親愛なる後輩くん

さとう涼

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(6)好きなひとの好きなひと

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 観念したのはわたしのほう。敦朗の斜め向かいの椅子を引いて座った。

「辞表のこと、結城さんには話してあるんだよね?」

「ああ。昨日話した」

「彼女、なんて?」

「泣かれた」

「だろうね」

 わたしも結城さんの立場だったらそうなると思う。

「辞める必要はないと思うよ。敦朗はなにも悪いことしてないじゃん」

「もともと辞めることは考えてなかったわけじゃないんだ」

「え?」

「きっかけがなかっただけ。というより、きっかけをさがしていたと言ったほうがいいな」

「なにそれ!? いつから考えてたの!? 辞めてどうするの!?」

 膝の上で握った拳に力が入る。

「辞めることを考えてたのは二年くらい前からかな。俺も三十八になったし、新しいことはじめるタイミングとしてちょうどいいかなと思ってる」

 新しいことをはじめる? そんなの知らない。そんな必要なんてないじゃない。この会社に定年までいたほうが安定した生活ができるに決まっている。

「転職先の目星はついてるってこと?」

「ああ。ここよりずっと小さい会社だけど、人手不足で困ってるらしいんだ」

「どんな仕事?」

「地方の過疎地に住んでいる高齢のひとたちに商品を届ける仕事」

「通販?」

「移動販売って言ったほうがわかりやすいかな。食品だけでなく、要望があれば生活用品や衣料品なんかも軽トラックに載せて販売する」

 移動販売についてはテレビやネット記事で見聞きしたことがある。日本にはいわゆる買い物難民が至るところにいる。とくに高齢の方に多い。
 車がないというひとばかりではない。年齢とともに足腰が悪くなり、外出が難しいひとも少なくないのだ。そういうひとたちのためにホームヘルパーさんがいて代わりに買い物をしてくれることもあるそうだが、やはり自分の目で見て、手に取って買い物を楽しみたいそうだ。

「ここで便利なものを作ることもいいけど、もっと困っているひとたちのために働きたいなと思ったんだ」

「すごいね。そんなことを考えていたなんて知らなかった」

「誰にも言ったことなかったから」

 櫻井本部長と柊部長にもまだ話していないそうだ。まずは一刻も早く辞表を出すこと。それが敦朗なりの責任の取り方だったのかもしれない。

「でも、いくら敦朗がやりたいことでも結城さんが受け止められないのもわかる」

「だな」

 若い彼女には酷な現実かもしれない。彼氏が会社を辞めるということは大きな衝撃だ。

「ということは、結城さんとは遠距離恋愛になるのかな」

「そうなるのかな。いや、どうだろう。現時点ではなんとも言えない」

 これ以上はわたしは踏み込めない領域だ。遠距離恋愛とは限らない。まだつき合って間もないふたりには難しい選択になる。

 そりゃあ、泣くよね。泣くことしかできないよ。

「辞めるにしても結城さんとよく話し合ってからにしなきゃだめだよ」

「でも聞く耳を持ってくれないんだ。どう話せば納得してくれるんだろう」

「結城さんはすごく戸惑ってるはず。強引に納得させるんじゃなくて、じっくり何度でも話す機会を作って伝えてみたら?」

 言いながら切なくなってくる。どうしてわたしがふたりの恋愛についてアドバイスしないといけないのだろう。
 わたしだって泣きたい。好きなひとがほかのひとを想い、悩み、苦しんでいる。敦朗の力になることは自分の首を絞めることだけど、それでも放っておけないのだから、とんでもなく厄介だ。
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