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願わくは、きみに愛を届けたい。
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ナギが亡くなって二年の歳月が流れ、先月ナギの三回忌があった。そこでナギのご両親に言われたのだ。法要に出席するのはこれで最後にしてほしいと。
ご両親がなにを言おうとしているのかは理解できた。わたしがいつまでもナギに囚われていて、そんなわたしを心配してくれているんだろう。
「どうか素敵な人と幸せになって」と、ナギのお母さんがハンカチで目もとを押さえながら言ってくださった言葉は、今もわたしの心を揺さぶっていた。
「練習とか大会で忙しいのに、いつもごめんね。わたしがいまだにこんな感じだから、気にかけてもらって悪いと思ってる」
「悪いなんて思う必要ないよ。安瀬を誘ってたのは、俺が勝手にやってたことだし。それより早くオーダーしようぜ。さっきからウェイターがチラチラこっち見てんだよ」
降矢くんはそう言うと、さっそく右手を挙げ、ウェイターにテキパキとオーダーしていく。わたしはその様子を見ながら、自分から誘ったのにと、ますます泣きたくなった。
「ばかだな」
「そうだね、否定はしないよ。こんなふうに暗くなって、自分でもばかだなって思うよ」
「違うよ、安瀬のことじゃない。俺が自分をばかだって思ったんだよ」
「なんで? 降矢くんはばかなんかじゃないよ」
「俺、安瀬の気を紛らわしてやりたくて。津久井のことを考える時間を少しでも減らすことができればいいなって思ってた。でも逆に気を遣わせてたんだな」
「ううん! 楽しかったよ。わたし、降矢くんに誘ってもらうの、うれしかった。だから今日はそのお礼を兼ねてと思って」
そう言ったわたしを降矢くんは少し寂しそうな顔で見つめた。
「お礼」と言ったのが気に障ってしまったのかな。そういうのを求めない人だとわかっているだけにバツが悪い。
でもどうしてもそうしたかった。降矢くんにはすごく感謝しているのに、なにもしてあげられない自分がもどかしくて仕方がなかったから。
だけど自己満足だったのかな。いや、そうなのかもしれない。わたしは自分が楽になりたかっただけなのかも……。
結局、暗い雰囲気のまま食事を終えて、カフェを出てきてしまった。
わたしはいったいなにをやっているんだろうと思いながら、足早に前を歩いている降矢くんに話しかけていた。
「お願いだから、お金を受け取って!」
道端でみっともないと思うけれど、店内で言うこともできず、歩きながらさっきの食事代を差し出していた。
だけど降矢くんは一向に受け取ってくれない。それどころか振り向きもしない。
わたしは脚の長い降矢くんになんとか追いついて隣に並んだけれど、太陽だけでなくアスファルトの照り返しもあって、そろそろバテそうだった。
よし、こうなったら……。
「ねえ、降矢くん!」
わたしは立ち止まり、大声をあげた。ここは大通り。その声に、道行く人々は振り返ったり、じろじろと色眼鏡で見たりしている。
どうせ、つまらない男女の痴話喧嘩と思っているんだろう。多くの人がクスクスと笑っていた。
「あのなあ、こっちが恥ずかしいんだけど」
降矢くんが慌てて駆け寄ってきた。
よかった。これでようやく目を見て話せる。
「今日こそは、わたしがおごるって決めてたの」
「それならさっき、ホテルのレストランでごちそうしてもらったから」
「あれは無料の招待券。だからせめてカフェの分くらい出させてよ」
本当はホテルのランチも自分のお金でごちそうしたかった。でもふたりで八千円もするランチ代なんて、なおさら出させてくれないと思ったから、招待券を使った。
アルバイト先の女性社員に、「デートにもってこいだよ」と勧められ、興味を示したら、社員の人に配られている招待券を譲ってくれた。本当はデートじゃないけれど。わたしと降矢くんの関係は複雑すぎて、うまく説明できそうになかったから、その女性社員にはデートということにしておいた。
「まったく……。しょうがないな」
