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願わくは、きみに愛を届けたい。
005
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「それでね、明日水泳部に降矢が顔を出すらしくて。OBとして一日だけ水泳部の指導をしてくれるらしいの」
「大会前なのに、忙しくないのかな?」
「それが降矢から申し出たらしいよ。お盆中でもよければって。母校に恩返しみたいな感じなんじゃないかな」
水泳部のみんなが大喜びしていたと聞き、なんだかわたしまでうれしくなった。
「降矢くんらしいね。高校のときも後輩の面倒をよく見ていたんだよね。愛想がいいほうでないのに、めちゃくちゃみんなに慕われてたなあ」
何年も前のことでもないのにすごく懐かしい気持ちになる。
「いいやつだよね、降矢って」
「うん、ほんとそう思う」
「降矢なら、千沙希を幸せにしてくれそうな気がする」
「ちょっと、急に話の内容変えないでよ」
すずちゃんはなにを言いたいんだろう。三週間前にあった降矢くんとの出来事はすずちゃんに話していない。わたしと降矢くんはずっと友達関係でしかなくて、それはすずちゃんだって知っているのに。
「わたしと降矢くんは、そういう関係にはなれないよ」
「どうして?」
「こんな面倒くさい女……。いまだにナギを引きづっていて、降矢くんはそんなわたしの過去を全部知ってるんだよ」
「それがどうしたの? 知ってたっていいじゃない」
「もっといい人がいるって。可愛くて明るくて、なおかつ降矢くんを支えてあげられる子が」
わたしがそばにいたら支えるどころか、足を引っ張ってしまうような気がする。現にたくさん気を遣わせてきた。傷つけてしまった。
「それに、日本の期待を背負っているようなすごい人なんだよ。わたしにはもったいないよ」
「なんでそうネガティブになるかな。降矢は千沙希の弱いところもだめなところも、全部ひっくるめて受け入れようとしてるんだよ」
「でも──」
「でもじゃない! わたしは高校のとき、そばでずっとふたりを見てきたからわかるの。津久井が亡くなってから、降矢は千沙希が思っている以上に大きな心でかまえてた。降矢なら大丈夫だよ。あいつはやわじゃない」
「そういう問題じゃなくて。わたしなんかじゃ申し訳なくて……」
あれ? そういうことだったっけ?
言いながら自分でも訳がわからなくなってきた。
降矢くんには、ナギがじゃなきゃだめ、降矢くんではだめだからみたいなことを言っていたような気がするんだけど。
じゃあ、わたしの本当の気持ちってなに?
「千沙希だって、本当は降矢の胸に飛び込みたいって思ってるんでしょう?」
「そんなこと……」
「自分じゃ、わからない?」
すずちゃんに言われるまで考えたことがなかった。
わたしは降矢くんを好きなの?
ううん、そんなはずない。わたしが好きなのは今もナギで、ナギを忘れられなくて、だからこんなにも苦しい。
降矢くんへの思いは、いつも気にかけてもらっていることへの感謝みたいなもので……。そうだよ。だから降矢くんから思いを告げられて罪悪感みたいに感じてしまうんだ。
降矢くんのことを毎日考えてしまうのは、そんな理由からで……。きっと、たぶん、そのはず。
「ふたりを見てると、歯がゆいんだよね。千沙希も降矢も不器用すぎる。降矢も男なら強引に迫っちゃえばいいのに。肝心なときに弱腰なんだから、情けない」
いつの間にか降矢くんの文句になっている。違うんだけどな。降矢くんはあの日はっきりと気持ちを伝えてくれた。
勇気がいったと思う。好きと伝えることはものすごくエネルギーのいることだ。
「明日、会いにいったら?」
「えっ?」
「実は三日前に降矢と電話で話したの。弟をよろしくって言おうと思って。そのときに千沙希とはもう会わないことにしたって聞いたの。なにがあったか知らないけど、このままでいいの?」
「それを言うために……」
すずちゃんの本来の目的を感じ取り、あきれると同時にひどく混乱もしていた。
すずちゃんに指摘されたさっきの言葉が今も頭から離れない。わたしは降矢くんを恋愛対象として求めているんだろうか。
「でもわたし、降矢くんのことをどう思ってるのか、自分でもわからないの。大切な人には変わりないけど、それが好きっていうことなのかな?」
「明日、直接会ってたしかめたら?」
キャパオーバーのわたしは、その言葉に黙って頷いた。それが精いっぱいだった。
そのうち、すずちゃんが「行こうか」と言って、わたしが飲み終えたカップをトレイにのせた。
結局この日はショッピングどころではなくなって帰宅することになった。
せっかく久しぶりに会えたのに。わたしってだめだな。
すると、すずちゃんがバッグから色紙を出してきて、「降矢のサインよろしく」と満面の笑み。しかもその数は十枚ほど。
これじゃあ明日、なにがなんでも降矢くんに会いにいかないといけないじゃない。帰りのバスの中で複雑な心境になった。
だけどそこで初めて気がついた。自分の弟に頼んだほうが手っ取り早いと思うんだけど。けれどこれがすずちゃんなりの応援スタイルなのかもしれない。
