともに魔法を使えない。

 エアは手のひらを握り、人差し指を突き出した。その先にはキーラがいる。指先から強烈な光線が放たれた。
 ルーレ・リッヒがとっさにキーラの正面に分厚い氷の壁を生み出すが、光線は氷の壁の前で折れ曲がった。不規則に何度も屈折し、ルーレが出しつづける氷の間を縫って一瞬でキーラの元へ到達する。

 しかしキーラは真っ黒な姿になっていた。ダースが影でキーラを覆ったのだ。そのまま影がキーラを飲み込み、姿を消した。
 そちらに気を取られていたせいか、もう一本の光線が放たれていたことに気づくのが遅れ、リーズの精霊ウィンドが貫かれた。ウィンドは消え去り、空気玉を抑える力が弱まった。

「ごめんよ、キーラ。それからシャイル、リーズ、君たちにも避難してもらう。人数が多すぎると守りきれない」

 元々、彼女たち三人はエアを説得できなければ避難してもらうという話だった。
 ダースの影が三人の少女を飲み込み、別の場所へと移動させた。

「戦力外通告なんてひどい。特にリーズなんて、勢ぞろいのリッヒ家から一人だけ外されたのよ」

 エアの挑発にダースは苦笑を返す。

「エストすら倒した君が相手なら、戦力外通告を受けたってショックはないさ」

「あなたは私の邪魔ばっかりするのね、ダース。私はあなたが嫌いよ」

「敵としてはいちばんの褒め言葉だね」

 ロイン大将が戦車を全部開いて空気球を覆い、抑え込んだ。
 逆に言えば、ロイン大将の武器がすべて封じられたことにもなる。

 エアが手をかざす。
 大気の温度が急上昇しはじめたことに気がつき、即座にルーレ・リッヒが大量の氷柱を生み出した。
 氷はみるみる溶けて水となって蒸発するが、そこに熱が消費されるため、大気の温度上昇は抑えられている。

「ルーレ、助かったよ。さっきはこれを食らって瀕死におちいったからね」

「力を合わせましょう。これだけの精鋭が集まれば、勝てない敵はいません」

「そうなの? これでも?」

 突如としてエア以外の全員に強烈な重力がのしかかった。
 宙に浮いていたリーン・リッヒとロイン大将は落下して地に足を着け、皆が両手を地に着き、頭を垂れた。
 さらには重力によって集められた大気中の水分が一点に集められて明確な水となり、自由自在に動く弾丸となった。
 目にも留まらぬ速さで空を飛びまわり、そして狙いを定めた先がロイン大将だった。水の弾丸はロイン大将の胸に直撃する。
 ロイン大将は重力から解放されて大きく吹っ飛ぶが、幸いにもロイン大将は鉄の板を体に巻きつけていたため、水の弾丸が肉体に達することはなかった。

 エアは冷静にも弾かれた水をそのまま操作し、今度はルーレ・リッヒの側頭部へと飛ばした。
 その瞬間、ルーレの頭は氷のヘルメットに覆われ、氷に接触した水の弾丸は凝固して氷の一部となり果てた。

 天に光の矢が乱立する。かなりの広範囲に光の矢が生成され、そしてそれが雨のごとく降り注ぐ。
 それはエアとレイジー・デントが同時に放った光の魔法だった。エアは自分を影で覆い、光を吸収する。
 対して、ダースは同じく影で光を吸収し、レイジーは光の壁で光を相殺し、ルーレは氷の盾で光を屈折させ、リーン・リッヒは振動により光を散乱させた。
 ただ、ロイン大将だけは身を守る術がなかった。鉄板はすべて空気玉の封じ込めに使っていたため、身を守る材料がない。光の矢をかわしながらどうにか体に巻いた鉄板を頭上に展開し、殺傷力の高い雨をしのぎきった。

 だが、ふと気づくとエアがロイン大将の眼前に立っていた。そして白いワンピースから伸びた華奢きゃしゃな腕から放たれる拳がロイン大将の腹部に減り込む。

「ぐほぁっ!」

「まさか、ジム・アクティの身体強化か!?」

 さらにエアが右脚を振りかぶる。ワンピースのすそから伸びた脚もまた色白で華奢だったが、そこには畏怖すべき殺意が存在した。
 エアの右脚を包み込むように空気が流れ込み、エアの脚は螺旋らせん状の風をまとった。そしてその蹴りがロイン大将の腹部へと打ち込まれる。
 ロイン大将はとっさに頭上の鉄板を腹部に回したが、鉄板ごと地平線の彼方かなたまで地面をえぐりながら飛んでいった。

「防御が間に合って即死は免れたようだけれど、ここへは戻ってこられないわね。やっと一人消えてくれた」

 そう言ったエアが次に視線を向けたのはルーレ・リッヒだった。
 彼女は氷の盾を頭上に構えていたが、エアとの視線の交錯には戦慄を禁じえなかった。その戦慄が悪い予感なのだとしたら、それは間違いではない。

 次の瞬間、ルーレを強烈な重みが襲った。氷の盾の重みが跳ね上がったのだ。
 これは重力とは違う魔法。スカラーの魔法だ。
 ルーレは氷の柱を作って盾を支えようとしたが、盾がたやすく氷柱を折ってしまう。発生型の魔法は要素を発生させることはできても消すことができない。ルーレは自ら創生した氷に押し潰されようとしていた。

 スカラーの魔法はジーヌ共和国の守護四師たるアオの魔法だ。
 その記憶を持っているのはダースのみ。自責の念も手伝って、ダースはやむなくルーレを影で覆い、安全な場所へとワープさせた。
 氷の盾が落ちてコンクリートに穴を穿うがち、三つの破片に割れた。

「あらあら、氷の魔導師を失って大丈夫なの?」

 盾だった氷もすべて溶けてしまい、大気温度がみるみる上昇していく。しかも、解放された空気玉が校舎へと向かう。その屋上でダースとレイジーが跪いている。
 そこにリーンが寄ってきた。エアの対抗勢力の残りはその三人のみだ。

 リーン・リッヒが空気玉に向かって振動魔法による斬撃を放つが、先ほどと同様に逆位相の振動によって相殺されてしまう。
 ダース・ホークが影から伸ばした闇で空気玉の進路上にワープホールを作るが、エアがそれを前後から挟むように別のワープホールを作り、空気玉はエアが作った方のワープホールに入ってすぐに出てきた。
 学院の校舎との距離はどんどん縮まっていく。
 レイジーが光線を放つが、エアは空気を操作して光を屈折させ、レイジーの方へ返した。
 レイジーは間一髪で飛び退いて自滅をまぬがれた。

 三人とも大気温度の上昇により意識が朦朧もうろうとし、まともに魔法を発動できない。
 熱の魔法は脅威だった。敵の魔法が熱だけならば術者を攻撃して攻撃を止められるが、相手の記憶から何の魔法でも呼び出せるエアが相手では、それは容易ではない。

 空気玉は迫る。三人の魔導師ともども魔導学院校舎を破壊し尽くさんと迫ってくる。
 ダースの脳裏には、学院を残しての闇穴ワープによる逃走がよぎった。だがそのとき、ダースが一縷いちるの望みとして開きつづけていた回線から希望が飛び込んだ。

「おい、ダース! 俺の部屋を経由してつなげろ!」

 ダースは朦朧とする意識の中で、どうにかワープホールをつないだ。

 その瞬間、ギラリと何かがひらめいて、空気玉を真っ二つに切り裂いた。
 空気玉は拘束から解放されて突風と化し、辺りの熱を奪い去っていった。
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