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最終章 狂酔編

第300話 叶えられるたった一つの願い

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 俺が神と闘いたいという願いを口にしたとき、驚いた様子を見せたのはエアだけだった。神もネアもまるで知っていたかのように落ち着いている。

「いいよ。闘おう」

 神は二つ返事で俺の願いを承諾した。
 神の体から白いオーラが出てきて俺を包み込む。

「なんだこれ……。体が軽い。調子がいい。最高潮だ。それに誰にも負ける気がしない……」

 カケラとの戦いで消耗して回復しきっていなかった精神力が完全に回復した。
 その消耗を俺が負けたときの言い訳にさせないため……なんかではないだろう。
 直感的に分かる。俺のプライドがどうとか、神にとってはあまりにも小さいこと。これは単に俺の願いを完全な形で叶えてくれるという御褒美ごほうびなのだ。

 俺と神はテーブルの隣に立つ。
 景色が闘技場に変わるようなことは起こらない。この優雅で情緒のある庭園風景のまま闘うようだ。

「それじゃあ始めよう。君の攻撃が開始の合図だ」

 完全に先手を譲るという余裕。
 神の力は未知数だが、俺より強いことは想像に難くない。

 だったらしょっぱなから全力だ。せっかくのチャンスを悠長に様子見で潰すわけにはいかない。
 俺は機工巨人を出現させ、神器・ムニキスを抜き、表面感情と深層心理のコントロールによる自己暗示で白と黒のオーラを同時に出現させた。
 そして絶対化した空気で神を包み込み、そこに機工巨人の足を落とす。

 大地が激しくゆれ、庭の砂利も池の水も吹き飛び、周囲を囲う桜の木がピンク色の花びらをいっせいに散らした。
 空がピンク色に染まる。

「――ッ!?」

 思わず華やかな桃色の空に見とれたことで俺は気がついた。
 空気で逃げ場をなくして機工巨人で踏み潰したはずの神が、機工巨人の頭に乗っていた。
 瞬間移動か。

「いくよ」

 神が機工巨人の上から拳を振りかぶる。
 あんな場所から俺に届くわけがない。十メートル以上離れているのだ。
 腕が伸びるのか? あるいは魔法でも飛ばしてくるか?

 どちらでもなかった。

 神はその場で拳を前に突き出しただけだ。空手の型のように、シャドーボクシングのように、何もない空を殴った。
 ただ確かなのは、その拳が俺の方を向いていることだけだ。

「なっ!!」

 何も見えないが、何かが届いた。とてつもないエネルギーが俺に直撃した。
 念のために張った絶対化空気のバリアを通り抜け、神器・ムニキスを越え、黒いオーラにも干渉せず、それは俺に直接届いた。

 イメージで言うと、俺とエアがカケラに向けて放った最終合体奥義の空気成分であるワールド・エア・シュートがすべての防御をすり抜けて直撃した気分だ。

 しかし体へのダメージはない。
 神がそういう攻撃にしなければ俺は消し飛んでいただろう。明らかに手加減された。
 それでいて精神へのダメージだけで俺をオーバーキルしている。
 なんというか、感無量になって、感情的にお腹いっぱいになって、感動で打ちのめされたような感覚。
 思わず涙が出た。
 それによって、いかに俺の感情がもろいかを思い知らされた。

「負けた……」

 戦意の喪失。
 紅い狂気とは真逆と言っていいプラスの感情でノックアウトされた。
 何を言っているのか分からないかもしれないが、俺は事実として負けたのだ。

「意外と早かったね。一発くらい耐えるかと思ったけれど」

 機工巨人が消え、神はスタッと石畳に着地した。そしてブワッと桜庭園の風景が復活した。
 ネアが神の元へ寄っていき、苦笑して言う。

「無理もありませんよ。いくら紅い狂気を倒したとはいえ、彼の本質はゲスなんですよ」

 神は目を閉じてフッと笑った。

「そうだね。ゲス・エスト、安心してくれ。いまの攻撃はべつに君のアイデンティティを奪うようなものではない」

 つまり俺にはゲスのままでいろ、ということか?
 いや、神にとっては俺の性質なんか些末さまつなことなのだろう。
 神の存在は大きすぎる。

 しかし、俺はそんな神と闘った。
 俺の願いは叶えられた。

「まったく歯が立たなかった。完敗だ。だが安心したよ。俺は自分では強くなりすぎたなどと思っていたが、それが自惚うぬぼれで、まだまだ弱いことを思い知った。これで向上心を保てそうだ」

 そして神は寛大だった。本当に敬服させられる。
 神は言った。

「ここにネアを置いておくよ。もし彼に勝てたら、また僕が勝負してあげよう」

 そう言って神は光とともに姿を消した。
 ネアに見送られ、俺とエアは神社の本殿から外に出た。
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