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そしてB型の部活動は始まる
82.それぞれの戦場へ
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「せっかく整備されたフィールドがあるんだ。そこでお前を待つ!」
戸呂の声が森の奥深くまで鋭く響き渡った。
緑陰の静けさを裂くその言葉にはただの挑発以上のものが宿っていた。
瀬名なら必ずこの誘いに応じるーー。その確信が戸呂の声音に込められている。
だがこの発言を聞いたフィールドのオーナーは思わず額に手をやり、苦笑交じりに頭を掻いた。
彼らが本気でぶつかり合えば、せっかく整備されたフィールドがただでは済まないことなど周知の事実である。
できることならやめてほしい。それでも、見届け人として止める権利も資格も彼にはなかった。
ただただ、これ以上被害が広がらぬことを祈るしかないのだ。
もちろん、そんな大人の事情など彼らには知る由もない。
「問題は……だ」
強は戸呂の言葉を聞き終えると皆へ向き直り、その先を紡ぐ。
「二人が決闘している間、残りがどう動くか……」
「リーダーの勝敗を気にして見学とかしてるんじゃないの?」
美月がどこかお気楽そうに肩をすくめて笑う。その声に強は目を細め、しばし思案した。
「そんな甘い考えならいいけどな。ーーどちらにせよ、俺達は攻める」
言い切る声は低く、決意を秘めていた。
戸呂が不在の今が狙い目。それは逆に言えば、相手も同じだということだ。
「瀬名、美月、鉄将を除いてこっちは八人。相手も戸呂を抜いて九人……数はたいして違いない」
強が戦力を算出する声に皆人が冷静に付け足す。
「でも問題は相手にはスナイパーが二人いる。美月が抜けた分、そこが厄介だぞ」
その言葉に強の目が鋭さを増した。
「だから多少無理してでも狙撃手は潰せ。こちらの被害が増える前にな」
そしてムックに視線を向ける。
「ムック、お前が先陣を切れ」
短く、しかし重みのある指示だった。詳細も作戦図もない。ただ部長のその一言にムックは大きく頷いた。
仲間なら言わずとも通じるーーその信頼が彼らの間にはあった。
だが文芸部の面々はそうはいかない。門居が怪訝そうに眉をひそめてムックを見つめる。
お菓子ばかり頬張る無邪気な少年が最前線に出る姿など想像できる筈もなかった。
「……彼で大丈夫なんですか?」
疑念が滲むその問いに皆人が自信満々に答える。
「大丈夫ですよ。食べ物に釣られさえしなければムックがやられることはない」
そう言いきって、ムックも穏やかに頷いてみせる。その仕草に不安ながらも門居は息を呑み、やがて一歩退いた。
これで方針は固まった。
「戦力は互角……いや、あたし達の方が上ね」
「そうだな」
お互いに切り札を欠いている今、状況は五分と五分、否、こちらの方が上をいっている。
強と桜だけが楽観的にそう信じているらしい。その根拠のない自信が皆人には理解できず、ただ呆れにも似た想いが胸に広がる。
「じゃあ私は行くわ。またあとで」
瀬名が振り返らずに手をひらひら振る。背中から滲み出るのは勝って当然というような自信と気高さだった。
その姿を見送り、各々が準備に入る。
マガジンに弾を詰め直し、ホルスターの留め具を確かめ、呼吸を整える。
戦闘の刻が近づく森に静かな緊張が張り詰めていく。
「じゃあ私達もーー」
「鉄将」
距離を空けて瀬名のあとを追いかけようとする二人の背に強が呼びかける。
振り返った彼に投げ渡されたのは最初に強が奪い取ったままだった彼自身の銃だ。
「お前の腕が必要な場面が出てくるはずだ。持っていけ」
「……なら最初から取るなよ」
ぼやきながらも鉄将は銃を受け取り、スライドを引いて弾の確認を始めようとして、
「早く行った方が良いぞ」
強が急かすように視線を向けると、瀬名の背はもう見えなくなっていた。鉄将は不満げな顔のまま、瀬名の姿を追って森へと消えていった。
「鉄将に銃を渡して良かったのか?」
皆人が低く問う。その表情にはわずかに懸念が滲む。
鉄将が人を相手にすると良くて自滅、悪くて仲間を巻き添えにしかねない、と。
強は口元に不敵な笑みを浮かべる。
「大丈夫だ」
その笑みに何かしらの策があると察した皆人はそれ以上は問わず、黙って従った。
「それより桜よ」
「なによ?」
屈伸しながら気合十分の桜が戦意に満ちた瞳で強を見やる。
強は彼女を呼び寄せ、耳元に低く囁いた。
その瞬間、桜の唇に邪悪な笑みが浮かぶ。
「……確かにそれはあたしにしかできない任務ね」
「だろ? お前にうってつけだ」
「……うまくいけば、ね」
「それはお前の腕次第だろ」
「言ってくれるじゃない。いいわ! やってやろうじゃない」
桜の瞳が期待と闘志に燃え上がる。彼女に託された特殊任務がこの戦いを左右するのだ。
