すべての想いを鈴に託して

木野葉ゆる

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 グレイは十八歳になるまで、トーウェル王国の国境近くにある森の中の小さな村で育った。村の名前はシェルと言う。シェル村の村長には二人の息子がいる。グレイの幼馴染で兄弟のように育った同い年とライトと、三つ年下のリイア。
 ライトは明るいブラウンの髪に琥珀色の瞳をしている。グレイより頭一つ分背が高くて、引き締まった体つきをしていた。リイアはライトによく似ていたが、ライトより思慮深く、ライトほどやんちゃではなかった。
 グレイはアッシュグレイの髪に翡翠色の瞳で、大きな目が勝気な性格を現しているかのようだった。

「なぁ、そろそろオレの嫁にならない?」

 そう言って、ライトに顔を覗き込まれても、グレイは唇を引き結んで首を横に振る。

「なるわけない。ライトはもっと真面目に嫁探ししろよ。近場で済まそうとするな!」

 グレイは内心は嬉しいのだ。だから、その気持ちを表に出さないように、ことさら不機嫌そうにしてみせる。
 
「オレは真面目だって。グレイとなら絶対楽しいって」

「バカ! 俺は男だ! 子供だって産めない。嫁になんかなれるわけないだろ! 楽しいからって、そんなんで嫁選びするな! ガキじゃないんだからな」

 何度も繰り返したやり取り。そのたびに、グレイは思い知る。自分は男だ。ライトの嫁にはなれない。ライトは女の嫁を貰って子供を作らなければならない。だって、次の村長になるんだから。孤児みなしごで男の俺なんかと一緒になれるわけがない。
 グレイはライトに好きだと告げられても、決して自分も好きだとは告げなかった。
 グレイは孤児だった。赤子の時に森の中に捨てられていたのだ。村の皆は余所者だと差別することなく、村の一員としてグレイを育ててくれた。村長の奥さんが乳をくれて、雑貨屋の子なしの夫婦が、我が子として育ててくれたのだ。それを知ったのは十四の時。ライトとグレイの誕生祝いの席だった。グレイはそれまでライトと同じ誕生日だと信じていた。けれど、実際は、赤子の時に拾われたからグレイの誕生日は不明なのだった。ショックな気持ちよりも、義両親と村の皆への感謝の気持ちの方が大きかった。
 それでも、ふとした瞬間に、自分は何者なのだろう? 俺を産んだ親は、どんな人間なんだろう? そんな疑問が胸をよぎった。
 誰も何も言わないのに、自分だけが、孤児であったことを引け目に感じているのは卑屈だと、そう思うのに、どうしてもその思いを捨てきれないのだった。





 隣国の使者が人を捜しているそうだという噂は、こんな田舎の村へも届いた。そして、使者がこの村へ来るらしいと隣の村の猟師が告げた翌日に、ノーヴァン王国の使者は村長の屋敷に訪れた。

「グレーイ! 親父が呼んでるよ。すぐに屋敷に来いってさ」

 雑貨屋の前を箒で掃いていたグレイに、リイアが柵の向こうから声を掛けてきた。

「わかった。ちょっと待ってて」

 グレイはそう答えると、店の中へと入って、箒を用具入れに仕舞うと、店の奥の住居へと「ちょっと出かけてくる」と声をあげた。「いってらっしゃい」義母の声に見送られて、リイアと共に村長の屋敷に向かった。

「なんでリイアが使い?」

「僕じゃ不満? 兄貴は使者の人に噛み付いて、親父に蔵に閉じ込められてる」

「え? なんで。ライトはそんな分からず屋じゃないだろ。ガキの時ならともかく。使者の人に噛みつくってどういいうこと? それに、なんで俺が呼ばれてるの?」

「僕は詳しいことは分からないよ。お袋に呼んできてって頼まれただけだし。使者の人とは話してないしね。でも人捜ししてるって噂だったから、もしかしたらグレイがそのお目当ての人物だったりしてね」

「まさか……」

 リイアの軽口に、グレイの気は重くなる。それからは無言で歩いた。

「親父、連れてきたよ」

「ああ、リイア、ご苦労だった。グレイ、こちらへ来なさい」

 応接の間の引き戸を開けると、四人の人間がいた。一人は村長である。ライトを老けさせて髭を付けたような風貌で、いつもは薄いシャツ一枚だが、今日は黒い上着を羽織っていた。そして、ノーヴァン王国の使者であろう、隣国の騎士服を纏った厳つい三人の男達。
 グレイは村長に手招きされて、村長の隣に腰を下ろした。キルトの敷物の上に胡坐をかいて座る。
 
「私はノーヴァン王国の第二騎士団のカーリアスと言う。王命により、アッシュグレイの髪と琥珀色の瞳の十八歳の青年を捜している。貴殿は条件に当てはまる。是非王都までご同行願いたい」

 三人の内、真ん中に座っていた騎士がそう言って軽く頭を下げた。

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