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そしてB型は惹かれ会う
16.亀甲乙女
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「次は【亀甲乙女】こと、一色桜君のところに行くんでしょ?」
「……お前はどこまで知ってるんだ?」
「ここまでだよ。それと、僕がいなきゃ勝てない……らしい」
曖昧な口ぶりに皆人は眉をひそめる。
「えらく自信なさげじゃないか」
「仕方ないでしょ。そう言われただけでどうすれば良いかまでは聞いてないんだから」
「言われたって……夢の中だろう?」
いっても、その夢が侮れないわけなのだが。
皆がそれぞれ近くの椅子に腰を下ろす。これからの時間は情報交換のためのもの。話題の中心はもちろん一色桜だ。
「そもそも一色桜って何者なんだ?」
強の疑問に桐人とローズはちらと顔を見合わせる。そして桐人が静かに口を開いた。
「桜君が学内で何て呼ばれているか知ってるかい?」
「いや、まったく知らん!」
「……ってことは桜には別名があるってことか? 一体なんて呼ばれてるんだ?」
「……【亀甲乙女】ですわ」
その名はあの七不思議と全く同じもの。偶然か、あるいは必然か——卵が先か鶏が先か、思わずそんな喩えが浮かぶ。
なるほど、ローズが名前を見ただけで反応したわけだ。
「人に聞いて回ればもしかしたらすぐ見つかったんじゃないか?」
自分の足で地道に探し歩いたがために出遅れた。それでも彼にとっては「結果オーライ」
むしろその過程さえも楽しめたのだから一石二鳥というわけだ。
「言い訳じゃないけどこの順番でみんなが集まったのは偶然じゃないって俺は思うぜ」
強がりにも聞こえるがそれは彼が自分で切り拓いてきた道。その手応えが彼の言葉に宿っている。
「良いこと言いますわね」
「だろうがよお!」
強は無駄に胸を張る。話が脱線しかけたので皆人は強引に会話を元の路線へと引き戻す。
「……で、一色はなんで【亀甲乙女】なんて呼ばれてるんだ?」
その文字面だけで嫌な予感がする。というのも他に亀甲なんて漢字を見た覚えがないのだ。
「……まぁ、見た方が早いかな。今日は柔道部と試合してるらしいし」
「試合ねぇ……」
「桜さんを仲間に加えるのは簡単ですわ。勝負して勝てば良いのですわ」
「少年漫画か何か?」
案の定そんな気がしていた。とはいえ、どんな勝負なのかはまだ見当もつかない。一色桜が柔道をやっているのだろうか——いや、それすらも不明だ。
「それも見た方が早いよ」
そう言って桐人が立ち上がると皆はぞろぞろと後に続き、柔道部の道場へ向かう。
金敷高校の敷地奥、グラウンドを突っ切ったさらに先に部室棟と第二体育館、そしてその脇にひっそりと格技場が並んで建っている。
複数の武道系部活が時間をずらして活動する、静謐と緊張が交差する場だ。
「にしても……なんで一色はそんなに有名なんだ?」
道中、皆人はローズに問う。まだ入学から二週間と経っていない。にもかかわらず、彼女の名前は既に校内に広く知れ渡っているらしい。
「彼女は入学早々、まさに注目の的でしたわよ」
「そうそう。それこそ【亀甲乙女】なんて呼ばれる前からね……。ていうか、なんで君たちは知らないの?」
「どうせ自分のことしか考えてないんですわ! わたくしのこともご存じなかったですし!」
先日の件をまだ根に持っているのか、ローズはぷりぷりと怒っている。とはいえ図星だった。
皆人はただ平穏を望んでいるだけだ。騒がしい噂話に自ら近づくことはしないし、秋山のようなお喋りが話題を持ち込まない限り、情報が耳に届くこともない。
「俺は自分のことしか考えていない!」
「素直でよろしい」
あまりに潔い自己申告にさすがのローズも毒気を抜かれたように口元を緩めた。
会話の流れは再び一色桜へと戻る——その正体に迫る前に格技場が見えてきた。だがその建物を包む空気には何か妙なものが混じっていた。
……熱気。確かに格技場ならではの熱気ではある。だがどこか歪で禍々しい。まるで闘争という言葉に狂気が宿ったような、得体の知れぬ圧迫感が皮膚を撫でてくる。
「確実に……あそこにいるな」
「このプレッシャー……さすがですわね」
