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第三章 傷だらけのロンリネス
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教室に入り、席に着くと、伊央は頬杖をつき窓の外を見る。相変わらず人形のようにびくともしない。
「やっぱり犯人は雫石だよ。あの左手のことで、自分がこれまでされてきた仕打ちに対する仕返しなんだって」
教室の片隅で、ひとりの男子がそんなことを言った。誰かが無責任に言い放った言葉がひとり歩きしていた。社会への復讐。クラスメイトの多くがそう口にした。
莉々亜はめぐるを廊下に連れ出すと、心配そうに言った。
「雫石くんとはあんまりかかわらないほうがいいよ」
「どうして?」
めぐるは顔を強張らせた。
「あの子と一緒にいると、めぐるもいじめられちゃう。……みんな、犯人は雫石くんだって言ってる」
「みんながそう言ってるからって、どうしてそれが真実になるの? 違うよ、そうに決まってる! 犯人のわけがないんだから……」
めぐるは莉々亜の言葉をさえぎってまで主張したが、最後のほうはほとんど自分に言い聞かせるようだった。
「わたしも雫石くんが犯人だなんて思ってない。だけどめぐるはおかしいよ。なんであんな人の肩を持つの? 雫石くんはクラスにまったくとけ込もうとしないし、みんなにも攻撃的。そんな人と一緒にいたらめぐるまで非難されちゃうよ」
「伊央は攻撃的なんかじゃない。気難しいところがあるけど、それは自分が壊れないようにバリアを張っているだけなの。理不尽に傷つけられないように、静かにひっそりと身をひそめて自分を守っているの」
目を潤ませているめぐるを、莉々亜は憐れむ。
「雫石くんはすっかり注目の人だよ。静かにひっそりとだなんて、難しいと思うよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「そもそも傷つけられたくないなら隠れていちゃだめだと思う。自分を主張できるように強くならなきゃ!」
「莉々亜……」
めぐるは莉々亜の迫力に圧倒される。莉々亜は目を見開いてさらに続けた。
「わたしは過去に散々いじめられてきた。だけど夢を叶えてトップアイドルになって、みんなを見かえしてやるつもり。実際、わたしを高く評価してくれる人もいるんだよ。『審査員はレベルが低い人間ばかりだ。君の才能はわかる人にはわかるものだから、あきらめるな』って言ってもらえたの。その言葉だけは信じられる。わたしの支えなの」
莉々亜は一気に 捲し立てた。女子に激しくねたまれ続けた自身の過去を思い出し、唇を噛みしめる。
出る杭は打たれるということわざがあるが、文字通り以前の莉々亜はかっこうの的だった。
アイドルオーディションはことごとく落選こそすれ、そのいくつかは最終選考まで勝ち残っており、素質がないわけでない。けれど整った容姿やどことなく漂う華やかさは地味なこの街では目立ちすぎた。
また、莉々亜の投稿するSNSはそのどれもが自慢やリア充アピールにとらえられ、クラスの女子がこぞって陰口をたたいた。
「莉々亜がそんなふうに思っていたなんて知らなかった」
明るく楽しそうに地元でのアイドル活動をしているイメージだった。東京でのオーディションに落ちても、「だって、かわいい子ばっかりなんだもん」とにこりと笑みを浮かべていたので、そこまでアイドルに執着しているとも思っていなかった。
「これが本当のわたしだよ。めぐるだって知ってるでしょう? みんながわたしをいじめていた。先生に媚びているとか、男子に色目を使っているとか、言いがかりもいいとこ。ほかの女の子たちと同じように接していただけなのに、わたしだけ批判されていた」
莉々亜にとって、とくに中学時代は苦々しい思い出ばかりだ。
「だから『見かえす』なんだね。でもあれはみんなが莉々亜に嫉妬していただけ。かわいくて勉強もできる莉々亜がうらやましかったんだよ。わたしもそうだった。莉々亜みたいにかわいらしい女の子に生まれてきたかったもん」