わたしは紙袋の中の色紙を見つめながら、明日がんばってみようかなと、心の中で決意を固めた。
「大会前なのに、忙しくないのかな?」
「それが降矢から申し出たらしいよ。お盆中でもよければって。母校に恩返しみたいな感じなんじゃないかな」
水泳部のみんなが大喜びしていたと聞き、なんだかわたしまでうれしくなった。
「降矢くんらしいね。高校のときも後輩の面倒をよく見ていたんだよね。愛想がいいほうでないのに、めちゃくちゃみんなに慕われてたなあ」
何年も前のことでもないのにすごく懐かしい気持ちになる。
「いいやつだよね、降矢って」
「うん、ほんとそう思う」
「降矢なら、千沙希を幸せにしてくれそうな気がする」
「ちょっと、急に話の内容変えないでよ」
すずちゃんはなにを言いたいんだろう。三週間前にあった降矢くんとの出来事はすずちゃんに話していない。わたしと降矢くんはずっと友達関係でしかなくて、それはすずちゃんだって知っているのに。
「わたしと降矢くんは、そういう関係にはなれないよ」
「どうして?」
「こんな面倒くさい女……。いまだにナギを引きづっていて、降矢くんはそんなわたしの過去を全部知ってるんだよ」
「それがどうしたの? 知ってたっていいじゃない」
「もっといい人がいるって。可愛くて明るくて、なおかつ降矢くんを支えてあげられる子が」
わたしがそばにいたら支えるどころか、足を引っ張ってしまうような気がする。現にたくさん気を遣わせてきた。傷つけてしまった。
「それに、日本の期待を背負っているようなすごい人なんだよ。わたしにはもったいないよ」
「なんでそうネガティブになるかな。降矢は千沙希の弱いところもだめなところも、全部ひっくるめて受け入れようとしてるんだよ」
「でも──」
「でもじゃない! わたしは高校のとき、そばでずっとふたりを見てきたからわかるの。津久井が亡くなってから、降矢は千沙希が思っている以上に大きな心でかまえてた。降矢なら大丈夫だよ。あいつはやわじゃない」
「そういう問題じゃなくて。わたしなんかじゃ申し訳なくて……」
あれ? そういうことだったっけ?
言いながら自分でも訳がわからなくなってきた。
降矢くんには、ナギがじゃなきゃだめ、降矢くんではだめだからみたいなことを言っていたような気がするんだけど。
じゃあ、わたしの本当の気持ちってなに?
「千沙希だって、本当は降矢の胸に飛び込みたいって思ってるんでしょう?」
「そんなこと……」
「自分じゃ、わからない?」
すずちゃんに言われるまで考えたことがなかった。
わたしは降矢くんを好きなの?
ううん、そんなはずない。わたしが好きなのは今もナギで、ナギを忘れられなくて、だからこんなにも苦しい。
降矢くんへの思いは、いつも気にかけてもらっていることへの感謝みたいなもので……。そうだよ。だから降矢くんから思いを告げられて罪悪感みたいに感じてしまうんだ。
降矢くんのことを毎日考えてしまうのは、そんな理由からで……。きっと、たぶん、そのはず。
「ふたりを見てると、歯がゆいんだよね。千沙希も降矢も不器用すぎる。降矢も男なら強引に迫っちゃえばいいのに。肝心なときに弱腰なんだから、情けない」
いつの間にか降矢くんの文句になっている。違うんだけどな。降矢くんはあの日はっきりと気持ちを伝えてくれた。
勇気がいったと思う。好きと伝えることはものすごくエネルギーのいることだ。
「明日、会いにいったら?」
「えっ?」
「実は三日前に降矢と電話で話したの。弟をよろしくって言おうと思って。そのときに千沙希とはもう会わないことにしたって聞いたの。なにがあったか知らないけど、このままでいいの?」
「それを言うために……」
すずちゃんの本来の目的を感じ取り、あきれると同時にひどく混乱もしていた。
すずちゃんに指摘されたさっきの言葉が今も頭から離れない。わたしは降矢くんを恋愛対象として求めているんだろうか。
「でもわたし、降矢くんのことをどう思ってるのか、自分でもわからないの。大切な人には変わりないけど、それが好きっていうことなのかな?」
「明日、直接会ってたしかめたら?」
キャパオーバーのわたしは、その言葉に黙って頷いた。それが精いっぱいだった。
そのうち、すずちゃんが「行こうか」と言って、わたしが飲み終えたカップをトレイにのせた。
結局この日はショッピングどころではなくなって帰宅することになった。
せっかく久しぶりに会えたのに。わたしってだめだな。
すると、すずちゃんがバッグから色紙を出してきて、「降矢のサインよろしく」と満面の笑み。しかもその数は十枚ほど。
これじゃあ明日、なにがなんでも降矢くんに会いにいかないといけないじゃない。帰りのバスの中で複雑な心境になった。
だけどそこで初めて気がついた。自分の弟に頼んだほうが手っ取り早いと思うんだけど。けれどこれがすずちゃんなりの応援スタイルなのかもしれない。
わたしは紙袋の中の色紙を見つめながら、明日がんばってみようかなと、心の中で決意を固めた。
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