皆人は思わず息を呑む。彼らのノリは少年漫画のそれだったが、これはツッコミでは済まされない。感じるのだ、自分の奥底でーーその存在の異様さを。
そして、近付くごとに聞こえてくる。
「アーハッハッハッハ!!」
それは場の空気を裂くような高らかな笑い声。悪魔的というより、無邪気で、だがどこか恐ろしい。
「……放課後のなんたらか?」
「あら、わたくしはここにいますわよ」
「そうだぞ! ローズみたいな変な女は1人で充分だろ」
「桜さんの前にまず貴方を張り倒して差し上げますわ!」
「よっしゃ! 前哨戦だ! 来い!」
「その頭かち割って、脳みそストローでチューチュー吸ったりますわ!!」
「……道場ではお菓子食べたら駄目だからね~」
喧騒と狂気の境界線。暴走する二人は放っておくとして、皆人は一応ムックにだけ目を向け注意を促す。
少年はこくりと頷くと、ふくふくの頬を膨らませて倍速でお菓子を片付けた。ジャンガリアンハムスターみたいな愛おしさに動悸が高鳴る。
「ローズ君は手が離せなさそうだから僕が代わりに説明するね」
格技場の前、桐人が扉に手をかけた。
「桜君が入学当初から有名だった理由、それは……」
扉が静かに、重たく、開かれる。
途端に外で感じた以上の熱気が波のように押し寄せてきた。
柔道部だけではない。生徒たちがぎっしりと場内を取り囲み、興奮の声を上げている。まるで祭りのように視線が一点に集中していた。
皆人は履き物を脱ぎ、重たい空気の中を進んでいく。
人垣を掻き分け、視界が開けたその先ーーそこに彼女はいた。
流れるような髪は肩をかすめるあたりで斜めに束ねられ、雪のように白いリボンで緩やかにまとめられている。髪先は外に向かって軽く跳ね、光を浴びてほんのりと桜色にきらめいていた。
目元はくっきりとした二重。まつげは長く、伏せた瞬間に影が生まれる。
綺麗な瞳は少女特有の無垢さと、獣のような鋭さが同時に宿っていた。
爪の先まで気を遣っているわけではない。ただ自然体のままで、美しく、目を引く。
腰に巻かれたカーディガンは無造作でいてどこか絵になる。
その笑顔は無邪気。だが、その無邪気さが男たちを狂わせる。
「それはね……彼女が、男を惹きつける魔性の女性だからさ」
それが——
【亀甲乙女】一色桜だった。
「……お前はどこまで知ってるんだ?」
「ここまでだよ。それと、僕がいなきゃ勝てない……らしい」
曖昧な口ぶりに皆人は眉をひそめる。
「えらく自信なさげじゃないか」
「仕方ないでしょ。そう言われただけでどうすれば良いかまでは聞いてないんだから」
「言われたって……夢の中だろう?」
いっても、その夢が侮れないわけなのだが。
皆がそれぞれ近くの椅子に腰を下ろす。これからの時間は情報交換のためのもの。話題の中心はもちろん一色桜だ。
「そもそも一色桜って何者なんだ?」
強の疑問に桐人とローズはちらと顔を見合わせる。そして桐人が静かに口を開いた。
「桜君が学内で何て呼ばれているか知ってるかい?」
「いや、まったく知らん!」
「……ってことは桜には別名があるってことか? 一体なんて呼ばれてるんだ?」
「……【亀甲乙女】ですわ」
その名はあの七不思議と全く同じもの。偶然か、あるいは必然か——卵が先か鶏が先か、思わずそんな喩えが浮かぶ。
なるほど、ローズが名前を見ただけで反応したわけだ。
「人に聞いて回ればもしかしたらすぐ見つかったんじゃないか?」
自分の足で地道に探し歩いたがために出遅れた。それでも彼にとっては「結果オーライ」
むしろその過程さえも楽しめたのだから一石二鳥というわけだ。
「言い訳じゃないけどこの順番でみんなが集まったのは偶然じゃないって俺は思うぜ」
強がりにも聞こえるがそれは彼が自分で切り拓いてきた道。その手応えが彼の言葉に宿っている。
「良いこと言いますわね」
「だろうがよお!」
強は無駄に胸を張る。話が脱線しかけたので皆人は強引に会話を元の路線へと引き戻す。
「……で、一色はなんで【亀甲乙女】なんて呼ばれてるんだ?」
その文字面だけで嫌な予感がする。というのも他に亀甲なんて漢字を見た覚えがないのだ。
「……まぁ、見た方が早いかな。今日は柔道部と試合してるらしいし」
「試合ねぇ……」
「桜さんを仲間に加えるのは簡単ですわ。勝負して勝てば良いのですわ」
「少年漫画か何か?」
案の定そんな気がしていた。とはいえ、どんな勝負なのかはまだ見当もつかない。一色桜が柔道をやっているのだろうか——いや、それすらも不明だ。
「それも見た方が早いよ」
そう言って桐人が立ち上がると皆はぞろぞろと後に続き、柔道部の道場へ向かう。
金敷高校の敷地奥、グラウンドを突っ切ったさらに先に部室棟と第二体育館、そしてその脇にひっそりと格技場が並んで建っている。
複数の武道系部活が時間をずらして活動する、静謐と緊張が交差する場だ。
「にしても……なんで一色はそんなに有名なんだ?」
道中、皆人はローズに問う。まだ入学から二週間と経っていない。にもかかわらず、彼女の名前は既に校内に広く知れ渡っているらしい。
「彼女は入学早々、まさに注目の的でしたわよ」
「そうそう。それこそ【亀甲乙女】なんて呼ばれる前からね……。ていうか、なんで君たちは知らないの?」
「どうせ自分のことしか考えてないんですわ! わたくしのこともご存じなかったですし!」
先日の件をまだ根に持っているのか、ローズはぷりぷりと怒っている。とはいえ図星だった。
皆人はただ平穏を望んでいるだけだ。騒がしい噂話に自ら近づくことはしないし、秋山のようなお喋りが話題を持ち込まない限り、情報が耳に届くこともない。
「俺は自分のことしか考えていない!」
「素直でよろしい」
あまりに潔い自己申告にさすがのローズも毒気を抜かれたように口元を緩めた。
会話の流れは再び一色桜へと戻る——その正体に迫る前に格技場が見えてきた。だがその建物を包む空気には何か妙なものが混じっていた。
……熱気。確かに格技場ならではの熱気ではある。だがどこか歪で禍々しい。まるで闘争という言葉に狂気が宿ったような、得体の知れぬ圧迫感が皮膚を撫でてくる。
「確実に……あそこにいるな」
「このプレッシャー……さすがですわね」
皆人は思わず息を呑む。彼らのノリは少年漫画のそれだったが、これはツッコミでは済まされない。感じるのだ、自分の奥底でーーその存在の異様さを。
そして、近付くごとに聞こえてくる。
「アーハッハッハッハ!!」
それは場の空気を裂くような高らかな笑い声。悪魔的というより、無邪気で、だがどこか恐ろしい。
「……放課後のなんたらか?」
「あら、わたくしはここにいますわよ」
「そうだぞ! ローズみたいな変な女は1人で充分だろ」
「桜さんの前にまず貴方を張り倒して差し上げますわ!」
「よっしゃ! 前哨戦だ! 来い!」
「その頭かち割って、脳みそストローでチューチュー吸ったりますわ!!」
「……道場ではお菓子食べたら駄目だからね~」
喧騒と狂気の境界線。暴走する二人は放っておくとして、皆人は一応ムックにだけ目を向け注意を促す。
少年はこくりと頷くと、ふくふくの頬を膨らませて倍速でお菓子を片付けた。ジャンガリアンハムスターみたいな愛おしさに動悸が高鳴る。
「ローズ君は手が離せなさそうだから僕が代わりに説明するね」
格技場の前、桐人が扉に手をかけた。
「桜君が入学当初から有名だった理由、それは……」
扉が静かに、重たく、開かれる。
途端に外で感じた以上の熱気が波のように押し寄せてきた。
柔道部だけではない。生徒たちがぎっしりと場内を取り囲み、興奮の声を上げている。まるで祭りのように視線が一点に集中していた。
皆人は履き物を脱ぎ、重たい空気の中を進んでいく。
人垣を掻き分け、視界が開けたその先ーーそこに彼女はいた。
流れるような髪は肩をかすめるあたりで斜めに束ねられ、雪のように白いリボンで緩やかにまとめられている。髪先は外に向かって軽く跳ね、光を浴びてほんのりと桜色にきらめいていた。
目元はくっきりとした二重。まつげは長く、伏せた瞬間に影が生まれる。
綺麗な瞳は少女特有の無垢さと、獣のような鋭さが同時に宿っていた。
爪の先まで気を遣っているわけではない。ただ自然体のままで、美しく、目を引く。
腰に巻かれたカーディガンは無造作でいてどこか絵になる。
その笑顔は無邪気。だが、その無邪気さが男たちを狂わせる。
「それはね……彼女が、男を惹きつける魔性の女性だからさ」
それが——
【亀甲乙女】一色桜だった。
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