LISTEN 狂犬刑事と道楽探偵、初めてのお推理。

伏瀬通 亀更新

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急転直カプリチョーザ

2.狂犬、足を買われる。

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 受付に行くと、大人に混じって、一人の子供がいた。緑色の目をして、髪が白い——ってさっき会った子じゃん! 真理は少し面食らった。変わった子だとは思っていたが、ぴんと背筋を伸ばして立っていると、やはり目を引くものがある。
 こんなところになんだろうか。さっきの情報提供料的なの、取られたりして。情報屋というワードに、真理は胸がときめくのを感じたが、ふと自分の生活が決して豊かではないということを思い出した。何万なんて払えない。
 やっぱり見なかったことにしよう。彼女以外に客らしい客も見当たらないし。そう思って真理がぐるりと方向転換をした時だった。
「あ、刑事さーん、こっち!」
 渋々振り返ると、昼間の少女が手を振っていた。さよなら、あやうい刑事デカのDVDボックス特装版。今月こそはお家にお迎えしたかったな。最終日の今日落札しようと思ってたのに。

「あは、ナニ悲惨な顔してんの? お仕事お疲れ様でーす」
「……どうもさっきぶり、なんのご用で?」
 少女ははっとしてスカートのポケットを探ったが、どうやら目的のものがなかったらしく、リュックを床に置いて中を引っ掻き回し始めた。
「違う、違う、これも違う……これも」
 ぽいぽいと物を並べて探す様に、某刑事ドラマの主人公が真理の頭を掠めた。あの最終回はいつ見てもしんどいよなぁ、映画にも救いがないし、なんて思い出しているうちに、少女は探し物を見つけたらしい。

「はい! これ」
 少女の白い手が真理に差出したのは、折れ曲がった小さな紙切れだった。
「これ名刺? 名刺って、君子供じゃ……かねじゃく、きみこ? 探偵?」
金若こんじゃく! やっぱ、ルビ振ったほうがいいのかなあ。間違えたのはお前で38人目くらい」
「お前言うな。年上だぞ。てか口調に合ってない」
「Oh sorry! ウーン日本語ってむずかしいなあ、英語ならyouで一括りなのに」
 謝ってはいるが、反省の色は全く見えない。
「……帰国子女?」
「おー正解。で、用事なんだけど」
「あッ」

 突っ込むところが多すぎてすっかり失念していた。
「お金なら無いからね、財布すっかすかになる予定だから!」
 真理の言葉に、君子は首を傾げた。
「違うの?情報提供料とか取るのかと」
「……ああ!」
 君子はぱん、と手を合わせた。
「うーん、そうだなあ、じゃあ7万くらい?」
「ひっ」
 じゃあってなんだ! じゃあって! 無計画に人のふところを締め上げるな!
「あ、でも、お金以外にも払う方法があるんだけど、」
「ぜひそちらで!」
「まだ何も言ってないけど……」
 何だっていい。指詰めてあやうい刑事のDVDボックスが買えるならくれてやりますよ、指の一本や二本。うそ、やっぱ痛そうだし勘弁してほしいかも。
「お前の名前は?」
 どうやら呼び方の件は反省以前の問題だったらしい。
「今坂真理。真実の真に理科の理で、まこと。ああ、えっと……」
 名刺を渡そうと慌ててスーツのポケットを探ったが、なにせ普段は使わないシロモノだ、見つかるはずもなかった。読みにくい名前はお互い様だ。
「あはは、ないんだ名刺。まあいいよ」
 どことなく余裕のある君子の様子に、真理はむっとしたが、見つけられなかったのは事実なので大人しく次の言葉を待った。

 すう、と息を吸って、君子はこう言った。
「改めて。今坂真理——お前の足を買いたい」
 
「……足ぃ!?」
 指では済まなかった。らしい。人体欲しがるってどういう趣味だよ。この子、可愛い顔してかなりおっかない。

「今自分の足が切断されて買い取られるって思ったでしょお、言っとくけどそんな趣味ないからね」
「エ、違ウンデスカ」
「人の足買い取っても何にもならないじゃん。食べる趣味があれば別だけど、どのみち筋肉質だから美味しくなさそうだし」
 さらりと言ってのける君子は、やっぱりすこし子供らしい。とんでもない人間に目をつけられてしまったと真理は思った。
「名刺に書いてある通り、吾輩わがはいは探偵である! っていっても、道楽に過ぎないけどな」
 一人称吾輩って名無しの猫か君は。てか道楽で探偵ってなんだ。真理は心の中で突っ込まずにはいられなかった。口調と一人称が恐ろしくミスマッチだ。
「探偵に助手はつきもの! でしょ」
「助手になれと?公務員は副業禁止だから無理だって、てかそんな暇ないし」
「じゃあ7万円払うの?」
 致し方ない、服務規定違反になるよりは断然マシだ。そう思って真理が頷くと、君子は大層面白くないといった顔をした。

