草履とヒール

九条 いち

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 先頭に立って案内してくれていた桜さんの馬に矢が刺さっていた。暴れ出した馬に振り回されて桜さんが吹き飛ばされてしまう。そのまま馬はどこかへ行ってしまった。
「桜さんっ!!」
「降りるなっ!」
「でもっ」
 沙理の言葉を無視して馬を降りて桜さんの元へ駆け寄る。桜さんは頭を強く打ち、額から血がたくさん出ていた。

(どうすれば……)

 包帯だってないし、治療だってどうしたらいいかわからない。
「あんたは行きなさい!」
 すぐに駆け寄ってきためぐさんが桜さんを抱きかかえる。私が何も出来ないでいる間、めぐさんは荷物を捨てて、桜さんを自分の馬に乗せる。その後すぐに自分も乗った。
「桜を急いで城に戻す。 あんたたちはすぐに出なさい」
「でも……」
「早く!」
「は、はいっ!」
 めぐさんの声に押されて沙理の元へ戻る。
「黒雲は……?」
「どこかへ行ってしまったよ。早く乗って」
 戸惑う私の横を新しい矢が過ぎる。
「ヒッ」
 血の気が一気に引いていく。選択を間違えればすぐに死ぬことを思い知らされる。
「椿っ!」
 沙理に怒鳴られて急いで沙理の馬に乗る。沙理は何も言わずに走り出した。馬の振動に揺られながら沙理の腰に手を回す。
「ごめん……。ほんとにごめん……」
「わかったから、怪しいやついないか周りを見てて」
「うん」
 桜さんの馬に当たった矢の向きから敵がいるであろう場所に目を配る。
 すぐ近くに敵がいるかもしれない。
 また矢で撃たれるかもしれない。
 当たったら即死だろうか。
 桜さんは大丈夫だろうか。
 めぐさんもお城まで無事たどり着けるだろうか。答えの出ない心配ばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。いろんな思惑が頭の中でごちゃまぜになる。 
 でも今はしっかりしないと。 私のせいで沙理まで危険な目に遭ってしまう。 
 私は目を凝らして四方八方をくまなく見続けた。
 二十分ほど走り続けている。事前の情報によれば、あと五分ほど走れば通政さん達がいるところまでたどり着けるはずだ。
 沙理もそのことがわかっているのだろう、沙理は馬のスピードをさらに上げている。
 私も気を抜かずにいかないと。
 周りをより一層注意深く見回す。谷の向こう側で微かに不自然に光るものが見えた。
「沙理! 矢が来るかも! 谷の向こうから」
「わかった」
 沙理は整備されていた山道を逸れて山肌を駆け上がりながら進む。振り落とされない様に沙理の腰元に必死にしがみつく。
 しかし、相手の技術の方が上だった。プスッという嫌な音とともに馬の悲壮な鳴き声が聞こえた。 高く前足を上げた馬に振り落とされる。
 平らな山道までは高さ十メートルほどあるだろう。

(あっ、これ死ぬやつだ……)

 これから来る痛みに備えてきつく目をつむる。
 しばらくの浮遊感。意外と長く感じた。三十秒ぐらいだろうか。
 ボンッと言う衝撃音とともに背中が何かに当たる。
 あれ……痛くない。 背中に伝わる体温と懐かしい匂いに上を向くと通政さんがいた。 
「心配したぞ」
 通政さんは心配そうに眉を顰めていたが、口元だけは無理矢理笑っていた。
「沙理が!」
「忠が助けてる」
 沙理は忠さんに抱き抱えられていた。忠さんのおかげで地面に叩きつけられることもなく、傷もなさそうだった。

(よかった…………じゃない!)

「矢が! 通政さん! 危ないです!」
「大丈夫だ」
 向こうの谷から上がっている赤い煙を通政さんが指す。
「兄の隊があちらで戦っていたが、討伐し終わったようだ」
「よかった……じゃない! 食料は⁉︎」
 辺りを見回すと、食料を包んだ布が山道に吹き飛ばされてはいたが、厨の人たちが硬く結んでくれていたお陰で中の食料が飛び出さずに済んでいた。
「よかった……」
 起き上がらせていた頭を彼の肩の上に戻す。
「ようやく安心したか?」
「はい……」
「よくがんばったな」
 頭に触れる大きな彼の手に包まれ、安堵が身体中に染み渡っていく。

 "チュッ"

 私のくちびるに彼のくちびるが触れた。
「ふぁッ⁉︎」
「どうかされましたかあ!」
 遠くで忠さんの声が聞こえた。
「なんでもない! すぐそちらへ行く」
 通政さんも大声で返す。
「秘密だぞ」
「は、はい……」
 後ろから黒雲が私達の隣に来た。
「! ここにいたの、黒雲」
「こいつが教えてくれたんだ。椿達が近くに来ていることを」
「そうだったんですか。ありがとう」
 黒雲に手を伸ばすと、彼は自ら顔を寄せてくれた。
 結局、普段の配給の半分ほどの量の食料しか運べなかったが、 みんなが喜んでくれて、感謝の言葉も次々と述べてくれた。
「みんなのためになってよかったね。沙理のおかげだよ」
「そんなことないさ。私ら二人のおかげだ」
「ふふっ、そうだね」
 みんなが食事しているところを遠くから見ていると、通政さんがこっちに歩いてきた。
「いいか?」
 彼は沙理に向かって問いかける。
「どうぞどうぞ」
 ニコニコと私の背中を押して彼の元へ歩かせる。 通政さんは私の腕を引き、白布で囲まれている陣の外に出た。

