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第五章 王国編

第190話 真打降臨

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「度し難い。実に度し難い」

 さきほどのヌイの声とは打って変わって、今度は男の低い声だった。無数のヌイたちの中央を、天空からゆっくり降下してくる者がいる。

 それは、俺だ。

 アラト・コータではない。ゲス・エストだ。

「ああ、度し難い。まったく、実に度し難い」

 さっきまで絶望と悲愴に満ちた顔で固まっていた騎士団長は、俺の姿を見てようやく顔を戻した。敵の本体が現われて光明が見えたとでも思ったのだろう。とんだ思い上がりだ。勘違いも甚だしい。

ごうを煮やして本体が姿を現しましたか。愚かですね。姿を隠して遠くから攻撃していれば、この私をどうにか倒すことができたかもしれないのに」

 そう言って両手を背中に回す。両手から輪状の刃を放ったときにはニヤッと顔がほころんでいた。

 二つのチャクラムは俺に向かってまっすぐ飛んできた。ヌイのときのような軌道の工夫もないとは舐められたものだ。

「人形使いの本体は弱いとでも思ったか? 馬鹿め。俺がいちばん強いに決まってんだろ」

 二つのチャクラムは俺に到達する前にピタリと止まった。

「馬鹿な! 私が付与した《軌道》は絶対のはず……」

「おまえが付与したのはチャクラムであって、その素材ではない。チャクラムを壊せばリンクは切れる」

 そう、俺はチャクラムを破壊していた。絶対的に強化した隣接する二層の空気を、シャーリングの要領でガッシャンとズラすことによって、チャクラムを切断して破壊したのだ。
 チャクラムは元の形状から変わってしまったので、付与された軌道を辿ることが不可能になり魔法のリンクが切れたのである。

「チャクラムを壊した? 意味が分かりません。あなたが操作する人形はチャクラムに触れていないでしょう?」

 騎士団長殿はまだ俺が布の操作型、あるいは人形の操作型魔導師だと思っているらしい。
 いまとなっては広く知れ渡った俺の魔法を隠す気もないが、世間知らずにわざわざ教えてやるほど俺は親切ではない。

「こいつらは俺の力を可視化しただけだ。ほんの一部だがな」

「はんっ、自己顕示欲を抑えられなかったわけですか」

「そんなわけないだろ。ちゃんと意味があってやっている」

「意味なんてものがあるなら言ってみたまえ」

「俺の力を知らしめるためだ。俺は今日、世界の王となり、この世界のすべてを支配する。それを知らしめるのだ」

 俺のその言葉を、予想に反して騎士団長は笑わなかった。逆に、不快そうに俺を睨みつけてくる。
 服や靴に《浮遊》を付与したようで、スーッと空へ上がってきて俺と同じ高さに並び、大仰な白いマントを風にはためかせた。

「世界最強の魔導師たるこの私を前にして、世界征服ですか。なんとおこがましい!」

 こいつの自分への評価と世間の評価には乖離かいりがある。
 この世界にやってきたころの俺と同じとも言えるが、俺はこんなに滑稽こっけいではなかったはずだ。なぜなら、常にそれを力で証明してきたからだ。

「おまえは王国最強の魔導師と呼ばれているらしいが、そいつが世界最強を自称しているとは、身の程知らずにも程がある。おまえが世界最強? 絶対にあり得ねーだろ。すげー恥ずかしい奴だな。恥ずかしいことを自覚しろ。ああ、恥ずかしいっ!」

 騎士団長は顔を真っ赤にして血管を浮き上がらせた。完全に怒りを爆発させている。
 あ、血管が切れたっぽい。白い皿の上に載ったトマトみたいだ。
 こんな短気な奴がリーダーとは、シミアン王国の軍隊というのも底の知れた組織だ。嘆かわしい。

「なんなのだ、こいつ! E3エラースリーでもない。帝国の五護臣でもない。魔導学院の四天魔でもない。シミアン王国の王立魔導騎士団員でもない。いったい、なんなのだ、貴様は!」

「その中だと、明らかに王立魔導騎士だけ浮いてね? 場違いな格下を並べるなよ。恥ずかしいなぁ、もう。こっちが恥ずかしくなってくる」

 騎士団長は怒りのあまり血が頭に上りすぎて鬱血うっけつしだした。赤黒い顔に血管が浮きまくって不細工なイーターのようになっている。

 しかし、騎士団長は深呼吸をして、さらに何度か呼吸を繰り返し、どうにか爆発しそうな顔を紅潮した程度まで戻した。

「それがあなたの作戦ですか。私に勝つために私を怒らせ冷静さを奪おうという魂胆なのでしょうね。ですが、私には通じませんよ」

「そんなわけねーだろ、バーカ。雑魚が調子に乗って不快だったから、たしなめただけだっつーの。俺はやろうと思えば一秒でおまえを殺せるんだぜ?」

 俺の挑発は、本当に精神的優位を得る手段としての挑発ではない。ただ思ったことをそのまま言っているだけ。
 最近は俺の中のゲスを自制していた節があるから、たまにはこういう形で解放しておかないとストレスになるというものだ。いわゆるガス抜きというやつだ。

 騎士団長は自分の分析が正しいと思い込んでいる。いや、そう思い込まないとやってられないのだろう。
 彼はなにやら語りだす。

「私はね、自身の一般的な評価を自覚していますよ。シミアン王国では最強の魔導師。もしもE3エラースリーE4エラーフォーだったとしたら、その四つ目の枠に入るのはシミアン王国・王立魔導騎士団長であるメルブラン・エンテルトであろう。つまり世界で四番目に強い魔導師だ、と。これを私がどう思っていると思います? 誇りに思っていると思います? 否! まったく喜ばしいことではありません。むしろ遺憾いかんに思っているのですよ。そもそも、E3エラースリーなどという者たちの存在自体がおこがましい! この私を差し置いて勝手に最強の三人だとたたえ上げるなど笑止千万。戦ったこともないのに勝手に順位づけされて、極めて心外ですよ。私こそが最強の魔導師なのですから!」

 おうおう、語る語る。承認欲求の塊だ。

「ならば俺がおまえの言い分を証明する機会を与えてやる。俺はE3エラースリーの全員と戦ってその全員に勝っている。その俺に勝つことができれば、おまえは間違いなく世界最強だ。おまけに俺は最強のイーターと最強の魔術師にも勝っているから、俺を超えれば世界最強の生物だ」

 そう、俺の言う世界最強は、あくまで生物という枠組み内での話だ。
 この世界の理から外れた存在、狂気という名の概念が意思を持った存在。紅い狂気、彼女を忘れてはならない。
 俺がこうして極悪非道と思われるようなおこないをしているのも、すべては神の世界からこぼれ落ちた純真無垢な邪悪と戦うための準備の一環でしかない。

「ん? ふふっ……」

 騎士団長の表情から、俺の言葉をすべて妄言だと思っていることがうかがえた。子供じみた強がりを本物の強者に対して言い放つ滑稽さ、それをこの上なく哀れに思っている。
 騎士団長の顔の紅潮はすっかり引いて正常な精神状態に戻ったようだ。さっきまで苦戦していたことを忘れているようで、俺をあざけるように笑った。

「あなたの挑戦、受けて差し上げますよ」

 あくまで上からか。だがそれでいい。
 こういうのが俺の好物だ。蹂躙じゅうりんのしがいがある。
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