八月の流星群

さとう涼

文字の大きさ
44 / 54
第五章 奇跡の夜にメテオの祝福

044

しおりを挟む
 筧と華耶子がポンポンと会話を交わすのを、めぐるは気恥ずかしい気持ちで眺めていた。
 やはりこのふたりは恋人同士なのだろうか。教師と生徒という関係にしては距離感を近く感じる。

「高比良さん、大丈夫?」

 めぐるが落ち込んでいるように見えたようだ。華耶子が心配そうに言った。

「如月先輩と筧先生って、仲がいいんだなあと思いまして」

 ずっと気になっていたことなので、つい直球的に質問してしまった。

「第三者から見たら、そんなふうに見えるのね。でもそれは誤解よ。筧先生とわたしは前からの知り合いというか、わたしが中一のときの水泳の専属コーチなの」

 華耶子は意外にも気負いなく答えた。

「水泳の専属コーチ?」
「わたし、小三のときに海で溺れて以来、泳げなくなっちゃったの。それで中一の夏休みに水泳の特訓を受けることになったんだけど、そのコーチが筧先生。きっかけは筧先生が西城ヶ丘学園に教育実習に来たときに、父が筧先生を気に入っちゃって。ほら、この人ってやたら愛想がいいでしょう。高校のときにインターハイに行けるほどの実力だったと聞いて、それが決め手で父が勝手にお願いしたの」
「え? 筧先生って水泳部だったんですか?」

 美大出身なので、てっきり高校時代から美術部一筋かと思っていた。

「こう見えても小学生のときから水泳少年だったんだよ。だけど高一のとき、インターハイ直前に交通事故で両足を骨折して入院。そのまま水泳部を辞めた。ついでに不登校になって留年して、翌年一年生をやり直したんだよ」
「留年していたとは知りませんでした。意外に苦労してるんですね」
「あの頃の俺は水泳がすべてだったから、それを奪われてほぼ抜け殻状態だったんだよ。そんなときに担任が毎日のように家に来てくれた。担当教科が美術なもんだから、絵を描くことをすすめてくれたんだ。最初は仕方なくだったけど、あまりにも熱心に教えてくれるものだから、俺もまじめに描くようになったんだよ」

 めぐるは感動的な話にうっとりと聞き入っていた。
 一方、華耶子は小さくため息をついている。

「それで筧先生も美術の先生を目指そうと思ったんですね」
「そう。あの先生のおかげで今の俺があると言っても過言ではないな。『筧くんは芸術の才能があるわ』なんて言われて、舞いあがってたよ。夏休みに教室の窓からふたりきりで花火を見たり、美術室で一緒に先生の手作りクッキーを食べたり。楽しかったなあ」
「えっ、女の先生だったんですか?」

 なんてピュアでいい話だと思っていたら、どうもそうでもないらしい。

「ね? 聞かないほうがよかったでしょう?」

 華耶子があきれていた理由がわかり、めぐるも軽く脱力。さらに華耶子は驚くべき事実を補足した。

「ちなみにその美術教師とは泣く泣くお別れして、彼女はその後に知り合った男性と翌年に結婚。それから旦那さんの転勤についていくために学園を辞めたんですよね? 筧先生?」
「そんなことまで話したっけ?」
「ええ。当時わたしは中一でしたので、多少衝撃はありましたけど」
「言っとくが、不適切な関係ではなかったからな。先生はあくまでも俺を立ち直らせようと思って気にかけてくれただけなんだ」

 筧は必死に言い訳するが、それが本当だとして、めぐるのなかにはモヤモヤが残る。他人のそういうことは生々しくて、華耶子の言う通り、できれば知らないままのほうがよかった。
 ただ、気楽に生きているように見えても、過去や抱えているものは必ずしも明るいものではないというのはわかった。
 人は表面だけを見て、この人はこんな人だと決めつけてはいけないのかもしれない。内面を知られるのを恐れ、自分を偽る人間はきっと多い。
 莉々亜もそのひとりだった。伊央も同じだ。恐怖心を虚栄心に変えて、本当の自分を隠し続けて生きてきた。

 めぐるは華耶子から預かった茶封筒を大切に抱える。これを渡すためにすぐに伊央に会いにいこうと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...