八月の流星群

さとう涼

文字の大きさ
10 / 54
第一章 悲しみのエンパシー

010

しおりを挟む
「ああ、そうだな。今はそれどころじゃないからな。説教はまた後日にしてやるよ」

 そのとき華耶子がスカートのポケットから水色のタオル地のハンカチを取り出して、筧に「どうぞ」と差し出した。筧は躊躇することなくそれを受け取ると、「ああ、悪いな」と顔の汗を拭く。
 なんてことのない一連の作業なのに、めぐるにはその光景が意味深に映った。
 華耶子は理事長である御影の孫であり、学園長である如月の娘だ。生徒会長でもあり、筧が華耶子を知っているのはあたり前なのだが、それにしては親しげではないかと思うのだ。年の差は十歳。こうしてふたりが並んでいるのを見ると、華耶子が大人っぽいこともあり、恋人同士に見えなくもない。

「とにかく、高比良たちは列に並んでろ。これから如月学園長から今後の対応について話があるから」

 めぐるたちは筧の指示通り、自分たちのクラスの列の一番うしろに並ぶ。それから三十分ほど待機させられた。
 爆破予告が本当なら、とっくに爆発している時刻だ。めぐるが非常階段から逃げる時点で、爆発まであと十五分だと華耶子に聞かされていたのだから。

 それからさらに十五分後、ようやく如月学園長が全校生徒の前に現れた。しびれを切らしていた生徒たちは、壇上にあがる如月学園長をざわつきながらも見守った。

 マイク越しに「静粛に」と第一声が発せられると、ざわつきがピタリと止んだ。

「みなさんご存知の通り、当学園に何者からか爆破予告がありました。昨日の深夜にホームページの問い合わせ用メールフォームから送られてきたものです。しかし犯人や当学園を狙った目的は不明です。爆発物については警察の方が校舎を捜索し、先ほど北棟の屋上で不審物が見つかりましたが、爆発物ではありませんでした」

 その瞬間、生徒たちからどよめきの声があがる。
 めぐるも息を呑んだ。なぜなら、めぐるがさっきまでいた場所が北棟だったからだ。非常階段からは屋上にあがれないが、目と鼻の先に何者かが不審物を置いていったのだ。もし本物の爆発物だったら、今頃どうなっていたのだろう。そう考えると生きた心地がしない。めぐるは心臓の鼓動が速まるのを感じた。

 ところで不審物とはいったいどんなものなのだろう。爆発物であることは否定している。如月学園長から詳細は語られなかった。
 如月学園長は再度「静粛に」と告げると話を続けた。

「今回のことは卑劣な行為であり、許しがたいこと。ですが学園としてはみなさんの安全を最優先とし、今後も警察の方々に指示を仰ぎながら慎重に対応していく所存です」

 校庭に如月学園長の凛とした声が響いた。毅然とした態度は立派だ。しかし、その間もこの状況は安易にネット上に拡散されている。残念ながら学園の生徒のなかには、この状況をおもしろがる者もいた。

【爆破予告、やばっ!!】
【うちの高校、わんさか警察きてて笑える】
【学園長、今熱弁中、かっけ~】
【どうやら爆発しないらしい。でもよかったわw】

 増殖していくコメントは危機感ゼロのものばかりだ。実際、毎年数千件の爆破予告があるが、実際に爆発物が発見されるのは非常に稀。たいていが、いたずら、憂さ晴らし、社会や学校への反発だ。ネットの気軽さから年々爆破予告が増えており、テレビのニュース番組で取りあげられることはあまりない。

「今回は爆発物じゃなかったからよかったけど、ほんと怖かったね」
「でも莉々亜、すごく落ち着いてて頼もしかったよ」
「そんなことないよ。内心、怖くて泣きそうだったよ」

 列に並んでいた莉々亜が深刻そうな面持ちでクラスメイトと話している。ここはネットの世界とは対照的で健全。けれど、そのなかの何人かが後方にいるめぐるたちに気づき、ヒソヒソ話をはじめると空気が一変した。

「ちょっとなにあれ?」
「ふたりで授業さぼってどこにいたんだろうね」
「高比良さんってまじめな人だと思っていたけど、猫被ってたってこと?」
「うわぁ、なんか騙された気分」

 体育の授業中の避難だったため、莉々亜をはじめ一年一組はみんなジャージ姿だ。めぐると伊央は私服のままなので、クラスのなかでは浮いてしまっていた。
 めぐるは向けられる視線にとまどいを隠せず下を向く。言葉は聞き取れなくても、人の悪意は感じ取れた。

「あいつらは自分たちが楽しむためにいつもターゲットをさがしてるんだよ。そんなやつらの言うことなんて、気にするだけ無駄」

 伊央がうしろから耳打ちしてくれるが、めぐるは力なく微笑む。

「伊央は強いね」
「合気道の先生がそう教えてくれた」

 伊央はそう言うと、再び口を引き結ぶ。冷めた目でじっと前を見据えた。

 その後、如月学園長の話が終わり、三年生から順番に教室へ戻っていく。移動する順番待ちをしていた一年一組だったが、列の前方にいた西木野にしきの万葉まはがめぐるのいる後方までやって来ると、威嚇するようにわざわざ右手で胸下まである長い髪を背中のほうに払った。

「ちょっと高比良さん!」
「な、なに?」
「雫石くんと一緒だったんだよね? いったい、ふたりでどこでなにしてたの?」
「ちょっと具合が悪くて……。校舎裏の日陰で休んでたの」
「だったらちゃんと報告してよ。直接、保健体育の先生に言えないんなら、誰かに伝言するとか、方法があるでしょう?」
「うん、ごめんね」

 めぐるはそれだけ言って、万葉にわからないようにため息をつく。万葉の迫力に圧倒されたというより、面倒だなという思いが強かった。
 どうも彼女は苦手だった。学級委員長の万葉は自分が中心にいないと嫌なタイプらしく、いつも人を見下すような態度で接してくる。そんな万葉にどうしても馴染めず、なるべく避けていた。

「とにかく筧先生には迷惑かけないでよね」

 やっぱりそうきたか。彼女は筧に気があるのは有名だ。その筧に気に入られたくて、こうして正義感を振りかざし、めぐるを責めるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...