そしてB型の世界は始まる

ぞっぴー

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そしてB型は惹かれ会う

9.小さくて大きい先輩(3)

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「うるせえなあ」

 その声が響いた瞬間、空気が凍った。

 人混みの中でも一際目を引くだろう圧倒的な存在感。彼女は当然として彼さえも思わず見上げるほどの長身。鋭い目つきにモヒカン刈り。制服は崩れ、足元は青いサンダル。

 まるで図書室に迷い込んだ巨人だった。

 巨人がチンピラたちに一睨みくれると、先ほどまで粋がっていた二人はまるで蛇に睨まれた蛙のように固まった。

「さっきから聞いてりゃ、女の子いじめて、後輩に絡んで……それが男のすることか? ああん?」

 静かながらも圧を帯びたその声が、空気の膜を震わせた。チンピラの肩がびくりと跳ねる。

 そんなことを言っているこの巨人も一年生だというのだから、信じ難い。

「お、お、お、覚えてろよてめぇらぁーー!!」
「ええーん、うえーん!」

 定型句のような捨て台詞を残して二人はモブキャラよろしく走り去った。
 廊下に飛び出した直後、タイミング良く怒声が響く。

「お前等か! 図書室で騒いでた馬鹿は!」
「うわぁぁぁーーーーん!!」

 どうやら図書委員が教師に通報していたらしい。

「なぁ……助けてくれたのはありがたいけど、止めるんなら相手の方じゃないか?」

 彼が巨人の手を振り払いながら言うと、巨人は肩をすくめた。

「俺は危ない方を止めただけだ。あの金髪はどうでもいいが、お前は……絶対殴ってたろ?」

 彼は鼻を鳴らす。

「あんなことで悪くない方が処分を食らうのは馬鹿らしいと思っただけだ」 
「え~~優しい! 惚れちゃいそう」
「ぶっ飛ばすぞ」 
「ツンデレ?」
「てめぇ……」
「あの!!」

 彼女の声が空気を切った。張り詰めた二人の間に割って入るようにして。

 驚いたように二人の視線が彼女に向く。

「ありがとうございました。本当に、助かりました」

 そう深く頭を下げた彼女に、巨人は少しだけ目を伏せた。

「俺は途中で割って入っただけ……です。礼を言われるようなことは……」 
「俺はしたぞ!」
「何だお前は」

 横から被せるように彼が胸を張る。巨人は呆れたように彼を見た。

 そのやり取りを見て、彼女は思わず微笑んだ。
 それは心の底からの笑みだった。

「俺は求平強っていいます。先輩の名前は?」

 彼の自己紹介に彼女はふと黙り込む。名前を名乗る――ただそれだけのこと、なのについ口を噤んだのは殻を破れそうな気がしたから。

「……ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「はい、なんでも!」

 彼女の視線が彼に向く。自然と上目遣いになってしまうのは、彼女の背が低いからで、それ以上の意図はない……筈だ。

「ち、小さいって……どう思う?」

 彼女の声が少しだけ震える。それに対して強は即答した。

「可愛いじゃないっすか! 最高っすよ!」

 間髪入れぬその言葉に、彼女の頬が一気に朱に染まった。

「じ、じゃあ……胸が……大きいのは?」
「文句無し! でかいのは正義! 男ならイチコロっすね! ……なぁ?」
「えっ、ま、まぁ……お、お……大きいのは……い、良いんじゃないか?」

 巨人が本で顔を隠しながら耳まで真っ赤に染める姿に、彼女は思わず吹き出しそうになる。

 しかも、顔を隠したその本は『植物図鑑』。

 そのギャップに、思わず胸の奥がふわっと温かくなる。

「も、もういい! 俺は帰る!」

「あっ、おい! お前の名前は――」 
「名乗るほどの者じゃねぇーー!!」

 その背中が去っていく。名前は残らないけれど、記憶には確かに焼き付いた。

「へぇ~カッコいいじゃん」

 感心したように呟く強がふと彼女に向き直る。

「それで先輩の名前は?」

 彼女は今までの出来事を思い返す。今思い返せば少しネガティブだったのかも知れない。
 他の女子達も彼女がいじられた時「小さいの良いと思うよ。可愛いじゃん」と言っていた。
 けどそれは彼女には届かなかった。
 いじられた時には言わず、後に慰めるような言葉。
 けど彼は正面からぶつかってきてくれた。

 胸に関しても『大きくて羨ましい』と言う声もあった。けど彼女は嫌みだと捉えていた。
 しかし彼の言葉で、少しだけ心が変わった。

 チビでか――コンプレックスだったそのあだ名も、今では少し愛おしい。

 彼女は胸を張る。堂々と。

「チビでか……」 
「……え?」 
「チビでか先輩って呼びなさい!」

 彼女の顔はもう俯いていなかった。

 強は彼女の姿を見てふっと笑った。そのあだ名はもう呪いじゃない。

「ところで求平くんは何を探しに来たの?」
「あ、ああ、俺は……隠し部屋が無いかなって」
「は?」

 強は一冊の本を引いてみせる。当然、本棚は動かない。

「本がたくさんある場所って、本を引いたら本棚がスライドする仕組み、よくあるじゃないですか?」
「……フィクションです」
「やっぱり無いっすか?」
「無いです」

 ぴしゃりと答えた彼女に、強は照れたように笑った。

「チビでか先輩……俺は面白おかしく生きたいんすよ」
「私は正反対。ひっそりと、平穏に暮らしたい……って思ってたよ」

 君に会うまでは――その言葉は、小さく、吐息のように漏れた。

 彼女は一冊のノートを取り出す。ネタ張と書かれた表紙。それを捲り、指でなぞりながら尋ねる。

「求平君、この学校の七不思議って知ってる?」

 強の目が輝いた。それだけで、彼の返事は聞くまでもなかった。

「この学校には不思議なことがいっぱいあるの!」

 彼女は天を指さすように、大袈裟に手を広げる。

「この七不思議を、君の手で解明してみないかい?」
「……面白そうじゃないっすか!!」

 震える拳に胸の高鳴りがにじみ出る。

「七不思議ってどんなのがあるんですか?」
「まぁまぁ、待ちたまえ……えーと――」

 彼女はノートをなぞりながら、大きく囲まれた二つの文字を読み上げる。

【放課後の哄笑】
【亀甲乙女】

 まだ二つしかない。どうしたものかと彼女は思案する。

「……先輩! あと五つは?」
「ふふ、まだそこまで調べきれてなくてね。情報が入り次第、連絡するよ」

 そう誤魔化してスマホを差し出す。
 自分から男子の連絡先を聞いたのは初めての経験だった。しかし流れるように連絡先を交換できて彼女の心は踊る。

 そして強はその七不思議の判明している二つの内容を聞き、

「我慢できないから、ちょっと探してくる!」

 そう言い残して図書室を飛び出していった。

 彼女は手元に残った一冊の本を抱き締める。強が取ってくれた本だ。胸元にぎゅっと、大事に。

 帰路につく途中、一人の男子生徒が声をかけてきた。

「おっ! チビでかじゃん」

 いつもなら俯いて逃げていた。でも、今日の彼女は違う。

「何? これが気になるの?」

 胸を張り、妖艶な笑みを浮かべて向き直る。男子生徒は硬直した。

 その反応に彼女は微笑み、足を進める。

 もう彼女は変わったのだ。ひとりの後輩と出会い、ひとつの言葉で。

 そして彼女は求平強に伝える七不思議を探す旅に出る。

 これからしばらく彼女の毎日は賑やかになるだろう。自分の変化と、新しい後輩とのお陰でーー。
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