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そしてB型は惹かれ会う
35.六不思議達の休日
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カーテンの隙間から差し込む朝陽が柔らかに皆人の頬を撫でる。
ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、まどろみの中から意識を浮上させていく。
休日くらいはもう少し眠っていたいものの、目覚めてしまったならもう仕方がない。
微かに冷たい床の感触を素足に感じながら皆人は布団を抜け出しダイニングへと向かった。
キッチンにはすでに朝の家事を進める母の姿があった。洗い物の音が静かな朝の空気に心地よく響いている。
「母さん、おはよう」
皆人の声に、母は軽やかに振り返る。
「おはよう、皆人。今日は早起きなのね。朝はパンでいい?」
「うん、それでお願い」
ソファに腰を落とし、リモコンを取ってテレビを点けると画面にぱっと鮮やかな色彩が広がった。
バラエティ番組の中にひときわ輝く姿がある。ショートカットがよく似合う、無邪気な笑顔のアイドルーー葵ちゃんだった。
彼女は明るく跳ねるように動き回りながら、ふとした瞬間に妖艶な微笑を浮かべる。それがたまらないと評判なのだ。
彼女の歌声は高音から低音へ滑らかに流れる。その声には芯があり、聴く者の心を掴んで離さない。
皆人もその魅力に抗えず、テレビ越しに聴いた彼女の歌声に心を打たれ、気付けばCDを買いに走っていたほどだ。
時折お馬鹿な解答をしては笑いを誘う彼女だがそれすら計算なのか素なのか、誰にも分からない。
葵という存在はいまだ誰の手にも引き出されていない深淵を抱えている。
それが彼女の最大の魅力だった。
「……葵ちゃんは今日も可愛いな」
母が出してくれたコーヒーを一口啜り、芳ばしさに小さく息を吐く。
バターが染みたトーストを齧りながら、皆人はご機嫌な気分に身を委ねる。
やがて番組が終わり、天気予報が始まると名残惜しさを感じつつもリモコンでテレビを消した。
コップと皿を持って立ち上がり、流しへと歩を進めたその時――
手元のスマホがぶるっと震えた。
胸の奥にどこか嫌な予感が過った。嫌な予感ほど当たるものだと自分でも思う。
画面を開けば案の定、そこには強からのメッセージが表示されていた。
『あいつら女子会するらしいから、俺らは男子会しよーぜ』
皆人は眉をひそめた。朝から飛んでくる怪文書。すぐに既読をつけず、通知を画面の端に流して目を逸らす。
(せっかくの休日を、なぜ自分から手放さなきゃならんのだ……)
お気に入りの葵ちゃんの曲でも流して本を片手にゆっくり過ごすつもりだった。だが、考えをまとめる間もなくすぐさま第二の通知が届く。
『ムックも来ます』
その一文を目にした瞬間、皆人は抵抗できなくなっていた。
自分の中で何かが「しょうがないな」と囁き始める。
「……たまには、あいつに付き合ってやるか」
小さく呟き、自分なりの理屈に納得した皆人はそっとスマホをポケットにしまった。
◇◇◇
集合場所は繁華街のランドマークでもある大きな時計台の下。
定時になるとオルゴールが優しく鳴り響き、時計台の中から愛らしいからくり人形が登場しては踊りを披露する。
そんな光景は昔から多くの人々に親しまれており、今も待ち合わせの定番として定着している。
皆人は予定よりも少し早く到着し、周囲を見回す。
強は遅れるかギリギリか、いつも通りのパターンだろう。だがムックと桐人に関してはまったく分からない。
謎の人混みを避けつつ時計台を一周しても二人の姿は見つからない。
(ムックに連絡してもしかたないし、桐人に……)
連絡を入れようとスマホを取り出しかけたその瞬間、皆人の動きが止まる。
「まさかな……」
そう呟きつつ、彼は足を人だかりの方へと向けた。
ざわめきの中、黄色い歓声がかすかに聞こえ始める。
人の間をかき分け、やっとその中心を覗き込んだ時――
皆人は思わずスマホのカメラを構えていた。
時計台の壁にもたれながら、紙袋からドーナツを取り出しては頬張るその姿。
淡い緑――それも春の新芽のように清らかな色合いのロゴプルオーバーは肩の落ちたリラックスシルエット。細い腕に少し余る袖が彼の華奢な輪郭を一層柔らかに映していた。
