9 / 54
第一章 悲しみのエンパシー
009
しおりを挟む
いつもは優雅で落ち着いた感じの華耶子だが、今日は息も荒く、眉間にも深い皺が刻まれていた。
事態を知っためぐるは目を大きく見開いて、華耶子に詰め寄った。
「あ、あの、ばっ、爆破予告って? どこが爆発しちゃうんですか!?」
「詳しい場所はわからない。とにかく爆発物は校舎に仕掛けられているらしいから、早くここから離れて! 予告時刻まであと十五分なの!」
華耶子はスマートフォンで時刻を確認すると、「早く!」とめぐるたちを促して走り出す。あとを追うようにふたりも校庭に向かった。
めぐるの頭のなかには、以前見たバトルもののアニメの3G映像が再現されていた。コンクリートの校舎が無残に崩れ落ちる光景が、めぐるの心臓の鼓動を痛いくらいに激しくさせる。死の恐怖というものを生まれて初めて味わっていた。
校庭までは二分もかからなかった。すでに全校生徒がクラスごとに列をなして待機している。しかしそれだけでない。防弾チョッキを身に着けた警察官の姿を少なくとも三十名は確認できた。
これは映画やドラマじゃない。テレビの向こう側の光景でもない。今ここで実際に起きているんだ。
「本物だ……」
めぐるは不安のあまり、伊央の左手をさらに強く握った。伊央は「大丈夫だよ」とめぐるの手に自分の右手を重ねた。
「なんでみんな、はしゃいでるの? これからパーティーでもはじめようとしているみたいだ」
伊央が騒然としている校庭を見渡しながらつぶやいた。
スマートフォンを手にしている者も大勢いる。おそらくこの状況をSNSにでもアップしているのだろう。それを見ていると、とても命の危険にさらされている者たちとは思えない。どこか他人事で、この非日常的な出来事を楽しんでいるようにすら見える。
つい数ヶ月前までアメリカに住んでいた伊央にとって、この光景はかなり異様に思えた。
アメリカは日本に比べると拳銃強盗事件などの犯罪発生率も高いし、二〇〇一年のアメリカ同時多発テロ以降も深刻な脅威にさらされている。近年も実際にテロが起き、犠牲者が出ているのだ。
「わたしは逃げる間、ずっと怖かったけど。ここは校舎から離れているし、大勢いるから危機感が薄れちゃうのかな」
めぐるはこの状況を理解できない伊央にやさしく解説した。
「大勢いるからこそ、狙われるのに」
「みんなどうせ爆発しないって思っているんだよ。日本の場合、爆破予告のほとんどがいたずらみたいだから」
それでも伊央はやはり納得できないようで、不満げだった。
「あなたたちは何年何組?」
相変わらず、華耶子の口調は厳しい。それでも気品さは保ち続けている。
めぐるは子どもだと思われないよう、できるだけ不安を隠し、落ち着いて答えた。
「一年一組です」
「もしかして高比良さんと雫石くん?」
「はい、そうです。でもなんでわたしたちの名前を?」
「筧先生が血相変えて、ふたりをさがしていたの。筧先生にはわたしから連絡するから、あとでちゃんと謝ること。わかった?」
まるで先生のように華耶子が言うので、めぐるは素直に「はい」と返事をする。
筧はめぐるたちの担任だ。担当教科は美術。目にかかるくらいに伸びた前髪がちょっとうざったい感じはあるが、端整な顔立ちのおがけか清潔感はある。おまけに二十八歳という学園ではかなり若手で、なおかつ独身であるため女子生徒に人気があった。
「ところで今は授業中よ。なのにどうしてあんなところにいたのかな?」
華耶子が静かに尋問する。華耶子の目がふたりのつないだ手に向けられそうになり、めぐるは伊央の手が見えないよう、さっと身体を前に出してから手を離した。
「それはあの、息抜きというか……す、すみませんでした」
めぐるは縮こまりながら頭をさげた。
「まあ、お説教はわたしの役目ではないからいいけど……。それより誰か不審な人物を見かけなかった?」
「たぶん、見ていないと思います」
“たぶん”というのは、めぐるは非常階段にたどり着くまで学園の生徒らしき人間と何人もすれ違ったが、この学園は制服ではないため、不審者なのか見分けがつかない。極端に年齢が違えば違和感を覚えるだろうけれど、そういう感覚は一切なかった。
