親愛なる後輩くん

さとう涼

文字の大きさ
28 / 64
(6)好きなひとの好きなひと

028

しおりを挟む
 会議室を出て人事部のドアをノックする。

「柊部長、少しよろしいですか?」

 ドアを開け、部屋の外から声をかけた。

「いま行く」

 柊部長は席を立ち、わたしたちはもう一度会議室へ。

 敦朗はもういない。すでに仕事に戻っていた。

「どうだった?」

 先に柊部長が椅子に座り、わたしはひとつ分を空け、その隣に座った。

「すみません。説得はできなかったというか、してません」

「なんで?」

「話だけは聞きました。ほかにやりたいことがあるらしくて、衝動的に辞表を出したわけではなさそうです」

「やりたいこと?」

「ええ」

 柊部長は敦朗の転職希望の会社のことは聞いていないので、わたしも詳しいことを伝えるのは避けた。

「お願いがあるんですけど、もう少し柊部長のほうで辞表を預かっておいていただけませんか?」

「それはかまわないが、なにか考えがあるのか?」

「しばらく時間を置いたほうがいいと思うんです」

「なるほど。冷静になれば気持ちに変化があるかもしれないな」

「どう変わるかはわかりません。ですが、いまの神崎部長は追いつめられているように見えました。なので気持ちを落ち着かせる必要があると感じました」

 さっき敦朗と話をして、会社を辞めないよう説得することはできないと思った。ほかにやりたいことがあるという敦朗の人生にわたしが干渉する権利なんてない。

 だけどこんな形で会社を辞めさせるわけにはいかないような気がした。夢に向かっての一歩のはずなのに、敦朗がぜんぜん幸せそうに見えない。そんなんじゃだめなんだ。

「折を見て話し合いの場を持ったとき、再度引き留めることはかまいませんが、本人が頑なに拒んだら、その際は神崎部長の気持ちを尊重していただけませんか?」

 柊部長はじっと考え込み、やがて納得してくれたみたいで深くうなずいた。

「わかった」

「ありがとうございます。偉そうにすみません」

「こっちこそ、面倒なことを頼んで悪かったな」

 こうして保留という形を取ることにした。

「それにしても困ったやつだな。社内恋愛はかまわないが相手が悪い。よりによって自分が面接した人間だもんな」

「神崎部長は決して贔屓をしないひとです」

「わかってる。まあそのうちみんなもこの話題は飽きるだろう」

「ええ。そう願いたいですね」


◇◇◇


 それから仕事に戻ると、またまた問題が発生していた。

「雨宮さん、眉間がやばいよ」

「え! あっ、はい! 気をつけます」

 パソコンの画面に見入っていたら、眉間に皺が寄っていたらしい。わたしの隣に立つ沙織さんに指摘され、指で皺を伸ばした。

 社内アンケートをチェックしていたのだが、その内容にげんなりしていた。【面接で落とされたほかのスタッフがかわいそう】【出来レースだなんてひどすぎ】【本社の人間の倫理観はどうなってんの?】【社内で欲情してんじゃねーよ】【色気使って希望の部署に異動するとかやめてほしい】【エロ部長キモッ!】ほかにも辛辣なコメントがいくつか寄せられている。これらはすべて敦朗と結城さんに対するものだ。

「それにしても噂が広まるの早いねえ」

 パソコンを覗き込みながら沙織さんが言う。

 回答者は本社の人間か、それとも店舗スタッフか。わからない。内部事情がどこからどこへ流れているのだろうか。

「個人への攻撃なので怖いです」

「困ったね。こういうのも報告あげなきゃなんないから」

「はい……」

 最終的には社長も目を通す。きっと、ますます敦朗の立場を悪くしてしまう。

「公私混同を批判してるみたいだけど、けっこうやっかみも入ってるんだろうね」

「やっかみってなんですか?」

「たとえば神崎部長のファンがチクチク嫌みを言ってるんだよ」

「え……?」

「バツイチ独身ってけっこうモテるんだよ。おまけにルックスもいいでしょう。若い子たちにも人気みたいだよ」

 知らなかった……。敦朗っていまでも女子社員に人気なのか。

 結婚前はたしかに人気があった。敦朗は人あたりがいいので年齢や性別関係なくわりとみんなに慕われていたけれど、敦朗を特別な目で見る女性スタッフが何人かいることも人づてに聞いていた。

「男はいいよね。アラフォーでも夢や希望があるんだもん」

 まったくもってそのとおり。わたしなんて男のひとから誘われることすらない。プライベートで食事をした男性は蓮見くんしかいない。それだってデートとはまったく違うもの。そもそも蓮見くんは論外だ。

「ねえ? あのふたりって、やっぱりつき合ってるの?」

 沙織さんは興味津々といったふうにたずねてくる。

 前にも聞かれたけれど、この場合どうしたらいいのか判断に困る。

「それについてはわたしの口からはなんとも」

「ということは、噂は本当なんだ!」

 沙織さんは、「そっかそっか」と納得して自分の席につく。

 わたしはその様子を見ながら複雑な思いだった。あのふたりの関係が公のものになった代わりに、元妻であるわたしの存在が消えてしまうような気がした。勝手に復縁後の未来を思い描いていたわたしにとって、たとえ批判にさらされても敦朗の隣にいるのが結城さんなのだと思い知らされて、どうしようもなく苦しかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

同期と私の、あと一歩の恋

松本ユミ
恋愛
同期の本田慧に密かに想いを寄せる広瀬紗世は、過去のトラウマから一歩踏み出せずにいた。 半年前、慧が『好きな人がいる』と言って告白を断る場面を目撃して以来、紗世は彼への想いを心の中に閉じ込めてしまう。 それでも同期として共に切磋琢磨する関係を続けていたが、慧の一言をきっかけに紗世の心が動き出す。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな
恋愛
25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。

処理中です...