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最終章 狂酔編

第264話 カケララ戦‐諸島連合③

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「あたしに考えがある。二人とも協力してちょうだい」

 イルとリーズがハーティの元に駆け寄り、ハーティが二人だけに聞こえるように作戦を耳打ちする。

 カケララはそれを脅威と感じなかった。
 本気を出せば常人には聞き取れないような小さな音だって聞き取れるが、わざわざそんなものに聞き耳を立てる必要などない。
 三人が何をしてこようと、時間を支配している自分が負けるわけがない。
 カケララを倒すためには致命傷を与えると同時に直接白いオーラで包み込まなければならないし、少しでも身の危険を感じれば時間を戻せばいいのだ。
 だいいち、この三人では鉄の塊みたいに頑丈なカケララに傷一つつけることすら厳しいだろう。白いオーラで強化された魔法を使ったとしてもだ。

「いくわよ!」

「いくよ!」

「いきますわ!」

 三人が息を吸い、声を合わせて叫ぶ。

『超巨大火炎竜巻!!』

 それは一瞬にして発生したが、正確にはイルの風の発生型魔法が起点となった。
 風は必ずしも空気である必要はない。イルは可燃性ガスによる風を生み出したのだ。
 次は熱の発生型魔導師であるハーティが、渦巻くガス風に対し温度を上昇させるための熱源を与えた。それによってガスが発火点を向かえ、炎の旋風となった。
 さらに、リーズが風を加速させ大きく成長させる。風だけが強まれば炎は吹き消されるかもしれないが、リーズが加速させるのはただの風ではなく炎風である。風とともに炎の勢いもどんどん強まっていく。

 そして、燃え盛る超巨大竜巻ができあがった。その大きさたるや、シミアン王城だろうがリオン城だろうがひと飲みにして焼き尽くす代物だ。

「ふーん。なかなかのものを作ったわね」

 この火力であれば、たしかにカケララもダメージを受けるだろう。しかし、触れただけでは致命傷にはならない。おそらく一分くらいであればサウナ気分で耐えられるし、時間を戻せなくなるほど脳がやられるまでには五分以上はかかるだろう。
 カケララにはそれだけ体の耐久度に自信があった。頑丈なのは物理的な負荷に対してだけでなく、熱に対しても、毒に対しても同じだ。

「ふふふ」

 カケララは面白いことを思いついた。毎度毎度、心臓を潰すだけではつまらない。自分が飽きてきてしまっている。
 だから、この攻撃を利用してさらなる絶望を与えてやるのだ。

 カケララはあえて火炎竜巻の中へ入った。そして、リーズの方へと一直線に飛び出してきて、その腕を掴んだ。

「なっ!?」

「人にこんなものをぶつけるってことは、自分がやられる覚悟もあるんでしょう?」

 カケララがグイッとリーズの腕を引き、無理矢理に火炎竜巻の中へと戻る。

「きゃあぁぁ……」

 悲鳴は一瞬で聞こえなくなった。
 リーズは火炎竜巻に近づくだけで炎に包まれ、竜巻に触れた瞬間に灰になった。

「次はどちらにしようかしら? あなたたちで決めていいわよ」

 そう言いつつ、カケララはハーティににじり寄る。考えるための制限時間はカケララがハーティに辿り着くまでというわけだ。
 ハーティは後退したかったが、カケララから発せられる圧で動けなかった。

「ふふふ、さっきのお嬢様は一瞬で焼けちゃったけれど、次はもう少しゆっくりあぶってあげる」

 恐怖にひきつったハーティは、震える腕を上げた。
 その先には人差し指が一本だけ伸ばされていて、その方向にはイルがいた。

「イルから……」

 カケララが狂喜の笑みを浮かべ、イルを見る。
 イルがハーティに向ける顔に浮かぶのは、まさに裏切られた人間の悲愴に満ちた表情。
 カケララは裏切りを実現させてやるべく、ターゲットをイルに変えた。
 一足跳びで一気にイルへ間合いを詰め、その腕を掴む。そして、火炎竜巻へと引きずり込んでいく。
 先にカケララが火炎竜巻の中へ入り、イルがじわじわと引きずり込まれていく。その体は激しく燃え上がり、地獄の苦しみを味わう。

「イル!」

 ハーティが叫ぶ。
 イルの返事はない。もう声は出せる状態ではない。
 眼球も蒸発しており、ハーティと視線が合うことはなかった。
 イルは最後のあがきとして、自ら火炎竜巻へと飛び込んで灰となった。

「最後はあなたよ。なんで友達を売っちゃったんだろうねぇ。私が時間を巻き戻すことを分かっているはずなのに。あなたが焼かれないわけでもないのに」

「好きにしろ! 煮るなり焼くなり」

「それいいわね。次はじっくり煮込んであげる」

 ハーティも灰になり、そして時間が巻き戻る。

 カケララは今回は少し様子を見ていた。
 悪化したであろうハーティとイルの関係を眺めて愉悦にひたりたかった。
 しかし、二人の様子に変化はなかった。

「あれ? 脳まで戻しちゃった? そんなはずはないのに」

「ちゃんと覚えているわよ。次は煮るんでしょ?」

 超巨大火炎竜巻は消えている。発生前まで時間が戻っているから。
 しかし、友に裏切られたイルの白いオーラが消えていないのはどういうことか。その記憶は残したのだから、イルがハーティを責めて然るべきなのだ。
 先ほどまでの様子から、イルがハーティに絶対服従の関係性ではないことは分かっている。

「ねえ、イル・マリル。あなたはお友達に言いたいことがあるんじゃないの? 大親友のハーティ・スタックさんに」

 カケララにはイルの考えていることが分からない。
 イルは険しい顔をしているが、それは最初からずっとだった。

「そうね、一つあるよ。ねえ、ハーティ。作戦はうまくいったんだよね?」

「ええ、あなたがさっき時間を稼いでくれたおかげでね」

 そこでようやくカケララは異変に気づく。
 なんだか頭が重いのだ。まるで風邪をひいたみたいに。

「これは、どういうこと……」

 その質問にはハーティが答えた。その表情には友達を売った後ろめたさなんか微塵みじんもない様子で、なぜか勝利を確信しているかのような強い目をしていた。

「カケララさん、記憶は戻せないんでしょう? 記憶ごと戻すこともできるけれど、それをやったところで同じことが繰り返し起こるだけだから意味がない。そうでしょう?」

「そうよ。時間を操作する範囲は自在なのだから、脳を範囲から外せば記憶は残る。それが何だっていうの?」

 そう言いながら、カケララは空に対して違和感を抱く。
 いま、空は白いオーラに覆われている。最初は紅いオーラに覆われていたはずなのに。
 しかしそれは重要なことではない。オーラの向こう側に透けて見える陽の位置が本来の位置より高いのだ。カケララが三人に出会ってからまだ一時間程度しか経っていないはずなのに、すでに四時間程度は時が過ぎている。
 それがカケララの痛烈な違和感の正体である。

「まさか、私は何度か記憶ごと時間を戻している?」

「そうなんでしょうね。わたくしたちもあなた以上の記憶はないから、これが何度目なのかは存じませんけれど」

 カケララは思わずリーズ・リッヒをにらんだ。
 しかし、何よりも自分自身に対してのもどかしさ、むずがゆさというものがぬぐいきれない。

 カケララは自分の発した声以外のすべての時間を戻すことで、たとえ記憶ごと時間を戻したとしても、自分の声から未来を聞いて知ることができる。
 それは疑似的に未来視の能力を持つカケララと同じことができるということ。

 それなのに、なぜ未来の自分は過去の自分に何も教えなかったのか。そう思いつつ、記憶と声を残して時間を巻き戻してみる。
 だが、未来の自分からの声が届いてこない。白いオーラが充満していることと、自分の脳が正常に働かないことが原因で、時間が巻き戻る間に声が減衰して消失してしまっているのだ。

「馬鹿な。私の脳に何をした!」

 そう言いつつも、カケララには察しがついていた。彼女が睨んだ先はハーティだった。
 ハーティは力のこもった笑みを浮かべ、カケララに説明してやることにした。これも一種の時間稼ぎだ。

「最初からあなたを焼き殺せるなんて思っていなかった。さっきの超巨大火炎竜巻の本当の狙いは、あなたの脳に熱源を届けることだったのよ。竜巻に乗せた熱源をあなたに移し変えるためには、あなたが竜巻に触れている必要がある。最初にリーズが焼かれたとき、五つのうちの一つしか熱源を移せなかった。次に狙われたのは私だったけれど、裏切りを演出してイルに先に焼かれてもらったのよ。おかげで五個とも熱源を移すことができたわ。脳の時間は戻せないから、熱源を取り除くこともできない。脳の時間を戻しても同じ結果が待っている。チェックメイトよ」

 そして、イルが溜息ためいき混じりに補足する。

「私があの絶望に染まった顔をしたのは、ハーティの演出に乗ったっていうのもあるけれど、ハーティが熱源を全部移しきれていないことに対しての不安、作戦失敗への危惧の表れだったんだよ。苦しかったけれど、死んでもよみがえることを利用して時間稼ぎさせてもらったよ」

 カケララは自分の能力を呪った。なぜ自分には人の心を読む力がないのだ。
 自分がカケラだったらこんな事態にはおちいってはいなかった。時間も戻せて、心も読めて、何でもできるカケラなら、こんな雑魚どもに負けるはずがなかった。

 カケララの脳の温度がどんどん増していき、だんだんと頭が回らなくなる。
 時間操作もできなくなり、三人をどう料理するかを考えられなくなる。
 勝利に必要ない思考と後悔ばかりが脳内を巡る。

「馬鹿な、そんな馬鹿な! ハーティ・スタック。おまえの魔法は熱の発生型だろう? 熱源を移すって何だ? 操作できるはずがないのに!」

「あたしが使ったのは、あんたの脳に熱源を発生させる魔法だよ。火炎竜巻はその媒体、つまり一過程にすぎない。火炎竜巻の中にある間の熱源は、発動途中の魔法だったってわけ」

 ついにカケララは脳が温度の限界を向かえ、膝を着いた。

 三人の魔法の相性は最高だった。
 しかし、それでもカケララを倒すためには何度も何度も何度も何度も地獄の苦しみを味わわなければならなかった。
 それは不意にトラウマとなって彼女たちを襲うだろうが、それはいまじゃない。

 今度はリーズ、ハーティ、イルの三人がじわじわとカケララへにじり寄っていく。
 そして三方向から彼女を取り囲み、三人がそこはかとなく発する白いオーラが、魔法瓶に注がれるドライアイスのようにカケララをじわじわと埋めていく。

「さようなら、カケララさん。わたくしたちは、《いま》を大事にして生きていきますわ」

 そしてカケララは水に漬けた綿菓子みたいに、ふわりと溶けて消えた。
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