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第六章 試練編
第230話 戦え乙女よ
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「第三位は、レイジー・デント!」
ジャーン、というシンバル音とともにスポットライトが当たったのは、生徒会長のレイジー・デントだった。背が低く、長い亜麻色の髪が特徴的な少女だ。
彼女は普段から基本的に笑顔を見せているが、いまも例外ではなかった。彼女は前までは四天魔の第二位だったのだが。
「順位落ちたのか、生徒会長」
「君、ストレートすぎない?」
順位が落ちたのにこんな仰々しく発表されたのでは、厭味にしか聞こえないだろう。
俺の物言いに苦笑したものの、レイジーはあっけらかんとしてさほど悔しそうにはしていなかった。
「まあ、後進が成長して世代交代していくっていうのはいいことだよ」
「後進?」
リーズが四位だから、彼女の姉のルーレ・リッヒがレイジーを追い抜いて二位になったのかと思ったが、それだと後進という言葉がしっくりこない。
風紀委員長のルーレが一介の風紀委員であるリーズに負けたのだとしたら、大番狂わせではないか。
「じゃあ第二位の発表をしようか」
ダースが強引に進行する。第一位はダース・ホークだということがすでに分かっているので、これが実質的に最後の発表となる。
――ドゥルルルルルルルルルルルルッ、ジャーンッ!!
「第二位は、キーラ・ヌア」
なんと、キーラが生徒会長に勝っているとは。
スポットライトが当たったキーラは、髪を左側で留めてサイドテールにしていた。昔は右側だったが、そこの変化は何らかの心情の変化があったからだろうか。
金髪碧眼の電気使いは、体の周囲で青白い光をバチバチと走らせて強者感を演出した。
キーラは百五十センチくらいの低身長だが、帯電演出の威圧感はすさまじい。
「エスト、あたし、強くなったよ」
「そうみたいだな。頼りにしているぞ」
お世辞ではなく、本心でそう思った。
しかしいまの言葉は、キーラが期待していたものとは違ったようだ。口を堅く結んでいる。
彼女の周囲の青白い発行が強さを増した。
「ねえ、戦ってよ、エスト。あたしと勝負して」
「おいおい、本気か?」
俺がこの世界に来たばかりのころならまだしも、いまとなっては俺をゲス・エストと知って勝負を挑んでくる者など皆無だ。
キーラの雰囲気は、強くなった自分の力を試したいとか、そんな温いものではなかった。何か大切なものを賭けた決闘のような気配を醸し出している。
「決戦は間近だ。その後じゃ駄目なのか?」
「いまがいいの。言っておくけど、不戦勝なんていらないからね。あたしが前に進むために必要なの」
「でも、ダースには勝ってないんだろ?」
「それはまだ挑戦していないからよ。私には四天魔の序列なんてどうでもいい。私が欲しいのは、あなたの隣の座。ただそれだけなの」
俺の隣? それは俺と並び世界最強と称されたい、ということか?
