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最終章 狂酔編

第240話 カケララ戦‐シミアン王国①

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 コータがにらみつけると、コータが魔法を使うより先にカケララが動いた。
 上体をグイッと横に曲げたかと思うと、五メートルくらいあろう距離を一秒もかけずに詰めた。

「ふふふ。あなたなんかの魔法には捕まらないわよ」

「こいつ!」

 コータがカケララの背後に瞬間移動するが、それより早くカケララがコータの背後を取っていた。

「痛っ!」

 カケララの尖った紅い爪がコータの背中に刺さっている。深さは五ミリくらい。
 騎士からすれば浅い傷だが、元々普通の人間であるコータにとってはかなりの重傷だ。しかも背中という手の届かないところであるため、自分で処置ができない。

 騎士団長のチェーンソードがコータの背後に回り込むと、カケララはそれを最小限の動きでかわした。
 カケララをコータから引き剥がすため、さらにチャクラムを一つ投げた。
 輪状の刃まで飛んできたらさすがにコータから離れざるを得なかったらしく、カケララはコータを蹴飛ばして数歩後ろへ下がった。

「ちょっとずつ、ちょっとずつ深く刺していくわ。これくらいで発狂しないでよね」

 コータは騎士団長の横にうつ伏せに倒れた。すぐに上体を起こしてカケララの方を警戒するが、その表情にはかつてないほどの苦悶くもんが浮かんでいる。背中に手を回そうとするが、コータの体の硬さでは届かない。

『カケララ、急ぎすぎよ。もう少しゆっくりいたぶってあげなさい』

 これはカケラの声だ。彼女の姿はないが、天の声みたく部屋の中に響いた。

「つまらないことをするわね、ミューイ・シミアン。さすがに不快だわ」

 いまのカケラの声はミューイの音の操作魔法により再現したものだった。カケラはカケララよりも上位の存在であり、彼女の言葉であれば従うのではないかと考えて作り出した声だ。
 さすがにカケラがカケララを止めようとするのは不自然すぎるため、少しでも時間稼ぎをしようとした結果が先の言葉だった。
 だがミューイの魂胆は筒抜けだったようだ。

「やっぱり通用しないのね。でも、だんだんとあなたのことが分かってきたわ。あなたはカケラほど万能ではない。紅い狂気が狂気の支配者に及ばないようにね。おおむね、カケラの持つ特殊能力を一つだけ継承しているといったところかしら」

 もしもカケララがカケラとまったく同じ能力を持っているのなら、コータの追撃を避けるためにあんなに動きまわる必要はない。コータを動けなくしてしまえば済むのだから。
 そしてミューイの作った声の真偽を見破り、コータの移動先を予測したりメルブランの攻撃をことごとくかわしたりした様子からして、ミューイはカケララの能力は読心術であると睨んだ。

 だったら逃げられない攻撃をすればいい。あるいは、三人同時に攻撃すれば、誰の心を読んでも残り二人の心を読むことはできない。
 もっとも、さっき見せたカケララの素の身体能力があまりにも脅威であるが。

「メルブラン、コータ」

 ミューイは二人に呼びかけ、自分の考えた作戦を素早く伝えた。これは心を読めるカケララには筒抜けになっているだろうが、それでも問題ない作戦だ。
 カケララは作戦伝達を邪魔してこない。いま心を読んでいる最中なのかもしれない。

「私が時間を稼ぎます。その間に準備を整えて!」

 ミューイはカケララに向けて音波を飛ばした。音速で飛び、しかも見えない攻撃だ。
 音波は連続で放たれたが、やはりカケララはそれらを完璧に回避する。ミューイが音波を撃ったときには、カケララはもうその軌道上にはいない。

「チェーンソードとチャクラムに付与。《絶対切断》、《絶対耐久》、《自動追尾》、《障害回避》」

 ミューイがカケララを牽制けんせいしている間、騎士団長は付与の魔法で自身の得物である二つのチャクラムに四つの性質を与えた。
 《絶対切断》は触れたものを絶対に切断する性質。
 《絶対耐久》は絶対に壊れない性質。
 《自動追尾》はターゲットに命中するまで延々と追いかけつづける性質。
 《障害回避》は標的を追尾する際に間にほかの人や物があった場合、それにぶつからず迂回うかいする性質。

 この作戦の要は《自動追尾》の付与にある。自動なので誰の意思も入らない。
 よって、カケララは誰の心を読んでもチャクラムの動きを予測することができないのだ。

「陛下、投げますよ!」

「構わず投げて。音波の攻撃も続けます」

 騎士団長が二つのチャクラムを同時に投げた。さらに、腰にげていた剣を抜き、それを振るう。
 剣は鎖でつながった無数の刃となり、ムカデが走るようにカケララへと向かって飛んでいく。

「無駄よ」

 カケララはアクロバティックな動きで二枚のチャクラムをかわし、チェーンソードの追撃も避け、ミューイの放つ音波を手の甲で弾き飛ばし、戻ってきたチャクラムを再びかわす。
 それが一分以上続き、ミューイは言い知れぬ不安に襲われた。

 なぜこうも攻撃が当たらないのか。
 音波を防ぎ、チェーンソードをかわすのは、ミューイとメルブランの心を読むタイミングを的確に切り替えていけば不可能ではない。
 しかし自動追尾のチャクラムがかすりもしないのはどういうことか。
 チェーンソードだって半分は自動追尾の効果で動きまわっているのだから、その三つを全て完璧にいなすことなんて不可能だ。たとえバケモノじみた身体能力が動体視力をも含むのだとしても、背後から迫るチャクラムは見えないはずだ。

「もしかして、聴覚……」

「ミューイ、音波を止めてくれ。僕がチャクラムをアシストする」

「分かったわ」

 ミューイは音波攻撃をやめて、チャクラムが発する飛行音の消去に務めた。
 そしてコータがチャクラムの位置をランダムに入れ替える魔法を使った。

「ランダム入れ替え!」

(いまのは魔法の技名? ひどい命名だわ、コータ……)

(わざわざ叫ぶような技か?)

「ひどいセンスね」

 ミューイと騎士団長が心中に留めたことをカケララが口にした。
 それがカケララの気を逸らすかというと、そんなことはまったくなく、周囲をランダムでテレポートするチャクラムをことごとく避けていく。膨らんだスカートにすら、かすりもしない。
 それは驚異的な身体能力だけでは説明がつかない。
 騎士団長が振るうチェーンソードはもちろん、背後から無音で飛んでくるチャクラムも当たらない。それが目まぐるしく位置を変えて絶え間なくカケララを狙うが、コータの意思すら入っていないチャクラムの出現位置が見えているかのように、彼女はそれが当たらない位置、姿勢へと体を持っていく。
 もはや異常としか言いようがない。

「あなたたち程度なら、こんなものよね」
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