親愛なる後輩くん

さとう涼

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(6)好きなひとの好きなひと

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 バタバタの金曜日が過ぎ、さらに土日の休日明けの月曜日。

 昼休みを終えて午後の仕事に取りかかろうとしたとき、デスクの内線が鳴り、受話器をあげた。

「店舗運営部、雨宮です――はい、承知しました」

 わたしは立ちあがる。

「沙織さん、人事部に呼ばれました」

「なにかあった?」

「わかりません。とにかく行ってきます」

 人事部のひいらぎ部長からの呼び出しだった。

 なんだろう。顧客からのクレームや店舗で起きたトラブルを思い浮かべるが、思いあたることがありすぎて逆にわからない。それともわたしがなにかしたのだろうか。

 人事部はすぐ上の階にある。エレベーターホールまで行くと、少し迷ってすぐ脇にある非常階段のドアを開けた。緊張が増してくる。階段をのぼっているせいもあるのだろうけれど、心臓の鼓動が早まっていくのがわかった。

 ノックして人事部のあるドアを開けると柊部長が立ちあがり、なぜか同じフロアにある会議室に促された。会議室に入るとそこには驚きの光景が待っていた。

「神崎部長……」

 会議室にたったひとり。十人用のテーブルにまさにポツンという感じで座っていた。その顔は暗く沈んでいる。

「どうしてわたしを?」

 柊部長にたずねる。

「今朝、櫻井さくらい本部長からこれを預かった」

 櫻井本部長は敦朗の直属の上司。見ると白い封筒に『辞表』という文字があった。敦朗の字だ。

「辞めるの!?」

 驚いて敦朗に問いかける。敦朗はわたしを見て小さくうなずいた。

 信じられない。仕事が大好きで大切にしてきたひとなのに。

「と、本人はそのつもりなんだが、この辞表は櫻井本部長と俺しか知らない。櫻井本部長が人事部ではなく俺個人に託したんだ」

 柊部長が困ったように眉をひそめた。

「どういうことですか?」

「櫻井本部長も俺も神崎を辞めさせたくないと思ってる。そこでだ。雨宮さんにも協力してもらおうと思ってここに呼んだ」

 実は柊部長は敦朗の同期。わたしたちが結婚するときとても喜んでくれて結婚式ではお祝いのスピーチもしてくださった。離婚することになったときも一番に報告した。残念だな、と言ったときのさびしそうな顔をいまでも覚えている。

「なんで急に辞表なんて……」

「社内の噂は知ってるよな」

 まさか会社を辞めるつもりでいるとは思わなくてショックを受けていたら、柊部長がさっそく切り込んできた。

「結城さんとのことですよね」

「そう。責任を感じて辞表を書いたらしいんだ」

 責任ってなんの責任? 後ろめたいことなんてないはずなのに。

「神崎部長らしいというか……。深刻に受け止めすぎです」

「そうなんだよなあ。誰にも相談せずに辞表を提出したらしいから、その場の勢いみたいなのもあるのかと思って。ということで雨宮さん、お願いできる?」

「いまさら、わたしなんか……」

 頼む相手を間違っている。わたしなんかより結城さんのほうがずっといいのではないかと思う。

「まあそう言わず。雨宮さんの上司には許可をもらっているから、ここで考え直すよう説得を頼むよ」

 そりゃあ、わたしでなんとかできるなら説得でもなんでもする。だけど敦朗はきっとわたしの意見なんて聞く耳持たないと思う。それくらいわたしたちの距離は遠い。それは果てしないほどに赤の他人なんだ。

 だけど柊部長は会議室を出ていってしまった。残されたわたしたちはしばらく沈黙のなかにいた。
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