八月の流星群

さとう涼

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第一章 悲しみのエンパシー

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「ちょっと聞いてるの!? 自分が悪いっていう自覚ないの!?」

 怒りが頂点に達した万葉が、とうとう人目をはばからず吐き捨てた。
 めぐるはビクンッと身体を震わせた。人から敵意を向けられることは慣れていない。ましてや周囲にはほかのクラスの人たちまでいる。実際、かなりの人間がめぐると万葉のやり取りに聞き耳を立てており、みんなから注目されていることも、めぐるの精神を苦痛にさせていた。

「西木野さん、めぐるは具合が悪くて中庭でうずくまっていたんだよ。だから僕が涼しい場所に移動させたんだ。僕が先生に言いに行けばよかったんだけど、めぐるをひとりにできなくて。だからごめん、悪いのは僕なんだ」

 伊央がめぐるをかばう。さっき、めぐるがついた嘘を利用して脚色し、万葉に毅然と言い放つ。
 万葉をはじめとし、クラスメイトたちは唖然とした様子だった。それもそのはず。授業中に先生にあてられたとき以外で伊央がしゃべるのは初めてだったからだ。
「『めぐる』って……。高比良さんを下の名前で呼ぶほど、あなたたちって仲良かったっけ?」

 万葉がばかにしたように言う。

「めぐるのことは昔からそう呼んでる」
「昔から? 雫石くんは今年の三月までアメリカにいたんでしょう?」
「知り合ったのは子どもの頃だよ。家が近所だったんだ。それのどこがおかしいの? 僕が『めぐる』と呼ぶことはそんなに悪いこと? それとも君に迷惑かけた?」

 顔が整っている分、無表情の伊央は誰よりも怖い。彼の深い闇に飲み込まれそうな錯覚がし、万葉は一歩後ずさりする。

「……べ、別に迷惑とかじゃなくて。ただ不思議に思ったから聞いただけで……」

 万葉は伊央の静かな迫力に畏縮いしゅくし、それ以上追及することはなかった。すごすごと列の前方に戻っていく。それを見ていた伊央が心のなかでニヤリと笑った。

 それから全校生徒が教室に戻ったのだが、今日は一斉下校となり、明日も休校となった。筧から予定していた体育祭は中止と伝えられ、教室になんともいえない微妙な雰囲気が漂う。

「なんだ、そんなに残念なのか? 体育祭なんて面倒なだけだろう? しかも暑いし」

 教師とは思えない発言だ。しかし、めぐるも同意見だ。体育祭なんてやるのなら、一日みっちり授業を受けていたほうがマシなくらい。
「だって、おそろいのTシャツとかうちわとか作ったのに、それどうすんの?」

 窓際から三列目、一番前の席のつつみ一茶いっさがぼやく。
 体育祭実行委員の彼はそれらの手配をしたり、各自の参加種目を決めたりと、体育祭のためにかなりの時間を割いてきたひとりなので無理もない。

「体育祭については、日を改めて……と言いたいところだけど、一年間の行事がみっちりだから、無理かもしれないなあ。そのときは記念として各自で持ち帰ってもらえ」

 筧が身も蓋もないことを言う。
 だが実際に学校行事というのは調整が難しい。文化祭、修学旅行、避難訓練、三者面談、保護者会、定期考査など、とにかくこれでもかというくらい行事がつめ込まれているため、新たに二日間の予定を組むのは大変なのだ。

「なんか実行委員やって損した気分。苦労ばっかで、なんだよ、このオチは」

 堤は片手で頬杖をついて、だるそうに言った。
 すると突然大きな音がして、堤がなぜか前のめりになりながら「うおぉーっ!」と雄叫びをあげた。なにごとかとクラス中が堤に注目する。

「なにすんだよ!?」

 堤がうしろを振り向いて文句を言った相手──それは遠峯だった。遠峯が前の席の堤の椅子を思いきり蹴りあげたのだ。

「平和ボケもここまでだと救いようがないな」
「どういう意味だよ?」
「体育祭なんて、どうでもいいと思うけど。爆破予告があったんだ、中止になって当然だ」

 さっきの暴力的な行為のわりに遠峯は冷静に語る。

「なにマジになってんだよ? 実際、爆発物は出てこなかったんだろう? だいたい今まで本当に爆発が起きたことがあったかよ?」
「海外では頻繁に爆弾テロがあって大勢が死んでる」
「日本の話を言ってんだよ!」

 堤は苛立ちを押さえられず、興奮していた。

「知らないのかよ? 日本でも過去に爆発物が仕掛けられて死者や怪我人が出たことがあるんだよ」
「それって昔の話だろう?」
「過去だろうが、実際に人が死んでるんだよ。いたずらだと思ってたら本当で、それで人の命が奪われたんだ」

 遠峯と堤のやり取りを全員が固唾を飲んで見守っていた。いつも明るく穏和な遠峯の乱暴な行為に驚き、そしてそこまで深刻にとらえていることを意外に思っていた。
 筧はしばらくその様子を観察していたが、やがて感心したように言った。

「遠峯の言う通りだな。用心に越したことはない」

 それから教室を見まわすと、声のトーンを落として続けた。

「みんなも今回のことを自分なりにちょっと考えてみてくれ。世界ではなにが起きているのか、日本でも同じようなことが起きる可能性はあるのか。爆弾テロだけじゃないぞ。危機というものは実はそこら中に転がっているということを改めて考えるいい機会だと思うんだ」

 筧が教師らしくまともなことを言うが、それを真剣に受け止めている生徒は半分にも満たない。やはり現実味がないようだ。
 けれど、めぐるは逃げるときのあの恐怖を思い出していた。あのとき、自分が死ぬかもしれないということを本気で考えていた。とっさに伊央の手を強く握ったのも、あふれてくる不安に耐えられなかったからだ。
 クラスメイトたちとは別行動だったからともいえる。集団心理の影響が及ばなかったのだろう。

 その日の帰り、めぐると伊央は明日のことを相談した。明日は休校になったが、爆破予告と不審物の発見という思いもよらない事態となり、どうしたものかと考えていた。

「こんなときに遠出するっていうのはまずいよね?」
「めぐるの家の人も心配するだろうし。どっちにしてももうすぐ夏休みだから、遊びにいくには八月あたりはどう?」
「そうだね。七月は補習がみっちりあるから、八月の頭ぐらいにしようか」
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