八月の流星群

さとう涼

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第一章 悲しみのエンパシー

006

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「今の音はなに!?」

 佑は台所に入るなり、床の惨状と母と妹の殺伐とした雰囲気から、なにが起こったのかを察し、ため息をついた。
 めぐるは母を怒らせてしまったことと佑のあきれたような顔に耐えきれなくなり、とうとう感情が爆発して堰を切ったように泣き出した。

「あんたはすぐそうやって泣くんだから。片づけるのはこっちなんだからね。お母さんの仕事をこれ以上増やさないで」

 母の冷たい言葉にめぐるの泣き声はますます激しくなる。その金切り声に佑はあやす気力をなくし、めぐるが泣き止むのをただじっと待つことしかできなかった。

 だが、めぐるは夕飯のときも泣きべそのまま。ムスッとしたまま食事をすませ、ひと言も言葉を交わすことなく、居間のテレビの前に居座った。そこで見かねた佑がその夜、めぐるを外に連れ出したのだった。
 それからペルセウス座流星群を見るために空が開けた場所まで歩いてきたのだが、めぐるはどこからともなく聞こえてくる泣き声に引き寄せられるようにして、広い丘の街灯のそばに突っ立っている伊央を見つけた。

「お兄ちゃん、ほらやっぱり誰かいるよ」
「なんでこんなところに?」

 夜間に子どもがひとりきりでいるというのはどう考えても異常だ。佑は伊央に駆け寄り、話しかける。

「家はどこ? お父さんとお母さんは一緒じゃないの?」

 しかし佑がいくらたずねても、伊央は答えない。不安そうな顔で佑を見あげたまま。大きな目からは次々に涙がこぼれ落ちていた。

「参ったなあ。どこの子だろう? めぐるは知ってる?」
「ううん、知らない。この子、迷子なの?」
「そうらしい。まだ小さいから、住所を聞いたところで言えるわけないよな。でもなんでこんな時間にひとりでいるんだろう」

 結局、埒が明かず、困り果てた佑は身元不明の伊央を自宅に連れ帰ることにした。

 その後、母からの通報で家を訪ねてきたスーツ姿の刑事に伊央は引き取られていった。実は伊央には捜索願いが出されており、誘拐の可能性もあるということで、極秘捜査がされていた。そのため佑は、そのときの状況を刑事からいろいろと聞かれる羽目になった。つまり、ほんの少しではあるが十一歳の佑が誘拐犯の疑いをかけられたのだ。もちろん、すぐに疑いは晴れたのだが、母親は納得いかなかったらしく、ヒステリックに刑事に抗議していた。
 しかし、六歳のめぐるにはすべてのことを理解できず、不安な面持ちで母親と佑をただぼんやりと見ていた。



「あのとき僕は恐怖で足がすくんで動けなかった。なんとかあの丘まで歩いてきたんだけど、そこで途方に暮れていたんだ。そしたらめぐるがペルセウス座流星群のことを教えてくれた。流れ星に『家に帰れますように』と三回唱えるときっと叶うよって、僕の代わりに流れ星にお祈りしてくれた」
「わたし、本当にそんなことしたの?」
「うん、僕はちゃんと覚えてる。めぐるは僕の恩人だよ。ありがとう」
「恩人だなんておおげさだよ。なんていうか、あのときはたまたまタイミングが合ったんだと思う。お母さんと喧嘩して、お兄ちゃんが外に連れ出してくれたから」

 今となっては母に感謝だ。
 子どもの頃のめぐるは超がつくほど怖がりだった。夜、電気の点いていない部屋に入ることもできないほどで、いつも日が暮れる前に部屋中の電気を点けては母や佑に怒られていた。そう考えると、伊央はどれだけ怖かったんだろうとかわいそうになる。

「でもひどいでしょう? 子どもの誕生日を祝ってくれない母親なの。うちのお母さんは、たぶんわたしのことを好きじゃないんだよ。近所の人にもわたしの悪口を言いまくってる。かわいげがないとか、頭が悪いとか、なんの取り柄もないだめな子どもだって」
「めぐるはやさしいし、頭もいいよ。じゃなきゃ、西城ヶ丘学園に入れないよ」
「それは中三の冬休みに猛勉強したから。それまでは合格圏内ですらなかったの。だから今は学校の勉強についていくのが大変」

 めぐるはうんざりした顔になる。
 こんなふうに誰かに愚痴ったことなんてなかった。だけど伊央の前では素直になれる。
 兄のようであり、弟のようでもある。めぐるにとって伊央はそんな存在に思えた。

「だとしても、めぐるはちゃんと努力した。がんばったよ。だめな子どもなんかじゃない」
「でもお母さんにとっては、お兄ちゃんのほうが大事みたい。お兄ちゃん、すごく優秀なんだ。勉強もスポーツもできて、友達も多くて、国立大のなかでも難関といわれている大学にも塾に通わずにすんなり合格したの。つまり自慢の息子がひとりいれば十分だから、わたしなんてどうでもいいの」

 エピソードを聞いた伊央は悲しげに目を伏せた。だけどすぐにその目を怖いくらいにギラリと光らせ、表情を一変させた。
 それはめぐるの見たことのない顔。憤りや怒りを必死に抑えてはいるが、隠しきれない感情が滲み出ている。

「どんなに冷たくされても自分を育ててくれる両親のいるめぐるは幸せだよ」
「そうは思うけど」
「西城ヶ丘学園の近くに児童養護施設があったんだけど覚えてない? 今は移転して、その跡地はコンビニになってるけど」
「あっ、その施設なら、なんとなく覚えてる」
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