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願わくは、きみに愛を届けたい。
006
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夜、家族全員で食卓を囲んだ。ほのぼのとした雰囲気に癒やされていた。
ひとり暮らしの生活に慣れたと思っていたけれど、そうでもなかった。実家はいいなとしみじみ思った。
「やっぱり千沙希のアパートに転がり込もうかな」
肉じゃがのじゃがいもをお箸に挟みながら、お姉ちゃんが言った。
「なんで?」
「だって、就職したらお母さんの手料理が食べられなくなるんだもん。わたし、料理できないから飢え死にしちゃう」
大学四年のお姉ちゃんは、就職が内定し、来年の四月から都内で暮らすことになっている。
「大袈裟だよ。コンビニやスーパー行けば、サラダもお惣菜も売ってるよ。あとはお米炊いて、お味噌汁作ればいいだけじゃん」
「えー、そんなの面倒だよ。お味噌汁作るのとか、無理だから。食べるだけがいい」
「そんなんじゃ、隼人さんのお嫁さんになれないよ。ていうか、一緒に住んだら、わたし、お姉ちゃんの家政婦にされちゃいそうで怖いんだけど」
「千沙希が料理作ってくれるなら、代わりに掃除をやったげる」
「通勤時間かなりかかるんじゃないの?」
お姉ちゃんの就職先は、わたしの住むアパートから遠い。通勤するのはちょっときついかもしれない。
「千沙希の大学とわたしの就職先の中間に引っ越せばいいじゃん。いろいろお金はかかるけど、ひとり分の家賃が浮くんだから長い目で見たらお得だよ」
それを聞いたお母さんが、「いいわね」と賛成する。
「お母さんまでやめてよ」
「千沙希はマイペースっていうか、ちょっと危なかしいところがあるから、お姉ちゃんが一緒なら安心なんだけど」
「大丈夫だよ。ちゃんと生活できてるもん」
親だから心配するのはあたり前なんだけど、お姉ちゃんのために引っ越しするのはちょっと困る。
だって引っ越しをしちゃうと、降矢くんの住んでいる寮からますます遠くなってしまう。ひとりで帰れると何度言っても毎回アパートまで送ってくれる降矢くんの負担を、これ以上大きくしたくない。
……あれ? わたし、どうして降矢くんのことを考えているんだろう。もう会わないと言わせてしまった相手なのに。
アパートまで送ってもらうことはもう二度とないのだから、お姉ちゃんの希望する地域に引っ越すことに反対する理由はないはず。
夕飯を食べた後、お風呂に入り、二階の自分の部屋に戻った。
丁寧に掃除された部屋に、ふかふかの布団。定期的に空気の入れ替えをしてくれていたのか、呼吸も違和感ない。
昔から、親の手をかなりわずらわせて育った娘だということを自覚している分、親のありがたみは感じていたけれど、ひとり暮らしをするようになって、そのことをますます強く思うようになった。
スマホの着歴と時刻を確認した後、カーテンを開け、窓も全開にした。それからナギにプレゼントしてもらったステンドグラスの置時計を旅行鞄から取り出し、ベッドに寝転ぶと、それを天井のシーリングライトにかざした。
時計の針は八時五〇分をさしている。今日まで狂うことなく動き続けてきた。
ナギが亡くなってから、もう二年も経つ。だけど、わたしの記憶の中のナギは色褪せることなく、はつらつとした笑顔を見せている。
ふと、ナギのお母さんに言われた言葉が思い出された。
ねえ、ナギ。いつか、わたしがほかの誰かを好きになって、その人を選ぶときが来るのかな。わたしだけ幸せになっていいのかな。
今、無性に寂しいの。こんな気持ち、久しぶりなの。あたり前のようにそばにいてくれた降矢くんがいなくなって、どうしていいのかわからない。
家族や友達がいてくれるのに、ひとりぼっちになった気分ですごく怖い。ひとりになりたくないって思ってしまうの。
ねえ、教えて。この感情はどういうことなの?
