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第四章 絶望のクライ
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翌日の午前七時。めぐるは校門の前で御影理事長が来るのを待ち伏せしていた。
といっても今日、御影理事長が学園に来るのか定かではない。普段も学園に常勤しておらず、実際にめぐるが御影理事長の姿を見たのは入学式のときと、五月に行われた創立記念の式典のときだけだ。
だが明日からいよいよ夏休みがはじまり、今日は夏休み前の全校集会がある。おそらく御影理事長は壇上であいさつをすると見込んでいた。
午前七時十五分。
黒のセダンが校門を通り、学園の敷地内に入っていった。
如月学園長の車は白。つまり、あの黒い車は御影理事長が乗っている可能性が高い。
めぐるはすかさず車を追いかける。
職員用の出入口の前で車は止まった。体格のいい三十代の男性が運転席から降りると、後部座席のドアを開ける。そのドアから礼服を着た御影理事長がゆっくりと降りてきた。
「おはようございます、御影理事長」
めぐるの声に御影理事長が足を止めると、駆け寄ってきためぐるを訝しげに眺めた。厳めしい顔に深い皺を刻ませるが、肌艶はよく、黒々とした頭髪ということもあって、六十九歳にしては若々しい。
「君はうちの学園の生徒かね?」
「はい、一年の高比良めぐるといいます。朝からすみません。どうしてもお聞きしたいことがあって、待っていました」
御影理事長はめぐるの名前を聞き、わずかに目を見開いて反応を示した。
「聞きたいこと? こんな朝早くからわたしが来るのを待っているとは、よっぽどのことなんだな」
「はい。とても大事なお話なんです」
「わかったよ。いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていたよ」
「えっ?」
御影理事長が妙なことを言う。めぐるは首を傾げた。
「話が早くて助かるよ。つまり僕が来ることは予想済みってことだよね。かつてあんたの運転手をしていた額賀という男が親切に教えてくれたよ。僕の出自に御影徳之助が深くかかわっているってね」
まったくの予想外だった。約束もしていなければ、御影理事長を待ち伏せすることも知らせていなかった。めぐるは不思議でならない。
「どうして伊央もここに?」
「やっぱり知りたいんだ。どんな事実であろうとかまわない。たとえ誰にも祝福されずに生まれたんだとしても、僕を生かしてくれた医者や看護師がいて、これまで育ててくれた施設の人や父さんがいて、ほかにもたくさん僕にかかわってくれた人たちがいる。そして、めぐるも……。そう考えるようにした」
伊央は切々と訴えた。
自分に素直になることは苦しいことだった。
けれど自分とそっくりな男の存在を知り、ルーツというものを感じた。そこに光を感じた。出口が見えなくてもがいてきたこれまでの人生のなかで一番、自分の未来を期待した瞬間だった。
「ところで、その運転手にはいつ会ったの?」
めぐるも寝耳に水のことだった。
「最近のことだよ。赤いキャリーバッグが駅前に置かれた日。あの日、マンションの前で声をかけられた」
「そういうことだったんだ」
「あのときはどうしても言いたくなかったんだ」
「ううん、仕方ないよ。爆発物騒動とは関係ないことだもん」
四方堂には帰宅時間が遅くなったのはコンビニで買ったパンを食べていたとごまかしていたが、あの苦しい言い訳の真相はこれだったのだ。
「なるほど、額賀か……。彼は正義感の強い男だった。わたしの選択を快く思っていなかったことは薄々気づいていたが、まさか本人に会いにいっていたとはな。ついてきなさい」
ふたりの会話を黙って聞いていた御影理事長だったが、事情を飲み込み、歩き出す。
そのあとについて、めぐると伊央も理事長室に向かった。
といっても今日、御影理事長が学園に来るのか定かではない。普段も学園に常勤しておらず、実際にめぐるが御影理事長の姿を見たのは入学式のときと、五月に行われた創立記念の式典のときだけだ。
だが明日からいよいよ夏休みがはじまり、今日は夏休み前の全校集会がある。おそらく御影理事長は壇上であいさつをすると見込んでいた。
午前七時十五分。
黒のセダンが校門を通り、学園の敷地内に入っていった。
如月学園長の車は白。つまり、あの黒い車は御影理事長が乗っている可能性が高い。
めぐるはすかさず車を追いかける。
職員用の出入口の前で車は止まった。体格のいい三十代の男性が運転席から降りると、後部座席のドアを開ける。そのドアから礼服を着た御影理事長がゆっくりと降りてきた。
「おはようございます、御影理事長」
めぐるの声に御影理事長が足を止めると、駆け寄ってきためぐるを訝しげに眺めた。厳めしい顔に深い皺を刻ませるが、肌艶はよく、黒々とした頭髪ということもあって、六十九歳にしては若々しい。
「君はうちの学園の生徒かね?」
「はい、一年の高比良めぐるといいます。朝からすみません。どうしてもお聞きしたいことがあって、待っていました」
御影理事長はめぐるの名前を聞き、わずかに目を見開いて反応を示した。
「聞きたいこと? こんな朝早くからわたしが来るのを待っているとは、よっぽどのことなんだな」
「はい。とても大事なお話なんです」
「わかったよ。いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていたよ」
「えっ?」
御影理事長が妙なことを言う。めぐるは首を傾げた。
「話が早くて助かるよ。つまり僕が来ることは予想済みってことだよね。かつてあんたの運転手をしていた額賀という男が親切に教えてくれたよ。僕の出自に御影徳之助が深くかかわっているってね」
まったくの予想外だった。約束もしていなければ、御影理事長を待ち伏せすることも知らせていなかった。めぐるは不思議でならない。
「どうして伊央もここに?」
「やっぱり知りたいんだ。どんな事実であろうとかまわない。たとえ誰にも祝福されずに生まれたんだとしても、僕を生かしてくれた医者や看護師がいて、これまで育ててくれた施設の人や父さんがいて、ほかにもたくさん僕にかかわってくれた人たちがいる。そして、めぐるも……。そう考えるようにした」
伊央は切々と訴えた。
自分に素直になることは苦しいことだった。
けれど自分とそっくりな男の存在を知り、ルーツというものを感じた。そこに光を感じた。出口が見えなくてもがいてきたこれまでの人生のなかで一番、自分の未来を期待した瞬間だった。
「ところで、その運転手にはいつ会ったの?」
めぐるも寝耳に水のことだった。
「最近のことだよ。赤いキャリーバッグが駅前に置かれた日。あの日、マンションの前で声をかけられた」
「そういうことだったんだ」
「あのときはどうしても言いたくなかったんだ」
「ううん、仕方ないよ。爆発物騒動とは関係ないことだもん」
四方堂には帰宅時間が遅くなったのはコンビニで買ったパンを食べていたとごまかしていたが、あの苦しい言い訳の真相はこれだったのだ。
「なるほど、額賀か……。彼は正義感の強い男だった。わたしの選択を快く思っていなかったことは薄々気づいていたが、まさか本人に会いにいっていたとはな。ついてきなさい」
ふたりの会話を黙って聞いていた御影理事長だったが、事情を飲み込み、歩き出す。
そのあとについて、めぐると伊央も理事長室に向かった。
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