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そしてB型は惹かれ会う
10.放課後の哄笑
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「ーーというのが私と求平くんの出逢い、ってわけさ」
まるで一大叙事詩を締めくくるかのようにチビでか先輩は満足げに話を終えた。
強とムックは大げさなくらいの拍手でそれを称える。
「ブラボー! ブラボーー!!」
調子に乗った拍手はほとんど騒音で、それとは対照的に皆人は言葉を失っていた。
一人の少女が救われた物語。その重みは彼の胸に静かに沈んでいく。
長年の幼なじみに対する見方が少し変わった気がした。尊敬という色がそこに加わったのだ。
(しかたない。こいつが満足するまで付き合ってやるか)
話に当てられた気紛れから、そんな誓いが静かに皆人の胸に灯る。
「お前は……すごいよ」
「お? やっと俺の偉大さに気づいたか?」
「ああ……」
いつもの軽口も今日は少しだけ重みがある。
ムックもまた、言葉はなくとも大きな拍手でそれに応えていた。
「ま、とにかく……俺もちょっとは手伝ってやるよ」
そう言って皆人は、強から巻物を受け取る。
巻物には七不思議の名称とともに、それぞれにまつわる詳細な記述が添えられていた。
「【放課後の哄笑】……生徒が部活を始めるその時間、どこからともなく聞こえてくる不気味な笑い声……か」
簡単に言えば放課後に、どこかから笑い声が聞こえるというだけの話。
それが人の仕業か、怪異の類いか。
『七不思議』として語られる以上、それなりの異質であるはず。
皆人は腕を組み、唸るように考えた。
「とはいえ、俺は放課後なんて学校に残ったことないしな」
皆人は帰宅部だ。
ホームルームが終われば、強に見つからないよう一目散に靴箱へ向かうのが日課。
当然、そんな放課後の噂に関わった経験などない。
皆人は強に目を向ける。
強はゆっくり首を横に振った。
「俺もあれからできるだけ探ってみたけど……何も掴めてない」
「ムックは――」
無口な大食い少年に視線をやると、彼は五本の薄長いふ菓子を束ねて一気に噛み砕いていた。
そのリュックには果てがあるのかと疑いたくなる。
中を覗き込めば吸い込まれるような錯覚に襲われそうで皆人はそっと目を逸らす。
(まぁ、可愛いからヨシだ)
どうみても異常な光景だが彼の可愛さの前では些細なことであった。
「チビでか先輩。他に何か知らないか?」
「うーん、そこに書いてあることが全てだねぇ」
「そいつは困ったな」
「じゃあ、他の七不思議も見てみるか」
皆人の提案に強が頷き、次の項目――【亀甲乙女】の項に指が滑る。
二人が巻物に夢中になっている間もムックはせわしなく食べていた。
新しい菓子を取り出し、食べ、包装をリュックに投げ込む。
その一連の流れを、チビでか先輩は面白そうに見つめていた。
「ほんとにずーっと食べてるんだね、【学食の黒渦】無口喰臥くん」
彼女はムックの頬を軽く突いて笑った。まるでリスのようにふくらんだ頬だった。
「君には覚えがないだろうけど、私はね。君に会ったことがあるんだ。もちろん学食でね」
ムックは小さく首を傾げる。けれどその手と口は止まらない。
そして彼はチョコバーを一本、彼女に差し出した。
先輩は穏やかに微笑み、それを受け取る。
「ありがとう。本当に、求平くんの言った通り、君は喋らないんだね。……まぁ、それは助かるけど」
彼女は優しくムックの頭を撫で、そっと口元に指を立てる。
「……二人には内緒だよ?」
ムックはその意図を理解したかのように、ゆっくりと頷いた。
「【鍵盤奏でる呪言】とか完全な怪談だな。どうすればいいんだよこれは」
「う~ん、探すなら【眠る男】とかどうだ?」
「……この説明じゃあ探すのにも手がかりがなさすぎる」
「だな……」
ざっと巻物を読み進めるが、どれも一筋縄ではいかない。
中には意味すらよく分からない項目もあり、特に【眠る男】に関しては何故それを謎と呼ぶのか不思議でしかたなかった。
これは情報を集めた先輩へ聞くのが一番であろう。
「すいません、チビでか先――」
皆人が声を掛けようとしたその瞬間。
強が、ムックが、ぴたりと動きを止める。
ムックの咀嚼音が止まり、ふくらんだ頬のまま何かに耳を澄ませている。
「……どうしたんだ、お前ら?」
「しっ! 静かに」
蚊帳の外の皆人をよそに、空気が一瞬、張り詰めた。
(このタイミングで……やっぱり、求平くんは持ってるね)
チビでか先輩はくすりと微笑み、口元を手で隠す。
「ムック!」
強の短い呼びかけに応え、ムックが窓を勢いよく開け放つ。
春のあたたかな風が教室に舞い込んだ。その瞬間――
聞こえたのは、あまりにも耳慣れた、あの声。
『オーッホッホッホッホッホーーー!』
その笑い声に二人は目を見合わせた。
「……なんだよ、野生のローズか」
「猿の鳴き声にしか聞こえんな」
春爛漫。
舞い散る桜の中、新入生たちが部活動の見学に奔走している。
その中に混ざる、奇妙な女の奇声――。それもまた春の風物詩かもしれない。
二人は巻物の【放課後の哄笑】を再確認し、窓の外から届く声に耳を澄ませる。
そして数度、照合を繰り返した末――
「…………あいつかぁぁぁああ!!」
皆人と強が同時に叫ぶ。
知り合いゆえにスルーしていたが、あれはどう考えても異質な笑い声だ。
一般人からすれば、十分に不気味である。
「声は……西校舎の屋上からだ!」
強が窓から目を細め、そして声を上げる。
次の瞬間、弾かれたように駆け出した。
「廊下を走るなよ……」
そうぼやきながら皆人も、ムックも、その背を追いかける。
「良い報告を期待しているよ」
背中越しに聞こえた先輩の声に皆人は振り返り、親指を立てて応えた。
まるで一大叙事詩を締めくくるかのようにチビでか先輩は満足げに話を終えた。
強とムックは大げさなくらいの拍手でそれを称える。
「ブラボー! ブラボーー!!」
調子に乗った拍手はほとんど騒音で、それとは対照的に皆人は言葉を失っていた。
一人の少女が救われた物語。その重みは彼の胸に静かに沈んでいく。
長年の幼なじみに対する見方が少し変わった気がした。尊敬という色がそこに加わったのだ。
(しかたない。こいつが満足するまで付き合ってやるか)
話に当てられた気紛れから、そんな誓いが静かに皆人の胸に灯る。
「お前は……すごいよ」
「お? やっと俺の偉大さに気づいたか?」
「ああ……」
いつもの軽口も今日は少しだけ重みがある。
ムックもまた、言葉はなくとも大きな拍手でそれに応えていた。
「ま、とにかく……俺もちょっとは手伝ってやるよ」
そう言って皆人は、強から巻物を受け取る。
巻物には七不思議の名称とともに、それぞれにまつわる詳細な記述が添えられていた。
「【放課後の哄笑】……生徒が部活を始めるその時間、どこからともなく聞こえてくる不気味な笑い声……か」
簡単に言えば放課後に、どこかから笑い声が聞こえるというだけの話。
それが人の仕業か、怪異の類いか。
『七不思議』として語られる以上、それなりの異質であるはず。
皆人は腕を組み、唸るように考えた。
「とはいえ、俺は放課後なんて学校に残ったことないしな」
皆人は帰宅部だ。
ホームルームが終われば、強に見つからないよう一目散に靴箱へ向かうのが日課。
当然、そんな放課後の噂に関わった経験などない。
皆人は強に目を向ける。
強はゆっくり首を横に振った。