 可哀想だけど、お子様には、世間の厳しさを教えてさしあげないとね。
 じゃあ、と言いその場を去ろうとしたその瞬間、真理の背中に衝撃が走った。
「ちょ、ちょ、離してよ!」
 ぎゅうううう、と君子の腕が腹あたりを締める。何気に痛い。
「上司。上司と話をつけるから連れて行って」
 斜め上の発想に驚いた真理は、抵抗することも忘れ、さらには言葉を失った。

「ね、いいでしょ」
「いや……え?」
「ほら、進んだ進んだ!」
 君子は真理に抱きついたまま強引に歩みを進める。転んではたまらないと、真理の足もつられて動いた。

 そしてその様子を見た先輩の権田原ごんだわらは、思わず手に持っていたマグカップを落としそうになり、あわてて机に置く。
 一方の係長はにこにこしてそれを見ていた。家に居る二人の愛娘たちを思い出しながら。
 二人の様子は、大きな熊のぬいぐるみに抱きつく幼い少女を思い起こさせたのだ。ここは警察署なのに。

「お前が今坂真理の上司か?」
「あ、こら! 係長に向かってお前なんて言っちゃダメでしょ!」
「いいよいいよ、今坂くん。こんにちは、お名前教えてくれないかな?」
 さすが係長というか、子煩悩な父親というか。係長は嫌な顔一つせずに君子に話しかけた。
「金若君子」
 そう言いながら、君子はポケットからくしゃくしゃになった名刺を出し、係長に渡した。
「へえ、探偵さん……ところで、うちの今坂くんがどうかしたのかな?」
「こいつを助手に欲しいの。犬みたいに足が早いから」
「誰が犬のお巡りさんじゃ!」
 それを聞いた権田原が、肩を揺らして笑った。三崎ならどついてやるのに、一応先輩なので何も出来ない。
「ああ、なるほどねえ。今坂くんは確かに足が速いしその……ワンちゃんっぽいよねえ」
「係長まで!」
「ははは、褒め言葉だよ、褒め言葉」
 いや全然嬉しくない。刑事である前にまず人間でいたい。

 係長は、じっと手元の名刺を見てから、顔を上げてこう言った。

「今坂くん。さすがに助手になってもらうわけにはいかないが、捜査に金若さんを連れて行くのはどうかね?」
 ほら見ろ。係長だってダメだって……
「え?」
「社会科見学ってことで、ひとつ……それでもいいかな? 金若君子さん」
「んー、まあいっか。それでいいよ」
「え、ちょっと、ちょっと!」
 当の真理を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでいった。
 そうして結果的に、ひとまずは目下の連続ひったくり事件の調査にのみ君子を真理に同行させるということで決着がつき、君子は満足した様子で、明日も来ると言って帰って行った。


「社会科見学とか、マジかよぉ……」
 思わず真理がこぼした言葉に、コーヒーを取りに来た三崎が笑った。
「いいんじゃないの、楽しそうで」
 手元に持った2つのコーヒーが、肩の揺れにあわせて揺れている。
「他人事だからって! 薄情者め……っ」
「係長の決定だから、俺からは何も言えません。マリちゃんドンマイっ!」
 明らかに面白がっている三崎に、真理は頭を抱えた。
「係長、今日もう帰ります……サヨウナラ……」
 いつの間にか時計は終業時間を指している。
「おお、そんな時間か。お疲れ様、今坂くん。大変だとは思うけど、明日から頑張ってくれたまえよ」
「はあ~い」
 荷物をまとめた権田原も、すかさず立ち上がりこう言った。
「権田原、帰ります」
「はいはい、お疲れ様——っと待った、三崎くん、君まで帰る準備してどうするの。取り調べ、してね」
「あれ、バレました? はは、……戻りま~す」
 明らかにがっかりとした様子で、三崎はデスクに置いたコーヒーをもう一度持ち、取調室に戻っていった。



 誰もいなくなった強行盗犯係のデスクを前に、係長は手元の君子の名刺をもう一度、じっくりと見た。


「金若、ねえ……上に確認、かな……」
 その声は、誰の耳にも届くことなく、やがて消えた。
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