81 / 88
そしてB型の部活動は始まる
81.矜持の一対一
しおりを挟む
『こっちの敵が引いてったわ。そっちに合流した方がいい? ……ってか、生きてる?』
耳に届いたのは桜の通信だった。つい先ほどまで耳をつんざいていた銃撃音はもうない、戦場を覆うのは風が吹き抜ける音と木々の葉擦れだけ。
嵐の去った後のような妙に澄み渡った静寂が辺りを支配していた。
『生きとるわ! ……これからの動きを決めたい。一度戻って来てくれ。ただし周囲は警戒しながらな』
『りょー』
軽々しくもどこか安堵を含んだ返事が返ってくる。
その呑気さに強は深いため息をひとつ吐き、額にかいた汗を無造作に拭う。
頭を掻いた彼の指先はどこか無意識に震えていた。
二人が無事に帰還した時、戦線に漂っていた不安がほんの少し和らいだ。
皆人は手早く現状を整理し、地面に書いた地図の上に情報をまとめながら、冷静に次の手を練っていく。
その声に耳を傾ける誰もがただ黙って真剣に聞き入った。
確認された敵の残存兵力は遊撃部隊が五人、盾持ちが二人、スナイパーが一人……そして戸呂。
「残り九人か?」と、鉄将が低い声で確認する。しかし強はすぐに首を振った。
「……いや、十人だ。もう一人スナイパーがいる」
その言葉に皆人はわずかに眉をひそめ、強の顔を見る。彼は木に背を預け、目を閉じたままじっとしている。
その静かな佇まいにはいつもの軽快さはなく、神経を張り詰めるような硬さがあった。
「見えたのか? スナイパーが」
「……ああ、見えた」
短く、しかし少し歯切れの悪い返答。
あの混沌の中、深く潜む狙撃手を捉える強の鋭さに皆人はひそかに息を呑んだ。強の感覚が正しければ確かに数は合っている。
皆人は小さく頷くと、二人の狙撃手がいる前提で作戦を組み直した。
「鉄将は美月を守れ。スナイパーはうちの要だからな」
「ああ、任された」
強が重々しく応じると、鉄将は奪い取った物をぎゅっと握りしめた。彼の手に残るのはたった一枚の盾。
それは強が敵から力ずくで奪い取った、紛れもない戦果だった。既に他の装備は審判団に回収されていた。
「ってことは鬼怒川君は私の騎士ってことね」
美月が茶化すように笑いかける。その無邪気さに鉄将は怪訝そうに眉をひそめたが何も返さなかった。
そのやりとりを強はちらりと視界の端で捉えながら思考をめぐらせる。
この閉塞感を打ち破るにはどうするべきか。
瀬名、桜、ムック、美月、規格外の戦力で一気に押し切ることもできるかもしれない……しかし強の胸の奥にはいくつもの不穏な違和感が蜘蛛の糸のように絡みついていた。
ふと皆人に視線を巡らせたが結局、言葉は呑み込んだ。
「あんたはどうするんだ?」
強はここにいる誰よりも異質な存在——瀬名に問う。
「……もう、手を出してしまったんだもの。前線に出るわ」
瀬名はそう言って静かに息を吐いた。その瞳には決意の光が宿っている。
これからは戸呂自身が動いてくる。だからこそ他人に任せてはいられない——彼女の眼差しがそう語っていた。
その時だった。突如、耳をつんざくようなハウリング音が響く。
全員が条件反射のように耳を押さえる。
「……聞こえているか、瀬名! 俺とお前のタイマンといこうじゃねぇか!」
低く、しかし山々に反響して響く声。
挑発するその言葉の主は戸呂だった。声の主は遠いがはっきりと通っていた。
強は警戒任務についていたムックへと目をやる。彼は一度だけ周囲を見渡し、無言で首を横に振った。敵の気配はないらしい。
全員の視線が瀬名に集まる。その場に漂う張り詰めた空気の中、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「……当然、受けるわ。でも——」
続く言葉に強は静かに頷いた。
「分かった。俺達で警戒しとく」
サバゲー同好会のモットーは『なんでもあり』勝てばいい。それが全てだ。この決闘も何が起きるかは分からない。
「美月、お前は二人が見える位置に潜伏してくれ」
「潜伏して……何をすればいいの?」
「撃てるなら、戸呂を撃て」
強の声には冷たい決意がにじんでいた。しかし瀬名が口を開く。
「……スナイパーを配置するのに文句は無いわ。けれど撃つのは少し待ってもらえるかしら」
その声にはほんのわずかな揺らぎがあった。彼女の矜持がそう言わせたのだろう。
横槍を入れられるならそれも仕方ない。しかしせめて本当に一対一が望まれるならこちらから引くわけにはいかない。
「勝てるんだな?」
「私が負けると思うの?」
瀬名の目は敗北を知らない、そんな眼差しであった。
「……分かった。タイミングは美月に任せる」
「了解。介入されたり、瀬名先輩がやられたら撃てばいいのね?」
「……それでいいわ。ありがとう」
これで瀬名の決意は固まった。
門居がぽつりと背中を押すように声をかける。
「先輩なら勝てます。頑張ってください」
その短い言葉に瀬名はわずかに目を細めると、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「ええ。私は戸呂を倒して、必ずここへ戻るわ」
その決意の響きが重く、しかし確かに一同の胸に届いた。
