八月の流星群

さとう涼

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第四章 絶望のクライ

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 五日後の火曜日。

 莉々亜は退学処分となり、逮捕以来一度も学園を訪れることなく除籍された。学園は五日前よりも幾分落ち着きを取り戻しているが、一部では莉々亜への非難は続いている。

 放課後。
 日直だっためぐるは職員室にいる筧に日誌を提出し、教室に戻ろうとしていた。
 廊下を歩いていると、華耶子と名前のわからない男子が渡り廊下を歩いているのが見えた。ふたりは北棟に向かっているようだ。

 めぐるはとっさに華耶子を追いかけた。

「如月先輩!」

 背後からめぐるが呼びかけると、華耶子が一瞬ビクリと肩を上下させた。

「なにか用?」

 振り返った華耶子はなぜか冷たく答える。

「お聞きしたいことがありまして。少しお時間よろしいですか?」

 華耶子はすかさず迷惑そうな顔をするが、隣にいる男子が「先に行ってるよ」と気を利かせてくれた。

「すみません」

 めぐるが恐縮していると、男子は口角をあげ、「気にしないで」と愛想よく言ってくれた。
 ゴミ置き場の火事の原因を作ったのは彼なのだろうか。華耶子と一緒だからといってそうとは限らないが、ちょっとおちゃらけた軽いノリの男子で、喫煙者と言われればそうなのかと思える。

 華耶子はさっきの男子が北棟に入っていくのを見届けると、めぐるに向き直る。

「あの……今の人って如月先輩の彼氏ですか?」
「違うけど。聞きたいことってそんなこと?」
「いいえ、それとは違うんですけど。すみません、ちょっと気になって。興味本位みたいなものです」

 失礼だと思いながらも正直に話す。だが華耶子は怒ることなく答えてくれた。

「彼は同じクラスの七瀬ななせくん。たまに英会話を教えてあげてるの。彼、夏休みにニューヨークに行くんだけど、英語がまるっきりだめで、必要最低限の英語を教えてほしいって頼まれて」
「それで北棟に?」
「そうよ。ほかに場所がないから内緒で空き教室の合鍵を作って使ってたんだけど、美術準備室の隣の教室だからすぐに筧先生にバレて怒られちゃって。でも理由が理由だからって大目にみてもらったの。七瀬くんは美術部で絵を描いているんだけど、ニューヨークに行くのはその勉強のためだから」
「そういうことだったんですね」

 学園長室で本当のことを言うのを渋っていたのは、空き教室の件で筧に迷惑をかけないためであったのだと、めぐるは納得した。となると、華耶子の彼氏はやはり筧なのだろうかと振り出しに戻るのだが、さすがにそれを確認することははばかれた。

「七瀬くんのおかげで散々だったわよ。ゴミ置き場で火事まで起こすし」
「じゃあ犯人……じゃなかった、煙草を吸っていたのって七瀬先輩なんですか?」
「そう。一週間の停学になって、今日が停学明けの初日。思ったよりも軽い処分でほっとしたわよ」」
「わたし、火事の原因はてっきり用務員さんだと思ってました。如月先輩が用務員さんの喫煙を注意したと言っていたので」

 それを聞いた華耶子はバツの悪そうな顔になる。

「火事があった日は七瀬くんひとりだったらしいんだけど。あの用務員はよく七瀬くんと一緒にゴミ置き場で喫煙していたみたいで、一部の生徒の間でちょっとしたうわさになってたの。うちの学園は自由な校風がウリだけど喫煙に関しては厳しいでしょう。だから七瀬くんには前々から注意していたんだけど、用務員も処分される可能性もあるから一応注意だけしておこうと思って。それを雫石くんに見られていたってわけ。だけど結局、七瀬くんはわたしの忠告なんて聞いていなかったんだけどね」

 洗いざらい打ち明ける華耶子はこれでせいせいしたと言わんばかりに開き直っていた。学園の生徒の手本のような人で、潔癖なのかと思っていたが、意外と情が熱く、融通も利く人のようだ。

「これくらいでいいかな? 聞きたかったことって、火事のことなんでしょう?」

 そう言われ、めぐるは本題に挑むために気合を入れる。

「すみません、あともうひとついいですか?」
「どうぞ」

 華耶子もめぐるの気迫を感じ、身構えた。
 めぐるは梅村の通っていた塾の講師のことを説明した。スマートフォンの画像を見せると、華耶子が懐かしむように見入った。

「この人は間違いなく叔父よ。御影尚央なお。もともとはこの学園で教師をしていたんだけど、御影理事長といろいろあったらしくて、縁を切る形で学園を去っていったみたい。塾講師をしていることは母から聞いていたわ」
「やっぱりこの方は御影理事長の息子さんなんですね」
「ところで、高比良さんはなにが言いたいの? あなたのことだから、どうせ雫石くんに関係することでしょう? まさか雫石くんと似ているから血のつながりがあるとでも?」
「別にそういうわけではないんですけど……」
「たしかにわたしも最初に雫石くんに会ったとき、あまりにも叔父に似ているから驚いたわ。だけど雫石くんが叔父の息子だと決めつけないで。だいたい雫石くんには立派なお父様がいらっしゃるじゃない。それに叔父は生涯独身だったし、もちろん子どももいなかったわ」

 華耶子としても亡くなった叔父に隠し子がいたとなると体裁が悪く、あまり信じたくない内容だった。
 めぐるも華耶子の立場は理解していた。そのためそれ以上のことは口にすることはなかった。

 だが、めぐるのなかでは確信めいたものが生まれていた。『尚央』と『伊央』。ふたつの名前は非常に似ている。伊央の名前は誰が名づけたのかわからないが、なんにせよ御影徳之助と息子の尚央と関係があるような気がした。
 めぐるは思いきって御影理事長に会いにいこうと思った。伊央の父親が御影自身なのか、それとも息子の尚央なのかこの際はっきりさせようと思った。

 本来ならここまで積極的ではないのだが、伊央のためならなんでもできるような気がした。
 伊央の出自にどんな真実が隠されているのかわからない。もし不幸なことであれば、自分が黙っていればいいだけ。
 この世界に生まれたことを嘆き悲しんでいる伊央を救う方法は、自身が祝福されて生まれてきたということを知ってもらうことだ。
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