八月の流星群

さとう涼

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第二章 無情な世界のメランコリー

018

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 あの日の朝、所在不明の生徒はふたり。さらに伊央は存在そのものが人目を引くので、ひとりでいてもやたら目立ってしまう。

「だけど爆破予告があったのは夜中だよ。朝にはもう不審物が置かれていたということは、わたしたちは無関係だよ」
「爆破予告のあとに置いた可能性だってあるじゃない。屋上の鍵を持っていれば可能でしょう?」
「強引すぎる……」

 今朝の全校集会での如月学園長の話では、警備会社の人間による校舎の見まわりが午後九時に終了し、午後九時から午前七時は機械警備に移行するということだった。当時の警備システムに異常はなかった。当然ながら午後九時以降に誰かが鍵を開けて屋上に侵入したということは考えにくい。つまり侵入したのは機械警備の時間帯以外ということになり、翌朝午前七時以降に不審物を置いたという考えも無理やりではあるが、ありえない話ではない。

 屋上の鍵は三つ存在する。職員室のキーボックスのほか、事務室と警備会社で保管していた。警備会社はともかく、職員室での鍵の管理は杜撰だったようだ。キーボックスから鍵が抜き取られてもよほど注意してなければ誰も気づかない。

 この鍵の管理と機械警備については報道では伝えられていなかったことだ。

「高比良さんたちが職員室から鍵を盗んだんでしょう?」
「そんなわけないじゃない!」
「否定したって無駄。ふたりの行動は誰の目にも怪しく映ってるんだから」

 クラスメイトたちのなかには不思議そうな顔、同情的な顔もあったが、大半がおもしろがる顔だった。他人からの好奇な目は窒息しそうなほど強烈な息苦しさをもたらす。

「こんなことして、なにが楽しいの?」
「その言い方って、まるでわたしがいじわるしてるみたいじゃない」

 万葉は横柄に言って口をとがらせた。

「筧先生が好きなら直接本人にアピールすればいいじゃない。わたしは筧先生にかまってほしくて体育の授業を休んだわけじゃない。ましてや爆発物騒ぎを引き起こすなんてしない。そんなことしてわたしになんの得があるの? それは伊央だって同じだよ」

 普段はおとなしいめぐるだが、このときばかりは腹立たしさから万葉に向かって一気にまくし立てていた。

「はあ? なんでいきなり筧先生の名前が出てくるのか、意味わかんないんだけど」
「あの日、筧先生がわたしたちのことを心配して校内をさがしまわっていたのがうらやましかったんでしょう?」
「そんなわけないじゃない。子どもじゃあるまいし。それより、高比良さんがそこまでムキになるなんて、余計にあやしいんだけど」
「潔白だからムキになるんでしょう!」

 めぐると万葉の熾烈な争いを、周囲は固唾を飲んで見守っていた。最初こそおもしろがるように注目していたクラスメイトもぼう然としていた。それぐらい、めぐるの言動は普段の彼女の人物像からかけ離れていた。

「めぐる、落ち着きなよ。身の潔白は僕たちがわかっていればいいんだよ」

 伊央はめぐるの耳もとでささやいた。さらに万葉や四十人近くのギャラリーの盾になるように、めぐるの前に立つと、万葉たちに向かって静かに言葉を続けた。

「西木野さんの素人以下の推理で怪しいと言われても困るな。どうせ証拠だってないんでしょう? だったら犯人さがしは警察にまかせたほうが賢明だと思うよ。じゃないとあとで恥をかくのは西木野さんなんだから」