その決戦の時は刻一刻と迫っていた。
耳に届いたのは桜の通信だった。つい先ほどまで耳をつんざいていた銃撃音はもうない、戦場を覆うのは風が吹き抜ける音と木々の葉擦れだけ。
嵐の去った後のような妙に澄み渡った静寂が辺りを支配していた。
『生きとるわ! ……これからの動きを決めたい。一度戻って来てくれ。ただし周囲は警戒しながらな』
『りょー』
軽々しくもどこか安堵を含んだ返事が返ってくる。
その呑気さに強は深いため息をひとつ吐き、額にかいた汗を無造作に拭う。
頭を掻いた彼の指先はどこか無意識に震えていた。
二人が無事に帰還した時、戦線に漂っていた不安がほんの少し和らいだ。
皆人は手早く現状を整理し、地面に書いた地図の上に情報をまとめながら、冷静に次の手を練っていく。
その声に耳を傾ける誰もがただ黙って真剣に聞き入った。
確認された敵の残存兵力は遊撃部隊が五人、盾持ちが二人、スナイパーが一人……そして戸呂。
「残り九人か?」と、鉄将が低い声で確認する。しかし強はすぐに首を振った。
「……いや、十人だ。もう一人スナイパーがいる」
その言葉に皆人はわずかに眉をひそめ、強の顔を見る。彼は木に背を預け、目を閉じたままじっとしている。
その静かな佇まいにはいつもの軽快さはなく、神経を張り詰めるような硬さがあった。
「見えたのか? スナイパーが」
「……ああ、見えた」
短く、しかし少し歯切れの悪い返答。
あの混沌の中、深く潜む狙撃手を捉える強の鋭さに皆人はひそかに息を呑んだ。強の感覚が正しければ確かに数は合っている。
皆人は小さく頷くと、二人の狙撃手がいる前提で作戦を組み直した。
「鉄将は美月を守れ。スナイパーはうちの要だからな」
「ああ、任された」
強が重々しく応じると、鉄将は奪い取った物をぎゅっと握りしめた。彼の手に残るのはたった一枚の盾。
それは強が敵から力ずくで奪い取った、紛れもない戦果だった。既に他の装備は審判団に回収されていた。
「ってことは鬼怒川君は私の騎士ってことね」
美月が茶化すように笑いかける。その無邪気さに鉄将は怪訝そうに眉をひそめたが何も返さなかった。
そのやりとりを強はちらりと視界の端で捉えながら思考をめぐらせる。
この閉塞感を打ち破るにはどうするべきか。
瀬名、桜、ムック、美月、規格外の戦力で一気に押し切ることもできるかもしれない……しかし強の胸の奥にはいくつもの不穏な違和感が蜘蛛の糸のように絡みついていた。
ふと皆人に視線を巡らせたが結局、言葉は呑み込んだ。
「あんたはどうするんだ?」
強はここにいる誰よりも異質な存在——瀬名に問う。
「……もう、手を出してしまったんだもの。前線に出るわ」
瀬名はそう言って静かに息を吐いた。その瞳には決意の光が宿っている。
これからは戸呂自身が動いてくる。だからこそ他人に任せてはいられない——彼女の眼差しがそう語っていた。
その時だった。突如、耳をつんざくようなハウリング音が響く。
全員が条件反射のように耳を押さえる。
「……聞こえているか、瀬名! 俺とお前のタイマンといこうじゃねぇか!」
低く、しかし山々に反響して響く声。
挑発するその言葉の主は戸呂だった。声の主は遠いがはっきりと通っていた。
強は警戒任務についていたムックへと目をやる。彼は一度だけ周囲を見渡し、無言で首を横に振った。敵の気配はないらしい。
全員の視線が瀬名に集まる。その場に漂う張り詰めた空気の中、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「……当然、受けるわ。でも——」
続く言葉に強は静かに頷いた。
「分かった。俺達で警戒しとく」
サバゲー同好会のモットーは『なんでもあり』勝てばいい。それが全てだ。この決闘も何が起きるかは分からない。
「美月、お前は二人が見える位置に潜伏してくれ」
「潜伏して……何をすればいいの?」
「撃てるなら、戸呂を撃て」
強の声には冷たい決意がにじんでいた。しかし瀬名が口を開く。
「……スナイパーを配置するのに文句は無いわ。けれど撃つのは少し待ってもらえるかしら」
その声にはほんのわずかな揺らぎがあった。彼女の矜持がそう言わせたのだろう。
横槍を入れられるならそれも仕方ない。しかしせめて本当に一対一が望まれるならこちらから引くわけにはいかない。
「勝てるんだな?」
「私が負けると思うの?」
瀬名の目は敗北を知らない、そんな眼差しであった。
「……分かった。タイミングは美月に任せる」
「了解。介入されたり、瀬名先輩がやられたら撃てばいいのね?」
「……それでいいわ。ありがとう」
これで瀬名の決意は固まった。
門居がぽつりと背中を押すように声をかける。
「先輩なら勝てます。頑張ってください」
その短い言葉に瀬名はわずかに目を細めると、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「ええ。私は戸呂を倒して、必ずここへ戻るわ」
その決意の響きが重く、しかし確かに一同の胸に届いた。
その決戦の時は刻一刻と迫っていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる