願わくは、きみに会いたい。

さとう涼

文字の大きさ
9 / 45
3.もうひとりのヒーロー

009

しおりを挟む
「で、話って?」
 しかし降矢くんはなにも答えない。代わりに「ついてこい」と言って、さっさと歩き出した。
 仕方なくうしろをついていくと、降矢くんは空き教室の前で足を止めた。あまり人の往来がないので、さっきの場所より落ち着いて話せそうな場所だった。
「あんた、津久井と仲がいいんだって?」
 ナギの話? そっか。そういえば降矢くんとナギは同じ水泳部というだけでなく、クラスも一緒だ。
 だけど、どうしてだろう。ナギと降矢くんは仲がいいのだろうか。ナギの口から降矢くんの名前は一度も出たことがなかった。
「仲がいいっていうか、一年のとき同じクラスで、たまに話すぐらいだよ。それがどうかした?」
「たまに話す仲ねえ……」
 降矢くんが意味深に含みを持たせた。
「悪い?」
 この人、なにが言いたいの?
 トゲのある言い方からして、わたしに文句があるみたいだけど。
「悪いっつーか、まあそれはおいといて。これ以上、津久井にかかわるの、やめてくんない?」
 冷めた眼差しで見下ろして降矢くんが言う。その冷たさにただならぬものを感じ、わたしの体が強張った。
「わたしがナギと一緒にいることで、降矢くんに迷惑をかけてるの?」
「俺にじゃねえよ。津久井にだよ」
「ナギに?」
「そうだよ。津久井にとってあんたは一緒にいてなんのメリットもないどころか、あんたの存在が津久井の立場をどんどん悪くしてる」
「立場って、水泳に関係あること?」
「あたり前だろう。ほかになにがあんだよ?」
 ナギは学校のプールで泳いでいないだけでなく、たぶん水泳部のミーティングにも顔を出していないはず。だから降矢くんはそういうことを言っているんだと思う。
 わたしが引き留めているんじゃないんだけどな。
「もしかして水泳部を退部させられそうなの?」
「そんな次元のことじゃねえよ。あいつの才能がダメになって、競泳の世界で生き残れなくなる可能性があるってことだよ」
「それがわたしのせい……」
「そうだよ。津久井をたぶらかしてんじゃねえよ。男遊びをしたいんなら、ほかにもっといるだろう」
「たぶらかしてるって、どうしてそうなるの?」
「この間の土曜日にうちのクラスのやつが見たんだってよ」
 土曜日と言われてギクリと肩が上下した。
 まさかラブホのことがバレているのだろうか。出入には気をつけていたつもりだったけれど、見られていたのか。
「あれはそういうんじゃなくて……。たまたま、あの辺を歩いていただけだから。いつもはあんなとこ行かないんだけど。てか、行くわけないじゃん! あんないかがわしい場所なんて……」
「いかがわしい場所? カレー屋のどこがいかがわしいんだよ?」
「えっ、カレー屋? ラブホじゃなくて? って……あっ!」
 ばかだ。わたしったら墓穴を掘っている。
「ふーん。おまえら、学校帰りにそんなとこに行ってたのか」
「それはえっと、そうじゃなくて」
「別に誰にも言わねえよ」
「本当?」
「ああ。バレたら津久井が困るからな」
「ナギのため? 降矢くんって本当にナギの味方なんだね」
「味方っていうより仲間だ。俺はあんたがどこでなにをしようとかまわねえ。でも津久井を巻き込むのはやめろ」
 乱暴な言葉だったけれど、言い方は淡々としたものだった。でも表面上は冷たくても、その奥に秘めているものはきっと熱い。
 それもこれも仲間であるナギのため。だって向けられる視線も言葉も容赦ないのはわたしにだけだから。
 ナギが調子を取り戻せば、ふたりはライバルともいえる関係になるはず。ナギが競泳界からいなくなったほうが好都合だと思うのに、彼はきっとそれを望んでいない。
 なんかすごい人に出会ってしまった。ナギを本気で心配している人がいることを初めて知った。
「おい、聞いてんのか!?」
 ナギのことを考えていたのだけど、無視していると思われたらしい。勘違いした降矢くんがわたしの肩を揺すった。
 でも思ったよりも強い力で踏ん張りきれず、うしろによろけそうになった。
「あっ!」
 降矢くんも加減を間違えたことに気づいたんだろう。瞬時に焦ったような顔になって、腕を伸ばしかけた。
 やばい、うしろに倒れる! そう思ったのに──。
「あれ?」
 誰かがわたしの体を支えてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...