願わくは、きみに会いたい。《番外編》『願わくは、きみに愛を届けたい。』

さとう涼

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願わくは、きみに愛を届けたい。

007

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「停電?」
 さっきの雷のせいなのかな。かなり近くで落雷があったようだった。
 部屋を見まわしながらベッドから降りる。窓辺に近づくと、雨音が聞こえ出した。
 開いている窓からひんやりとした風とともに雨が入り込んでいて、足の裏にも水気を感じた。
「真っ暗闇だ」
 網戸を開けて外を見渡すと、街灯や近所の家の明かりも消えていた。雲に隠れているのか、月も星もない。
 こんな光景を見るのは生まれて初めてだ。
 目を閉じても開けても変わらない景色に、恐怖を覚えた。そういえば、やけに静かだ。
 両親とお姉ちゃんは一階にいるけれど、聞こえてくるのは雨音だけだった。
 そしてようやく気がついた。なにかがおかしい。わたしは手に持っていたステンドグラスの置時計を胸にぎゅっと抱いた。
 そのとき、ピシャン、ピシャンというかすかな音を聞いた。
「……誰?」
 どうして人だと思ったんだろう。そう思った瞬間、不思議なことにわたしの中から恐怖が消えた。
「僕だよ、千沙希」
 二年ぶりに聞くその声。全身に鳥肌が立った。
「ナギなの?」
 窓辺に青白く人影のようなものが映し出された。そして真っ暗だった空に月が現れ、その月明りに照らされたナギの姿が浮かび上がる。
 あの頃と変わらない十七歳のナギは、ほんの少し口角を上げ、じっとわたしを見ていた。
「会いにきてくれたんだね、ナギ」
 うれしくて気持ちを込めて言う。けれどナギは悲しそうに微笑むだけ。
「どうかしたの?」と尋ねると、またピシャン、ピシャンと音がして、ナギがわたしの手を取った。
「これ、今まで大事にしてくれていたんだね。ありがとう」
 わたしの手の中にはあの置時計がある。
 ナギの手がわたしの両手をやさしく包んだ。
 でもその体温が冷たいのか、温かいのかわからない。そもそも触れられている感覚というものがなかった。
 ゆっくりと、しなやかに動く手を見て、そんなふうに想像しただけだ。
「千沙希は今幸せ?」
 ナギが心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。見つめてくる瞳は、月の光を反射してキラキラと輝いていた。
 わたしはその瞳にすっかり魅了されながら、ナギの質問の答えを考えていた。
 不幸ではないと思う。それを幸せというのだろうか。
 華やかな暮らしとはほど遠い。とても地味だ。だけど家族や友達に囲まれた普通の暮らしができるのは、幸せなことだと思った。
「今の生活で満足してるよ。十分幸せ」
「満足ってなにが?」
「大学に進学できたし、友達もできたし、アルバイトもして充実した生活ができてる」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。僕、最後に言ったよね? 自分を大切にしてって」
「大切にしてるよ。見ればわかるでしょう?」
「じゃあどうして千沙希は、苦しそうな声で僕に話しかけてきたの?」
 さっきの……。わたしの心の声を聞いていたの?
「今日だけじゃないよ。ときどき千沙希の声が聞こえてくるんだ。苦しい、苦しいって。でも会いにいきたくても、それはどうしても許されなかったんだ」
「ずっと声だけが聞こえていたの?」
「そうだよ。だから隠しても無駄」
「別に隠してるわけじゃ……」
「僕に遠慮しないで。今の千沙希は自分の気持ちに蓋をしてる。もう一度、胸に手をあてて考えてみて」
 ナギは瞬きひとつせず熱心に訴えてくるけれど、わたしには言っている意味がわからない。
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