明るめのベージュのタックワイドスラックスはゆるやかなドレープを描きながら足元まで流れ落ち、風にほんの少しだけ揺れる。すっきりとしたラインは凛とした印象さえ与えていた。
ハンチング帽はチャコールグレーで、彼の丸みのある顔立ちに品の良い陰影を添える。
顔にかかった黒縁の伊達眼鏡は彼のくりっとした目をさらに奥深く見せていた。
プライベートのアイドルかのような見事な佇まいに、背負ったいつものリュックだけが彼の日常を辛うじて保っているようだった。
――ムックだ。
誰がこのコーディネートを仕上げたのかは知らないが完全に彼を理解しきった者の手によるものだろう。愛らしさが飾り気なく、しかし見事に引き出されていた。
皆人は様々な角度からシャッターを切る。まるで人気モデルの路上スナップのようだ。
その可愛さに惹かれてか、周囲の人々が検索を始め、ついには本格的なカメラマンまで現れ始めた。
「こっちに目線お願いしまーす!」
ムックは素直にくるりとそちらに顔を向ける。
その瞬間、黄色い歓声がさらに高まる中、皆人も思わず連写を続けていた。
「……何事かと思ったよ」
横から聞こえた声に顔を向けることなく、皆人はカメラを構え続けた。
「桐人か。ちょっと待って、今忙しい」
「今日まで皆人君はまだまともな部類だと思ってたんだけどね……」
「俺はまともだぞ?」
「こっちを一度も見ずに言われてもね……」
ようやく振り向いた先にいた桐人はシンプルな白シャツと無地のジャケット、そして明るめのパンツという無難な装い。
皆人はその姿に密かに安堵する。もし彼まで洒落込んでいたなら、自分の無難さが浮いてしまっていたかもしれないからだ。
「今、ちょっと安心しなかった?」
「シテナイシテナイ」
桐人の鋭い目が皆人の動揺をじっと見抜いている。
「じゃ、そろそろ行こうか。強君、外で待ってるってさ」
「外」とは、この人だかりの外側、つまり本来の集合場所だ。
ムック自身は気にしていないだろうが、ここに人が集まり続ければ迷惑にもなりかねない。
「すいませーん、撮影は終了でーす!」
皆人は以前ローズがやっていたように真似て、軽やかに群衆をかき分け始める。それは自分でも高得点をあげれるほどの見事な仕草だった。
ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、まどろみの中から意識を浮上させていく。
休日くらいはもう少し眠っていたいものの、目覚めてしまったならもう仕方がない。
微かに冷たい床の感触を素足に感じながら皆人は布団を抜け出しダイニングへと向かった。
キッチンにはすでに朝の家事を進める母の姿があった。洗い物の音が静かな朝の空気に心地よく響いている。
「母さん、おはよう」
皆人の声に、母は軽やかに振り返る。
「おはよう、皆人。今日は早起きなのね。朝はパンでいい?」
「うん、それでお願い」
ソファに腰を落とし、リモコンを取ってテレビを点けると画面にぱっと鮮やかな色彩が広がった。
バラエティ番組の中にひときわ輝く姿がある。ショートカットがよく似合う、無邪気な笑顔のアイドルーー葵ちゃんだった。
彼女は明るく跳ねるように動き回りながら、ふとした瞬間に妖艶な微笑を浮かべる。それがたまらないと評判なのだ。
彼女の歌声は高音から低音へ滑らかに流れる。その声には芯があり、聴く者の心を掴んで離さない。
皆人もその魅力に抗えず、テレビ越しに聴いた彼女の歌声に心を打たれ、気付けばCDを買いに走っていたほどだ。
時折お馬鹿な解答をしては笑いを誘う彼女だがそれすら計算なのか素なのか、誰にも分からない。
葵という存在はいまだ誰の手にも引き出されていない深淵を抱えている。
それが彼女の最大の魅力だった。
「……葵ちゃんは今日も可愛いな」
母が出してくれたコーヒーを一口啜り、芳ばしさに小さく息を吐く。
バターが染みたトーストを齧りながら、皆人はご機嫌な気分に身を委ねる。
やがて番組が終わり、天気予報が始まると名残惜しさを感じつつもリモコンでテレビを消した。
コップと皿を持って立ち上がり、流しへと歩を進めたその時――
手元のスマホがぶるっと震えた。
胸の奥にどこか嫌な予感が過った。嫌な予感ほど当たるものだと自分でも思う。
画面を開けば案の定、そこには強からのメッセージが表示されていた。
