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第六章 試練編

第211話 三つの試練②

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「ゲス・エスト。君の持っている闇道具は回収させてもらう」

「この細剣・ムニキスのことか」

 ネアが手を差し出し、俺が細剣・ムニキスを渡すのを待っている。

 俺は背負っていた細剣・ムニキスを手に取り、さやの中央部を持った。そしてネアの方へと差し出そうとする。
 しかし、ネアの手に到達する前に俺は手を止めた。
 俺は無意識のうちに細剣・ムニキスを出し渋ったのだ。俺は覚醒している意識のほうでも躊躇ちゅうちょをはっきりと認識した。

 この細剣・ムニキスは極めて有用だ。

「君は一利のために百害を甘んじて許容するような愚か者ではないだろう?」

 ネアは俺の心を見透かしたようにさとしてきた。
 分かっている。従うべきだ。だが、ちゃんと納得したい。

「こいつの副作用は何なんだ?」

 ネアは俺の質問を予測していたようで、すぐに答えた。

「ムニキスはリンクを切った魔法の力をすべて蓄積している。そして、その蓄積された魔法は、どこかのタイミングですべて所持者に対し解放される。そのタイミングに規則はなく、いつその時が訪れるかはまったくの不明。要するに運しだいということさ。いまのそれを見る限り、相当な量の魔法の力を溜め込んでいる。その時が来てしまったら、君は即死するだろうね」

「マジか、怖っ!」

 俺は慌ててムニキスをネアの手の上に置いた。
 ネアは微笑ほほえむが、俺を見る視線にはまだ強い光を宿していた。

「封魂の箱もだよ」

「ああ、これも闇道具か。こいつの副作用は?」

「使えば使うほど運命的に自由を奪われることになる」

 ダイス・ロコイサーはこの封魂の箱にキーラの魂を捕らえたことがあった。それ以前に使ったことがあるのかは知らないが、少なくとも一回は使っていることになる。
 そして、彼は俺が監獄・ザメインに送り込んだ。リーン・リッヒには彼を一生監獄から出すなと命じてある。

「こいつも大概のヤバさだな。使わなくてよかった……」

「闇道具はすべて紅い狂気が作ったものだ。闇道具の本質はその強い効果ではない。闇道具の力におぼれた使用者を後悔させ、その様を見て彼女が愉悦にひたるためのものだ」

「俺なんか目じゃないくらいのドゲスだな。それを知っていたら闇道具はすべて見つけしだい破壊していた」

「心の弱き者はそれを知ってなお闇道具に魅了され溺れる。エスト、君がミコスリハンを破壊したことは評価しているよ」

 俺が封魂の箱を差し出すと、左手にムニキスを持つネアは左手で箱を受け取った。彼の両手が白く光り、それぞれの手を握り込むと二つの闇道具は簡単に破壊され、黒紫色の光の粒子を霧散させて消失した。

「これですべての用は済んだな? 俺たちはもう行く。試練を受けにな」

 俺はネアに背を向けた。

「待って、エスト。君のおかげで闇道具を五つ破壊することができた。その礼として三つの神器を授けよう」

 五つの闇道具とは、いま話題に出たミコスリハン、細剣・ムニキス、封魂の箱の三つと、キナイ組合長が持っていた魔法に干渉するグローブとジスポーンの二つだろう。
 そして、ここで初めて耳にする言葉が出てきた。

「神器?」

「そう。神が創った、摂理外の力を有する道具だ。闇道具に匹敵する力を持ちながら副作用はいっさいない。闇道具を破壊した報酬だから、君にしか使えないよう制限をかけてある」

 俺はネアに三つの神器を渡された。

 一つ、神器・ムニキス。

 神器・ムニキスの能力は細剣・ムニキスと同じで、代償なしに魔法のリンクを切ることができる。
 形状は細剣から日本刀に変わった。

 一つ、神器・封魂の箱。

 これも闇道具の代償がなくなっただけで、能力は闇道具の封魂の箱と同じ。
 こちらも見た目が少しだけ変わっている。元の箱は白木の表面に黄色と緑色の渦巻き模様が絡み合った禍々まがまがしいデザインだったが、神器のほうは銀色のラメが入っただけの白木の箱に変わっている。

 一つ、神器・天使のミトン。

 これはミコスリハンの対となる道具のようだが、その性質はミコスリハンとはまったく異なっていた。
 能力は、ミトンでさすると傷がえる。さするほど傷が癒え、五さすりすれば全快する。
 ただし、効果が出るのは一人に対しては一日あたり五さすり分まで。最後のさすりから二十四時間経てば五さすり分のストックが回復するが、二十四時間を空けなければ一日分という制限は解除されない。
 人数制限はなく、何人に対しても使える。
 闇道具のような代償はないが、唯一、神器の中で制限のある道具だ。
 見た目は白地に緑色のチェック模様のただのミトン。
 このミトンは本来のミトンとしても使える。汚れないし熱を通さないなかなかの逸品だ。ただし滑りやすいので注意。

「これらの道具はこの世界の摂理外の能力を持っている。だから、神としてもこの世界にはあまり存在させたくないものなんだ。さっきは闇道具破壊の報酬と言ったが、どちらかというと紅い狂気打倒のための君への投資に近い。エスト、もう一度言うけれど、これらの神器は君専用のものだ。君の意思でほかの者に貸与たいよしても効果は現われない」

「分かった。ありがとう」

 三つの神器を受け取った俺は、エアとともに真っ白な異空間を出た。
 ネアの見送りは本殿の前までだった。

「ゲス・エスト。最後に一つだけ忠告しておく。君が三つの試練をクリアしてさらに強くなったとしても、それだけでは紅い狂気には勝てない。仲間が必要だ。君の知る強者だけでなく、戦力になりうる魔導師の成長も必要だし、新しい仲間も必要だ。その新しい仲間というのを神が用意している最中だ。だから誰かれ構わず潰すなよ。もし君が成長途中の新しい仲間を潰してしまったら、紅い狂気の打倒は詰むからね」

 そのことは校長先生からも忠告を受けた。
 まったく、どいつもこいつも。
 いくら俺がゲスだからといって、手当たりしだいに手を出しているわけじゃない。

「分かっている。むやみに手出しはしない。ただし、しかと見定めた上で信用ならない奴なら容赦なく潰す」

「君の眼が曇りなきことを祈っているよ」

 ネアが本殿の奥へと姿を消すと、俺とエアは拝殿の前に瞬間的に移動していた。
 来たときに窪みにはめ込んだ鍵玉はもうなかった。

 俺とエアはいくつもの鳥居をくぐり、来たときの道を戻った。そして護神中立国を出た。
 向かうは第一の試練、天空遺跡だ。
 俺とエアはうなずきあって執行モードに突入した。空気の鎧を身にまとい、そして南方の遥か上空へと飛んだ。
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