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第二章 無情な世界のメランコリー
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「……む、娘です。ですがなにかの間違いではないかと……」
如月学園長が唇を震わせながら答えた。
「ううん、あれは生徒会長だった。騒動があった前日の七月三日、職員室に行った帰りに僕はたしかに北棟の近くで見たよ。その日は保健体育のレポート提出日だったんだ。学園のセキュリティの観点から考えると、屋上に不審物が置かれたのは三日の夕方から夜の九時にかけてが濃厚だと思うんだけど、違う?」
「ああ、そうだよ。爆破予告メールが送られてきたのが三日の午後二十三時五十五分。午後九時から翌朝の七時までは校舎にセキュリティがかかっているし、爆破予告のメール送信後である翌朝の七時以降に置いた可能性も低いとみているよ。さらに七月二日の月曜日から三日の夕方まで屋上は防水工事中で工事業者が出入りしていて、業者以外は立入禁止だったんだ。ちなみに午後四時半に事務職員が工事完了を確認している。その時点では不審物はなかった。その後、全員が現場から出て、事務職員が施錠している」
浜口が手帳を開き、確認しながら説明した。
「そうなると、三日の夕方に北棟の近くにいた生徒会長も十分にあやしいよね。そのとき僕は北棟近くの渡り廊下で三人の工事業者と事務職員に会った。僕を疑う理由は、四日の朝のことじゃなくて、そのときに事務職員が僕を目撃したと証言したからでしょう?」
「ああ。でも疑っているというわけではないよ。あくまでも話を聞くため。一つひとつの情報を精査して、犯人を見つけるのが警察の仕事だ。だから雫石くんだけじゃなく、高比良さんもここに呼んでもらったんだよ」
「なら、生徒会長からも話を聞くべきだと思うけど。間違いなく、僕は彼女を見たんだから」
がっくりと肩を落とした如月学園長が高級チェアに腰をおろす。眉をひそめ、目をぎゅっと閉じた。
「北棟というのは特別教室しかないはずですよね? なのに娘さんはいったいなんのために北棟へ行っていたんでしょう?」
「さあ、娘からはなにも聞いておりません」
如月学園長がため息まじりに話す。
「その前に華耶子を北棟で見たというのは本当なのかね? 雫石くんの見間違いでは?」
「そう思うなら本人にたしかめなよ」
素っ気なく言った伊央に、如月学園長をはじめとし、皆が深刻そうな顔で押し黙る。けれど四方堂だけは「ぜひそうさせてもらおう」と口の端をあげた。
「そんな必要はない! 娘が犯人であるはずがない!」
すっかり動揺している如月学園長は四方堂に向かって叫んだ。四方堂はソファの背もたれにのけぞるように深く腰かけ、もはやあきれ果てている。自分の娘のこととはいえ、学園長という身分でありながらここまで取り乱すとはなんて面倒くさい男なのだろう。
四方堂が知りたいのは真実のみ。犯人が繊細で幼い高校生だろうが、社会の規律を守った学校関係者だろうが、どうでもいいのだ。
「不公平なことはやめてほしいな。僕とめぐるを事情聴取するために呼んでおいて、自分の娘が逃れられるわけないだろう」
「その前に華耶子には動機がない! この学園を経営しているのは父親と祖父なんだ。身内を困らせてどうする?」
「困らせたかったのかもしれないよ。そもそも親が子どもに愛されているとは限らないよ。その逆もしかりだけど」
やけに実感がこもった言葉に如月学園長は反論することを忘れてしまった。
「この世はきれいごとだらけであきれるよ。誰もが皆、産んでくれてありがとうと思っているわけじゃない。愛されて生まれてくるわけでもない。それを口にすると常識を武器に攻撃されるから言わないだけで、この世には祝福されない命だっていくつも存在するんだ」
みにくさや憎しみを隠すことをしない。残酷なほどの孤独を抱えたまま、虚勢は伊央のパワーにもなる。
けれど砂の城が波に侵食されていくように、伊央の精神を蝕んでもいた。その痛みが悲鳴となってめぐるを追いつめていく。
この感覚はもう何度も経験している。胸をえぐらるような痛みも伴い、それでもなんとか耐えていたが、とうとう吐き気をもよおした。
「うっ……」
「めぐる?」
「ちょっとトイレ!」
口もとを押さえ、めぐるが学園長室を飛び出した。すぐさま伊央と筧もめぐるを追いかける。
トイレに駆け込んだめぐるを心配しながら待ち、五分後にトイレから出てきためぐるの顔は真っ青だった。
「高比良、大丈夫か? 保健室で少し休んだほうがいい」
筧は刑事に引き合わせたことを後悔していた。状況が状況なだけに刑事の前で話をするのは相当のプレッシャーだっただろう。
めぐるは廊下の壁に寄りかかり、口もとをハンカチで押さえ、ぐったりと下を向いていた。伊央はそんなめぐるの背中をさすり、「ごめん」とつぶやいた。
その日の夜。SNSに短い動画がアップされた。動画には真っ白なノースリーブのワンピースを着た美少女が満面の笑みで映し出されていた。
【あさっての七月八日の日曜日、M市民ホールで『マカロン☆ハニーガール』のライブがあります! 一時は中止も検討されたライブですが、みなさんのおかげで開催にこぎつけられることになりました。当日は元気いっぱいのパフォーマンスをお届けできるようがんばりたいと思います。みなさまにお会いできるのを楽しみにしています! 以上、野垣莉々亜でした。バイバイ】