 伊央は淡々と告げる。

「わたしの意見じゃなくて、ほかの人たちが言っていただけで……」

 もっともなことを言われた万葉はたじたじとなる。

「自分の意見じゃないの? なら黙ってなよ」
「なっ……」

 万葉は悔しくて唇を噛みしめた。
 これ以上ここにいてはさらに追いつめられる。そう思った万葉は反論することをあきらめるしかなかった。

「行こう」

 万葉は取り巻きの麗音と愛瑠を連れ、その場を離れようとした。くるりと振り返り、一歩足を踏み出す。しかしそのとき、誰も座っていない椅子の脚に左足を引っかけてしまい、大きく前のめりになったかと思ったら椅子ごと前に倒れ込んでしまった。その瞬間、万葉の「キャアー!」という悲鳴とともに、椅子が床にたたきつけられる盛大な音が響き渡った。
 一瞬のことで周囲の人間は誰もなにもできなかった。麗音と愛瑠ですら、目を丸くして突っ立っているなか、彼女のストレートロングの髪が伊央の顔面をかすめた。

「大丈夫?」

 そう言ったのは伊央だった。倒れないよう万葉の腹の辺りに腕をまわし、彼女の身体を支えていた。
 途端、教室中がざわつく。クラスメイトたちの視線が万葉の腹の辺りに集中していた。伊央の黒のロンTの袖口から白い三本指の手が伸びていた。

「伊央!」

 めぐるはとっさに叫んだ。
 伊央は万葉の身体から手を離すが、助けられた万葉ですら伊央の左手をこの世のものとは思えないと言わんばかりの顔で見つめていた。

「その手はなに? 病気なの? まさかうつらないよね?」

 助けてもらった人間の態度とは思えない。万葉の氷のような冷たい眼差しが繊細な伊央の心を容赦なく貫いた。
 苦しみ、悲しみ、恐怖、さまざまなものが入り乱れた伊央の感情が弾丸となってめぐるの聞こえないほうの耳に打ち込まれた。耳のなかではじけたそれらが、今度はめぐるの胸の奥をかき乱す。

「ばかじゃないの!? うつるわけないでしょう! これは先天性四肢障がいっていうの。世の中には指が五本より少ない人もいれば多い人もいて、別にそれは特別珍しいことじゃないよ」

 抑えきれなくなった思いが爆発し、めぐるは万葉にストレートに感情をぶつけた。

「珍しくない? 人間の指は五本なのは常識だよ。数が合わないのは異常。不気味にしか思えない。これって普通の感覚でしょう?」
「西木野さんのいう常識とか普通とか、そういう自分だけの価値感をあたかもあたり前みたいに言わないでよ」
「わたしだけの価値観かはみんなの反応を見ればわかるでしょう?」

 万葉は勝ち誇ったように言う。
 麗音や愛瑠はもちろん、遠峯も伊央の左手をひどく奇妙なものを見るような目で凝視していた。

「誰が助けたと思ってるの? 伊央が助けなきゃ、今頃どうなってたか」
「それについては感謝してる。どうもありがとう、雫石くん。おかげで納得できた。その手を隠すためには体育の授業を欠席するしかないし、夏でも長袖の服を着ているしかないもんね」

 万葉の言葉に伊央は左手を袖のなかに隠す。

「それが人にお礼を言う態度だなんて……」

 いよいよ、めぐるは悔しさで目に涙を浮かべるが、万葉にこの悲痛な想いが伝わることはない。そもそも万葉は知ろうともしない。自分の感覚や考え方は常に正しいもので、世の中の人間の総意なのだと信じて疑わない。

「めぐる、いいんだよ。この手のことはいつまでも隠し通せるとは思っていなかったし、みんなの反応も想定内。あたり前の反応だよ。標準から外れた規格外の生きものはいつだって気味悪がられるか、笑いものになるものだから」

 伊央は悟りきったように言うと、倒れた椅子を元に戻し、静かに教室を出ていった。

 めぐるは万葉を睨みつけると、「最低」と短く言って伊央のあとを追いかけた。
 次の英語の授業は小テストの予定だが、そんなのはどうでもいい。必要ならあとで追試を受ければいいし、先生に怒られるだけならなおのことよい。伊央を守れるのは自分だけなのだという強い使命感がめぐるの思考を支配していた。
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