目標が高いのはいいことだ。だがいまの俺は疲れているし、紅い狂気に備えなければならない。それはキーラだって同じはずなのだ。
彼女にとって、それよりも重要なことだというのか。
「自信ないの? あたしはエストをノックアウトできるよ」
吹きやがる。
だが俺は安い挑発には乗らない。俺は一般的にプライドが異常に高いというイメージを持たれているようだが、冷静さのほうが遥かに上だ。
ただ、キーラのそれは安い挑発などではなさそうだ。
碧眼に込められた覚悟の光はかつてないほどに強く、俺の戦意を引きずり出したいという強い意志を感じる。
彼女がいかに真剣かは十分に伝わった。
「おまえが前に進むことができるというのなら受けてもいいが、負けて自信をなくされても困る。本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あたしが勝つから」
「分かった。ただし、俺は試練の報酬で得た力と神器は使わない。ハンデ……ではない。俺もおまえと同じ土俵で戦いたいからだ。文句はないな?」
「うん。エストが後悔しないならね!」
キーラを止める者はいなかった。彼女の本気が皆に伝わったからだろうか。それともこれは予定調和だったか。
生徒会長にいたっては、キーラと俺との勝負を取り仕切る始末だった。
「ルールは神器と試練の報酬の使用禁止で、それ以外は何でもあり。時間は無制限。ゲス・エスト対キーラ・ヌアの一対一。外野の手出しは無用だけど、危険な場合はあたしとダース君が止めるからね。それでは、戦闘開始!」
レイジーの宣言と同時にキーラは動いた。
俺の背後へ回り込もうと走りだすが、それがなかなか速い。おそらく体内の電気信号を操って、体にかかっている制限を取っ払っているのだ。
人体というのは安全のために脳がブレーキをかけているため、限界の七割程度しか力が出せないようになっている、というのが通説だ。
俺は最初から空間把握モードを展開していたが、加えて執行モードも発動した。
おそらくキーラは短期決戦をしかけてくる。もしも呼吸関係を押さえられたら絶対に勝てないからだ。
「スターレ!」
キーラがまとっていた青白い光から一匹の猫が飛び出した。
昔のスターレは黄色い光の塊だったが、いまは青白い光を放っている。とても安定した猫の形状を保っていて、凄絶なまでに美しく愛くるしい姿をしている。
そのスターレがキーラの肩に乗ったが、昔みたいにキーラの体を流れて消えたりしない。そこはキーラがしっかりと電気の流れを制御しているのだ。
キーラは走りながら電撃を放ってきた。俺は執行モードの空気鎧を精細に固めてそれを防御した。
空気というのは絶縁体であり、基本的に電気を通さない。だから電気は空気に対して相性が極めて悪いのだ。
雷のようにその空気中を電気が走るということは、空気がすでに絶縁破壊しているということになる。その電気を防ぐには、ただ空気を固めても無意味。空気中の電子まで制御するレベルの空気操作が必要となる。
「やるな、キーラ」
「なによ。エスト、前に戦ったときより余裕あるじゃない」
キーラはたしかに強くなったが、俺の空気操作レベルも格段に上がっている。
そうは言っても、キーラのほうが伸び代はあった。油断をしてはならない。そう、本気でキーラを分析しなければやられる。キーラはそういう段階まで成長しているのだ。
そういうわけで、改めて考察しよう。
キーラは電気の操作型魔導師だが、電気とひと言にいっても、電圧、電流、電気量などさまざまな概念がある。では電気の操作とはどの要素をどうすることをいうのだろうか。
俺は電気の操作ができないので憶測でしかないが、操作できるのはおそらく電圧の強さだ。
電流というのは電位の高いところから電位の低いところへと流れる。つまり電気を操作するには電位差、すなわち電圧を自在に変えられなければならないのだ。
電圧を強くするというと発生型の領分ではないかと思うかもしれないが、元々あるものを変えるのだから操作型の領分のはずだ。
だったら電気の発生型魔導師がいたとして、そいつは何ができるのか。おそらく、電流を発生させられるのだ。
もしこの世界でもちゃんとオームの法則が成り立つのだとしたら、電気の操作型魔導師と発生型魔導師はほぼ同じ能力と考えていい。
電圧イコール電気抵抗かける電流なのだから、電気抵抗が一定だとしたら、電圧と電流は比例する。
つまり何が言いたいかというと、キーラはわずかでも電気があれば、その出力をいくらでも大きくできるということだ。
操作型のデメリットは、ゼロからは電圧を上げられないこと。
発生型のデメリットは、電流の向きを変えられないため自分が感電するリスクがあること。
ただ、人体にはそもそも電気信号という名の電気が流れている。それを拾って体外で強くすれば、キーラはいつでも電気を自在に強くして操れるというわけだ。
そして、相手の体に電気が届きさえすれば、相手の体内の電気信号を操作して体の制御を奪うことさえでき得る。キーラが自分の体内の電気信号を操作できるのなら、それも不可能ではないはずだ。
これなら光の発生型魔導師を超えるのも納得できるというもの。
「電気の操作型。よくよく考えてみると恐ろしい魔法だな」
キーラは俺の周りを走りつづけ、何度も電撃を撃ってくる。
俺に死角はない。角度を変えて偶然に隙ができるのを待っているのだろうか。
「余裕そうにしているけれど、うっかり死なないでよね!」
キーラがニヤリと笑った。急に立ち止まり、バッと両手を天に掲げた。
月明かりが消えていく。空を見上げると、黒い雲が空を覆っていた。これもキーラの魔法がやったことなのか。
夜だから気づかなかった。キーラは動きまわることで空から気を逸らしていたのだ。
油断できないなどと考えつつ油断していた。次に何が起こるのかは想像に難くない。
俺はとっさに空気を極限まで制御して最大防御の構えを取った。
「崩天の雷槌、ヘブンズブレイクサンダー!」
激烈に眩い閃光が、俺の頭上を覆う黒雲から落ちてきた。同時にこの世の破滅を思わせる爆音が轟いた。
ドーム状の空気のバリアは音を通さないレベルで制御されているので、この音は地面を伝わってきたのだ。
「くっ、これは……」
キーラの落とした雷はただの雷ではない。もちろん、俺は天然の雷に襲われたことはないから普通の雷がどの程度の威力か知らないが、キーラの雷槌は明らかに天然の雷を凌駕していた。
とてつもなく太い光の柱が俺の頭上でうねっている。それも一瞬で消えるのではなく、すでに数秒は雷が消えずにいる。耳をつんざく音もずっと鳴りやまない。
「…………」
キーラが何か俺に喋りかけている。しかし雷の爆音のせいで聞き取れない。
俺はキーラの口元で空気の振動を感知し、それを自分の耳元で再現して声を聞いた。俺も自分の言葉をキーラの耳元で生み出して声を届けた。
「なんだって?」
「あたしね、エストみたいにセンスとか才能とか知識とかないけど、あたしなりに勉強したり研鑽を重ねて強くなったよ。特にこの技だけは、とにかく極限までひたすら鍛え上げたの」
「そうか……。大したもんだよ。四天魔の第二位というのも納得だ。よく頑張ったな」
たしかにキーラは修行で滅茶苦茶強くなっていた。この雷槌は一撃必殺の強力な魔法となっている。
これを防げる者は俺以外にはエアとダースくらいのものだろう。
しかし俺も余裕ではない。いままさに、空気中の電子を綱引きしている状態で、少しでも気が緩めば雷が俺の空気バリアを破壊するだろう。そうなれば俺は即死だ。
キーラにはもちろん俺を殺す気はないのだろうが、それくらい本気で挑まなければ俺には絶対に勝てないことを分かっている。
「ぐうっ……」
雷はまだやまない。それどころか、威力が増してきている。
このままでは押し負ける。そう考えた俺は黒いオーラを放出した。俺は自己暗示により黒いオーラを自在に出せるようになっている。
そしてこれはルールでも制限されていない。
黒いオーラがキーラの雷の威力を弱めていく。そのはずだった。しかし雷の威力は落ちるどころか増している。
「なにっ!?」
キーラが白いオーラをまとっていた。すごい勢いで白いオーラを放出している。
「あたしもね、オーラを自分で出せるようになったんだよ。でもこれは天然のオーラでもあるの。それをメンタルコントロールで強化しているの」
これはヤバイ。完全に押されている。
ダースやレイジーは危なくなったら止めるなんて言っていたが、彼らにはおそらく無理だ。そしてエアにも。
反則負けになってでも神器を使うという選択肢が思い浮かんだが、神器はさっきエアに預けたため身につけていない。
俺も出すなら白いオーラのほうがよかったかもしれないと思ったが、自己暗示で放出するのは黒いオーラのほうが得意なのだから、それは無意味な後悔だ。
じわじわと空気の制御、厳密には空気内の電子の操作がキーラに奪われようとしている。
「エスト、あたしね……」
「なんだ!」
俺は声を荒げた。俺にはキーラとの会話に興じる余裕はなかった。
しかし、キーラは俺みたいな切羽詰った様子ではなく、しかし至極真剣な表情で俺に向かって叫んだ。
「エストのことが好きなの!!」
キーラの白いオーラが爆発的に増加し、俺の黒いオーラは弱まった。
もう一分以上は続いているキーラの雷が俺の空気のバリアを九割ほど破壊したが、最後の最後で完全な絶縁破壊は踏みとどまった。
俺は黒いオーラを消して、とにかく空気の制御に集中した。
「キーラ、俺もおまえのことが好きだが、一番はエアだ。すまんな」
キーラの白いオーラが揺らいだ。だが減ったわけではない。
彼女は涙を浮かべながらも笑った。無理矢理作ったような笑顔だが、瞳に宿る光は雷槌に負けないくらい強い。
「知ってるよ。でも、まだ終わってない。強い人が好きなんでしょ? この戦いにあたしが勝って、あんたの気持ちを変えてやる!」
キーラの雷槌はいっそう強まった。オーラの揺らぎも消え、さっきよりも量を増す。
「…………」
キーラには申し訳ないが、たとえ俺が負けたとしてもエアへの気持ちは変わらない。
だが、そんなことはキーラには言えない。キーラはこのときのためにひたすら修練してここまで強くなったのだ。
俺はその努力と気持ちを否定したくない。
だから俺は、負けるわけにはいかない。
キーラを傷つけないために、絶対に負けられない。
「キーラ、本当に強くなったな」
俺は白いオーラを放出した。
これは自己暗示によるものではない。天然のオーラだった。
俺にとっての一番はもちろんエアなのだが、この白いオーラは間違いなくキーラに対する愛情から生まれたものだった。
俺の空気バリアが安定したところで、俺はキーラの周囲の酸素濃度を少しずつ薄くしていった。
雷は徐々に痩せていき、枯れ枝のように細くなった。
朦朧としてフラつくキーラだが、それでもなお雷は消えない。おそらく空気操作で雷雲を散らしたところで俺の頭上の雷を操作しつづけるのだろうから、完全にキーラを気絶させるしかなさそうだ。
俺はさらに酸素濃度を薄くしてキーラから意識を奪った。
ジャーン、というシンバル音とともにスポットライトが当たったのは、生徒会長のレイジー・デントだった。背が低く、長い亜麻色の髪が特徴的な少女だ。
彼女は普段から基本的に笑顔を見せているが、いまも例外ではなかった。彼女は前までは四天魔の第二位だったのだが。
「順位落ちたのか、生徒会長」
「君、ストレートすぎない?」
順位が落ちたのにこんな仰々しく発表されたのでは、厭味にしか聞こえないだろう。
俺の物言いに苦笑したものの、レイジーはあっけらかんとしてさほど悔しそうにはしていなかった。
「まあ、後進が成長して世代交代していくっていうのはいいことだよ」
「後進?」
リーズが四位だから、彼女の姉のルーレ・リッヒがレイジーを追い抜いて二位になったのかと思ったが、それだと後進という言葉がしっくりこない。
風紀委員長のルーレが一介の風紀委員であるリーズに負けたのだとしたら、大番狂わせではないか。
「じゃあ第二位の発表をしようか」
ダースが強引に進行する。第一位はダース・ホークだということがすでに分かっているので、これが実質的に最後の発表となる。
――ドゥルルルルルルルルルルルルッ、ジャーンッ!!