如月学園長が唇を震わせながら答えた。
「ううん、あれは生徒会長だった。騒動があった前日の七月三日、職員室に行った帰りに僕はたしかに北棟の近くで見たよ。その日は保健体育のレポート提出日だったんだ。学園のセキュリティの観点から考えると、屋上に不審物が置かれたのは三日の夕方から夜の九時にかけてが濃厚だと思うんだけど、違う?」
「ああ、そうだよ。爆破予告メールが送られてきたのが三日の午後二十三時五十五分。午後九時から翌朝の七時までは校舎にセキュリティがかかっているし、爆破予告のメール送信後である翌朝の七時以降に置いた可能性も低いとみているよ。さらに七月二日の月曜日から三日の夕方まで屋上は防水工事中で工事業者が出入りしていて、業者以外は立入禁止だったんだ。ちなみに午後四時半に事務職員が工事完了を確認している。その時点では不審物はなかった。その後、全員が現場から出て、事務職員が施錠している」
浜口が手帳を開き、確認しながら説明した。
「そうなると、三日の夕方に北棟の近くにいた生徒会長も十分にあやしいよね。そのとき僕は北棟近くの渡り廊下で三人の工事業者と事務職員に会った。僕を疑う理由は、四日の朝のことじゃなくて、そのときに事務職員が僕を目撃したと証言したからでしょう?」
「ああ。でも疑っているというわけではないよ。あくまでも話を聞くため。一つひとつの情報を精査して、犯人を見つけるのが警察の仕事だ。だから雫石くんだけじゃなく、高比良さんもここに呼んでもらったんだよ」
「なら、生徒会長からも話を聞くべきだと思うけど。間違いなく、僕は彼女を見たんだから」
がっくりと肩を落とした如月学園長が高級チェアに腰をおろす。眉をひそめ、目をぎゅっと閉じた。
「北棟というのは特別教室しかないはずですよね? なのに娘さんはいったいなんのために北棟へ行っていたんでしょう?」
「さあ、娘からはなにも聞いておりません」
如月学園長がため息まじりに話す。
「その前に華耶子を北棟で見たというのは本当なのかね? 雫石くんの見間違いでは?」
「そう思うなら本人にたしかめなよ」
素っ気なく言った伊央に、如月学園長をはじめとし、皆が深刻そうな顔で押し黙る。けれど四方堂だけは「ぜひそうさせてもらおう」と口の端をあげた。
「そんな必要はない! 娘が犯人であるはずがない!」
すっかり動揺している如月学園長は四方堂に向かって叫んだ。四方堂はソファの背もたれにのけぞるように深く腰かけ、もはやあきれ果てている。自分の娘のこととはいえ、学園長という身分でありながらここまで取り乱すとはなんて面倒くさい男なのだろう。
四方堂が知りたいのは真実のみ。犯人が繊細で幼い高校生だろうが、社会の規律を守った学校関係者だろうが、どうでもいいのだ。
「不公平なことはやめてほしいな。僕とめぐるを事情聴取するために呼んでおいて、自分の娘が逃れられるわけないだろう」
「その前に華耶子には動機がない! この学園を経営しているのは父親と祖父なんだ。身内を困らせてどうする?」
「困らせたかったのかもしれないよ。そもそも親が子どもに愛されているとは限らないよ。その逆もしかりだけど」
やけに実感がこもった言葉に如月学園長は反論することを忘れてしまった。
「この世はきれいごとだらけであきれるよ。誰もが皆、産んでくれてありがとうと思っているわけじゃない。愛されて生まれてくるわけでもない。それを口にすると常識を武器に攻撃されるから言わないだけで、この世には祝福されない命だっていくつも存在するんだ」
みにくさや憎しみを隠すことをしない。残酷なほどの孤独を抱えたまま、虚勢は伊央のパワーにもなる。
けれど砂の城が波に侵食されていくように、伊央の精神を蝕んでもいた。その痛みが悲鳴となってめぐるを追いつめていく。
この感覚はもう何度も経験している。胸をえぐらるような痛みも伴い、それでもなんとか耐えていたが、とうとう吐き気をもよおした。
「うっ……」
「めぐる?」
「ちょっとトイレ!」
口もとを押さえ、めぐるが学園長室を飛び出した。すぐさま伊央と筧もめぐるを追いかける。
トイレに駆け込んだめぐるを心配しながら待ち、五分後にトイレから出てきためぐるの顔は真っ青だった。
「高比良、大丈夫か? 保健室で少し休んだほうがいい」
筧は刑事に引き合わせたことを後悔していた。状況が状況なだけに刑事の前で話をするのは相当のプレッシャーだっただろう。
めぐるは廊下の壁に寄りかかり、口もとをハンカチで押さえ、ぐったりと下を向いていた。伊央はそんなめぐるの背中をさすり、「ごめん」とつぶやいた。
その日の夜。SNSに短い動画がアップされた。動画には真っ白なノースリーブのワンピースを着た美少女が満面の笑みで映し出されていた。
【あさっての七月八日の日曜日、M市民ホールで『マカロン☆ハニーガール』のライブがあります! 一時は中止も検討されたライブですが、みなさんのおかげで開催にこぎつけられることになりました。当日は元気いっぱいのパフォーマンスをお届けできるようがんばりたいと思います。みなさまにお会いできるのを楽しみにしています! 以上、野垣莉々亜でした。バイバイ】
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