そしてB型の世界は始まる

ぞっぴー

文字の大きさ
15 / 88
そしてB型は惹かれ会う

15.眠る男(2)

しおりを挟む
「灯にはきつく言っておきますわ」
「いや、小野さんが悪いわけじゃないんだけど……」

 口調は柔らかくともどこか釘を刺すようなローズの声音に皆人は小さくため息をついた。この状況を引き起こしたのは言うまでもなく強だ。
 笑いを堪えていたローズも同罪ではあるがそこに触れるのはやめておく。今さら責めたところで意味はない。

 皆人は立ち上がると、強の頭を脇に抱え込んで締め上げた。見事なヘッドロックが決まり、ギリギリと音がしそうな勢いで絞めつける。

「痛い痛い痛い!」

 強の断末魔はあっさりスルーされた。

 皆人はそのまま夢見がちな彼へと視線を戻す。どこか現実味のない瞳を湛えた彼は、机の端に座りながらふわりと微笑んでいた。

「はっきり言って、俺とローズは信じてないからな。夢で見たって話」

 そう言うと彼は少し首を傾げ、唇に浮かぶ笑みを深めた。

「……じゃあさ、君たちしか知らない情報を提示したらどうかな?」
「なに……?」

 その口調には奇妙な確信があった。意図的な波紋を投げ入れるように、彼は指先でローズを指し示した。

「ローズ君は今もピンクの熊のぬいぐるみを抱いて寝ている」
「なっ……!?」

 その言葉は雷のように場に落ちた。
 一瞬でローズの顔は茹で蛸のように真っ赤になり、彼女は扇子で覆い隠すと、近くのムックの背に身を寄せた。

「……本当なのか?」
「……いや~~ソンナコトアリマセンワヨ」

 震える声で必死に取り繕うが、その語尾は悲鳴にも似ている。

「名前はリリー」
「やめてくださいましッ! それ以上は泣きますわよ!? 大声で泣きますわよ!!」

 その様子はあまりに真に迫っており誰が見ても嘘ではないと分かってしまう。
 これ以上ローズを追い詰めても意味はない。彼女にこの場で号泣される未来は誰も望まないので彼には止めてもらう。

 なら、と彼の標的は皆人へ移る。

「そして皆人君。君は無口喰臥ファンクラブの名誉会長、らしいね?」

 皆人は目を剥いた。反射的にローズを見るが彼女は何度も首を横に振っている。
 この件については二人の中だけの話だった。漏れるはずなどなかった。

 さらに彼は止まらない。口元を歪め、告げた。

「皆人くんは最近発売したアイドルのグラビア雑誌を二重底にした机の……」
「よしッ! 君の夢を信じようじゃないか!!」

 皆人は全力で話を遮った。
 これ以上語られるわけにはいかない。心のダメージが限界だ。

「完全に予知夢だ! はい! この話はおしまい!」

 だが追い打ちは別の方向から飛んできた。

「その雑誌、葵ちゃんのやつだろ?」

 どこか得意げな声。皆人が気づくといつの間にか強はヘッドロックから抜け出していた。

「そ、そうだけど……何で知ってる……?」
「たまたま表紙見てさ、皆人が好きそうだなって」
「……ああ、そうだよ! 好みだったんだよぉぉおおおお!!」

 叫ぶような告白だった。皆人は肩を落とし、その場に膝をつきそうになる。
 思えばテレビで見かけたばかりの駆け出しアイドル。帰り道に本屋でたまたま見つけ、他の雑誌に隠して購入した一冊だった。
 誰にも言っていないはずだった――のに。

 もはや精神的には瀕死。ローズと並んで完全に沈黙してしまった。

「なぁ、俺は? 俺だけの秘密は!?」

 だが一人だけ元気な強はワクワクとした様子で彼に詰め寄った。
 無邪気なその姿に皆人は恐怖を覚えながらもどこか羨ましさを感じていた。幼い――そう言ってしまえばそれまでだが、強には迷いがなかった。

「強君はそんなもの無くても僕の話を信じてくれる……でしょ?」

 彼はふと優しく笑ってみせた。その笑みには、人の心を見透かすような不思議な魅力があった。

「……なるほどな、俺のこと、よく分かってんじゃねえか!」

 強は満足げに頷く。
 この男には何かがある。それは偶然なのか、夢という媒介を通した力なのか、現状では不明だ。

「俺が次に言いたいことの答え、分かるか?」

 強の問いに彼は目を細める。それに答える前に前置きをする。

「僕はね……興味がないことには全くやる気が起きない性格でね。まるで夏休みの宿題みたいに。最後の最後、追い詰められるまで何も手をつけない。まぁ、これは皆もそうか」
「いや、俺は初日に全部終わらせて遊ぶぞ!」
「わたくしもですわ!」

 あっさりと返され、彼は頭を抱える。

「話の腰を折るのやめてくれないかなぁ……」

 小さく呟きつつも、彼は話を続ける。

「でもさ、あの夢を見た使命感からじゃない。君達が面白そうだから……おっと、答えだったね。君の『仲間になれ』への答えはこうだ」

 目を細め、微笑を浮かべながら彼は一歩前へ出た。

「七不思議【眠れる獅子】惰性桐人だせいきりひと。君達の仲間に入れて欲しい」

 一瞬の静寂。
 空気が、止まる。

 強への回答としては間違ってはいなかった。だが、明らかにおかしい一文であった。

「……何か間違えた?」

 不安そうに問いかける桐人。その顔は少し強張っていた。

 皆人は黙って巻物を開いた。そして書かれていたその名に静かに苦笑をこぼす。

「【眠る男】って……ださっ! えっ、ださっ! 【眠れる獅子】じゃないの!?」
「……誰が言ったんだ?」
「神だよぉぉおおお!!」

 巻き起こる爆笑とともに皆人とローズは心の中で小さくリベンジを果たした。
 あれだけの暴露をされたのだ。これくらいは許されるだろう。

「眠れる……ククク……【眠る男】惰性桐人。よろしくな」
「……よろしく」

 頬を赤らめ、罰が悪そうに笑う桐人の差し出された手をそっと握り返した。
 気分屋で気難しそうな彼だがそんなことはこの面子にとっては些細な問題だ。

 こうして、また一人。

 【学食の黒渦】
 【放課後の哄笑】
 【眠る男】

 三つの七不思議が今ここに揃った。
 けれど、今日という日はまだ終わらない。

 この後訪れることになる、最も手強き七不思議【亀甲乙女】
 その脅威を今はまだ誰も知る由もなかった――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...