「伊央は見た?」
振り向いてたずねると、伊央は「ううん」と首を振る。しかし華耶子に向けられた目はなにかを察知したように鋭かった。
「どうしたの? 気になることがあるなら話してみてよ」
「僕はなにも見てない。それより早く行こ。ここだと目立つから」
伊央がめぐるの腕を軽く引っ張る。
「あれ? あなたって──」
華耶子が伊央に向かってそう言いかけたときだった。ちょうど筧がやって来て、めぐるたちを見つけるなり、情けない声を出す。
「いたぁ……。おまえら、俺がどんだけさがしたかわかってんのか?」
「……す、すみません」
めぐるは華耶子のときと同様に縮こまりながら頭をさげた。
筧は学校中を走りまわっていたようで、顔には汗が大量に吹き出し、息もだいぶ乱れていた。
「高比良、雫石。おまえたちはいったいどこにいたんだ?」
「それはですね、えっと……ちょっと具合が悪くて休んでまして。伊央──雫石くんが心配して、ずっとつき添ってくれていたんです」
めぐるは非常階段のことを知られなくないと思い、嘘をついてごまかしたのだが、そこへ華耶子が口を挟む。
「この子たち、北棟の非常階段の踊り場にいたんです」
だよね? と華耶子がめぐるたちに正直に話すように促す。華耶子と目が合い、めぐるは「はい」と素直に認めるしかなかった。
「そんなところでさぼってたのか。雫石はいつものことだが、高比良も一緒とは。高比良は授業をさぼるタイプじゃないだろう?」
だったらなんなんですか? という言葉を飲み込んで、めぐるは奥歯を噛みしめた。
たしかに昔からまじめなイメージで通っているが、必要以上に人から注目されるのが嫌で無難に振る舞っているだけだ。成績はそれほど優秀ではないし、ガリ勉でもない。
「黙ってないでなにか言ったらどうだ? なんで、さぼったんだ?」
「筧先生、お説教の前に学年主任に早く報告をしたほうがいいかと思います」
華耶子が筧ににこりと笑いかける。
事態を知っためぐるは目を大きく見開いて、華耶子に詰め寄った。
「あ、あの、ばっ、爆破予告って? どこが爆発しちゃうんですか!?」
「詳しい場所はわからない。とにかく爆発物は校舎に仕掛けられているらしいから、早くここから離れて! 予告時刻まであと十五分なの!」
華耶子はスマートフォンで時刻を確認すると、「早く!」とめぐるたちを促して走り出す。あとを追うようにふたりも校庭に向かった。
めぐるの頭のなかには、以前見たバトルもののアニメの3G映像が再現されていた。コンクリートの校舎が無残に崩れ落ちる光景が、めぐるの心臓の鼓動を痛いくらいに激しくさせる。死の恐怖というものを生まれて初めて味わっていた。
校庭までは二分もかからなかった。すでに全校生徒がクラスごとに列をなして待機している。しかしそれだけでない。防弾チョッキを身に着けた警察官の姿を少なくとも三十名は確認できた。
これは映画やドラマじゃない。テレビの向こう側の光景でもない。今ここで実際に起きているんだ。
「本物だ……」
めぐるは不安のあまり、伊央の左手をさらに強く握った。伊央は「大丈夫だよ」とめぐるの手に自分の右手を重ねた。
「なんでみんな、はしゃいでるの? これからパーティーでもはじめようとしているみたいだ」
伊央が騒然としている校庭を見渡しながらつぶやいた。
スマートフォンを手にしている者も大勢いる。おそらくこの状況をSNSにでもアップしているのだろう。それを見ていると、とても命の危険にさらされている者たちとは思えない。どこか他人事で、この非日常的な出来事を楽しんでいるようにすら見える。
つい数ヶ月前までアメリカに住んでいた伊央にとって、この光景はかなり異様に思えた。
アメリカは日本に比べると拳銃強盗事件などの犯罪発生率も高いし、二〇〇一年のアメリカ同時多発テロ以降も深刻な脅威にさらされている。近年も実際にテロが起き、犠牲者が出ているのだ。
「わたしは逃げる間、ずっと怖かったけど。ここは校舎から離れているし、大勢いるから危機感が薄れちゃうのかな」