「わたしにやさしくしてくれたのはめぐるだけだったよ。中二のときの修学旅行でひとりぼっちだったわたしを一緒のグループに誘ってくれた。あのときすごくうれしかった。本当の友達だと思えた」
「わたしもだよ。莉々亜のこと──」
めぐるはそう言いかけるが。
「ううん、めぐるはそうじゃない。小学生のときからのつき合いなのにあまり本音を言ってくれないし、本当のわたしを知ろうともしない。なのに、いきなり現れた雫石くんを本気で気にかけて理解しようとしてる」
莉々亜は悔しさで顔をゆがませた。
「わたしの態度が気に障ったんなら謝るよ。でも、それと伊央のことは別の話」
「なんで別の話なの?」
「いじめた人間を見かえすために人の上に立つっていうのは莉々亜の考えでしょう。そのこと自体は別に否定しないよ。だけど人に押しつけるのはおかしいよ。みんなが莉々亜みたいに野心があるわけじゃない」
平穏な毎日というささやかな希望で精いっぱいの人間だっている。左手に障がいを持つ伊央にとって、人前に出るというのは拷問と同じことだ。
ふと視線を感じためぐるが顔をそちらに向けた。
「伊央……」
教室の出入口付近の廊下にぽつんと立っていた。
「めぐるが困ってるみたいだったから。大丈夫?」
「大丈夫、なんでもないよ」
「本当? いじめられてたんじゃないの?」
「まさか。莉々亜はそんなことをするような子じゃないよ。小学生のときからの友達なんだから」
「でも言い争っていた。僕が原因?」
伊央の視線が莉々亜をとらえる。彼女を逃がさないとばかりにじっと見据えた。
莉々亜は重たい鎖が絡まったかのように硬直した。初めて伊央を怖いと思った。なにも恐れるものがない人間の無言のプレッシャーは言葉よりも強烈で、簡単に心を脅えさせる。
「ごめんね、わたしが間違ってた。めぐるの言う通りだと思う。人それぞれ、生き方が違って当然だよね」
莉々亜が取り繕ったように言うと、伊央の脇をすり抜け、逃げるように教室に入る。そのタイミングで筧がこちらに向かってきた。
「またおまえたちか。ふたりとも教室に入れ」
「あれ? チャイム、鳴りましたっけ?」
「とっくに鳴った」
めぐるは無言で伊央に目で問いかけると、彼も無言で頷く。周囲を見まわすと、廊下にはめぐるたち以外、誰もいなかった。
「やっぱり犯人は雫石だよ。あの左手のことで、自分がこれまでされてきた仕打ちに対する仕返しなんだって」
教室の片隅で、ひとりの男子がそんなことを言った。誰かが無責任に言い放った言葉がひとり歩きしていた。社会への復讐。クラスメイトの多くがそう口にした。
莉々亜はめぐるを廊下に連れ出すと、心配そうに言った。
「雫石くんとはあんまりかかわらないほうがいいよ」
「どうして?」
めぐるは顔を強張らせた。
「あの子と一緒にいると、めぐるもいじめられちゃう。……みんな、犯人は雫石くんだって言ってる」
「みんながそう言ってるからって、どうしてそれが真実になるの? 違うよ、そうに決まってる! 犯人のわけがないんだから……」
めぐるは莉々亜の言葉をさえぎってまで主張したが、最後のほうはほとんど自分に言い聞かせるようだった。
「わたしも雫石くんが犯人だなんて思ってない。だけどめぐるはおかしいよ。なんであんな人の肩を持つの? 雫石くんはクラスにまったくとけ込もうとしないし、みんなにも攻撃的。そんな人と一緒にいたらめぐるまで非難されちゃうよ」
「伊央は攻撃的なんかじゃない。気難しいところがあるけど、それは自分が壊れないようにバリアを張っているだけなの。理不尽に傷つけられないように、静かにひっそりと身をひそめて自分を守っているの」
目を潤ませているめぐるを、莉々亜は憐れむ。
「雫石くんはすっかり注目の人だよ。静かにひっそりとだなんて、難しいと思うよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「そもそも傷つけられたくないなら隠れていちゃだめだと思う。自分を主張できるように強くならなきゃ!」
「莉々亜……」
めぐるは莉々亜の迫力に圧倒される。莉々亜は目を見開いてさらに続けた。