「俺もあれからできるだけ探ってみたけど……何も掴めてない」
「ムックは――」
無口な大食い少年に視線をやると、彼は五本の薄長いふ菓子を束ねて一気に噛み砕いていた。
そのリュックには果てがあるのかと疑いたくなる。
中を覗き込めば吸い込まれるような錯覚に襲われそうで皆人はそっと目を逸らす。
(まぁ、可愛いからヨシだ)
どうみても異常な光景だが彼の可愛さの前では些細なことであった。
「チビでか先輩。他に何か知らないか?」
「うーん、そこに書いてあることが全てだねぇ」
「そいつは困ったな」
「じゃあ、他の七不思議も見てみるか」
皆人の提案に強が頷き、次の項目――【亀甲乙女】の項に指が滑る。
二人が巻物に夢中になっている間もムックはせわしなく食べていた。
新しい菓子を取り出し、食べ、包装をリュックに投げ込む。
その一連の流れを、チビでか先輩は面白そうに見つめていた。
「ほんとにずーっと食べてるんだね、【学食の黒渦】無口喰臥くん」
彼女はムックの頬を軽く突いて笑った。まるでリスのようにふくらんだ頬だった。
「君には覚えがないだろうけど、私はね。君に会ったことがあるんだ。もちろん学食でね」
ムックは小さく首を傾げる。けれどその手と口は止まらない。
そして彼はチョコバーを一本、彼女に差し出した。
先輩は穏やかに微笑み、それを受け取る。
「ありがとう。本当に、求平くんの言った通り、君は喋らないんだね。……まぁ、それは助かるけど」
彼女は優しくムックの頭を撫で、そっと口元に指を立てる。
「……二人には内緒だよ?」
ムックはその意図を理解したかのように、ゆっくりと頷いた。
「【鍵盤奏でる呪言】とか完全な怪談だな。どうすればいいんだよこれは」
「う~ん、探すなら【眠る男】とかどうだ?」
「……この説明じゃあ探すのにも手がかりがなさすぎる」
「だな……」
ざっと巻物を読み進めるが、どれも一筋縄ではいかない。
中には意味すらよく分からない項目もあり、特に【眠る男】に関しては何故それを謎と呼ぶのか不思議でしかたなかった。
これは情報を集めた先輩へ聞くのが一番であろう。
「すいません、チビでか先――」
皆人が声を掛けようとしたその瞬間。
強が、ムックが、ぴたりと動きを止める。
ムックの咀嚼音が止まり、ふくらんだ頬のまま何かに耳を澄ませている。
「……どうしたんだ、お前ら?」
「しっ! 静かに」
蚊帳の外の皆人をよそに、空気が一瞬、張り詰めた。
(このタイミングで……やっぱり、求平くんは持ってるね)
チビでか先輩はくすりと微笑み、口元を手で隠す。
「ムック!」
強の短い呼びかけに応え、ムックが窓を勢いよく開け放つ。
春のあたたかな風が教室に舞い込んだ。その瞬間――
聞こえたのは、あまりにも耳慣れた、あの声。
『オーッホッホッホッホッホーーー!』
その笑い声に二人は目を見合わせた。
「……なんだよ、野生のローズか」
「猿の鳴き声にしか聞こえんな」
春爛漫。
舞い散る桜の中、新入生たちが部活動の見学に奔走している。
その中に混ざる、奇妙な女の奇声――。それもまた春の風物詩かもしれない。
二人は巻物の【放課後の哄笑】を再確認し、窓の外から届く声に耳を澄ませる。
そして数度、照合を繰り返した末――
「…………あいつかぁぁぁああ!!」
皆人と強が同時に叫ぶ。
知り合いゆえにスルーしていたが、あれはどう考えても異質な笑い声だ。
一般人からすれば、十分に不気味である。
「声は……西校舎の屋上からだ!」
強が窓から目を細め、そして声を上げる。
次の瞬間、弾かれたように駆け出した。
「廊下を走るなよ……」
そうぼやきながら皆人も、ムックも、その背を追いかける。
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