 五分ほど歩いたところで通政さんが立ち止まる。
 みんながいる所を見下ろせる場所だった。陣内で焚いている火の光がここまで届いて通政さんの顔を優しく照らしている。
「みんなが小さく見えますね」
「ああ」
 通政さんは灰色の袴の袖の袂を合わせるように腕を組む。髪は最後に彼と会った時より少し伸びていて、耳を半分程覆っていた。
「よくやったな」
 久しぶりに見る、私に向けられる彼の優しい眼差しに胸が高鳴る。
「ありがとうございます」
「皆も喜んでいる。まさか椿が来るとは思わなかったが」
 乗馬体験しかしたことないから無理だと思ったんでしょ」
「ははっ。確かにな」
「黒雲が色々助けてくれたんです。私がバランスを崩したら同じ方向に動いて体勢を立て直す手助けをしてくれたり」
「あいつにはたくさん救われたな」
「はい。後でいっぱい撫でてあげてくださいね」
「わかった。だが、それだけじゃない」
「? どういうことですか?」
「椿は危険を顧みずに飛び出してくるような奴ではなかっただろう? どちらかというと城で祈っている方だったと思うが」
「確かに……」
 通政さん言われて自分の中にあった違和感がスッと腑に落ちる。
 食料を届ける時も沙理より前に声をあげていた。いつから変わったのだろう。でもきっと原因は……
「通政さんに出逢ったからですよね」
「俺か?」
「はい、通政さんに感化されたんです」
「それはいいことなのか?」
 彼は眉を顰めて不安げにこちらを見る。 
「いいことですよ」
「そうか」
 微かに上がる彼の形のいい口端。
「嬉しそうですね」
 揶揄からかうように顔を覗き込んだが、余裕の笑みを見せられた。
「嬉しいに決まっている」
 彼のくちびるが私のくちびるに触れる。
「やっと会えたなな」
 彼の手が私の頬に触れる。以前より硬くなった彼の手にはマメが潰れた跡がたくさんあった。でも、彼の硬い皮膚が頬に擦れていく感覚すらも愛しかった。
 通政さんは私の想像も出来ないほどの死線を潜り抜けているのだろう。それはお城にいるみんなやここにいる仲間を守るため。彼は明日からも手の痛みも顧みずに剣を振るうのだろう。
 私は彼の大きな手に顔を寄せた。
「っ……」
「痛かったですか?」
「いやっ」
(照れてる……?)
 彼の顔の片方は火の光に照らされていて、もう片方は暗闇に溶け込んでしまっていてよく見えなかった。
 もっと近くで見ようと彼に近づくと、下腹部に彼の硬くなったモノが当たる。
「椿っ」
 彼は腰を引いて私から離れる。
「……勃ってる」
「当たり前だ。久しぶりに椿に触れたんだ」
 顔を腕で隠す彼を見て確信した。赤面してる……。
「……し、ます、か?……」
 どうしてこんなこと言ったのか分からなかった。
 昼の緊迫した環境から解き放たれたから?
 彼と久しぶりに会えたから? 
 彼の赤くなった顔が可愛かったから?
 わからないまま、私は彼の首に手を回して深いキスをした。


「んっ……ふっ……」
 私の舌と彼の大きく肉厚な舌が熱く絡み合う。とめどなく溢れてくる口蜜を吸われ、ゴクンッと飲み干される音がする。
 彼の瞳は情欲に濡れ、獣のようだった。
「なんだか、今から食べられるみたいです」
「……ある意味食べるが、嫌か?」
「いえ、通政さんになら食べられてもいいです」

「……可愛いな……んっ……椿……」
 彼が耳に口を寄せて舐め上げる。耳の中を彼の舌が入ってきて頭いっぱいに水音が響く。

クチュッ、チュッ、チュパッ、クチャッ、クチュッ

 くすぐったさと卑猥な音に思わず脚を擦り合わせる。お腹に彼のモノがと触れる度に強く求められている気がして、秘裂から蜜が溢れ出てくる。
「みちっ……まさ……っさん……んっ……んあっ」
 彼の手が早急に私の野袴の紐を解くと、履いていた布が一気に足首にまで落ちてしまう。後ろを向かされ、両手を一つに纏め上げられて木につかされる。
 恥ずかしい格好にされて拘束されているのに……。次にされる彼からの行為を期待している自分がいる……。
 露わになった太腿を彼の手が伝い擦り上がってくる。
「……んぁ……あンッ……」
 臀部を掴まれ、感触を確かめるように捏ね回される。彼の指先が時折、際どい所に触れる度に甘い声が漏れてしまう。
「あっ、んっ……」
 通政さんが後ろから私に覆い被さるようにして、私の着物の襟を広げる。すると、交差させているだけの生地はいとも容易く肌から離れていってしまう。
「やっ……」
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