その詳細が何であれ、今はまだ誰も知る必要はない。
各自、自分がやるべきことをやるのみ。
戦いの幕は各地で今まさに開こうとしていた。
戸呂の声が森の奥深くまで鋭く響き渡った。
緑陰の静けさを裂くその言葉にはただの挑発以上のものが宿っていた。
瀬名なら必ずこの誘いに応じるーー。その確信が戸呂の声音に込められている。
だがこの発言を聞いたフィールドのオーナーは思わず額に手をやり、苦笑交じりに頭を掻いた。
彼らが本気でぶつかり合えば、せっかく整備されたフィールドがただでは済まないことなど周知の事実である。
できることならやめてほしい。それでも、見届け人として止める権利も資格も彼にはなかった。
ただただ、これ以上被害が広がらぬことを祈るしかないのだ。
もちろん、そんな大人の事情など彼らには知る由もない。
「問題は……だ」
強は戸呂の言葉を聞き終えると皆へ向き直り、その先を紡ぐ。
「二人が決闘している間、残りがどう動くか……」
「リーダーの勝敗を気にして見学とかしてるんじゃないの?」
美月がどこかお気楽そうに肩をすくめて笑う。その声に強は目を細め、しばし思案した。
「そんな甘い考えならいいけどな。ーーどちらにせよ、俺達は攻める」
言い切る声は低く、決意を秘めていた。
戸呂が不在の今が狙い目。それは逆に言えば、相手も同じだということだ。
「瀬名、美月、鉄将を除いてこっちは八人。相手も戸呂を抜いて九人……数はたいして違いない」
強が戦力を算出する声に皆人が冷静に付け足す。
「でも問題は相手にはスナイパーが二人いる。美月が抜けた分、そこが厄介だぞ」
その言葉に強の目が鋭さを増した。
「だから多少無理してでも狙撃手は潰せ。こちらの被害が増える前にな」
そしてムックに視線を向ける。
「ムック、お前が先陣を切れ」
短く、しかし重みのある指示だった。詳細も作戦図もない。ただ部長のその一言にムックは大きく頷いた。
仲間なら言わずとも通じるーーその信頼が彼らの間にはあった。
だが文芸部の面々はそうはいかない。門居が怪訝そうに眉をひそめてムックを見つめる。
お菓子ばかり頬張る無邪気な少年が最前線に出る姿など想像できる筈もなかった。
「……彼で大丈夫なんですか?」
疑念が滲むその問いに皆人が自信満々に答える。
「大丈夫ですよ。食べ物に釣られさえしなければムックがやられることはない」
そう言いきって、ムックも穏やかに頷いてみせる。その仕草に不安ながらも門居は息を呑み、やがて一歩退いた。
これで方針は固まった。
「戦力は互角……いや、あたし達の方が上ね」
「そうだな」
お互いに切り札を欠いている今、状況は五分と五分、否、こちらの方が上をいっている。
強と桜だけが楽観的にそう信じているらしい。その根拠のない自信が皆人には理解できず、ただ呆れにも似た想いが胸に広がる。
「じゃあ私は行くわ。またあとで」
瀬名が振り返らずに手をひらひら振る。背中から滲み出るのは勝って当然というような自信と気高さだった。
その姿を見送り、各々が準備に入る。
マガジンに弾を詰め直し、ホルスターの留め具を確かめ、呼吸を整える。
戦闘の刻が近づく森に静かな緊張が張り詰めていく。
「じゃあ私達もーー」
「鉄将」
距離を空けて瀬名のあとを追いかけようとする二人の背に強が呼びかける。
振り返った彼に投げ渡されたのは最初に強が奪い取ったままだった彼自身の銃だ。
「お前の腕が必要な場面が出てくるはずだ。持っていけ」
「……なら最初から取るなよ」
ぼやきながらも鉄将は銃を受け取り、スライドを引いて弾の確認を始めようとして、
「早く行った方が良いぞ」
強が急かすように視線を向けると、瀬名の背はもう見えなくなっていた。鉄将は不満げな顔のまま、瀬名の姿を追って森へと消えていった。
「鉄将に銃を渡して良かったのか?」
皆人が低く問う。その表情にはわずかに懸念が滲む。
鉄将が人を相手にすると良くて自滅、悪くて仲間を巻き添えにしかねない、と。
強は口元に不敵な笑みを浮かべる。
「大丈夫だ」
その笑みに何かしらの策があると察した皆人はそれ以上は問わず、黙って従った。
「それより桜よ」
「なによ?」
屈伸しながら気合十分の桜が戦意に満ちた瞳で強を見やる。
強は彼女を呼び寄せ、耳元に低く囁いた。
その瞬間、桜の唇に邪悪な笑みが浮かぶ。
「……確かにそれはあたしにしかできない任務ね」
「だろ? お前にうってつけだ」
「……うまくいけば、ね」
「それはお前の腕次第だろ」
「言ってくれるじゃない。いいわ! やってやろうじゃない」
桜の瞳が期待と闘志に燃え上がる。彼女に託された特殊任務がこの戦いを左右するのだ。
その詳細が何であれ、今はまだ誰も知る必要はない。
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