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第三章 傷だらけのロンリネス
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朝のいざこざが尾を引き、めぐると莉々亜はずっと口を利くことはなかった。言いすぎたかもしれない。めぐるはひどく落ち込んだまま放課後を迎えた。
全校生徒による一斉清掃と帰りのショートホームルームを終えた校内は解放感からか、ほどよく和んだ雰囲気に変化している。そのおかげで、帰り支度をしているめぐるの憂鬱もほんの少しではあるが薄まるのを感じた。
ところで、めぐるの隣の席に伊央はいない。けれど鞄は机の上に置いたままなので帰ったわけではないようだ。
「おいっ! ゴミ置き場で火事らしいぞ!」
突然、教室に残っていた男子のひとりが叫んだ。それから彼はスマートフォンをタップすると、周囲の人たちに見えるように画面を向けた。
「見ろよ、この動画!」
だが、めぐるの席からは離れていて画面になにが映し出されているのかわからない。
「こいつ、雫石じゃねえ?」
「ほんとだ、雫石だ。あいつなにやってんだ?」
スマートフォンの画面を見ていた男子たちが口々に言う。遠巻きに見ていたクラスメイトたちが画面見たさに一個所に集まりだした。
伊央になにかあったんだ!
めぐるはいてもたってもいられず、教室を飛び出した。火事に巻き込まれていやしないか、心配でたまらない。
ゴミ置き場は学園の敷地の北東にある。学園で出たゴミをすべてそこに集め、定期的に業者に回収してもらっているだけなので火の気はないはずだが、いったん火が出たら大きな火事になりかねない。
現場に着くと、焦げくさいにおいとともにゴミ置き場が見えてくる。辺りは粉末消火剤の白い煙が充満していて、それが風に乗って北のほうにゆっくりと流れていた。どうやら火は無事に消されたようだった。
現場には騒ぎを聞きつけた生徒たち、教職員たちが群がっている。
「すみません、通してください!」
めぐるは人混みをなんとかかき分け、騒動の発端となった場所を目指す。やがて白っぽい消火剤の下に黒くすすけたゴミ袋の山が見えた。そして、その前に消火器を持った伊央と、なぜか遠峯がいた。
「大丈夫? 怪我してない? 煙は吸ってないよね?」
伊央のもとに駆け寄っためぐるは怪我はないか、伊央の頬、肩、腕をさすりながら確認していく。
「くすぐったいよ。僕は大丈夫。ちょっと熱かったけど、怪我はしてないよ」
やさしく微笑む伊央に、めぐるはようやく安堵した。けれどよく見ると左手の甲が赤くなっている。
「やだ、やけどしてる。すぐに冷やさなきゃ」
「平気だよ」
「高比良の言う通りだよ、雫石。水道で冷やして保健室で手あてしてもらえって」
遠峯の顔や腕もすすで黒く汚れていた。近くにもうひとつ消火器が置いてあったので、おそらく伊央とふたりで消火作業をしたのだろう。
「遠峯くんも一緒に行くよ。鼻の頭が赤くなってる。髪も縮れてるよ」
ゴミ袋の山は三分の一ほどが焼けていた。残骸を見る限り、ふたりとも軽症なのが奇跡なくらいだ。
遠峯は顔や髪を触りながら、「マジかよ」とつぶやく。消火作業に夢中になりすぎて、自身もやけどをしていることに気がついていなかった。
伊央と遠峯は水道でやけどを負ったところを冷やし、すぐさま保健室へ。ふたりでベッドに腰かけ、順番に手あてを受けた。
そこへ、勤続二十年の養護教諭である芹沢《せりざわ》真紀子《まきこ》から知らせを受けた筧が保健室に駆け込んできた。
「雫石、遠峯、大丈夫か!? 病院は!? 救急車は呼ばなくていいのか!?」
「筧先生、声でかすぎ。俺も雫石もたいしたことないから心配しなくていいよ」
遠峯が笑いながら答えた。
「安心してください。幸い、ふたりとも軽いやけどなので痕が残ることもないと思います」
筧を振り向いた芹沢が朗らかに補足する。
筧は胸を撫でおろす。だが、それで終わりというわけにもいかない。
「ところでなんで火災現場にいたんだ?」
「俺は北棟にいて、ゴミ置き場で煙があがっているのを見たんだ。焦げたにおいもしてきたから、これはまずいと思って、近くにあった消火器を持って駆けつけたんだよ。そしたら雫石が消火器で火を消すところだった」
「どうして北棟にいたんだ?」
「今日の授業のときに理科室にノートを忘れたんだよ。準備室にいた先生に頼んで鍵を開けてもらってノートは見つかったんだけど……。火事のどさくさでなくした」
ノートのことは頭からすっかり欠如していた。遠峯は言いながらそのことを思い出し、ひどく落胆した。
「雫石は?」
筧がたずねるが、伊央は答えない。
「また、だんまりか」
「筧先生は、どうせ僕が放火したって思ってるんだろう?」
「違うなら、ありのままを話せばいい。それだけのことだ」
「それは僕を信用してくれてるってこと?」
「信用とか、そんな歯の浮くようなセリフを言わせるなよ。一応、四年も教師をやってるわけだから、子どものつく嘘なんてすぐにわかるんだよ」
「大人はそんなふうにものわかりのいいのを強調して子どもを小手先で操ろうとするんだ。でも実際はなにもわかってない。僕は無実を証明したいんじゃない。最初からそういう目で見るなと言ってるんだ」
心を閉ざしてしまったかのように伊央は冷たい目をしていた。
全校生徒による一斉清掃と帰りのショートホームルームを終えた校内は解放感からか、ほどよく和んだ雰囲気に変化している。そのおかげで、帰り支度をしているめぐるの憂鬱もほんの少しではあるが薄まるのを感じた。
ところで、めぐるの隣の席に伊央はいない。けれど鞄は机の上に置いたままなので帰ったわけではないようだ。
「おいっ! ゴミ置き場で火事らしいぞ!」
突然、教室に残っていた男子のひとりが叫んだ。それから彼はスマートフォンをタップすると、周囲の人たちに見えるように画面を向けた。
「見ろよ、この動画!」
だが、めぐるの席からは離れていて画面になにが映し出されているのかわからない。
「こいつ、雫石じゃねえ?」
「ほんとだ、雫石だ。あいつなにやってんだ?」
スマートフォンの画面を見ていた男子たちが口々に言う。遠巻きに見ていたクラスメイトたちが画面見たさに一個所に集まりだした。
伊央になにかあったんだ!