「第二位は、キーラ・ヌア」
なんと、キーラが生徒会長に勝っているとは。
スポットライトが当たったキーラは、髪を左側で留めてサイドテールにしていた。昔は右側だったが、そこの変化は何らかの心情の変化があったからだろうか。
金髪碧眼の電気使いは、体の周囲で青白い光をバチバチと走らせて強者感を演出した。
キーラは百五十センチくらいの低身長だが、帯電演出の威圧感はすさまじい。
「エスト、あたし、強くなったよ」
「そうみたいだな。頼りにしているぞ」
お世辞ではなく、本心でそう思った。
しかしいまの言葉は、キーラが期待していたものとは違ったようだ。口を堅く結んでいる。
彼女の周囲の青白い発行が強さを増した。
「ねえ、戦ってよ、エスト。あたしと勝負して」
「おいおい、本気か?」
俺がこの世界に来たばかりのころならまだしも、いまとなっては俺をゲス・エストと知って勝負を挑んでくる者など皆無だ。
キーラの雰囲気は、強くなった自分の力を試したいとか、そんな温いものではなかった。何か大切なものを賭けた決闘のような気配を醸し出している。
「決戦は間近だ。その後じゃ駄目なのか?」
「いまがいいの。言っておくけど、不戦勝なんていらないからね。あたしが前に進むために必要なの」
「でも、ダースには勝ってないんだろ?」
「それはまだ挑戦していないからよ。私には四天魔の序列なんてどうでもいい。私が欲しいのは、あなたの隣の座。ただそれだけなの」
俺の隣? それは俺と並び世界最強と称されたい、ということか?
目標が高いのはいいことだ。だがいまの俺は疲れているし、紅い狂気に備えなければならない。それはキーラだって同じはずなのだ。
彼女にとって、それよりも重要なことだというのか。
「自信ないの? あたしはエストをノックアウトできるよ」
吹きやがる。
だが俺は安い挑発には乗らない。俺は一般的にプライドが異常に高いというイメージを持たれているようだが、冷静さのほうが遥かに上だ。
ただ、キーラのそれは安い挑発などではなさそうだ。
碧眼に込められた覚悟の光はかつてないほどに強く、俺の戦意を引きずり出したいという強い意志を感じる。
彼女がいかに真剣かは十分に伝わった。
「おまえが前に進むことができるというのなら受けてもいいが、負けて自信をなくされても困る。本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あたしが勝つから」
「分かった。ただし、俺は試練の報酬で得た力と神器は使わない。ハンデ……ではない。俺もおまえと同じ土俵で戦いたいからだ。文句はないな?」
「うん。エストが後悔しないならね!」
キーラを止める者はいなかった。彼女の本気が皆に伝わったからだろうか。それともこれは予定調和だったか。
生徒会長にいたっては、キーラと俺との勝負を取り仕切る始末だった。
「ルールは神器と試練の報酬の使用禁止で、それ以外は何でもあり。時間は無制限。ゲス・エスト対キーラ・ヌアの一対一。外野の手出しは無用だけど、危険な場合はあたしとダース君が止めるからね。それでは、戦闘開始!」
レイジーの宣言と同時にキーラは動いた。
俺の背後へ回り込もうと走りだすが、それがなかなか速い。おそらく体内の電気信号を操って、体にかかっている制限を取っ払っているのだ。
人体というのは安全のために脳がブレーキをかけているため、限界の七割程度しか力が出せないようになっている、というのが通説だ。
俺は最初から空間把握モードを展開していたが、加えて執行モードも発動した。
おそらくキーラは短期決戦をしかけてくる。もしも呼吸関係を押さえられたら絶対に勝てないからだ。
「スターレ!」
キーラがまとっていた青白い光から一匹の猫が飛び出した。
昔のスターレは黄色い光の塊だったが、いまは青白い光を放っている。とても安定した猫の形状を保っていて、凄絶なまでに美しく愛くるしい姿をしている。
そのスターレがキーラの肩に乗ったが、昔みたいにキーラの体を流れて消えたりしない。そこはキーラがしっかりと電気の流れを制御しているのだ。
キーラは走りながら電撃を放ってきた。俺は執行モードの空気鎧を精細に固めてそれを防御した。
空気というのは絶縁体であり、基本的に電気を通さない。だから電気は空気に対して相性が極めて悪いのだ。
