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(6)好きなひとの好きなひと
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会議室を出て人事部のドアをノックする。
「柊部長、少しよろしいですか?」
ドアを開け、部屋の外から声をかけた。
「いま行く」
柊部長は席を立ち、わたしたちはもう一度会議室へ。
敦朗はもういない。すでに仕事に戻っていた。
「どうだった?」
先に柊部長が椅子に座り、わたしはひとつ分を空け、その隣に座った。
「すみません。説得はできなかったというか、してません」
「なんで?」
「話だけは聞きました。ほかにやりたいことがあるらしくて、衝動的に辞表を出したわけではなさそうです」
「やりたいこと?」
「ええ」
柊部長は敦朗の転職希望の会社のことは聞いていないので、わたしも詳しいことを伝えるのは避けた。
「お願いがあるんですけど、もう少し柊部長のほうで辞表を預かっておいていただけませんか?」
「それはかまわないが、なにか考えがあるのか?」
「しばらく時間を置いたほうがいいと思うんです」
「なるほど。冷静になれば気持ちに変化があるかもしれないな」
「どう変わるかはわかりません。ですが、いまの神崎部長は追いつめられているように見えました。なので気持ちを落ち着かせる必要があると感じました」
さっき敦朗と話をして、会社を辞めないよう説得することはできないと思った。ほかにやりたいことがあるという敦朗の人生にわたしが干渉する権利なんてない。
だけどこんな形で会社を辞めさせるわけにはいかないような気がした。夢に向かっての一歩のはずなのに、敦朗がぜんぜん幸せそうに見えない。そんなんじゃだめなんだ。
「折を見て話し合いの場を持ったとき、再度引き留めることはかまいませんが、本人が頑なに拒んだら、その際は神崎部長の気持ちを尊重していただけませんか?」
柊部長はじっと考え込み、やがて納得してくれたみたいで深くうなずいた。
「わかった」
「ありがとうございます。偉そうにすみません」
「こっちこそ、面倒なことを頼んで悪かったな」
こうして保留という形を取ることにした。
「それにしても困ったやつだな。社内恋愛はかまわないが相手が悪い。よりによって自分が面接した人間だもんな」
「神崎部長は決して贔屓をしないひとです」
「わかってる。まあそのうちみんなもこの話題は飽きるだろう」
「ええ。そう願いたいですね」
◇◇◇
それから仕事に戻ると、またまた問題が発生していた。
「雨宮さん、眉間がやばいよ」
「え! あっ、はい! 気をつけます」
パソコンの画面に見入っていたら、眉間に皺が寄っていたらしい。わたしの隣に立つ沙織さんに指摘され、指で皺を伸ばした。
社内アンケートをチェックしていたのだが、その内容にげんなりしていた。【面接で落とされたほかのスタッフがかわいそう】【出来レースだなんてひどすぎ】【本社の人間の倫理観はどうなってんの?】【社内で欲情してんじゃねーよ】【色気使って希望の部署に異動するとかやめてほしい】【エロ部長キモッ!】ほかにも辛辣なコメントがいくつか寄せられている。これらはすべて敦朗と結城さんに対するものだ。
「それにしても噂が広まるの早いねえ」
パソコンを覗き込みながら沙織さんが言う。
回答者は本社の人間か、それとも店舗スタッフか。わからない。内部事情がどこからどこへ流れているのだろうか。
「個人への攻撃なので怖いです」
「困ったね。こういうのも報告あげなきゃなんないから」
「はい……」
最終的には社長も目を通す。きっと、ますます敦朗の立場を悪くしてしまう。
「公私混同を批判してるみたいだけど、けっこうやっかみも入ってるんだろうね」
「やっかみってなんですか?」
「たとえば神崎部長のファンがチクチク嫌みを言ってるんだよ」
「え……?」
「バツイチ独身ってけっこうモテるんだよ。おまけにルックスもいいでしょう。若い子たちにも人気みたいだよ」
知らなかった……。敦朗っていまでも女子社員に人気なのか。
結婚前はたしかに人気があった。敦朗は人あたりがいいので年齢や性別関係なくわりとみんなに慕われていたけれど、敦朗を特別な目で見る女性スタッフが何人かいることも人づてに聞いていた。
「男はいいよね。アラフォーでも夢や希望があるんだもん」
まったくもってそのとおり。わたしなんて男のひとから誘われることすらない。プライベートで食事をした男性は蓮見くんしかいない。それだってデートとはまったく違うもの。そもそも蓮見くんは論外だ。
「ねえ? あのふたりって、やっぱりつき合ってるの?」
沙織さんは興味津々といったふうにたずねてくる。
前にも聞かれたけれど、この場合どうしたらいいのか判断に困る。
「それについてはわたしの口からはなんとも」
「ということは、噂は本当なんだ!」
沙織さんは、「そっかそっか」と納得して自分の席につく。
わたしはその様子を見ながら複雑な思いだった。あのふたりの関係が公のものになった代わりに、元妻であるわたしの存在が消えてしまうような気がした。勝手に復縁後の未来を思い描いていたわたしにとって、たとえ批判にさらされても敦朗の隣にいるのが結城さんなのだと思い知らされて、どうしようもなく苦しかった。