めぐるはいてもたってもいられず、教室を飛び出した。火事に巻き込まれていやしないか、心配でたまらない。
ゴミ置き場は学園の敷地の北東にある。学園で出たゴミをすべてそこに集め、定期的に業者に回収してもらっているだけなので火の気はないはずだが、いったん火が出たら大きな火事になりかねない。
現場に着くと、焦げくさいにおいとともにゴミ置き場が見えてくる。辺りは粉末消火剤の白い煙が充満していて、それが風に乗って北のほうにゆっくりと流れていた。どうやら火は無事に消されたようだった。
現場には騒ぎを聞きつけた生徒たち、教職員たちが群がっている。
「すみません、通してください!」
めぐるは人混みをなんとかかき分け、騒動の発端となった場所を目指す。やがて白っぽい消火剤の下に黒くすすけたゴミ袋の山が見えた。そして、その前に消火器を持った伊央と、なぜか遠峯がいた。
「大丈夫? 怪我してない? 煙は吸ってないよね?」
伊央のもとに駆け寄っためぐるは怪我はないか、伊央の頬、肩、腕をさすりながら確認していく。
「くすぐったいよ。僕は大丈夫。ちょっと熱かったけど、怪我はしてないよ」
やさしく微笑む伊央に、めぐるはようやく安堵した。けれどよく見ると左手の甲が赤くなっている。
「やだ、やけどしてる。すぐに冷やさなきゃ」
「平気だよ」
「高比良の言う通りだよ、雫石。水道で冷やして保健室で手あてしてもらえって」
遠峯の顔や腕もすすで黒く汚れていた。近くにもうひとつ消火器が置いてあったので、おそらく伊央とふたりで消火作業をしたのだろう。
「遠峯くんも一緒に行くよ。鼻の頭が赤くなってる。髪も縮れてるよ」
ゴミ袋の山は三分の一ほどが焼けていた。残骸を見る限り、ふたりとも軽症なのが奇跡なくらいだ。
遠峯は顔や髪を触りながら、「マジかよ」とつぶやく。消火作業に夢中になりすぎて、自身もやけどをしていることに気がついていなかった。
伊央と遠峯は水道でやけどを負ったところを冷やし、すぐさま保健室へ。ふたりでベッドに腰かけ、順番に手あてを受けた。
そこへ、勤続二十年の養護教諭である芹沢《せりざわ》真紀子《まきこ》から知らせを受けた筧が保健室に駆け込んできた。
「雫石、遠峯、大丈夫か!? 病院は!? 救急車は呼ばなくていいのか!?」
「筧先生、声でかすぎ。俺も雫石もたいしたことないから心配しなくていいよ」
遠峯が笑いながら答えた。
「安心してください。幸い、ふたりとも軽いやけどなので痕が残ることもないと思います」
筧を振り向いた芹沢が朗らかに補足する。
筧は胸を撫でおろす。だが、それで終わりというわけにもいかない。
「ところでなんで火災現場にいたんだ?」
「俺は北棟にいて、ゴミ置き場で煙があがっているのを見たんだ。焦げたにおいもしてきたから、これはまずいと思って、近くにあった消火器を持って駆けつけたんだよ。そしたら雫石が消火器で火を消すところだった」
「どうして北棟にいたんだ?」
「今日の授業のときに理科室にノートを忘れたんだよ。準備室にいた先生に頼んで鍵を開けてもらってノートは見つかったんだけど……。火事のどさくさでなくした」
ノートのことは頭からすっかり欠如していた。遠峯は言いながらそのことを思い出し、ひどく落胆した。
「雫石は?」
筧がたずねるが、伊央は答えない。
「また、だんまりか」
「筧先生は、どうせ僕が放火したって思ってるんだろう?」
「違うなら、ありのままを話せばいい。それだけのことだ」
「それは僕を信用してくれてるってこと?」
「信用とか、そんな歯の浮くようなセリフを言わせるなよ。一応、四年も教師をやってるわけだから、子どものつく嘘なんてすぐにわかるんだよ」
「大人はそんなふうにものわかりのいいのを強調して子どもを小手先で操ろうとするんだ。でも実際はなにもわかってない。僕は無実を証明したいんじゃない。最初からそういう目で見るなと言ってるんだ」
心を閉ざしてしまったかのように伊央は冷たい目をしていた。
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