雷のようにその空気中を電気が走るということは、空気がすでに絶縁破壊しているということになる。その電気を防ぐには、ただ空気を固めても無意味。空気中の電子まで制御するレベルの空気操作が必要となる。
「やるな、キーラ」
「なによ。エスト、前に戦ったときより余裕あるじゃない」
キーラはたしかに強くなったが、俺の空気操作レベルも格段に上がっている。
そうは言っても、キーラのほうが伸び代はあった。油断をしてはならない。そう、本気でキーラを分析しなければやられる。キーラはそういう段階まで成長しているのだ。
そういうわけで、改めて考察しよう。
キーラは電気の操作型魔導師だが、電気とひと言にいっても、電圧、電流、電気量などさまざまな概念がある。では電気の操作とはどの要素をどうすることをいうのだろうか。
俺は電気の操作ができないので憶測でしかないが、操作できるのはおそらく電圧の強さだ。
電流というのは電位の高いところから電位の低いところへと流れる。つまり電気を操作するには電位差、すなわち電圧を自在に変えられなければならないのだ。
電圧を強くするというと発生型の領分ではないかと思うかもしれないが、元々あるものを変えるのだから操作型の領分のはずだ。
だったら電気の発生型魔導師がいたとして、そいつは何ができるのか。おそらく、電流を発生させられるのだ。
もしこの世界でもちゃんとオームの法則が成り立つのだとしたら、電気の操作型魔導師と発生型魔導師はほぼ同じ能力と考えていい。
電圧イコール電気抵抗かける電流なのだから、電気抵抗が一定だとしたら、電圧と電流は比例する。
つまり何が言いたいかというと、キーラはわずかでも電気があれば、その出力をいくらでも大きくできるということだ。
操作型のデメリットは、ゼロからは電圧を上げられないこと。
発生型のデメリットは、電流の向きを変えられないため自分が感電するリスクがあること。
ただ、人体にはそもそも電気信号という名の電気が流れている。それを拾って体外で強くすれば、キーラはいつでも電気を自在に強くして操れるというわけだ。
そして、相手の体に電気が届きさえすれば、相手の体内の電気信号を操作して体の制御を奪うことさえでき得る。キーラが自分の体内の電気信号を操作できるのなら、それも不可能ではないはずだ。
これなら光の発生型魔導師を超えるのも納得できるというもの。
「電気の操作型。よくよく考えてみると恐ろしい魔法だな」
キーラは俺の周りを走りつづけ、何度も電撃を撃ってくる。
俺に死角はない。角度を変えて偶然に隙ができるのを待っているのだろうか。
「余裕そうにしているけれど、うっかり死なないでよね!」
キーラがニヤリと笑った。急に立ち止まり、バッと両手を天に掲げた。
月明かりが消えていく。空を見上げると、黒い雲が空を覆っていた。これもキーラの魔法がやったことなのか。
夜だから気づかなかった。キーラは動きまわることで空から気を逸らしていたのだ。
油断できないなどと考えつつ油断していた。次に何が起こるのかは想像に難くない。
俺はとっさに空気を極限まで制御して最大防御の構えを取った。
「崩天の雷槌、ヘブンズブレイクサンダー!」
激烈に眩い閃光が、俺の頭上を覆う黒雲から落ちてきた。同時にこの世の破滅を思わせる爆音が轟いた。
ドーム状の空気のバリアは音を通さないレベルで制御されているので、この音は地面を伝わってきたのだ。
「くっ、これは……」
キーラの落とした雷はただの雷ではない。もちろん、俺は天然の雷に襲われたことはないから普通の雷がどの程度の威力か知らないが、キーラの雷槌は明らかに天然の雷を凌駕していた。
とてつもなく太い光の柱が俺の頭上でうねっている。それも一瞬で消えるのではなく、すでに数秒は雷が消えずにいる。耳をつんざく音もずっと鳴りやまない。
「…………」
キーラが何か俺に喋りかけている。しかし雷の爆音のせいで聞き取れない。
俺はキーラの口元で空気の振動を感知し、それを自分の耳元で再現して声を聞いた。俺も自分の言葉をキーラの耳元で生み出して声を届けた。
「なんだって?」
「あたしね、エストみたいにセンスとか才能とか知識とかないけど、あたしなりに勉強したり研鑽を重ねて強くなったよ。特にこの技だけは、とにかく極限までひたすら鍛え上げたの」
