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あの世との境目
それは不思議なお店(2)
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店主さんと私は、さっき紅茶を飲んだ部屋の向かい側にある部屋に移動してお客さんを招き入れた。
この部屋の壁には高さが天井まである棚が置いてあり、私が落としてしまったスノードームと同じ物が沢山並んでいた。
ドームの中に入っている木まで全て同じで、葉がすべて落ちてしまっている木だ。
でもその中に一つだけ、花をつけている木があった。可愛らしい、薄ピンクの花だ。
……もしかして、桜の木だろうか。
そうに認識した途端──、ちりり、と胸を焦がす感覚が私を苦しませる。
どうして思い出せないんだろう。あの人の声も、顔も。 あの人に見せてもらった、満開の桜の木は思い出せるのに。なのにっ……、
「──最近、好きな人が私を避けている気がするんです」
「ほう?」
耳に馴染む店主さんの声ではっとして、顔をあげる。私は思考を中断し、相談に来た人の話に耳を傾けた。
「そのっ彼──青木くんとは、クラスが違うんです。でもよく廊下とかですれ違うと、目が合ったりして……」
テーブルの向かいに座っている彼女は、私と同じ高校の生徒だった。
田崎美穂さん。私自身、今年高校に入学したばかりだから彼女を見ても誰だかわからなかったが、制服の校章の色からしてきっと学年が上の先輩だろう。
「青木くんは、照れくさそうに私に話しかけてくれるんです。だから……両想い、だと勝手に思ってたんです」
「──が、ある日を境に避けられるようになったと」
「……はい」
店主さんの一言で、ずうんと顔色が悪くなる田崎さん。店主さんは自分の顎を撫でて、「どう思う? お客人」と私に聞いてきた。
突然のことに声がひっくり返りながらも、どうにか言葉を捻り出す。
「え、えっと、避けられるような心当たりは田崎さんにはないんですよね?」
彼女は視線を彷徨わせ、考える素ぶりを見せてから「そういえば……」と口を開く。
「近々、私の誕生日なんです。その話を彼にしてから、避けられるようになった気が……します」
私はその話を聞いて、ますますわからなくなり首を傾げた。
好きな人の誕生日を知って、なんで避けるようになったんだろうか?
うーんと私が唸っていれば、田崎さんは突然顔を上げて店主さんに向き直った。
「すみません! やっぱり私、出直します。こんな話、相談するよう事でもな……」
「いや、待ちなさい」
「え?」
帰ろうとする田崎さんを店主さんは引き止める。
「あなたの恋の相談、しかと聞き届けた」
「そ、それはどういうことでしょうか?」
「──あぁ、来たようだ。2人はこの部屋で待っていてくれ」
そう言って部屋を出た店主さん。
部屋に取り残された田崎さんと私。
「…………」
「…………」
耳が痛くなるような静寂が室内を闊歩する。一体、今日会ったばかりの人と何を話せば良いのか。今ほど、自分のコミュニティ能力の低さを呪った日はない……はずだ。
「……あの、あなたもここで働いているんですか?」
「いえいえ! 違います!」
一人で百面相をしていた私を気遣ってくれたのか、田崎さんが会話の種をまいてくれた。
「いえいえ! 違います!」
私はブンブンと手と首を振り否定する。そんな私がおかしかったのか、ふふと笑う田崎さん。
「私もたまたま、さっきこのお店に入ったというか、なりゆきでっ。……今更ですけど、私もお話を聞いてしまって大丈夫でしたか?」
相談所とは無関係である私が、成り行きとは言え同席してしまったのだ。プライバシーの侵害だと怒られてもいいはずなのに、田崎さんは柔らかな笑みを浮かべ「誰かに聞いてもらいたかったんです。だから、ありがとうございます」と逆に感謝されてしまった。
なんで良い人なんだろう。自分がちっぽけな人間に思えてならない。
「あ、そうだ。あなたも私と同じ高校の……」
田崎さんがそう言いかけた時、ガチャリと部屋の扉が開き店主さんが帰ってきた。
あれ……、後ろの人は誰だろう?
店主さんと一緒に部屋に入ってきた彼は、また私と同じ学校の制服だった。校章の色を見ると、田崎さんと同じ色をしている。
田崎さんは顔色をかえて、慌てたように椅子から立ち上がった。
「青木くん!?」
「田崎さんこそ……、どうしてここに?」
彼はどうやら田崎さんの想い人、「青木くん」らしい。でもどうして、このタイミングでここにやってきたんだろう?
出来すぎている、と感じた。
店主さんは部屋にいる私達をぐるりと見渡す。田崎さんと青山さんの顔を見た後、私を見てなぜか目を細めていたけれど。
「よし、役者は揃ったな。お前も男なら正直に話すことだ。なぜ彼女を避けていたかを」
「そ、それは……!」
店主さんにそう促されて、口籠ってしまった青木さん。そんな彼を見て、田崎さんは意を決したように詰め寄る。
「ねぇ青木くん! ……なんで、最近私を避けていたの?」
田崎さんの声はわずかに震えていた。
青木さんも震えに気づいたのか、眉を下げて申し訳なさそうに口を開く。
「…………た、誕生日、プレゼント」
「え?」
「田崎さん、もうすぐ誕生日だって言ってただろう? だから、プレゼントを渡そうと思って……」
──青木さんの話を要約すると。
田崎さんの誕生日が近いことを知り、サプライズでプレゼントを用意しようとしたが、何がいいかわからずとても悩んでいたとのこと。
そして田崎さんを前にすると、つい何が欲しいか聞いてしまいそうになる自分が嫌で、避けていたらしい。
『──プレゼントを渡す際に告白しようと思っていた』
青木さんから最後に発せられた言葉を聞いた田崎さんは、顔を赤くさせて涙を浮かべた。
◆◆◆◆◆
「あのっ、店主さん!」
「なんだ」
テーブルの上にあるカップを片付けている店主さんは、こちらを見ずに返事をする。
「……なんであのタイミングで、田崎さんの想い人がこのお店に来たんですか?」
なんとも甘酸っぱい光景を見せてくれた二人は、先ほど手を繋いで初々しい恋人という感じで帰っていった。
青木さんがあのタイミングでお店を訪れなければ、二人は付き合っていなかったかもしれない。
不思議に思っていた事を店主さんに聞けば、そういう縁だっただけのこと、と一言。
納得がいかない私はさらに質問しようとしたが、店主さんは棚からあの枯れた木が入ったスノードームを手に取り、ずいっと私の目の前に差し出してきた。
「ほら、見てみろ」
この部屋の壁には高さが天井まである棚が置いてあり、私が落としてしまったスノードームと同じ物が沢山並んでいた。
ドームの中に入っている木まで全て同じで、葉がすべて落ちてしまっている木だ。
でもその中に一つだけ、花をつけている木があった。可愛らしい、薄ピンクの花だ。
……もしかして、桜の木だろうか。
そうに認識した途端──、ちりり、と胸を焦がす感覚が私を苦しませる。
どうして思い出せないんだろう。あの人の声も、顔も。 あの人に見せてもらった、満開の桜の木は思い出せるのに。なのにっ……、
「──最近、好きな人が私を避けている気がするんです」
「ほう?」
耳に馴染む店主さんの声ではっとして、顔をあげる。私は思考を中断し、相談に来た人の話に耳を傾けた。
「そのっ彼──青木くんとは、クラスが違うんです。でもよく廊下とかですれ違うと、目が合ったりして……」
テーブルの向かいに座っている彼女は、私と同じ高校の生徒だった。
田崎美穂さん。私自身、今年高校に入学したばかりだから彼女を見ても誰だかわからなかったが、制服の校章の色からしてきっと学年が上の先輩だろう。
「青木くんは、照れくさそうに私に話しかけてくれるんです。だから……両想い、だと勝手に思ってたんです」
「──が、ある日を境に避けられるようになったと」
「……はい」
店主さんの一言で、ずうんと顔色が悪くなる田崎さん。店主さんは自分の顎を撫でて、「どう思う? お客人」と私に聞いてきた。
突然のことに声がひっくり返りながらも、どうにか言葉を捻り出す。
「え、えっと、避けられるような心当たりは田崎さんにはないんですよね?」
彼女は視線を彷徨わせ、考える素ぶりを見せてから「そういえば……」と口を開く。
「近々、私の誕生日なんです。その話を彼にしてから、避けられるようになった気が……します」
私はその話を聞いて、ますますわからなくなり首を傾げた。
好きな人の誕生日を知って、なんで避けるようになったんだろうか?
