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第一章 悲しみのエンパシー
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「ああ、そうだな。今はそれどころじゃないからな。説教はまた後日にしてやるよ」
そのとき華耶子がスカートのポケットから水色のタオル地のハンカチを取り出して、筧に「どうぞ」と差し出した。筧は躊躇することなくそれを受け取ると、「ああ、悪いな」と顔の汗を拭く。
なんてことのない一連の作業なのに、めぐるにはその光景が意味深に映った。
華耶子は理事長である御影の孫であり、学園長である如月の娘だ。生徒会長でもあり、筧が華耶子を知っているのはあたり前なのだが、それにしては親しげではないかと思うのだ。年の差は十歳。こうしてふたりが並んでいるのを見ると、華耶子が大人っぽいこともあり、恋人同士に見えなくもない。
「とにかく、高比良たちは列に並んでろ。これから如月学園長から今後の対応について話があるから」
めぐるたちは筧の指示通り、自分たちのクラスの列の一番うしろに並ぶ。それから三十分ほど待機させられた。
爆破予告が本当なら、とっくに爆発している時刻だ。めぐるが非常階段から逃げる時点で、爆発まであと十五分だと華耶子に聞かされていたのだから。
それからさらに十五分後、ようやく如月学園長が全校生徒の前に現れた。しびれを切らしていた生徒たちは、壇上にあがる如月学園長をざわつきながらも見守った。
マイク越しに「静粛に」と第一声が発せられると、ざわつきがピタリと止んだ。
「みなさんご存知の通り、当学園に何者からか爆破予告がありました。昨日の深夜にホームページの問い合わせ用メールフォームから送られてきたものです。しかし犯人や当学園を狙った目的は不明です。爆発物については警察の方が校舎を捜索し、先ほど北棟の屋上で不審物が見つかりましたが、爆発物ではありませんでした」
その瞬間、生徒たちからどよめきの声があがる。
めぐるも息を呑んだ。なぜなら、めぐるがさっきまでいた場所が北棟だったからだ。非常階段からは屋上にあがれないが、目と鼻の先に何者かが不審物を置いていったのだ。もし本物の爆発物だったら、今頃どうなっていたのだろう。そう考えると生きた心地がしない。めぐるは心臓の鼓動が速まるのを感じた。
ところで不審物とはいったいどんなものなのだろう。爆発物であることは否定している。如月学園長から詳細は語られなかった。
如月学園長は再度「静粛に」と告げると話を続けた。
「今回のことは卑劣な行為であり、許しがたいこと。ですが学園としてはみなさんの安全を最優先とし、今後も警察の方々に指示を仰ぎながら慎重に対応していく所存です」
校庭に如月学園長の凛とした声が響いた。毅然とした態度は立派だ。しかし、その間もこの状況は安易にネット上に拡散されている。残念ながら学園の生徒のなかには、この状況をおもしろがる者もいた。
【爆破予告、やばっ!!】
【うちの高校、わんさか警察きてて笑える】
【学園長、今熱弁中、かっけ~】
【どうやら爆発しないらしい。でもよかったわw】
増殖していくコメントは危機感ゼロのものばかりだ。実際、毎年数千件の爆破予告があるが、実際に爆発物が発見されるのは非常に稀。たいていが、いたずら、憂さ晴らし、社会や学校への反発だ。ネットの気軽さから年々爆破予告が増えており、テレビのニュース番組で取りあげられることはあまりない。
「今回は爆発物じゃなかったからよかったけど、ほんと怖かったね」
「でも莉々亜、すごく落ち着いてて頼もしかったよ」
「そんなことないよ。内心、怖くて泣きそうだったよ」
列に並んでいた莉々亜が深刻そうな面持ちでクラスメイトと話している。ここはネットの世界とは対照的で健全。けれど、そのなかの何人かが後方にいるめぐるたちに気づき、ヒソヒソ話をはじめると空気が一変した。