「柊部長、少しよろしいですか?」
ドアを開け、部屋の外から声をかけた。
「いま行く」
柊部長は席を立ち、わたしたちはもう一度会議室へ。
敦朗はもういない。すでに仕事に戻っていた。
「どうだった?」
先に柊部長が椅子に座り、わたしはひとつ分を空け、その隣に座った。
「すみません。説得はできなかったというか、してません」
「なんで?」
「話だけは聞きました。ほかにやりたいことがあるらしくて、衝動的に辞表を出したわけではなさそうです」
「やりたいこと?」
「ええ」
柊部長は敦朗の転職希望の会社のことは聞いていないので、わたしも詳しいことを伝えるのは避けた。
「お願いがあるんですけど、もう少し柊部長のほうで辞表を預かっておいていただけませんか?」
「それはかまわないが、なにか考えがあるのか?」
「しばらく時間を置いたほうがいいと思うんです」
「なるほど。冷静になれば気持ちに変化があるかもしれないな」
「どう変わるかはわかりません。ですが、いまの神崎部長は追いつめられているように見えました。なので気持ちを落ち着かせる必要があると感じました」
さっき敦朗と話をして、会社を辞めないよう説得することはできないと思った。ほかにやりたいことがあるという敦朗の人生にわたしが干渉する権利なんてない。
だけどこんな形で会社を辞めさせるわけにはいかないような気がした。夢に向かっての一歩のはずなのに、敦朗がぜんぜん幸せそうに見えない。そんなんじゃだめなんだ。
「折を見て話し合いの場を持ったとき、再度引き留めることはかまいませんが、本人が頑なに拒んだら、その際は神崎部長の気持ちを尊重していただけませんか?」
柊部長はじっと考え込み、やがて納得してくれたみたいで深くうなずいた。
「わかった」
「ありがとうございます。偉そうにすみません」
「こっちこそ、面倒なことを頼んで悪かったな」
こうして保留という形を取ることにした。
「それにしても困ったやつだな。社内恋愛はかまわないが相手が悪い。よりによって自分が面接した人間だもんな」
「神崎部長は決して贔屓をしないひとです」
「わかってる。まあそのうちみんなもこの話題は飽きるだろう」
「ええ。そう願いたいですね」
◇◇◇
それから仕事に戻ると、またまた問題が発生していた。
「雨宮さん、眉間がやばいよ」
「え! あっ、はい! 気をつけます」
パソコンの画面に見入っていたら、眉間に皺が寄っていたらしい。わたしの隣に立つ沙織さんに指摘され、指で皺を伸ばした。
社内アンケートをチェックしていたのだが、その内容にげんなりしていた。【面接で落とされたほかのスタッフがかわいそう】【出来レースだなんてひどすぎ】【本社の人間の倫理観はどうなってんの?】【社内で欲情してんじゃねーよ】【色気使って希望の部署に異動するとかやめてほしい】【エロ部長キモッ!】ほかにも辛辣なコメントがいくつか寄せられている。これらはすべて敦朗と結城さんに対するものだ。
「それにしても噂が広まるの早いねえ」
パソコンを覗き込みながら沙織さんが言う。
回答者は本社の人間か、それとも店舗スタッフか。わからない。内部事情がどこからどこへ流れているのだろうか。
「個人への攻撃なので怖いです」
「困ったね。こういうのも報告あげなきゃなんないから」
「はい……」
最終的には社長も目を通す。きっと、ますます敦朗の立場を悪くしてしまう。
「公私混同を批判してるみたいだけど、けっこうやっかみも入ってるんだろうね」
「やっかみってなんですか?」
「たとえば神崎部長のファンがチクチク嫌みを言ってるんだよ」
「え……?」
「バツイチ独身ってけっこうモテるんだよ。おまけにルックスもいいでしょう。若い子たちにも人気みたいだよ」
知らなかった……。敦朗っていまでも女子社員に人気なのか。
結婚前はたしかに人気があった。敦朗は人あたりがいいので年齢や性別関係なくわりとみんなに慕われていたけれど、敦朗を特別な目で見る女性スタッフが何人かいることも人づてに聞いていた。
「男はいいよね。アラフォーでも夢や希望があるんだもん」
まったくもってそのとおり。わたしなんて男のひとから誘われることすらない。プライベートで食事をした男性は蓮見くんしかいない。それだってデートとはまったく違うもの。そもそも蓮見くんは論外だ。
「ねえ? あのふたりって、やっぱりつき合ってるの?」
沙織さんは興味津々といったふうにたずねてくる。
前にも聞かれたけれど、この場合どうしたらいいのか判断に困る。
「それについてはわたしの口からはなんとも」
「ということは、噂は本当なんだ!」
沙織さんは、「そっかそっか」と納得して自分の席につく。
わたしはその様子を見ながら複雑な思いだった。あのふたりの関係が公のものになった代わりに、元妻であるわたしの存在が消えてしまうような気がした。勝手に復縁後の未来を思い描いていたわたしにとって、たとえ批判にさらされても敦朗の隣にいるのが結城さんなのだと思い知らされて、どうしようもなく苦しかった。
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