そのときだった。湿った風がそよぎ、窓の外が一瞬だけ激しく光った。直後、地面を揺るがすほどの轟音が鳴り響き、かと思ったら部屋の明かりが消え、真っ暗になる。
ひとり暮らしの生活に慣れたと思っていたけれど、そうでもなかった。実家はいいなとしみじみ思った。
「やっぱり千沙希のアパートに転がり込もうかな」
肉じゃがのじゃがいもをお箸に挟みながら、お姉ちゃんが言った。
「なんで?」
「だって、就職したらお母さんの手料理が食べられなくなるんだもん。わたし、料理できないから飢え死にしちゃう」
大学四年のお姉ちゃんは、就職が内定し、来年の四月から都内で暮らすことになっている。
「大袈裟だよ。コンビニやスーパー行けば、サラダもお惣菜も売ってるよ。あとはお米炊いて、お味噌汁作ればいいだけじゃん」
「えー、そんなの面倒だよ。お味噌汁作るのとか、無理だから。食べるだけがいい」
「そんなんじゃ、隼人さんのお嫁さんになれないよ。ていうか、一緒に住んだら、わたし、お姉ちゃんの家政婦にされちゃいそうで怖いんだけど」
「千沙希が料理作ってくれるなら、代わりに掃除をやったげる」
「通勤時間かなりかかるんじゃないの?」
お姉ちゃんの就職先は、わたしの住むアパートから遠い。通勤するのはちょっときついかもしれない。
「千沙希の大学とわたしの就職先の中間に引っ越せばいいじゃん。いろいろお金はかかるけど、ひとり分の家賃が浮くんだから長い目で見たらお得だよ」
それを聞いたお母さんが、「いいわね」と賛成する。
「お母さんまでやめてよ」
「千沙希はマイペースっていうか、ちょっと危なかしいところがあるから、お姉ちゃんが一緒なら安心なんだけど」
「大丈夫だよ。ちゃんと生活できてるもん」
親だから心配するのはあたり前なんだけど、お姉ちゃんのために引っ越しするのはちょっと困る。
だって引っ越しをしちゃうと、降矢くんの住んでいる寮からますます遠くなってしまう。ひとりで帰れると何度言っても毎回アパートまで送ってくれる降矢くんの負担を、これ以上大きくしたくない。
……あれ? わたし、どうして降矢くんのことを考えているんだろう。もう会わないと言わせてしまった相手なのに。
アパートまで送ってもらうことはもう二度とないのだから、お姉ちゃんの希望する地域に引っ越すことに反対する理由はないはず。
夕飯を食べた後、お風呂に入り、二階の自分の部屋に戻った。
丁寧に掃除された部屋に、ふかふかの布団。定期的に空気の入れ替えをしてくれていたのか、呼吸も違和感ない。
昔から、親の手をかなりわずらわせて育った娘だということを自覚している分、親のありがたみは感じていたけれど、ひとり暮らしをするようになって、そのことをますます強く思うようになった。
スマホの着歴と時刻を確認した後、カーテンを開け、窓も全開にした。それからナギにプレゼントしてもらったステンドグラスの置時計を旅行鞄から取り出し、ベッドに寝転ぶと、それを天井のシーリングライトにかざした。
時計の針は八時五〇分をさしている。今日まで狂うことなく動き続けてきた。
ナギが亡くなってから、もう二年も経つ。だけど、わたしの記憶の中のナギは色褪せることなく、はつらつとした笑顔を見せている。
ふと、ナギのお母さんに言われた言葉が思い出された。
ねえ、ナギ。いつか、わたしがほかの誰かを好きになって、その人を選ぶときが来るのかな。わたしだけ幸せになっていいのかな。
今、無性に寂しいの。こんな気持ち、久しぶりなの。あたり前のようにそばにいてくれた降矢くんがいなくなって、どうしていいのかわからない。
家族や友達がいてくれるのに、ひとりぼっちになった気分ですごく怖い。ひとりになりたくないって思ってしまうの。
ねえ、教えて。この感情はどういうことなの?
そのときだった。湿った風がそよぎ、窓の外が一瞬だけ激しく光った。直後、地面を揺るがすほどの轟音が鳴り響き、かと思ったら部屋の明かりが消え、真っ暗になる。
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