八月の流星群

さとう涼

文字の大きさ
23 / 54
第三章 傷だらけのロンリネス

023

しおりを挟む
 教室に入り、席に着くと、伊央は頬杖をつき窓の外を見る。相変わらず人形のようにびくともしない。

「やっぱり犯人は雫石だよ。あの左手のことで、自分がこれまでされてきた仕打ちに対する仕返しなんだって」

 教室の片隅で、ひとりの男子がそんなことを言った。誰かが無責任に言い放った言葉がひとり歩きしていた。社会への復讐。クラスメイトの多くがそう口にした。

 莉々亜はめぐるを廊下に連れ出すと、心配そうに言った。

「雫石くんとはあんまりかかわらないほうがいいよ」
「どうして?」

 めぐるは顔を強張らせた。

「あの子と一緒にいると、めぐるもいじめられちゃう。……みんな、犯人は雫石くんだって言ってる」
「みんながそう言ってるからって、どうしてそれが真実になるの? 違うよ、そうに決まってる! 犯人のわけがないんだから……」

 めぐるは莉々亜の言葉をさえぎってまで主張したが、最後のほうはほとんど自分に言い聞かせるようだった。

「わたしも雫石くんが犯人だなんて思ってない。だけどめぐるはおかしいよ。なんであんな人の肩を持つの? 雫石くんはクラスにまったくとけ込もうとしないし、みんなにも攻撃的。そんな人と一緒にいたらめぐるまで非難されちゃうよ」
「伊央は攻撃的なんかじゃない。気難しいところがあるけど、それは自分が壊れないようにバリアを張っているだけなの。理不尽に傷つけられないように、静かにひっそりと身をひそめて自分を守っているの」

 目を潤ませているめぐるを、莉々亜は憐れむ。

「雫石くんはすっかり注目の人だよ。静かにひっそりとだなんて、難しいと思うよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「そもそも傷つけられたくないなら隠れていちゃだめだと思う。自分を主張できるように強くならなきゃ!」
「莉々亜……」

 めぐるは莉々亜の迫力に圧倒される。莉々亜は目を見開いてさらに続けた。

「わたしは過去に散々いじめられてきた。だけど夢を叶えてトップアイドルになって、みんなを見かえしてやるつもり。実際、わたしを高く評価してくれる人もいるんだよ。『審査員はレベルが低い人間ばかりだ。君の才能はわかる人にはわかるものだから、あきらめるな』って言ってもらえたの。その言葉だけは信じられる。わたしの支えなの」

 莉々亜は一気に まくし立てた。女子に激しくねたまれ続けた自身の過去を思い出し、唇を噛みしめる。

 出る杭は打たれるということわざがあるが、文字通り以前の莉々亜はかっこうの的だった。
 アイドルオーディションはことごとく落選こそすれ、そのいくつかは最終選考まで勝ち残っており、素質がないわけでない。けれど整った容姿やどことなく漂う華やかさは地味なこの街では目立ちすぎた。
 また、莉々亜の投稿するSNSはそのどれもが自慢やリア充アピールにとらえられ、クラスの女子がこぞって陰口をたたいた。

「莉々亜がそんなふうに思っていたなんて知らなかった」

 明るく楽しそうに地元でのアイドル活動をしているイメージだった。東京でのオーディションに落ちても、「だって、かわいい子ばっかりなんだもん」とにこりと笑みを浮かべていたので、そこまでアイドルに執着しているとも思っていなかった。

「これが本当のわたしだよ。めぐるだって知ってるでしょう? みんながわたしをいじめていた。先生に媚びているとか、男子に色目を使っているとか、言いがかりもいいとこ。ほかの女の子たちと同じように接していただけなのに、わたしだけ批判されていた」

 莉々亜にとって、とくに中学時代は苦々しい思い出ばかりだ。

「だから『見かえす』なんだね。でもあれはみんなが莉々亜に嫉妬していただけ。かわいくて勉強もできる莉々亜がうらやましかったんだよ。わたしもそうだった。莉々亜みたいにかわいらしい女の子に生まれてきたかったもん」
「わたしにやさしくしてくれたのはめぐるだけだったよ。中二のときの修学旅行でひとりぼっちだったわたしを一緒のグループに誘ってくれた。あのときすごくうれしかった。本当の友達だと思えた」
「わたしもだよ。莉々亜のこと──」

 めぐるはそう言いかけるが。

「ううん、めぐるはそうじゃない。小学生のときからのつき合いなのにあまり本音を言ってくれないし、本当のわたしを知ろうともしない。なのに、いきなり現れた雫石くんを本気で気にかけて理解しようとしてる」

 莉々亜は悔しさで顔をゆがませた。

「わたしの態度が気に障ったんなら謝るよ。でも、それと伊央のことは別の話」
「なんで別の話なの?」
「いじめた人間を見かえすために人の上に立つっていうのは莉々亜の考えでしょう。そのこと自体は別に否定しないよ。だけど人に押しつけるのはおかしいよ。みんなが莉々亜みたいに野心があるわけじゃない」

 平穏な毎日というささやかな希望で精いっぱいの人間だっている。左手に障がいを持つ伊央にとって、人前に出るというのは拷問と同じことだ。
 ふと視線を感じためぐるが顔をそちらに向けた。

「伊央……」

 教室の出入口付近の廊下にぽつんと立っていた。

「めぐるが困ってるみたいだったから。大丈夫?」
「大丈夫、なんでもないよ」
「本当? いじめられてたんじゃないの?」
「まさか。莉々亜はそんなことをするような子じゃないよ。小学生のときからの友達なんだから」
「でも言い争っていた。僕が原因?」

 伊央の視線が莉々亜をとらえる。彼女を逃がさないとばかりにじっと見据えた。
 莉々亜は重たい鎖が絡まったかのように硬直した。初めて伊央を怖いと思った。なにも恐れるものがない人間の無言のプレッシャーは言葉よりも強烈で、簡単に心を脅えさせる。

「ごめんね、わたしが間違ってた。めぐるの言う通りだと思う。人それぞれ、生き方が違って当然だよね」

 莉々亜が取り繕ったように言うと、伊央の脇をすり抜け、逃げるように教室に入る。そのタイミングで筧がこちらに向かってきた。

「またおまえたちか。ふたりとも教室に入れ」
「あれ? チャイム、鳴りましたっけ?」
「とっくに鳴った」

 めぐるは無言で伊央に目で問いかけると、彼も無言で頷く。周囲を見まわすと、廊下にはめぐるたち以外、誰もいなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...