降矢くんは観念したように言うと、「ごちそうさま」とようやくお金を受け取ってくれた。
デニムのポケットから財布を出して、そこにしまうのを見ていると、降矢くんはようやく微笑んでくれた。
ご両親がなにを言おうとしているのかは理解できた。わたしがいつまでもナギに囚われていて、そんなわたしを心配してくれているんだろう。
「どうか素敵な人と幸せになって」と、ナギのお母さんがハンカチで目もとを押さえながら言ってくださった言葉は、今もわたしの心を揺さぶっていた。
「練習とか大会で忙しいのに、いつもごめんね。わたしがいまだにこんな感じだから、気にかけてもらって悪いと思ってる」
「悪いなんて思う必要ないよ。安瀬を誘ってたのは、俺が勝手にやってたことだし。それより早くオーダーしようぜ。さっきからウェイターがチラチラこっち見てんだよ」
降矢くんはそう言うと、さっそく右手を挙げ、ウェイターにテキパキとオーダーしていく。わたしはその様子を見ながら、自分から誘ったのにと、ますます泣きたくなった。
「ばかだな」
「そうだね、否定はしないよ。こんなふうに暗くなって、自分でもばかだなって思うよ」
「違うよ、安瀬のことじゃない。俺が自分をばかだって思ったんだよ」
「なんで? 降矢くんはばかなんかじゃないよ」
「俺、安瀬の気を紛らわしてやりたくて。津久井のことを考える時間を少しでも減らすことができればいいなって思ってた。でも逆に気を遣わせてたんだな」
「ううん! 楽しかったよ。わたし、降矢くんに誘ってもらうの、うれしかった。だから今日はそのお礼を兼ねてと思って」
そう言ったわたしを降矢くんは少し寂しそうな顔で見つめた。
「お礼」と言ったのが気に障ってしまったのかな。そういうのを求めない人だとわかっているだけにバツが悪い。
でもどうしてもそうしたかった。降矢くんにはすごく感謝しているのに、なにもしてあげられない自分がもどかしくて仕方がなかったから。
だけど自己満足だったのかな。いや、そうなのかもしれない。わたしは自分が楽になりたかっただけなのかも……。
結局、暗い雰囲気のまま食事を終えて、カフェを出てきてしまった。
わたしはいったいなにをやっているんだろうと思いながら、足早に前を歩いている降矢くんに話しかけていた。
「お願いだから、お金を受け取って!」
道端でみっともないと思うけれど、店内で言うこともできず、歩きながらさっきの食事代を差し出していた。
だけど降矢くんは一向に受け取ってくれない。それどころか振り向きもしない。
わたしは脚の長い降矢くんになんとか追いついて隣に並んだけれど、太陽だけでなくアスファルトの照り返しもあって、そろそろバテそうだった。
よし、こうなったら……。
「ねえ、降矢くん!」
わたしは立ち止まり、大声をあげた。ここは大通り。その声に、道行く人々は振り返ったり、じろじろと色眼鏡で見たりしている。
どうせ、つまらない男女の痴話喧嘩と思っているんだろう。多くの人がクスクスと笑っていた。
「あのなあ、こっちが恥ずかしいんだけど」
降矢くんが慌てて駆け寄ってきた。
よかった。これでようやく目を見て話せる。
「今日こそは、わたしがおごるって決めてたの」
「それならさっき、ホテルのレストランでごちそうしてもらったから」
「あれは無料の招待券。だからせめてカフェの分くらい出させてよ」
本当はホテルのランチも自分のお金でごちそうしたかった。でもふたりで八千円もするランチ代なんて、なおさら出させてくれないと思ったから、招待券を使った。
アルバイト先の女性社員に、「デートにもってこいだよ」と勧められ、興味を示したら、社員の人に配られている招待券を譲ってくれた。本当はデートじゃないけれど。わたしと降矢くんの関係は複雑すぎて、うまく説明できそうになかったから、その女性社員にはデートということにしておいた。
「まったく……。しょうがないな」
降矢くんは観念したように言うと、「ごちそうさま」とようやくお金を受け取ってくれた。
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