「ちょっとなにあれ?」
「ふたりで授業さぼってどこにいたんだろうね」
「高比良さんってまじめな人だと思っていたけど、猫被ってたってこと?」
「うわぁ、なんか騙された気分」
体育の授業中の避難だったため、莉々亜をはじめ一年一組はみんなジャージ姿だ。めぐると伊央は私服のままなので、クラスのなかでは浮いてしまっていた。
めぐるは向けられる視線にとまどいを隠せず下を向く。言葉は聞き取れなくても、人の悪意は感じ取れた。
「あいつらは自分たちが楽しむためにいつもターゲットをさがしてるんだよ。そんなやつらの言うことなんて、気にするだけ無駄」
伊央がうしろから耳打ちしてくれるが、めぐるは力なく微笑む。
「伊央は強いね」
「合気道の先生がそう教えてくれた」
伊央はそう言うと、再び口を引き結ぶ。冷めた目でじっと前を見据えた。
その後、如月学園長の話が終わり、三年生から順番に教室へ戻っていく。移動する順番待ちをしていた一年一組だったが、列の前方にいた西木野万葉がめぐるのいる後方までやって来ると、威嚇するようにわざわざ右手で胸下まである長い髪を背中のほうに払った。
「ちょっと高比良さん!」
「な、なに?」
「雫石くんと一緒だったんだよね? いったい、ふたりでどこでなにしてたの?」
「ちょっと具合が悪くて……。校舎裏の日陰で休んでたの」
「だったらちゃんと報告してよ。直接、保健体育の先生に言えないんなら、誰かに伝言するとか、方法があるでしょう?」
「うん、ごめんね」
めぐるはそれだけ言って、万葉にわからないようにため息をつく。万葉の迫力に圧倒されたというより、面倒だなという思いが強かった。
どうも彼女は苦手だった。学級委員長の万葉は自分が中心にいないと嫌なタイプらしく、いつも人を見下すような態度で接してくる。そんな万葉にどうしても馴染めず、なるべく避けていた。
「とにかく筧先生には迷惑かけないでよね」
やっぱりそうきたか。彼女は筧に気があるのは有名だ。その筧に気に入られたくて、こうして正義感を振りかざし、めぐるを責めるのだ。
そのとき華耶子がスカートのポケットから水色のタオル地のハンカチを取り出して、筧に「どうぞ」と差し出した。筧は躊躇することなくそれを受け取ると、「ああ、悪いな」と顔の汗を拭く。
なんてことのない一連の作業なのに、めぐるにはその光景が意味深に映った。
華耶子は理事長である御影の孫であり、学園長である如月の娘だ。生徒会長でもあり、筧が華耶子を知っているのはあたり前なのだが、それにしては親しげではないかと思うのだ。年の差は十歳。こうしてふたりが並んでいるのを見ると、華耶子が大人っぽいこともあり、恋人同士に見えなくもない。
「とにかく、高比良たちは列に並んでろ。これから如月学園長から今後の対応について話があるから」
めぐるたちは筧の指示通り、自分たちのクラスの列の一番うしろに並ぶ。それから三十分ほど待機させられた。
爆破予告が本当なら、とっくに爆発している時刻だ。めぐるが非常階段から逃げる時点で、爆発まであと十五分だと華耶子に聞かされていたのだから。
それからさらに十五分後、ようやく如月学園長が全校生徒の前に現れた。しびれを切らしていた生徒たちは、壇上にあがる如月学園長をざわつきながらも見守った。
マイク越しに「静粛に」と第一声が発せられると、ざわつきがピタリと止んだ。
「みなさんご存知の通り、当学園に何者からか爆破予告がありました。昨日の深夜にホームページの問い合わせ用メールフォームから送られてきたものです。しかし犯人や当学園を狙った目的は不明です。爆発物については警察の方が校舎を捜索し、先ほど北棟の屋上で不審物が見つかりましたが、爆発物ではありませんでした」
その瞬間、生徒たちからどよめきの声があがる。
