虹をかけて

木野葉ゆる

文字の大きさ
1 / 1

虹をかけて

しおりを挟む
 本州もついに梅雨入りした。
 二日前から、ずっとしとしとと降り続く雨に、俺の頭はズキズキと痛んだ。
 耳鳴りがする。
 三年前の雨の日に、あいつは自動車事故に遭って死んでしまった。
 俺の目の前で。小さな命と引き換えに。
 
 会社からの帰り道、傘をさして早足で歩く。
 痛み止めが切れて、眉間に皺が寄るのが分かる。

「なぁ、ホットミルク飲む? そんなしかめっ面してないで、もっと笑えよ」

 あいつの声は、今も俺の記憶の中でこだましているのに。

 この時期は、俺の頭痛がやむことはない。もう諦めていた。
 あと何年、あいつのいない世界で生き続ければいいのだろう。そんなことを思いながら、ベッドに入った。



 ざぁざぁと振り続ける雨の中に、あいつが立っていた。
 傘もささずに、濡れ続けていた。

「風邪ひくぞ」

 思わず声を掛けていた。
 あいつが俺に気付いて、顔を上げた。
 へにょりとした笑顔。でもきっと泣いていたのだろう。

「なぁ、もう三年経ったよ。静真しずま、そろそろ俺をここから出して」

奏良そら、まるで俺が閉じ込めているような言い方をする。こんなところに来たのは初めてなのに」

 夢で逢いたいと思っても、叶ったためしはないのだ。
 何度も何度も、事故の瞬間を繰り返し夢で見たけれど、あいつはいつも背を向けていて、顔を見たのも初めてかもしれない。
 嬉しさよりは、所詮は夢だという気持ちが勝った。
 奏良は、俺の前で泣いたりしない。いつも、こちらが呆れるくらい明るくて、けらけらと楽しそうに笑っていた。

「ここは静真の心の中だよ。ずっと俺に囚われてる。ずっと俺を捕えてる」
 
「……」

「静真、俺は静真に幸せになってほしい。俺のこと忘れるのは無理でも、前を向いて生きてほしい。だから、一緒に願ってくれないか?」

「何を願えと? 夢でさえ会いに来てくれないくせに、我儘なところはあいかわらずだな」

「ここに囚われているから、夢の中に会いに行くことも出来なかったんだよ。
なぁ、お願いだから、一緒に願って」

「お前が夢でも会いに来てくれるのなら、願ってもいい」

「ありがとう」

 初めて、にこりと笑った奏良は、三年前のままで、俺は泣きたいような気持になった。

「虹を……。虹を願って。雨の降り続くこの空に、虹を願ってほしいんだ」

「虹?」

「そう、虹を渡って、俺はきっとまた静真に会いに行くから、だから、この空に虹を掛けて」

 どうすればいいか分からなかったけれど、俺は頷いた。

「ありがとう。忘れないでね。雨のやまないこの空に、虹を掛けられるのは静真だけだから。……もう時間だ。じゃぁまたね」

 ふと瞬きした瞬間に、奏良の姿は消えて、俺は、ベッドの中で茫然としていた。
 背中にはびっしょりと冷たい汗をかいていた。



 一人きりで、降りしきる雨に濡れ続ける奏良。そんなことを望んではいない。
 俺は、虹を願った。
 いつかもう一度、笑顔の奏良に会えるように。
 奏良の上の空に、綺麗な虹が掛かるように。



「ありがとう、静真」

 梅雨が明けたころ、奏良が爽やかに微笑んで、俺の頬にそっとキスをしてくれた。
 夢の中にちゃんと会いに来てくれた奏良に、死んでも律儀なところは変わらないんだと、俺は嬉しかった。

 ずっと続いていた頭痛も、いつの間にか治っていた。
 



    
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...