八月の流星群

さとう涼

文字の大きさ
24 / 54
第三章 傷だらけのロンリネス

024

しおりを挟む
 朝のいざこざが尾を引き、めぐると莉々亜はずっと口を利くことはなかった。言いすぎたかもしれない。めぐるはひどく落ち込んだまま放課後を迎えた。
 全校生徒による一斉清掃と帰りのショートホームルームを終えた校内は解放感からか、ほどよく和んだ雰囲気に変化している。そのおかげで、帰り支度をしているめぐるの憂鬱もほんの少しではあるが薄まるのを感じた。

 ところで、めぐるの隣の席に伊央はいない。けれど鞄は机の上に置いたままなので帰ったわけではないようだ。

「おいっ! ゴミ置き場で火事らしいぞ!」

 突然、教室に残っていた男子のひとりが叫んだ。それから彼はスマートフォンをタップすると、周囲の人たちに見えるように画面を向けた。

「見ろよ、この動画!」

 だが、めぐるの席からは離れていて画面になにが映し出されているのかわからない。

「こいつ、雫石じゃねえ?」
「ほんとだ、雫石だ。あいつなにやってんだ?」

 スマートフォンの画面を見ていた男子たちが口々に言う。遠巻きに見ていたクラスメイトたちが画面見たさに一個所に集まりだした。

 伊央になにかあったんだ!

 めぐるはいてもたってもいられず、教室を飛び出した。火事に巻き込まれていやしないか、心配でたまらない。
 ゴミ置き場は学園の敷地の北東にある。学園で出たゴミをすべてそこに集め、定期的に業者に回収してもらっているだけなので火の気はないはずだが、いったん火が出たら大きな火事になりかねない。

 現場に着くと、焦げくさいにおいとともにゴミ置き場が見えてくる。辺りは粉末消火剤の白い煙が充満していて、それが風に乗って北のほうにゆっくりと流れていた。どうやら火は無事に消されたようだった。
 現場には騒ぎを聞きつけた生徒たち、教職員たちが群がっている。

「すみません、通してください!」

 めぐるは人混みをなんとかかき分け、騒動の発端となった場所を目指す。やがて白っぽい消火剤の下に黒くすすけたゴミ袋の山が見えた。そして、その前に消火器を持った伊央と、なぜか遠峯がいた。

「大丈夫? 怪我してない? 煙は吸ってないよね?」

 伊央のもとに駆け寄っためぐるは怪我はないか、伊央の頬、肩、腕をさすりながら確認していく。

「くすぐったいよ。僕は大丈夫。ちょっと熱かったけど、怪我はしてないよ」

 やさしく微笑む伊央に、めぐるはようやく安堵した。けれどよく見ると左手の甲が赤くなっている。

「やだ、やけどしてる。すぐに冷やさなきゃ」
「平気だよ」
「高比良の言う通りだよ、雫石。水道で冷やして保健室で手あてしてもらえって」

 遠峯の顔や腕もすすで黒く汚れていた。近くにもうひとつ消火器が置いてあったので、おそらく伊央とふたりで消火作業をしたのだろう。

「遠峯くんも一緒に行くよ。鼻の頭が赤くなってる。髪も縮れてるよ」

 ゴミ袋の山は三分の一ほどが焼けていた。残骸を見る限り、ふたりとも軽症なのが奇跡なくらいだ。
 遠峯は顔や髪を触りながら、「マジかよ」とつぶやく。消火作業に夢中になりすぎて、自身もやけどをしていることに気がついていなかった。



 伊央と遠峯は水道でやけどを負ったところを冷やし、すぐさま保健室へ。ふたりでベッドに腰かけ、順番に手あてを受けた。
 そこへ、勤続二十年の養護教諭である芹沢《せりざわ》真紀子《まきこ》から知らせを受けた筧が保健室に駆け込んできた。

「雫石、遠峯、大丈夫か!? 病院は!? 救急車は呼ばなくていいのか!?」
「筧先生、声でかすぎ。俺も雫石もたいしたことないから心配しなくていいよ」

 遠峯が笑いながら答えた。

「安心してください。幸い、ふたりとも軽いやけどなので痕が残ることもないと思います」

 筧を振り向いた芹沢が朗らかに補足する。
 筧は胸を撫でおろす。だが、それで終わりというわけにもいかない。

「ところでなんで火災現場にいたんだ?」
「俺は北棟にいて、ゴミ置き場で煙があがっているのを見たんだ。焦げたにおいもしてきたから、これはまずいと思って、近くにあった消火器を持って駆けつけたんだよ。そしたら雫石が消火器で火を消すところだった」
「どうして北棟にいたんだ?」
「今日の授業のときに理科室にノートを忘れたんだよ。準備室にいた先生に頼んで鍵を開けてもらってノートは見つかったんだけど……。火事のどさくさでなくした」

 ノートのことは頭からすっかり欠如していた。遠峯は言いながらそのことを思い出し、ひどく落胆した。

「雫石は?」

 筧がたずねるが、伊央は答えない。

「また、だんまりか」
「筧先生は、どうせ僕が放火したって思ってるんだろう?」
「違うなら、ありのままを話せばいい。それだけのことだ」
「それは僕を信用してくれてるってこと?」
「信用とか、そんな歯の浮くようなセリフを言わせるなよ。一応、四年も教師をやってるわけだから、子どものつく嘘なんてすぐにわかるんだよ」
「大人はそんなふうにものわかりのいいのを強調して子どもを小手先で操ろうとするんだ。でも実際はなにもわかってない。僕は無実を証明したいんじゃない。最初からそういう目で見るなと言ってるんだ」

 心を閉ざしてしまったかのように伊央は冷たい目をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...