めぐるはこの状況を理解できない伊央にやさしく解説した。
「大勢いるからこそ、狙われるのに」
「みんなどうせ爆発しないって思っているんだよ。日本の場合、爆破予告のほとんどがいたずらみたいだから」
それでも伊央はやはり納得できないようで、不満げだった。
「あなたたちは何年何組?」
相変わらず、華耶子の口調は厳しい。それでも気品さは保ち続けている。
めぐるは子どもだと思われないよう、できるだけ不安を隠し、落ち着いて答えた。
「一年一組です」
「もしかして高比良さんと雫石くん?」
「はい、そうです。でもなんでわたしたちの名前を?」
「筧先生が血相変えて、ふたりをさがしていたの。筧先生にはわたしから連絡するから、あとでちゃんと謝ること。わかった?」
まるで先生のように華耶子が言うので、めぐるは素直に「はい」と返事をする。
筧はめぐるたちの担任だ。担当教科は美術。目にかかるくらいに伸びた前髪がちょっとうざったい感じはあるが、端整な顔立ちのおがけか清潔感はある。おまけに二十八歳という学園ではかなり若手で、なおかつ独身であるため女子生徒に人気があった。
「ところで今は授業中よ。なのにどうしてあんなところにいたのかな?」
華耶子が静かに尋問する。華耶子の目がふたりのつないだ手に向けられそうになり、めぐるは伊央の手が見えないよう、さっと身体を前に出してから手を離した。
「それはあの、息抜きというか……す、すみませんでした」
めぐるは縮こまりながら頭をさげた。
「まあ、お説教はわたしの役目ではないからいいけど……。それより誰か不審な人物を見かけなかった?」
「たぶん、見ていないと思います」
“たぶん”というのは、めぐるは非常階段にたどり着くまで学園の生徒らしき人間と何人もすれ違ったが、この学園は制服ではないため、不審者なのか見分けがつかない。極端に年齢が違えば違和感を覚えるだろうけれど、そういう感覚は一切なかった。
「伊央は見た?」
振り向いてたずねると、伊央は「ううん」と首を振る。しかし華耶子に向けられた目はなにかを察知したように鋭かった。
「どうしたの? 気になることがあるなら話してみてよ」
「僕はなにも見てない。それより早く行こ。ここだと目立つから」
伊央がめぐるの腕を軽く引っ張る。
「あれ? あなたって──」
華耶子が伊央に向かってそう言いかけたときだった。ちょうど筧がやって来て、めぐるたちを見つけるなり、情けない声を出す。
「いたぁ……。おまえら、俺がどんだけさがしたかわかってんのか?」
「……す、すみません」
めぐるは華耶子のときと同様に縮こまりながら頭をさげた。
筧は学校中を走りまわっていたようで、顔には汗が大量に吹き出し、息もだいぶ乱れていた。
「高比良、雫石。おまえたちはいったいどこにいたんだ?」
「それはですね、えっと……ちょっと具合が悪くて休んでまして。伊央──雫石くんが心配して、ずっとつき添ってくれていたんです」
めぐるは非常階段のことを知られなくないと思い、嘘をついてごまかしたのだが、そこへ華耶子が口を挟む。
「この子たち、北棟の非常階段の踊り場にいたんです」
だよね? と華耶子がめぐるたちに正直に話すように促す。華耶子と目が合い、めぐるは「はい」と素直に認めるしかなかった。
「そんなところでさぼってたのか。雫石はいつものことだが、高比良も一緒とは。高比良は授業をさぼるタイプじゃないだろう?」
だったらなんなんですか? という言葉を飲み込んで、めぐるは奥歯を噛みしめた。
たしかに昔からまじめなイメージで通っているが、必要以上に人から注目されるのが嫌で無難に振る舞っているだけだ。成績はそれほど優秀ではないし、ガリ勉でもない。
「黙ってないでなにか言ったらどうだ? なんで、さぼったんだ?」
「筧先生、お説教の前に学年主任に早く報告をしたほうがいいかと思います」
華耶子が筧ににこりと笑いかける。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる