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柳に抱かれて眠る狼 ⑴
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魂の休憩場所、などと呼ばれる何処でもない世界。
地球でもなく、異世界とも少し違う。
そこに住む人たちは、自在に行き来できるのだ。
地球でも、異世界でも。
ゆえに、彼らは魔法使いと呼ばれている。
一人ひとり、使える魔法は違うのだが、皆、魔法使いを名乗る。
いろんな魔法使いがいる中でも、彼は、異色の魔法使いだった。
彼には、世界を渡る以外の魔法が使えない。
彼は、ただ一人、魔法使いを名乗らず、傭兵を名乗った。
地球に戦があれば、そこへ渡り、異世界に戦争があれば、そこへ向かう。
永き時を、そうやって、彼は生きてきた。
死しても、いつの間にか、またそこに存在するのだ。
彼は、己がどれだけ生きているのか、何度死んだのか、もうとっくに忘れてしまった。
彼が大切にしているものは、いつの間にか手にしていた大剣のみ。
何人斬っても刃こぼれ一つしない不思議な大剣。それこそが、彼の半身であった。
いつの時か、彼は、瀕死の重傷を負った体で、山の中で倒れていた。
傭兵団の一員として、小国の小競り合いに駆り出されていたのだが、仲間の傭兵たちの裏切りにあい、敵陣に一人取り残されのだ。
相棒の大剣で敵を薙ぎ払い、辛うじて逃げ延びて山へと隠れたが、彼の命数は今にも尽きようとしていた。
これまでか……。諦めにも似た思いを抱いて、強烈な痛みと大量の出血のせいで意識が薄れていく。
視界が赤く、そして、暗くなる。
冷たい感触に彼は意識を取り戻した。激痛に、声を出すことすら出来ずに体を丸めた。
「痛いか? 当然だな。あんたは生きているのが不思議なくらいの大怪我をしていたから。一応、大きな傷は縫い合わせたし、輸血もした。あんたがどこの人間か知らないから、それどころか、人間かどうかも定かじゃないから、イチかバチかだったけどな」
白衣を着た男が、彼を見下ろしていた。
「痛み止めを打ってやるから、じっとしていろ」
彼の返事も聞かず、男は注射針を刺した。
しばらくして、彼の激痛がひいて、体を起こせるようになった。
「ここは何処だ? 病院か?」
「そうだ。田舎の小さな診療所だけどな。あんたは裏の畑で倒れていたんだ。近所の男達が総出でここに運んだ。あんたの物騒な代物は、悪いけど派出所に預けてある。この国では銃刀法違反ってやつでな、あんなデカい刃物は許可なく持てない決まりなんだ」
「地球か。今は何年だ? そして、ここはどこの国だ?」
「二千〇〇年、日本だ」
「……日本、随分と懐かしい場所だ。なぜだ?」
「なぜ、とは? こっちが聞きたい。あんたは何者だ? どこから来た? タイムスリップでもしたのか? 格好だけならコスプレかって言うところだが、あんたの傷は、交通事故やらで出来る傷とは全く違う。剣やら槍やら矢やら、そんなあり得ないもので出来た傷に見える」
「……俺は傭兵だ。ここに戦は?」
「ここには戦はないね。日本が戦時中だったのは百年近くも昔のことだ。経済戦争やらなんやらはあるけどな。まして、大剣かかえて戦うような戦は、紛争中の国でもないのじゃないか? ほとんど銃とかが主流だろう」
「そうか……。助けてくれたことは感謝する。だが、俺は金を持っていない。あんたに、礼をしたくても出来ない」
「まぁ、お待ちなさいよ。あんたは、まだ助かったとは言えない状態だ。痛み止めの注射で痛みを止めているだけで、傷もまだ塞がってないだろう。傷口からの感染症の危険もある。何処に行くつもりか知らないが、いま動くのはお勧めできない。医者として言わせてもらうと、あとひと月位は安静が必要だ」
彼は、そっと腕を持ち上げてみた。手首を回し、両手を握ったり開いたり、首を回して、一つひとつ、自分の体の状態を確かめていく。
「どうやら、あんたの言うとおりらしいな」
己のものとは思えないくらい、体が重い。少し動かすたびに、鈍い痛みが走る。彼は、体を起こしているのが辛くなったのか、ベッドに体を横たえた。
「まだ答えを聞いていない。何処から来た? どうやってこの村へ?」
白衣の男は、ベッドの横の黒い丸椅子に腰かけて、掛けていた眼鏡を外すと、白衣の胸ポケットにしまう。そうして、紙の束を膝に置いて、筆記具を片手に持って尋ねた。
「何処からかは、あんたに言っても分からないだろう。あの地は言語体系が全く違うからな。日本語とも、この地球の他のどの言葉とも違う言葉を話す場所だ。山奥で死んだと思ったら、気付いたら、日本にいたんだ。俺にも分からないことだらけだ。自分で飛んだわけでも、界を渡ったわけでもない、そんな力はなかったからな。こんなことは初めてで、正直、俺にもなにがなんだか」
彼は疲れたように目をつぶって、首を横に振る。眠気がやって来たのかもしれない。
「また聞きに来る。とりあえず、寝ていろ。アレルギーはあるか? 食ったら体に不具合の出る食べ物、何かあったら言ってくれ。起きたら食事を持ってきてやるから」
「なんでも食える」
短く答えて、彼は眠ってしまった。男は、そっと掛布を掛けてやった。
地球でもなく、異世界とも少し違う。
そこに住む人たちは、自在に行き来できるのだ。
地球でも、異世界でも。
ゆえに、彼らは魔法使いと呼ばれている。
一人ひとり、使える魔法は違うのだが、皆、魔法使いを名乗る。
いろんな魔法使いがいる中でも、彼は、異色の魔法使いだった。
彼には、世界を渡る以外の魔法が使えない。
彼は、ただ一人、魔法使いを名乗らず、傭兵を名乗った。
地球に戦があれば、そこへ渡り、異世界に戦争があれば、そこへ向かう。
永き時を、そうやって、彼は生きてきた。
死しても、いつの間にか、またそこに存在するのだ。
彼は、己がどれだけ生きているのか、何度死んだのか、もうとっくに忘れてしまった。
彼が大切にしているものは、いつの間にか手にしていた大剣のみ。
何人斬っても刃こぼれ一つしない不思議な大剣。それこそが、彼の半身であった。
いつの時か、彼は、瀕死の重傷を負った体で、山の中で倒れていた。
傭兵団の一員として、小国の小競り合いに駆り出されていたのだが、仲間の傭兵たちの裏切りにあい、敵陣に一人取り残されのだ。
相棒の大剣で敵を薙ぎ払い、辛うじて逃げ延びて山へと隠れたが、彼の命数は今にも尽きようとしていた。
これまでか……。諦めにも似た思いを抱いて、強烈な痛みと大量の出血のせいで意識が薄れていく。
視界が赤く、そして、暗くなる。
冷たい感触に彼は意識を取り戻した。激痛に、声を出すことすら出来ずに体を丸めた。
「痛いか? 当然だな。あんたは生きているのが不思議なくらいの大怪我をしていたから。一応、大きな傷は縫い合わせたし、輸血もした。あんたがどこの人間か知らないから、それどころか、人間かどうかも定かじゃないから、イチかバチかだったけどな」
白衣を着た男が、彼を見下ろしていた。
「痛み止めを打ってやるから、じっとしていろ」
彼の返事も聞かず、男は注射針を刺した。
しばらくして、彼の激痛がひいて、体を起こせるようになった。
「ここは何処だ? 病院か?」
「そうだ。田舎の小さな診療所だけどな。あんたは裏の畑で倒れていたんだ。近所の男達が総出でここに運んだ。あんたの物騒な代物は、悪いけど派出所に預けてある。この国では銃刀法違反ってやつでな、あんなデカい刃物は許可なく持てない決まりなんだ」
「地球か。今は何年だ? そして、ここはどこの国だ?」
「二千〇〇年、日本だ」
「……日本、随分と懐かしい場所だ。なぜだ?」
「なぜ、とは? こっちが聞きたい。あんたは何者だ? どこから来た? タイムスリップでもしたのか? 格好だけならコスプレかって言うところだが、あんたの傷は、交通事故やらで出来る傷とは全く違う。剣やら槍やら矢やら、そんなあり得ないもので出来た傷に見える」
「……俺は傭兵だ。ここに戦は?」
「ここには戦はないね。日本が戦時中だったのは百年近くも昔のことだ。経済戦争やらなんやらはあるけどな。まして、大剣かかえて戦うような戦は、紛争中の国でもないのじゃないか? ほとんど銃とかが主流だろう」
「そうか……。助けてくれたことは感謝する。だが、俺は金を持っていない。あんたに、礼をしたくても出来ない」
「まぁ、お待ちなさいよ。あんたは、まだ助かったとは言えない状態だ。痛み止めの注射で痛みを止めているだけで、傷もまだ塞がってないだろう。傷口からの感染症の危険もある。何処に行くつもりか知らないが、いま動くのはお勧めできない。医者として言わせてもらうと、あとひと月位は安静が必要だ」
彼は、そっと腕を持ち上げてみた。手首を回し、両手を握ったり開いたり、首を回して、一つひとつ、自分の体の状態を確かめていく。
「どうやら、あんたの言うとおりらしいな」
己のものとは思えないくらい、体が重い。少し動かすたびに、鈍い痛みが走る。彼は、体を起こしているのが辛くなったのか、ベッドに体を横たえた。
「まだ答えを聞いていない。何処から来た? どうやってこの村へ?」
白衣の男は、ベッドの横の黒い丸椅子に腰かけて、掛けていた眼鏡を外すと、白衣の胸ポケットにしまう。そうして、紙の束を膝に置いて、筆記具を片手に持って尋ねた。
「何処からかは、あんたに言っても分からないだろう。あの地は言語体系が全く違うからな。日本語とも、この地球の他のどの言葉とも違う言葉を話す場所だ。山奥で死んだと思ったら、気付いたら、日本にいたんだ。俺にも分からないことだらけだ。自分で飛んだわけでも、界を渡ったわけでもない、そんな力はなかったからな。こんなことは初めてで、正直、俺にもなにがなんだか」
彼は疲れたように目をつぶって、首を横に振る。眠気がやって来たのかもしれない。
「また聞きに来る。とりあえず、寝ていろ。アレルギーはあるか? 食ったら体に不具合の出る食べ物、何かあったら言ってくれ。起きたら食事を持ってきてやるから」
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