「そうか……。大したもんだよ。四天魔の第二位というのも納得だ。よく頑張ったな」
たしかにキーラは修行で滅茶苦茶強くなっていた。この雷槌は一撃必殺の強力な魔法となっている。
これを防げる者は俺以外にはエアとダースくらいのものだろう。
しかし俺も余裕ではない。いままさに、空気中の電子を綱引きしている状態で、少しでも気が緩めば雷が俺の空気バリアを破壊するだろう。そうなれば俺は即死だ。
キーラにはもちろん俺を殺す気はないのだろうが、それくらい本気で挑まなければ俺には絶対に勝てないことを分かっている。
「ぐうっ……」
雷はまだやまない。それどころか、威力が増してきている。
このままでは押し負ける。そう考えた俺は黒いオーラを放出した。俺は自己暗示により黒いオーラを自在に出せるようになっている。
そしてこれはルールでも制限されていない。
黒いオーラがキーラの雷の威力を弱めていく。そのはずだった。しかし雷の威力は落ちるどころか増している。
「なにっ!?」
キーラが白いオーラをまとっていた。すごい勢いで白いオーラを放出している。
「あたしもね、オーラを自分で出せるようになったんだよ。でもこれは天然のオーラでもあるの。それをメンタルコントロールで強化しているの」
これはヤバイ。完全に押されている。
ダースやレイジーは危なくなったら止めるなんて言っていたが、彼らにはおそらく無理だ。そしてエアにも。
反則負けになってでも神器を使うという選択肢が思い浮かんだが、神器はさっきエアに預けたため身につけていない。
俺も出すなら白いオーラのほうがよかったかもしれないと思ったが、自己暗示で放出するのは黒いオーラのほうが得意なのだから、それは無意味な後悔だ。
じわじわと空気の制御、厳密には空気内の電子の操作がキーラに奪われようとしている。
「エスト、あたしね……」
「なんだ!」
俺は声を荒げた。俺にはキーラとの会話に興じる余裕はなかった。
しかし、キーラは俺みたいな切羽詰った様子ではなく、しかし至極真剣な表情で俺に向かって叫んだ。
「エストのことが好きなの!!」
キーラの白いオーラが爆発的に増加し、俺の黒いオーラは弱まった。
もう一分以上は続いているキーラの雷が俺の空気のバリアを九割ほど破壊したが、最後の最後で完全な絶縁破壊は踏みとどまった。
俺は黒いオーラを消して、とにかく空気の制御に集中した。
「キーラ、俺もおまえのことが好きだが、一番はエアだ。すまんな」
キーラの白いオーラが揺らいだ。だが減ったわけではない。
彼女は涙を浮かべながらも笑った。無理矢理作ったような笑顔だが、瞳に宿る光は雷槌に負けないくらい強い。
「知ってるよ。でも、まだ終わってない。強い人が好きなんでしょ? この戦いにあたしが勝って、あんたの気持ちを変えてやる!」
キーラの雷槌はいっそう強まった。オーラの揺らぎも消え、さっきよりも量を増す。
「…………」
キーラには申し訳ないが、たとえ俺が負けたとしてもエアへの気持ちは変わらない。
だが、そんなことはキーラには言えない。キーラはこのときのためにひたすら修練してここまで強くなったのだ。
俺はその努力と気持ちを否定したくない。
だから俺は、負けるわけにはいかない。
キーラを傷つけないために、絶対に負けられない。
「キーラ、本当に強くなったな」
俺は白いオーラを放出した。
これは自己暗示によるものではない。天然のオーラだった。
俺にとっての一番はもちろんエアなのだが、この白いオーラは間違いなくキーラに対する愛情から生まれたものだった。
俺の空気バリアが安定したところで、俺はキーラの周囲の酸素濃度を少しずつ薄くしていった。
雷は徐々に痩せていき、枯れ枝のように細くなった。
朦朧としてフラつくキーラだが、それでもなお雷は消えない。おそらく空気操作で雷雲を散らしたところで俺の頭上の雷を操作しつづけるのだろうから、完全にキーラを気絶させるしかなさそうだ。
俺はさらに酸素濃度を薄くしてキーラから意識を奪った。
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「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
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