『あいつら女子会するらしいから、俺らは男子会しよーぜ』
皆人は眉をひそめた。朝から飛んでくる怪文書。すぐに既読をつけず、通知を画面の端に流して目を逸らす。
(せっかくの休日を、なぜ自分から手放さなきゃならんのだ……)
お気に入りの葵ちゃんの曲でも流して本を片手にゆっくり過ごすつもりだった。だが、考えをまとめる間もなくすぐさま第二の通知が届く。
『ムックも来ます』
その一文を目にした瞬間、皆人は抵抗できなくなっていた。
自分の中で何かが「しょうがないな」と囁き始める。
「……たまには、あいつに付き合ってやるか」
小さく呟き、自分なりの理屈に納得した皆人はそっとスマホをポケットにしまった。
◇◇◇
集合場所は繁華街のランドマークでもある大きな時計台の下。
定時になるとオルゴールが優しく鳴り響き、時計台の中から愛らしいからくり人形が登場しては踊りを披露する。
そんな光景は昔から多くの人々に親しまれており、今も待ち合わせの定番として定着している。
皆人は予定よりも少し早く到着し、周囲を見回す。
強は遅れるかギリギリか、いつも通りのパターンだろう。だがムックと桐人に関してはまったく分からない。
謎の人混みを避けつつ時計台を一周しても二人の姿は見つからない。
(ムックに連絡してもしかたないし、桐人に……)
連絡を入れようとスマホを取り出しかけたその瞬間、皆人の動きが止まる。
「まさかな……」
そう呟きつつ、彼は足を人だかりの方へと向けた。
ざわめきの中、黄色い歓声がかすかに聞こえ始める。
人の間をかき分け、やっとその中心を覗き込んだ時――
皆人は思わずスマホのカメラを構えていた。
時計台の壁にもたれながら、紙袋からドーナツを取り出しては頬張るその姿。
淡い緑――それも春の新芽のように清らかな色合いのロゴプルオーバーは肩の落ちたリラックスシルエット。細い腕に少し余る袖が彼の華奢な輪郭を一層柔らかに映していた。
明るめのベージュのタックワイドスラックスはゆるやかなドレープを描きながら足元まで流れ落ち、風にほんの少しだけ揺れる。すっきりとしたラインは凛とした印象さえ与えていた。
ハンチング帽はチャコールグレーで、彼の丸みのある顔立ちに品の良い陰影を添える。
顔にかかった黒縁の伊達眼鏡は彼のくりっとした目をさらに奥深く見せていた。
プライベートのアイドルかのような見事な佇まいに、背負ったいつものリュックだけが彼の日常を辛うじて保っているようだった。
――ムックだ。
誰がこのコーディネートを仕上げたのかは知らないが完全に彼を理解しきった者の手によるものだろう。愛らしさが飾り気なく、しかし見事に引き出されていた。
皆人は様々な角度からシャッターを切る。まるで人気モデルの路上スナップのようだ。
その可愛さに惹かれてか、周囲の人々が検索を始め、ついには本格的なカメラマンまで現れ始めた。
「こっちに目線お願いしまーす!」
ムックは素直にくるりとそちらに顔を向ける。
その瞬間、黄色い歓声がさらに高まる中、皆人も思わず連写を続けていた。
「……何事かと思ったよ」
横から聞こえた声に顔を向けることなく、皆人はカメラを構え続けた。
「桐人か。ちょっと待って、今忙しい」
「今日まで皆人君はまだまともな部類だと思ってたんだけどね……」
「俺はまともだぞ?」
「こっちを一度も見ずに言われてもね……」
ようやく振り向いた先にいた桐人はシンプルな白シャツと無地のジャケット、そして明るめのパンツという無難な装い。
皆人はその姿に密かに安堵する。もし彼まで洒落込んでいたなら、自分の無難さが浮いてしまっていたかもしれないからだ。
「今、ちょっと安心しなかった?」
「シテナイシテナイ」
桐人の鋭い目が皆人の動揺をじっと見抜いている。
「じゃ、そろそろ行こうか。強君、外で待ってるってさ」
「外」とは、この人だかりの外側、つまり本来の集合場所だ。
ムック自身は気にしていないだろうが、ここに人が集まり続ければ迷惑にもなりかねない。
「すいませーん、撮影は終了でーす!」
皆人は以前ローズがやっていたように真似て、軽やかに群衆をかき分け始める。それは自分でも高得点をあげれるほどの見事な仕草だった。
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