めぐるも息を呑んだ。なぜなら、めぐるがさっきまでいた場所が北棟だったからだ。非常階段からは屋上にあがれないが、目と鼻の先に何者かが不審物を置いていったのだ。もし本物の爆発物だったら、今頃どうなっていたのだろう。そう考えると生きた心地がしない。めぐるは心臓の鼓動が速まるのを感じた。
ところで不審物とはいったいどんなものなのだろう。爆発物であることは否定している。如月学園長から詳細は語られなかった。
如月学園長は再度「静粛に」と告げると話を続けた。
「今回のことは卑劣な行為であり、許しがたいこと。ですが学園としてはみなさんの安全を最優先とし、今後も警察の方々に指示を仰ぎながら慎重に対応していく所存です」
校庭に如月学園長の凛とした声が響いた。毅然とした態度は立派だ。しかし、その間もこの状況は安易にネット上に拡散されている。残念ながら学園の生徒のなかには、この状況をおもしろがる者もいた。
【爆破予告、やばっ!!】
【うちの高校、わんさか警察きてて笑える】
【学園長、今熱弁中、かっけ~】
【どうやら爆発しないらしい。でもよかったわw】
増殖していくコメントは危機感ゼロのものばかりだ。実際、毎年数千件の爆破予告があるが、実際に爆発物が発見されるのは非常に稀。たいていが、いたずら、憂さ晴らし、社会や学校への反発だ。ネットの気軽さから年々爆破予告が増えており、テレビのニュース番組で取りあげられることはあまりない。
「今回は爆発物じゃなかったからよかったけど、ほんと怖かったね」
「でも莉々亜、すごく落ち着いてて頼もしかったよ」
「そんなことないよ。内心、怖くて泣きそうだったよ」
列に並んでいた莉々亜が深刻そうな面持ちでクラスメイトと話している。ここはネットの世界とは対照的で健全。けれど、そのなかの何人かが後方にいるめぐるたちに気づき、ヒソヒソ話をはじめると空気が一変した。
「ちょっとなにあれ?」
「ふたりで授業さぼってどこにいたんだろうね」
「高比良さんってまじめな人だと思っていたけど、猫被ってたってこと?」
「うわぁ、なんか騙された気分」
体育の授業中の避難だったため、莉々亜をはじめ一年一組はみんなジャージ姿だ。めぐると伊央は私服のままなので、クラスのなかでは浮いてしまっていた。
めぐるは向けられる視線にとまどいを隠せず下を向く。言葉は聞き取れなくても、人の悪意は感じ取れた。
「あいつらは自分たちが楽しむためにいつもターゲットをさがしてるんだよ。そんなやつらの言うことなんて、気にするだけ無駄」
伊央がうしろから耳打ちしてくれるが、めぐるは力なく微笑む。
「伊央は強いね」
「合気道の先生がそう教えてくれた」
伊央はそう言うと、再び口を引き結ぶ。冷めた目でじっと前を見据えた。
その後、如月学園長の話が終わり、三年生から順番に教室へ戻っていく。移動する順番待ちをしていた一年一組だったが、列の前方にいた西木野万葉がめぐるのいる後方までやって来ると、威嚇するようにわざわざ右手で胸下まである長い髪を背中のほうに払った。
「ちょっと高比良さん!」
「な、なに?」
「雫石くんと一緒だったんだよね? いったい、ふたりでどこでなにしてたの?」
「ちょっと具合が悪くて……。校舎裏の日陰で休んでたの」
「だったらちゃんと報告してよ。直接、保健体育の先生に言えないんなら、誰かに伝言するとか、方法があるでしょう?」
「うん、ごめんね」
めぐるはそれだけ言って、万葉にわからないようにため息をつく。万葉の迫力に圧倒されたというより、面倒だなという思いが強かった。
どうも彼女は苦手だった。学級委員長の万葉は自分が中心にいないと嫌なタイプらしく、いつも人を見下すような態度で接してくる。そんな万葉にどうしても馴染めず、なるべく避けていた。
「とにかく筧先生には迷惑かけないでよね」
やっぱりそうきたか。彼女は筧に気があるのは有名だ。その筧に気に入られたくて、こうして正義感を振りかざし、めぐるを責めるのだ。
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