うーんと私が唸っていれば、田崎さんは突然顔を上げて店主さんに向き直った。
「すみません! やっぱり私、出直します。こんな話、相談するよう事でもな……」
「いや、待ちなさい」
「え?」
帰ろうとする田崎さんを店主さんは引き止める。
「あなたの恋の相談、しかと聞き届けた」
「そ、それはどういうことでしょうか?」
「──あぁ、来たようだ。2人はこの部屋で待っていてくれ」
そう言って部屋を出た店主さん。
部屋に取り残された田崎さんと私。
「…………」
「…………」
耳が痛くなるような静寂が室内を闊歩する。一体、今日会ったばかりの人と何を話せば良いのか。今ほど、自分のコミュニティ能力の低さを呪った日はない……はずだ。
「……あの、あなたもここで働いているんですか?」
「いえいえ! 違います!」
一人で百面相をしていた私を気遣ってくれたのか、田崎さんが会話の種をまいてくれた。
「いえいえ! 違います!」
私はブンブンと手と首を振り否定する。そんな私がおかしかったのか、ふふと笑う田崎さん。
「私もたまたま、さっきこのお店に入ったというか、なりゆきでっ。……今更ですけど、私もお話を聞いてしまって大丈夫でしたか?」
相談所とは無関係である私が、成り行きとは言え同席してしまったのだ。プライバシーの侵害だと怒られてもいいはずなのに、田崎さんは柔らかな笑みを浮かべ「誰かに聞いてもらいたかったんです。だから、ありがとうございます」と逆に感謝されてしまった。
なんで良い人なんだろう。自分がちっぽけな人間に思えてならない。
「あ、そうだ。あなたも私と同じ高校の……」
田崎さんがそう言いかけた時、ガチャリと部屋の扉が開き店主さんが帰ってきた。
あれ……、後ろの人は誰だろう?
店主さんと一緒に部屋に入ってきた彼は、また私と同じ学校の制服だった。校章の色を見ると、田崎さんと同じ色をしている。
田崎さんは顔色をかえて、慌てたように椅子から立ち上がった。
「青木くん!?」
「田崎さんこそ……、どうしてここに?」
彼はどうやら田崎さんの想い人、「青木くん」らしい。でもどうして、このタイミングでここにやってきたんだろう?
出来すぎている、と感じた。
店主さんは部屋にいる私達をぐるりと見渡す。田崎さんと青山さんの顔を見た後、私を見てなぜか目を細めていたけれど。
「よし、役者は揃ったな。お前も男なら正直に話すことだ。なぜ彼女を避けていたかを」
「そ、それは……!」
店主さんにそう促されて、口籠ってしまった青木さん。そんな彼を見て、田崎さんは意を決したように詰め寄る。
「ねぇ青木くん! ……なんで、最近私を避けていたの?」
田崎さんの声はわずかに震えていた。
青木さんも震えに気づいたのか、眉を下げて申し訳なさそうに口を開く。
「…………た、誕生日、プレゼント」
「え?」
「田崎さん、もうすぐ誕生日だって言ってただろう? だから、プレゼントを渡そうと思って……」
──青木さんの話を要約すると。
田崎さんの誕生日が近いことを知り、サプライズでプレゼントを用意しようとしたが、何がいいかわからずとても悩んでいたとのこと。
そして田崎さんを前にすると、つい何が欲しいか聞いてしまいそうになる自分が嫌で、避けていたらしい。
『──プレゼントを渡す際に告白しようと思っていた』
青木さんから最後に発せられた言葉を聞いた田崎さんは、顔を赤くさせて涙を浮かべた。
◆◆◆◆◆
「あのっ、店主さん!」
「なんだ」
テーブルの上にあるカップを片付けている店主さんは、こちらを見ずに返事をする。
「……なんであのタイミングで、田崎さんの想い人がこのお店に来たんですか?」
なんとも甘酸っぱい光景を見せてくれた二人は、先ほど手を繋いで初々しい恋人という感じで帰っていった。
青木さんがあのタイミングでお店を訪れなければ、二人は付き合っていなかったかもしれない。
不思議に思っていた事を店主さんに聞けば、そういう縁だっただけのこと、と一言。
納得がいかない私はさらに質問しようとしたが、店主さんは棚からあの枯れた木が入ったスノードームを手に取り、ずいっと私の目の前に差し出してきた。
「ほら、見てみろ」
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