「わたしは過去に散々いじめられてきた。だけど夢を叶えてトップアイドルになって、みんなを見かえしてやるつもり。実際、わたしを高く評価してくれる人もいるんだよ。『審査員はレベルが低い人間ばかりだ。君の才能はわかる人にはわかるものだから、あきらめるな』って言ってもらえたの。その言葉だけは信じられる。わたしの支えなの」
莉々亜は一気に 捲し立てた。女子に激しくねたまれ続けた自身の過去を思い出し、唇を噛みしめる。
出る杭は打たれるということわざがあるが、文字通り以前の莉々亜はかっこうの的だった。
アイドルオーディションはことごとく落選こそすれ、そのいくつかは最終選考まで勝ち残っており、素質がないわけでない。けれど整った容姿やどことなく漂う華やかさは地味なこの街では目立ちすぎた。
また、莉々亜の投稿するSNSはそのどれもが自慢やリア充アピールにとらえられ、クラスの女子がこぞって陰口をたたいた。
「莉々亜がそんなふうに思っていたなんて知らなかった」
明るく楽しそうに地元でのアイドル活動をしているイメージだった。東京でのオーディションに落ちても、「だって、かわいい子ばっかりなんだもん」とにこりと笑みを浮かべていたので、そこまでアイドルに執着しているとも思っていなかった。
「これが本当のわたしだよ。めぐるだって知ってるでしょう? みんながわたしをいじめていた。先生に媚びているとか、男子に色目を使っているとか、言いがかりもいいとこ。ほかの女の子たちと同じように接していただけなのに、わたしだけ批判されていた」
莉々亜にとって、とくに中学時代は苦々しい思い出ばかりだ。
「だから『見かえす』なんだね。でもあれはみんなが莉々亜に嫉妬していただけ。かわいくて勉強もできる莉々亜がうらやましかったんだよ。わたしもそうだった。莉々亜みたいにかわいらしい女の子に生まれてきたかったもん」
「わたしにやさしくしてくれたのはめぐるだけだったよ。中二のときの修学旅行でひとりぼっちだったわたしを一緒のグループに誘ってくれた。あのときすごくうれしかった。本当の友達だと思えた」
「わたしもだよ。莉々亜のこと──」
めぐるはそう言いかけるが。
「ううん、めぐるはそうじゃない。小学生のときからのつき合いなのにあまり本音を言ってくれないし、本当のわたしを知ろうともしない。なのに、いきなり現れた雫石くんを本気で気にかけて理解しようとしてる」
莉々亜は悔しさで顔をゆがませた。
「わたしの態度が気に障ったんなら謝るよ。でも、それと伊央のことは別の話」
「なんで別の話なの?」
「いじめた人間を見かえすために人の上に立つっていうのは莉々亜の考えでしょう。そのこと自体は別に否定しないよ。だけど人に押しつけるのはおかしいよ。みんなが莉々亜みたいに野心があるわけじゃない」
平穏な毎日というささやかな希望で精いっぱいの人間だっている。左手に障がいを持つ伊央にとって、人前に出るというのは拷問と同じことだ。
ふと視線を感じためぐるが顔をそちらに向けた。
「伊央……」
教室の出入口付近の廊下にぽつんと立っていた。
「めぐるが困ってるみたいだったから。大丈夫?」
「大丈夫、なんでもないよ」
「本当? いじめられてたんじゃないの?」
「まさか。莉々亜はそんなことをするような子じゃないよ。小学生のときからの友達なんだから」
「でも言い争っていた。僕が原因?」
伊央の視線が莉々亜をとらえる。彼女を逃がさないとばかりにじっと見据えた。
莉々亜は重たい鎖が絡まったかのように硬直した。初めて伊央を怖いと思った。なにも恐れるものがない人間の無言のプレッシャーは言葉よりも強烈で、簡単に心を脅えさせる。
「ごめんね、わたしが間違ってた。めぐるの言う通りだと思う。人それぞれ、生き方が違って当然だよね」
莉々亜が取り繕ったように言うと、伊央の脇をすり抜け、逃げるように教室に入る。そのタイミングで筧がこちらに向かってきた。
「またおまえたちか。ふたりとも教室に入れ」
「あれ? チャイム、鳴りましたっけ?」
「とっくに鳴った」
めぐるは無言で伊央に目で問いかけると、彼も無言で頷く。周囲を見まわすと、廊下にはめぐるたち以外、誰もいなかった。
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