願わくは、きみに会いたい。《番外編》『願わくは、きみに愛を届けたい。』

さとう涼

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願わくは、きみに愛を届けたい。

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 太陽が照りつける七月下旬。
 大学は夏休みに入り、わたしはアルバイトに明け暮れていた。
 アルバイト先は都内にあるビジネスホテル。昼間の時間帯、フロントで働いている。
 高校を無事に卒業したわたしは、東京の大学に進学した。初めてのひとり暮らしに最初は戸惑い、寂しくて仕方がなかったけれど、今ではすっかり慣れ、大学の女の子の友達が泊まりにくることもある。
 大学生になって、わたしの生活は大きく変わった。それはアルバイトや新しくできた友達のことばかりではない。降矢くんとふたりで会う機会が増えた。
 降矢くんも都内の大学に通っている。でも別々の大学なので、高校のときと違い、意識して会わないと疎遠になってしまう。そう思っていたら降矢くんのほうから連絡がきて、それ以来たまに食事にいくようになった。
 今日はわたしから誘った。降矢くんに会うのは久しぶりだった。
「おいしかったね」
 ついさっき食事を終えたばかり。わたしは歩きながら隣の降矢くんを見上げた。
「ああいう店は行ったことなかったけど、たまにはいいな」
 食事をした場所は都内のシティホテル。そのホテルはわたしのアルバイト先の系列ホテルで、職場の社員の人から二名分の招待券をもらったのだ。
 招待券をもらったとき、真っ先に降矢くんの顔が頭に浮かんだ。期間限定だったので、その日のうちに降矢くんに電話して、降矢くんのスケジュールに合わせた。
「このあと、予定ある?」
 念のため降矢くんに尋ねると、「ないよ」という返事。わたしはほっとして、周囲に視線をさまよわせた。
「暑いから、どこかカフェにでも入る?」
「たった今、飯食ってきたのに?」
「でもあの量じゃ、足りなかったんじゃない?」
「んー、まあそれはそうなんだけど」
「やっぱり」
 胃のあたりを手でさする降矢くんを見て、思わずふき出してしまった。
 降矢くんに軽く睨まれ、慌てて口もとを手で隠すけれどもう遅い。ひじで小突かれてしまった。
 今日食べたランチは日替わりの四千円コース。サーロインステーキ、舌平目、鴨肉など、普段あまり口にできない食材を堪能できた。
 もちろんわたしはお腹いっぱいで大満足だったけれど、アスリートの降矢くんはそうじゃないかもしれないと、実はちょっと気になっていた。
「あっ、そこのお店に入ろうよ」
 店先にあるスタンド看板の黒板に、オムライスやカレーといったメニューが手書きしてあった。
 降矢くんと以前、一緒にごはんを食べにいったとき、オムライスを注文していたことがあったから、どうかなと思った。
「俺はいいけど」
「じゃあ決まり」
 遠慮がちな降矢くんの背中を押し、お店に入る。
 最近オープンしたばかりなのか、どこもかしこも真新しい。でも木の温もりをふんだんに感じる落ち着いたカフェだった。
 黒のギャルソンエプロンをしたウェイターに「お好きな席へどうぞ」と言われ、日射しを避け、窓から離れた席を選ぶと、降矢くんはわたしを壁際のソファ席へ促した。
「安瀬はなににする?」
「わたしは飲み物だけでいいよ。アイスティーにする」
「食うの、俺だけかよ」
「じゃあシフォンケーキも頼もうかな」
 さっきデザートで出てきたシャーベットを食べたばかりだけど、まあいっか。そう思いながら「降矢くんは?」と尋ねる。
「俺はオムライスとアイスティー」
「やっぱり!」
 ゆっくりとメニューを置いたその顔はあきれていたけれど、わたしはかまわず続けた。
「好きなんだね、オムライス」
「好きで悪いかよ?」
「そんなこと言ってないでしょう。なんか、うれしいの」
「うれしい?」
「降矢くんとは何度か一緒にごはんを食べてるけど、なにが好物なのかわからなかったから。食べ物だけじゃないよ。どこに行きたいか、どんな映画を見たいのか。今日はのんびりしたいのか、そうじゃないのか。降矢くんは、いつもわたしの希望を優先するから」
 降矢くんはぶっきらぼうだけど、いつだってやさしくて、わたしを不安にさせるようなことは絶対に言わないし、させない。それが心地よくて、ずっと甘えてきた。だけど、わたしだって降矢くんのためになにかしてあげたい。
「俺のことは別にいいんだよ」
「よくないよ。いつもわたしばかり……」
「安瀬?」
「自分が情けないよ。わたしばかり、気を遣ってもらって──」
 これまでのことを思い出して申し訳ない気持ちになる。
 今日こそはわたしが降矢くんをもてなそうと思っていたのに、自分で暗い雰囲気にしてしまい、悔しくて言葉に詰まってしまった。
「安瀬、大丈夫か?」
「……うん」
「無理するなよ。カラ元気なんて、らしくないんだって。俺の前では素のままでいいんだよ」
 急にテンションが落ちたわたしを、降矢くんは憐れむことなく、気楽に励ましてくれた。
 降矢くんは気づいている。わたしが今なにを考えているかを……。
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