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第六章 試練編

第216話 八方塞がり

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 ゴォオオンというとどろきとともに大きな揺れに襲われた。
 そっと目を開けると、機工巨人は部屋の反対側にいた。

 俺は死にかけたことで自分が生きていることを実感した。
 人間というのはこうして生きていて、五感があり、ものを考えて、体を動かす生物だ。
 自分もそうだ。自分が何者であろうと必死で生きるしかない。人為的に作られた存在だろうが何だろうが関係ない。怖いのは嫌だし、痛いのも嫌だ。安全に、平穏に、幸福に生きていたい。
 それが生命というものだ。

「俺は、生きている!」

「そうよ。私が助けたから」

 顔を横に向けると、横でエアが壁に背をもたせかけて座っていた。一張羅いっちょうらの白いワンピースが一部破れている。
 彼女の言葉は強いが、口調は弱々しかった。機工巨人の一撃を受けていて重傷なのだ。

「すまん。助かった。エア、スカラーの魔法で奴の動きを遅くできないか?」

「試したけど魔法は効かなかった。概念種の魔法も、電気や火、水といったエレメントによる攻撃もいっさい効かない」

「物理攻撃も魔法攻撃も受けつけないのか。人間じゃないし、まさか魔術が効くわけでもないだろうし」

 機工巨人はゆっくりとこちらに振り返った。
 距離が遠いとスピードが遅い。近づくほど速くなるようだ。あと、おそらく魔法を使っても反応してくる。

「あの目は? 赤く光っている目。アレって弱点の可能性はない?」

「ま、普通はそう考えるよな。でも空間把握モードで操作する空気で触れても感触がないんだ」

「でも、ムニキスで斬ってはいないでしょう?」

「まあ、そうなんだが……。ムニキスで倒せるかどうかは正直、五分ごぶだと思っている。ただ、その五分を試すためにそこまで接近するのはあまりにもリスクが高い」

「ムニキスで五分? なぜそう思うの?」

「この遺跡はこの世界に元々存在していたものだ。神器ありきの攻略法のはずがない。神器がなくても倒す方法があるはずなんだ。さっきの土人形にしてもそう。土人形はたまたまムニキスで消滅したが、機工巨人は外装に刃を当てても変化がなかった。あの目の赤い光は弱点っぽいだけで、弱点ではない気がするんだ」

「そう……。でも、試すとしたらそれしかないよね」

「そうだな……。行ってくるから援護してくれよ。あと一撃でも食らったら俺の体はもたないからな」

 俺は天使のミトンでエアを五さすりして、自分を一さすりした。
 これで天使のミトンの効果は使いきった。一日経つまで効果は復活しない。

「任せて。いま、十一くらいだから」

「十一?」

「私のギアが」

 なるほど。段階的自己強化でじっくり強化しつづけていたというわけだ。
 そしていまのエアは天使のミトンで全回復しているし、サポートに徹するのだから、そんなエアがついていながら機工巨人を倒せなかったら俺が戦犯になるのは間違いない。

「よっしゃあ! 行くぜ、ずんぐりむっくり野郎!」

 俺は執行モードと空間把握モードを同時に展開し、瞬時に機工巨人へと飛びかかった。

 機工巨人からは左のストレートが飛んでくる。俺がそれをかわすと、そこに右手が俺を掴もうと伸びてきた。
 これはさっきのパターンと一緒だ。予想済みだ。俺は指にもひっかからないように大きく避ける。
 そして、次はおそらく目から光線が飛んでくる。

「エア!」

 兜が俺を見上げた。赤い目がひときわ強く光る。同時に黒い影が俺を包み込み、そして明るい空間へと放り出す。
 赤くまばゆい光の線が消えた瞬間、俺は兜へと一直線に突っ込んだ。そして目の位置にある横長の穴から兜の内部へと入り、紅い光の塊にむかって神器・ムニキスを振った。

「どうだっ!」

 ムニキスが通り抜けると、そこにあった赤い光は霧散して消滅した。
 その直後、再びそこに赤い光の玉が出現した。さらにそこから光線が飛んでくる。
 兜の内部だろうがおかまいなしの攻撃。俺はけ反ってギリギリそれを避けた。
 その勢いでムニキスを振り、鎧の内壁を斬りつけた。強烈な金属の衝突音が鎧の内部で反響しているが、まったく効いている様子はない。
 機工巨人は右手で兜の目の部分を覆い、出口をなくした。そして、鎧が縮みはじめた。俺を内側で圧死させる気だ。

「くそっ、こいつ何でもありか! エア!」

 エアの闇魔法で俺は鎧の外へとワープした。位置はエアと機工巨人の中間くらいだった。
 俺は即座にエアの元に戻って魔法をすべて解除した。縮んでいた機工巨人はゆっくりと元の大きさに戻っていく。

「これ、倒せないよ。脱出したほうがよくない?」

「待て、考えさせてくれ」

「そんな時間はないよ」

「一個だけあるんだ。ただ、まだ直感の状態なんだよ。俺はいつも論理的な裏付けを得てから実行に移す。その裏づけのために思考する時間がほしい」

「直感でいいじゃない。試そうよ」

「でもリスクが……」

「もう! エストって優柔不断じゃない? エストに足りないのは度胸とか勇気なんじゃないの? エストがこんなに意気地なしだったなんて知らなかったわ!」

 エアは両手を腰に当てて声を荒げた。エアがこんなに感情を剥き出しにするのは珍しい。
 だがそんなことを言っている場合じゃない。機工巨人はすでに俺たちに向かって歩きはじめている。たしかに猶予はない。
 だが、今回ばかりはリスクがかなりでかい。それでも、やるしかないのだろう。

「分かった。じゃあ俺の言うことを聞いてくれ、エア。その前に訊いておくが、おまえ、遺跡の入り口からこの部屋まで辿り着いたときのルートを覚えているか?」

「え? ええ、まあ……」

「だったらエア、一度遺跡の外に出てからもう一度ここに戻ってきてくれ」

「え、正気!? それ、本気で言っているの?」

「説明している暇はない。直感だから根拠もない。でも試すしかないんだろ? おまえには滅茶苦茶でかいリスクを背負わせることになるし、それで機工巨人を倒せる確証もない。それでもおまえは俺を信じろ。世界を救済しようとしたおまえを止めた俺には、紅い狂気を倒す責務があるし、そのためには必ずこの試練を突破しなければならない。そのためには……」

「分かったわよ! でも、私がいちばん心配しているのはエストのことだからね。私がいないと死ぬんじゃない?」

「その点については俺を信じなくてもいい。俺は必ず生きのびるから、信じる必要すらない」

「調子出てきたじゃないの。じゃあ行ってくるね」

 エアはふっと笑って黒い穴に身を投じて姿を消した。いまにも黒いオーラを出しそうな雰囲気だったのに、最後にはパッと明るくなった。

「変な奴……」
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